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こんな夜は***
こんな夜は***(1)
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「今すぐ抱いて」
そう言って自分から課長の口を塞いだあたし。きっと彼は誘いに乗ってくるだろうと思っていたのに、まったく躊躇いのない手つきであたしの体を引き剥がした。
彼はあたしを見下ろし眉を顰めると、温度の感じられない声で言った。
「飲みすぎだ、森」
「っ、」
「あれほど明日も仕事だからと言ったのに……」
ブツブツと呟いた彼は、あたしの腕を引いてずんずんと路地を進んでいく。そのまま大通りに出ると、道路に向かって片手を上げた。
「今日はもう遅い。代金は払ってやるからタクシーで帰りなさい」
そう彼が言ったちょうどそのとき、タクシーが横付けされた。
開かれたドアにあたしを押し込もうとしたその手を、あたしは即座に振り払った。
「もういい……」
「森…?」
「もうよかたいっ…!なら他ん人ば見つけるけんよかっ…!」
「は?」
「課長がダメやったら、別の男にお願いする言うてんの!」
深夜とはいえ大通りでそんなことを叫んだせいか、道行く人がちらちらとこちらに視線をくれる。中には明らかに飲み屋を出たばかりの若い男たちもいて、あたしは一瞬チラリとそちらに視線を遣る。
「さっきみたいにぃ?そのへんにちょっと立っといたらぁ、ひと晩遊んでくれる男くらいすぐに捕まりますからぁどうぞご心配なくぅっ!」
黙ったままの彼を渾身の力で睨みつけていると、タクシーの中から「お客さん、乗るの乗らないの?」と迷惑そうな声。
「タクシーは課長が使わはったらええですわぁ」
そう言い捨てると同時に踵を返すと、彼は間髪入れずにあたしの腕を掴んだ。
「まだ何かぁ?」
ちらりと斜めに振り返ってそう言い、前に向き直りながら「こんなヘタレ男、こっちから願い下げばいっ」と小さく吐き捨てる。
掴まれている手を振り払おうとした時、逆に思いきり腕を引かれた。
「きゃっ」
短い悲鳴が夜の街に響くより早く、あたしはタクシーの中に押し込められていた。
「ちょっ、何ばしよっ、」
「出してください」
彼はあたしのほうを見ずにタクシー運転手に告げた。
問答無用でタクシーに乗せられたことも、一世一代の誘いを無下にされたことも、とにかく腹立たしくて下唇を噛んで彼を睨む。
すると発進したタクシーに行き先を告げたあと、彼はやっとあたしのほうを見た。
「おまえ……人がせっかく明日のことを考えて早く家に帰れるようにしてやろうと思ったのに」
「よけいなお世話ったい」
ツンと横を向いて言うと、「分かった」という返事。
「分かったって何が――」
どうせあたしのことなんて何も分かっていやしないくせに、とお腹の底からムカムカした時。
「今日は手加減できそうにないから帰してやった方がおまえの為だろうと思っていたが……どうなっても知らないからな」
***
「ちゃんと忠告はしてやったはずだ、どうなっても知らないと――」
部屋に入るなり玄関で靴も脱がずにあたしの口を自分のもので塞いだ課長は、いつもよりも何倍も長く、何倍も獰猛にあたしをかき乱した。
「あっ…んっ先にっ、シャワーをっ、」
「そんなもの待っていられるのか?もうこんなになっているのに?」
「あっ…!それダメっ、」
「ダメじゃないだろう、素直じゃないな。――こうして欲しかったんじゃないのか?」
「それはっ、んやっ…」
コートは羽織ったまま。だけどその下はあられもない。
ローゲージのVネックニットはブラジャーごと、あたしのささやかな膨らみの上にたくし上げられていて。
「『今すぐ』って言ったのはおまえのほうだ。キスだけでこんなに濡らして……本当にいやらしいやつだな」
「ぁっ、ん、」
「本当は待ち合わせの相手とヤるはずが、すっぽかされて欲求不満か?森」
「ちがっ、あ、やぁっ、」
「『イイ』の間違いだろう?」
掠れたテナーボイスが耳元で低く囁いた。
彼は片手でひとつくくりにしたあたしの手を玄関の壁に押しつけて、空いている方はスカートの中――の、更に奥まった場所に。
「こんな『すぐにヤッてくれ』と言わんばかりの恰好して男を誘って、寄って来た男を片っ端から食い散らかして……恐ろしい女だな」
「っ、…んあぁっ」
否定の言葉を口にしたいのに、出てくるのは湿った嬌声ばかり。
あたしがしゃべろうとすると、中に埋まる彼の指が弱い場所を狙って蠢く。まるで『聞きたくない』とばかりに。
そのくせ、彼はいつもより何倍も口数が多い。
「好きな女をかっさらわれた俺を笑っているのか」
「それともフラれた俺への憐憫か」
「おまえこそ、狙っていた本命にフラれたんだろう」
「俺を埋め合わせに使うのはおまえくらいだな」
「誰でもいいなら、俺がしてやる」
「どうせ傷の舐め合いだ」
そう言って自分から課長の口を塞いだあたし。きっと彼は誘いに乗ってくるだろうと思っていたのに、まったく躊躇いのない手つきであたしの体を引き剥がした。
彼はあたしを見下ろし眉を顰めると、温度の感じられない声で言った。
「飲みすぎだ、森」
「っ、」
「あれほど明日も仕事だからと言ったのに……」
ブツブツと呟いた彼は、あたしの腕を引いてずんずんと路地を進んでいく。そのまま大通りに出ると、道路に向かって片手を上げた。
「今日はもう遅い。代金は払ってやるからタクシーで帰りなさい」
そう彼が言ったちょうどそのとき、タクシーが横付けされた。
開かれたドアにあたしを押し込もうとしたその手を、あたしは即座に振り払った。
「もういい……」
「森…?」
「もうよかたいっ…!なら他ん人ば見つけるけんよかっ…!」
「は?」
「課長がダメやったら、別の男にお願いする言うてんの!」
深夜とはいえ大通りでそんなことを叫んだせいか、道行く人がちらちらとこちらに視線をくれる。中には明らかに飲み屋を出たばかりの若い男たちもいて、あたしは一瞬チラリとそちらに視線を遣る。
「さっきみたいにぃ?そのへんにちょっと立っといたらぁ、ひと晩遊んでくれる男くらいすぐに捕まりますからぁどうぞご心配なくぅっ!」
黙ったままの彼を渾身の力で睨みつけていると、タクシーの中から「お客さん、乗るの乗らないの?」と迷惑そうな声。
「タクシーは課長が使わはったらええですわぁ」
そう言い捨てると同時に踵を返すと、彼は間髪入れずにあたしの腕を掴んだ。
「まだ何かぁ?」
ちらりと斜めに振り返ってそう言い、前に向き直りながら「こんなヘタレ男、こっちから願い下げばいっ」と小さく吐き捨てる。
掴まれている手を振り払おうとした時、逆に思いきり腕を引かれた。
「きゃっ」
短い悲鳴が夜の街に響くより早く、あたしはタクシーの中に押し込められていた。
「ちょっ、何ばしよっ、」
「出してください」
彼はあたしのほうを見ずにタクシー運転手に告げた。
問答無用でタクシーに乗せられたことも、一世一代の誘いを無下にされたことも、とにかく腹立たしくて下唇を噛んで彼を睨む。
すると発進したタクシーに行き先を告げたあと、彼はやっとあたしのほうを見た。
「おまえ……人がせっかく明日のことを考えて早く家に帰れるようにしてやろうと思ったのに」
「よけいなお世話ったい」
ツンと横を向いて言うと、「分かった」という返事。
「分かったって何が――」
どうせあたしのことなんて何も分かっていやしないくせに、とお腹の底からムカムカした時。
「今日は手加減できそうにないから帰してやった方がおまえの為だろうと思っていたが……どうなっても知らないからな」
***
「ちゃんと忠告はしてやったはずだ、どうなっても知らないと――」
部屋に入るなり玄関で靴も脱がずにあたしの口を自分のもので塞いだ課長は、いつもよりも何倍も長く、何倍も獰猛にあたしをかき乱した。
「あっ…んっ先にっ、シャワーをっ、」
「そんなもの待っていられるのか?もうこんなになっているのに?」
「あっ…!それダメっ、」
「ダメじゃないだろう、素直じゃないな。――こうして欲しかったんじゃないのか?」
「それはっ、んやっ…」
コートは羽織ったまま。だけどその下はあられもない。
ローゲージのVネックニットはブラジャーごと、あたしのささやかな膨らみの上にたくし上げられていて。
「『今すぐ』って言ったのはおまえのほうだ。キスだけでこんなに濡らして……本当にいやらしいやつだな」
「ぁっ、ん、」
「本当は待ち合わせの相手とヤるはずが、すっぽかされて欲求不満か?森」
「ちがっ、あ、やぁっ、」
「『イイ』の間違いだろう?」
掠れたテナーボイスが耳元で低く囁いた。
彼は片手でひとつくくりにしたあたしの手を玄関の壁に押しつけて、空いている方はスカートの中――の、更に奥まった場所に。
「こんな『すぐにヤッてくれ』と言わんばかりの恰好して男を誘って、寄って来た男を片っ端から食い散らかして……恐ろしい女だな」
「っ、…んあぁっ」
否定の言葉を口にしたいのに、出てくるのは湿った嬌声ばかり。
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そのくせ、彼はいつもより何倍も口数が多い。
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「それともフラれた俺への憐憫か」
「おまえこそ、狙っていた本命にフラれたんだろう」
「俺を埋め合わせに使うのはおまえくらいだな」
「誰でもいいなら、俺がしてやる」
「どうせ傷の舐め合いだ」
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