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賭けのルール
賭けのルール(5)
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***
「課長、ろぅもごちそぉさまれしたぁ」
結局すべての会計を支払ってくれた課長にお礼を言うと、頭を下げた方向とは全然別のほうから「おい森。駅はそっちじゃない」という声。
「ふぁ~い!」と返事をしながら振り向いたら、課長の呆れたような顔が目に飛び込んで来た。
「うふっ、ふふふっ……」
「何がおかしい」
「らってぇ、課長ら笑顔やないんれすよぉ?」
「俺が笑顔じゃないのが面白いということか?」
「そうれすけろぉ?」
あの“胡散臭い”笑顔なんかより、そっちのほうが何倍もマシ。
好きな人が笑顔じゃないほうが嬉しいなんて、あたしも大概どうかしている。
だけど、作りものの笑顔じゃない顔をあたしには見せてくれるんだということに、心が勝手に喜んでしまうのだからどうしようもない。
しばらくの間「ふふふふっ」「へへへへっ」と変な笑いが止まらないあたしに、彼は溜め息をついたきり黙って歩き出す。
課長の背中について歩く足もとが、綿の上を歩いているみたいにふわふわしていた。
明後日から三月になるけれど、夜風は凍りつきそうなほど冷たい。
せっかくアルコールで温まっていた熱がどんどん奪われて、さっきまであんなに浮かれていた気持ちもあっという間に冷えていった。
(あたし、いったい何してんのやろ……)
賭けに勝ったら課長に告白するって決めていたのに、ぐずぐずと言い出せないまま、ひとり酔っぱらって浮かれて。
初っ端、勢いのまま「付き合ってください」と言った告白は、見事にスルー。
もしかしてあれはわざと……?
分かっていて敢えて違う意味に転換したのだとしたら、あたしの告白は彼にとって迷惑なだけで、バッサリと断る価値もないってことだ……。
いったんそう考えだすと、すべてがそう思えてくる。
もしかしたら課長は、本当はあたしの気持ちを知っていて、でも知らないふりをしているのだとしたら――。
「森……?」
いつのまにか足が止まっていたあたしを、課長が振り返って呼ぶ。
だけどあたしは返事をするどころか顔を上げることも出来ず、その場に佇んで足元のファーを見つめていた。
一向に動かないあたしに、課長がため息をついて戻ってくる。
「どうしたんだ、早くしないと終電がなくなるぞ。もしかして気分でも悪くな――っ、」
言いながら目の前に立った彼が、あたしの顔をのぞき込もうとする寸前。あたしは彼に思い切り抱き着いた。
「うわっ」
ほとんど体当たりみたいに勢い任せに抱き着いたのに、課長は驚いた声を上げただけでグラリともしない。「おい森っ!?」と怒ったような声が聞こえるのを無視して、あたしは彼の体に回した腕にぎゅーーうっと力を込めた。
「まったく……だからあれほど飲みすぎるなよと、」
「ぃぃ……」
「ん…?今なんて、」
「代わりでいい…から……」
「森、意味の分からないことを言ってないで、いいかげんに離れ―――、」
「今すぐ抱いて」
課長の胸から顔を上げ、彼の言葉を遮るように放った言葉に彼が動きを止める。
あたしは勢いよく伸びあがり、見開かれたアーモンドアイを見ながら彼の唇に自分のものを押し付けた。
「課長、ろぅもごちそぉさまれしたぁ」
結局すべての会計を支払ってくれた課長にお礼を言うと、頭を下げた方向とは全然別のほうから「おい森。駅はそっちじゃない」という声。
「ふぁ~い!」と返事をしながら振り向いたら、課長の呆れたような顔が目に飛び込んで来た。
「うふっ、ふふふっ……」
「何がおかしい」
「らってぇ、課長ら笑顔やないんれすよぉ?」
「俺が笑顔じゃないのが面白いということか?」
「そうれすけろぉ?」
あの“胡散臭い”笑顔なんかより、そっちのほうが何倍もマシ。
好きな人が笑顔じゃないほうが嬉しいなんて、あたしも大概どうかしている。
だけど、作りものの笑顔じゃない顔をあたしには見せてくれるんだということに、心が勝手に喜んでしまうのだからどうしようもない。
しばらくの間「ふふふふっ」「へへへへっ」と変な笑いが止まらないあたしに、彼は溜め息をついたきり黙って歩き出す。
課長の背中について歩く足もとが、綿の上を歩いているみたいにふわふわしていた。
明後日から三月になるけれど、夜風は凍りつきそうなほど冷たい。
せっかくアルコールで温まっていた熱がどんどん奪われて、さっきまであんなに浮かれていた気持ちもあっという間に冷えていった。
(あたし、いったい何してんのやろ……)
賭けに勝ったら課長に告白するって決めていたのに、ぐずぐずと言い出せないまま、ひとり酔っぱらって浮かれて。
初っ端、勢いのまま「付き合ってください」と言った告白は、見事にスルー。
もしかしてあれはわざと……?
分かっていて敢えて違う意味に転換したのだとしたら、あたしの告白は彼にとって迷惑なだけで、バッサリと断る価値もないってことだ……。
いったんそう考えだすと、すべてがそう思えてくる。
もしかしたら課長は、本当はあたしの気持ちを知っていて、でも知らないふりをしているのだとしたら――。
「森……?」
いつのまにか足が止まっていたあたしを、課長が振り返って呼ぶ。
だけどあたしは返事をするどころか顔を上げることも出来ず、その場に佇んで足元のファーを見つめていた。
一向に動かないあたしに、課長がため息をついて戻ってくる。
「どうしたんだ、早くしないと終電がなくなるぞ。もしかして気分でも悪くな――っ、」
言いながら目の前に立った彼が、あたしの顔をのぞき込もうとする寸前。あたしは彼に思い切り抱き着いた。
「うわっ」
ほとんど体当たりみたいに勢い任せに抱き着いたのに、課長は驚いた声を上げただけでグラリともしない。「おい森っ!?」と怒ったような声が聞こえるのを無視して、あたしは彼の体に回した腕にぎゅーーうっと力を込めた。
「まったく……だからあれほど飲みすぎるなよと、」
「ぃぃ……」
「ん…?今なんて、」
「代わりでいい…から……」
「森、意味の分からないことを言ってないで、いいかげんに離れ―――、」
「今すぐ抱いて」
課長の胸から顔を上げ、彼の言葉を遮るように放った言葉に彼が動きを止める。
あたしは勢いよく伸びあがり、見開かれたアーモンドアイを見ながら彼の唇に自分のものを押し付けた。
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