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不毛な協定
不毛な協定(3)
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『じゃあ、課長はぁその代わりにのんの切り札になってくださぁい』
『切り札?』
ますます訝しげになった彼に『はぁい、そうですぅ』と返す。
『実はのん、今すぐにでもぉ結婚相手を作らなあかんのですぅ』
『……いくらなんでも、俺はおまえと結婚する気はないぞ』
『そんなん、のんもありませぇぇん』
こんな腹黒ヘタレ男と結婚するつもりなんてこっちだってない。いくら顔が良くても、同族嫌悪な相手なんてまっぴらごめんなんですぅっ!
『実はのん、大事な賭けの最中なんですぅ!』
『は?』
今度はハッキリと『意味が分からない』と顔に書いた課長に、あたしは自分が置かれている境遇をざっくり説明した。
実家は老舗料亭で、両親はあたしか姉のどちらかに婿を貰ってそこを継がせるつもりだということ。
だけど、あたしより圧倒的に出来の良い姉に、両親はそれを願っているはずで、実家から離れたあたしには関係のないことだと思っていたら、自分よりひと足早く大学を卒業した姉が家族に黙って海外に逃げてしまった、ということ。
姉は県どころか国だって飛び越えて逃げてしまった。音信不通というわけではないけれど、容易に連れ戻せる距離でもない。
あたしはこの二年、いつ姉が金髪碧眼の夫を連れて帰国するかと、戦々恐々の日々を送っているのだということも。
だから、姉からその報告が来る前に、自分が先に良い相手を見つけて結婚してしまわないと実家料亭に連れ戻されるであろう―――と。
『だからのんはぁ、姉よりも一分一秒でも早く結婚せえへんとぉ、実家に連れ戻されて親が用意した相手と結婚せなあかんくなるんですぅ……だからぁ、もしぃ実家から呼び出しがあったときはぁ、のんの婚約者のフリをしてくださぁい』
その“保険”があると思えば、切羽詰まった結婚相手探しにも少しは余裕が出来る。あたしだって焦って変なのを捕まえたくはない。
適当な相手じゃダメなのだ。ろくでもない男に引っかかったと分かったら、どんな手で別れさせられるか分かったもんじゃない。だから、両親がぐうの音も出ないほどのステータスのある男じゃないと。
これなら“winwin”ったい!
そう思ったのに、課長は中々首を縦に振らない。あたしはダメ押しとばかりに顔の前で両手を合わせ、『お願いしますぅ、のんの人生賭けた切り札になってくださぁいぃ』と頭を下げた。
『……分かった』
『っ!』
『俺はおまえの切り札になってやろう』
課長の返事にあたしは思わず飛び上がった。
『やったぁ!ありがとうございます~っ!』
そう言って飛びついて、彼の頬にお礼のキスする。『おいっ、』と焦る声。あらら?意外とピュア?
彼の首に腕を回したまま、小首を傾げて『どうしはりましたぁ?』と可愛く訊いてみる。すぐそこにある彼の顔は、眉間は寄せられているけれど、口元はゆるむのが分かった。
(まんざらじゃなさそうやね)
内心でほくそ笑みながら、「きゅるん」とした目で彼を見上げる。あたしの目は静さんほどは大きくないけど、黒目がちなのを活かしたアイメイクで子犬みたいなつぶらな瞳になる。このわんこ系メイクは合コンでも受けがいいのだ。
すると彼は、『これも契約のうちか?』と訊いてきた。
『これってぇなんですかぁ?』
分かっているけど敢えて分からないフリ。それを分かったうえで、彼は口角を上げて言った。
『お互いに目的を達成するまでの“つなぎ”になるっていうのは、こういうことかって言ってるんだ』
彼はそう言うや否や、あたしの唇を自分のもので塞いだ。
熱い舌に口腔をかき乱されながら、あたしは思っていた。
(なあんだ。全然ピュアじゃないじゃんね)
きっと彼は今まで、静さんのことを心に想いながらも、こうして別の女との情事を楽しんで来たのだろう。本命に埋めてもらえない隙間を、別の女で埋めて。そうして彼女に手を伸ばすタイミングを虎視眈々と計っている。
なんて腹黒ヘタレ男…!
本当に欲しいものがあるなら、がむしゃらに手を伸ばして、相手がどんなに逃げても追って行けばいいのに。
そう言ってやろうかと思ったけれど、よけいなお世話だとやめた。―――というよりも、彼のキスがあまりに気持ち良くて、そっちに気が取られたというか。
だって、すごくキモチイイ。多分相性がいいんだ。
あたしはずっと、自分のことを“一番”にしてくれるひとを探してきた。
“一番”っていうのは、そんなに簡単になれるもんじゃない。少なくともあたしにとってはかなりの努力が要ることで。
自分を磨いて相手の好みを知って―――色々な努力をしないと、あたしはいつまでも“二番手”止まりのまま。
“一番”になれないと賭けに負けてしまう。あたしの人生そこで“詰み”だ。
でも賭けに勝てれば誰でもいいってわけじゃない。
出来たらそこそこ見た目が良くて、そこそこお金を持っていて。その上で相性が良ければ最高。セックスの相性を知るには、キスが一番手っ取り早いのだ。
(この腹黒ヘタレ男とは、確実に合うんだろうなぁ)
その勘はやっぱり外れなかった。
『切り札?』
ますます訝しげになった彼に『はぁい、そうですぅ』と返す。
『実はのん、今すぐにでもぉ結婚相手を作らなあかんのですぅ』
『……いくらなんでも、俺はおまえと結婚する気はないぞ』
『そんなん、のんもありませぇぇん』
こんな腹黒ヘタレ男と結婚するつもりなんてこっちだってない。いくら顔が良くても、同族嫌悪な相手なんてまっぴらごめんなんですぅっ!
『実はのん、大事な賭けの最中なんですぅ!』
『は?』
今度はハッキリと『意味が分からない』と顔に書いた課長に、あたしは自分が置かれている境遇をざっくり説明した。
実家は老舗料亭で、両親はあたしか姉のどちらかに婿を貰ってそこを継がせるつもりだということ。
だけど、あたしより圧倒的に出来の良い姉に、両親はそれを願っているはずで、実家から離れたあたしには関係のないことだと思っていたら、自分よりひと足早く大学を卒業した姉が家族に黙って海外に逃げてしまった、ということ。
姉は県どころか国だって飛び越えて逃げてしまった。音信不通というわけではないけれど、容易に連れ戻せる距離でもない。
あたしはこの二年、いつ姉が金髪碧眼の夫を連れて帰国するかと、戦々恐々の日々を送っているのだということも。
だから、姉からその報告が来る前に、自分が先に良い相手を見つけて結婚してしまわないと実家料亭に連れ戻されるであろう―――と。
『だからのんはぁ、姉よりも一分一秒でも早く結婚せえへんとぉ、実家に連れ戻されて親が用意した相手と結婚せなあかんくなるんですぅ……だからぁ、もしぃ実家から呼び出しがあったときはぁ、のんの婚約者のフリをしてくださぁい』
その“保険”があると思えば、切羽詰まった結婚相手探しにも少しは余裕が出来る。あたしだって焦って変なのを捕まえたくはない。
適当な相手じゃダメなのだ。ろくでもない男に引っかかったと分かったら、どんな手で別れさせられるか分かったもんじゃない。だから、両親がぐうの音も出ないほどのステータスのある男じゃないと。
これなら“winwin”ったい!
そう思ったのに、課長は中々首を縦に振らない。あたしはダメ押しとばかりに顔の前で両手を合わせ、『お願いしますぅ、のんの人生賭けた切り札になってくださぁいぃ』と頭を下げた。
『……分かった』
『っ!』
『俺はおまえの切り札になってやろう』
課長の返事にあたしは思わず飛び上がった。
『やったぁ!ありがとうございます~っ!』
そう言って飛びついて、彼の頬にお礼のキスする。『おいっ、』と焦る声。あらら?意外とピュア?
彼の首に腕を回したまま、小首を傾げて『どうしはりましたぁ?』と可愛く訊いてみる。すぐそこにある彼の顔は、眉間は寄せられているけれど、口元はゆるむのが分かった。
(まんざらじゃなさそうやね)
内心でほくそ笑みながら、「きゅるん」とした目で彼を見上げる。あたしの目は静さんほどは大きくないけど、黒目がちなのを活かしたアイメイクで子犬みたいなつぶらな瞳になる。このわんこ系メイクは合コンでも受けがいいのだ。
すると彼は、『これも契約のうちか?』と訊いてきた。
『これってぇなんですかぁ?』
分かっているけど敢えて分からないフリ。それを分かったうえで、彼は口角を上げて言った。
『お互いに目的を達成するまでの“つなぎ”になるっていうのは、こういうことかって言ってるんだ』
彼はそう言うや否や、あたしの唇を自分のもので塞いだ。
熱い舌に口腔をかき乱されながら、あたしは思っていた。
(なあんだ。全然ピュアじゃないじゃんね)
きっと彼は今まで、静さんのことを心に想いながらも、こうして別の女との情事を楽しんで来たのだろう。本命に埋めてもらえない隙間を、別の女で埋めて。そうして彼女に手を伸ばすタイミングを虎視眈々と計っている。
なんて腹黒ヘタレ男…!
本当に欲しいものがあるなら、がむしゃらに手を伸ばして、相手がどんなに逃げても追って行けばいいのに。
そう言ってやろうかと思ったけれど、よけいなお世話だとやめた。―――というよりも、彼のキスがあまりに気持ち良くて、そっちに気が取られたというか。
だって、すごくキモチイイ。多分相性がいいんだ。
あたしはずっと、自分のことを“一番”にしてくれるひとを探してきた。
“一番”っていうのは、そんなに簡単になれるもんじゃない。少なくともあたしにとってはかなりの努力が要ることで。
自分を磨いて相手の好みを知って―――色々な努力をしないと、あたしはいつまでも“二番手”止まりのまま。
“一番”になれないと賭けに負けてしまう。あたしの人生そこで“詰み”だ。
でも賭けに勝てれば誰でもいいってわけじゃない。
出来たらそこそこ見た目が良くて、そこそこお金を持っていて。その上で相性が良ければ最高。セックスの相性を知るには、キスが一番手っ取り早いのだ。
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