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観察対象と発注ミス
観察対象と発注ミス(3)
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(まあ、いつもみたいに可愛く謝っとけばぁ、なんとかなるんちゃうぅ?)
結城課長は部下であるあたしたちアテンダントに、あまり厳しいほうじゃない。細かいことを言うこともあるけれど、声を荒らげているところなんて見たことない。
きっと反省している態度を前面に出せば、「仕方ないな」って許してくれる。どうせあたしに期待なんてしてないだろうし。
あわよくば二百個のウィスキーボンボンを、彼が何とかしてくれるかもしれない。
(どうせそっちだってぇ、いつもの“胡散臭い”笑顔を被ってはるんやろぉ?)
そんなことを考えていた時。
『ミスの対処が終わるまで、今日は帰れないぞ』
『え?』
反射的に顔を上げると、まっすぐな瞳とぶつかった。そこにはあたしが思い描いていた“胡散臭い”笑顔は無い。
『おまえ……まさか二百個のウィスキーボンボンが放っておいたら、明日にはなんとかなっているとでも思ったのか?』
『べ、別にぃ、』
『そんなこと思うとりませんよぉ』と続けようとしたセリフを、硬い声が遮った。
『自分のミスは自分で取り返せよ、森』
『っ、』
有無を言わさぬ口調に息を呑む。真顔の彼は厳しい目つきであたしを見ていた。
『俺は、おまえにはちゃんとその力があると思っている。まだ本気を出していないだけだ』
『………』
『自分のミスの尻ぬぐいを誰かにさせるような人間には、本当に欲しいものは得られない。おまえには欲しいものがあるんだろう?』
『っ、――それとこれとは、』
『おまえが求めるスペックの男は、上辺だけを良く見せる女くらいすぐに見抜くぞ。いい男を捕まえたいならまず自分がいい女になることだな』
課長の言葉が胸に刺さった。本当に音が聞こえそうなほど「グサリ」と。
まさかそんなことを好きな相手から言われるなんて。
要は、ハイスペックなエリート課長から見ても、今のあたしは落第点。好きとか嫌いとかいうレベルじゃないってこと。
『静川に少しでも悪いと思うのなら、自分のミスくらい本気を出して取り返してみせろ。それが静川への一番の謝罪になるんじゃないのか?』
『静さんへの……』
『あと、あいつはただの貧血だそうだ。ここのところきちんと休んでいなかったらしい。さっきあのまま早退させた』
静さんが倒れたのが貧血のせいだと聞いて、思わず「ほぅっ」と息をついた。それを見た課長は眉間をゆるめると、あたしに言った。
『あいつ、あんなに具合が悪いくせに最後までおまえの心配をしていたぞ?自分がもっときちんと見ていたら防げたミスだって。青白い顔しているくせに、自分が戻ってリカバリーを教えると言って聞かなくてな……。仕方がないから無理やりタクシーに乗せて家に帰したんだぞ?』
『そんな……』
貧血で倒れた後まであたしのことを考えてくれただなんて、正直胸アツ。
『仕事の鬼』とか言ってごめんなさいぃっ、静さんっ…!
『発注ミスは初動が大事だ。おまえが本気を出すと言うなら、対処方法は俺が教えてやる。どうでも良いならおまえはもう帰れ』
『……やります』
『渋々ならいい。本気でやる気がないやつに教えるくらいなら、俺一人でやった方がよっぽど、』
『やりますっ!本気でやるから教えてくださいっ、お願いします…!』
課長の言葉に被せるように叫んで頭を下げた。
すると『分かった』という言葉と共に、頭の上にポンと何かの重みが。それが課長の手だということはすぐに分かった。
『おまえも静川も、俺には大事な部下だからな』
そう言ってそのまま二度「ぽんぽん」と頭の上で跳ねた手に、目が勝手に潤みはじめる。
『早速デスクに戻って作業開始だ』と言う課長に黙って頷き、こぼれ落ちそうな涙を見られないよう、後ろをついて行った。
結城課長は部下であるあたしたちアテンダントに、あまり厳しいほうじゃない。細かいことを言うこともあるけれど、声を荒らげているところなんて見たことない。
きっと反省している態度を前面に出せば、「仕方ないな」って許してくれる。どうせあたしに期待なんてしてないだろうし。
あわよくば二百個のウィスキーボンボンを、彼が何とかしてくれるかもしれない。
(どうせそっちだってぇ、いつもの“胡散臭い”笑顔を被ってはるんやろぉ?)
そんなことを考えていた時。
『ミスの対処が終わるまで、今日は帰れないぞ』
『え?』
反射的に顔を上げると、まっすぐな瞳とぶつかった。そこにはあたしが思い描いていた“胡散臭い”笑顔は無い。
『おまえ……まさか二百個のウィスキーボンボンが放っておいたら、明日にはなんとかなっているとでも思ったのか?』
『べ、別にぃ、』
『そんなこと思うとりませんよぉ』と続けようとしたセリフを、硬い声が遮った。
『自分のミスは自分で取り返せよ、森』
『っ、』
有無を言わさぬ口調に息を呑む。真顔の彼は厳しい目つきであたしを見ていた。
『俺は、おまえにはちゃんとその力があると思っている。まだ本気を出していないだけだ』
『………』
『自分のミスの尻ぬぐいを誰かにさせるような人間には、本当に欲しいものは得られない。おまえには欲しいものがあるんだろう?』
『っ、――それとこれとは、』
『おまえが求めるスペックの男は、上辺だけを良く見せる女くらいすぐに見抜くぞ。いい男を捕まえたいならまず自分がいい女になることだな』
課長の言葉が胸に刺さった。本当に音が聞こえそうなほど「グサリ」と。
まさかそんなことを好きな相手から言われるなんて。
要は、ハイスペックなエリート課長から見ても、今のあたしは落第点。好きとか嫌いとかいうレベルじゃないってこと。
『静川に少しでも悪いと思うのなら、自分のミスくらい本気を出して取り返してみせろ。それが静川への一番の謝罪になるんじゃないのか?』
『静さんへの……』
『あと、あいつはただの貧血だそうだ。ここのところきちんと休んでいなかったらしい。さっきあのまま早退させた』
静さんが倒れたのが貧血のせいだと聞いて、思わず「ほぅっ」と息をついた。それを見た課長は眉間をゆるめると、あたしに言った。
『あいつ、あんなに具合が悪いくせに最後までおまえの心配をしていたぞ?自分がもっときちんと見ていたら防げたミスだって。青白い顔しているくせに、自分が戻ってリカバリーを教えると言って聞かなくてな……。仕方がないから無理やりタクシーに乗せて家に帰したんだぞ?』
『そんな……』
貧血で倒れた後まであたしのことを考えてくれただなんて、正直胸アツ。
『仕事の鬼』とか言ってごめんなさいぃっ、静さんっ…!
『発注ミスは初動が大事だ。おまえが本気を出すと言うなら、対処方法は俺が教えてやる。どうでも良いならおまえはもう帰れ』
『……やります』
『渋々ならいい。本気でやる気がないやつに教えるくらいなら、俺一人でやった方がよっぽど、』
『やりますっ!本気でやるから教えてくださいっ、お願いします…!』
課長の言葉に被せるように叫んで頭を下げた。
すると『分かった』という言葉と共に、頭の上にポンと何かの重みが。それが課長の手だということはすぐに分かった。
『おまえも静川も、俺には大事な部下だからな』
そう言ってそのまま二度「ぽんぽん」と頭の上で跳ねた手に、目が勝手に潤みはじめる。
『早速デスクに戻って作業開始だ』と言う課長に黙って頷き、こぼれ落ちそうな涙を見られないよう、後ろをついて行った。
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