7 / 76
不毛な協定
不毛な協定(3)
しおりを挟む
『じゃあ、課長はぁその代わりにのんの切り札になってくださぁい』
『切り札?』
ますます訝しげになった彼に『はぁい、そうですぅ』と返す。
『実はのん、今すぐにでもぉ結婚相手を作らなあかんのですぅ』
『……いくらなんでも、俺はおまえと結婚する気はないぞ』
『そんなん、のんもありませぇぇん』
こんな腹黒ヘタレ男と結婚するつもりなんてこっちだってない。いくら顔が良くても、同族嫌悪な相手なんてまっぴらごめんなんですぅっ!
『実はのん、大事な賭けの最中なんですぅ!』
『は?』
今度はハッキリと『意味が分からない』と顔に書いた課長に、あたしは自分が置かれている境遇をざっくり説明した。
実家は老舗料亭で、両親はあたしか姉のどちらかに婿を貰ってそこを継がせるつもりだということ。
だけど、あたしより圧倒的に出来の良い姉に、両親はそれを願っているはずで、実家から離れたあたしには関係のないことだと思っていたら、自分よりひと足早く大学を卒業した姉が家族に黙って海外に逃げてしまった、ということ。
姉は県どころか国だって飛び越えて逃げてしまった。音信不通というわけではないけれど、容易に連れ戻せる距離でもない。
あたしはこの二年、いつ姉が金髪碧眼の夫を連れて帰国するかと、戦々恐々の日々を送っているのだということも。
だから、姉からその報告が来る前に、自分が先に良い相手を見つけて結婚してしまわないと実家料亭に連れ戻されるであろう―――と。
『だからのんはぁ、姉よりも一分一秒でも早く結婚せえへんとぉ、実家に連れ戻されて親が用意した相手と結婚せなあかんくなるんですぅ……だからぁ、もしぃ実家から呼び出しがあったときはぁ、のんの婚約者のフリをしてくださぁい』
その“保険”があると思えば、切羽詰まった結婚相手探しにも少しは余裕が出来る。あたしだって焦って変なのを捕まえたくはない。
適当な相手じゃダメなのだ。ろくでもない男に引っかかったと分かったら、どんな手で別れさせられるか分かったもんじゃない。だから、両親がぐうの音も出ないほどのステータスのある男じゃないと。
これなら“winwin”ったい!
そう思ったのに、課長は中々首を縦に振らない。あたしはダメ押しとばかりに顔の前で両手を合わせ、『お願いしますぅ、のんの人生賭けた切り札になってくださぁいぃ』と頭を下げた。
『……分かった』
『っ!』
『俺はおまえの切り札になってやろう』
課長の返事にあたしは思わず飛び上がった。
『やったぁ!ありがとうございます~っ!』
そう言って飛びついて、彼の頬にお礼のキスする。『おいっ、』と焦る声。あらら?意外とピュア?
彼の首に腕を回したまま、小首を傾げて『どうしはりましたぁ?』と可愛く訊いてみる。すぐそこにある彼の顔は、眉間は寄せられているけれど、口元はゆるむのが分かった。
(まんざらじゃなさそうやね)
内心でほくそ笑みながら、「きゅるん」とした目で彼を見上げる。あたしの目は静さんほどは大きくないけど、黒目がちなのを活かしたアイメイクで子犬みたいなつぶらな瞳になる。このわんこ系メイクは合コンでも受けがいいのだ。
すると彼は、『これも契約のうちか?』と訊いてきた。
『これってぇなんですかぁ?』
分かっているけど敢えて分からないフリ。それを分かったうえで、彼は口角を上げて言った。
『お互いに目的を達成するまでの“つなぎ”になるっていうのは、こういうことかって言ってるんだ』
彼はそう言うや否や、あたしの唇を自分のもので塞いだ。
熱い舌に口腔をかき乱されながら、あたしは思っていた。
(なあんだ。全然ピュアじゃないじゃんね)
きっと彼は今まで、静さんのことを心に想いながらも、こうして別の女との情事を楽しんで来たのだろう。本命に埋めてもらえない隙間を、別の女で埋めて。そうして彼女に手を伸ばすタイミングを虎視眈々と計っている。
なんて腹黒ヘタレ男…!
本当に欲しいものがあるなら、がむしゃらに手を伸ばして、相手がどんなに逃げても追って行けばいいのに。
そう言ってやろうかと思ったけれど、よけいなお世話だとやめた。―――というよりも、彼のキスがあまりに気持ち良くて、そっちに気が取られたというか。
だって、すごくキモチイイ。多分相性がいいんだ。
あたしはずっと、自分のことを“一番”にしてくれるひとを探してきた。
“一番”っていうのは、そんなに簡単になれるもんじゃない。少なくともあたしにとってはかなりの努力が要ることで。
自分を磨いて相手の好みを知って―――色々な努力をしないと、あたしはいつまでも“二番手”止まりのまま。
“一番”になれないと賭けに負けてしまう。あたしの人生そこで“詰み”だ。
でも賭けに勝てれば誰でもいいってわけじゃない。
出来たらそこそこ見た目が良くて、そこそこお金を持っていて。その上で相性が良ければ最高。セックスの相性を知るには、キスが一番手っ取り早いのだ。
(この腹黒ヘタレ男とは、確実に合うんだろうなぁ)
その勘はやっぱり外れなかった。
『切り札?』
ますます訝しげになった彼に『はぁい、そうですぅ』と返す。
『実はのん、今すぐにでもぉ結婚相手を作らなあかんのですぅ』
『……いくらなんでも、俺はおまえと結婚する気はないぞ』
『そんなん、のんもありませぇぇん』
こんな腹黒ヘタレ男と結婚するつもりなんてこっちだってない。いくら顔が良くても、同族嫌悪な相手なんてまっぴらごめんなんですぅっ!
『実はのん、大事な賭けの最中なんですぅ!』
『は?』
今度はハッキリと『意味が分からない』と顔に書いた課長に、あたしは自分が置かれている境遇をざっくり説明した。
実家は老舗料亭で、両親はあたしか姉のどちらかに婿を貰ってそこを継がせるつもりだということ。
だけど、あたしより圧倒的に出来の良い姉に、両親はそれを願っているはずで、実家から離れたあたしには関係のないことだと思っていたら、自分よりひと足早く大学を卒業した姉が家族に黙って海外に逃げてしまった、ということ。
姉は県どころか国だって飛び越えて逃げてしまった。音信不通というわけではないけれど、容易に連れ戻せる距離でもない。
あたしはこの二年、いつ姉が金髪碧眼の夫を連れて帰国するかと、戦々恐々の日々を送っているのだということも。
だから、姉からその報告が来る前に、自分が先に良い相手を見つけて結婚してしまわないと実家料亭に連れ戻されるであろう―――と。
『だからのんはぁ、姉よりも一分一秒でも早く結婚せえへんとぉ、実家に連れ戻されて親が用意した相手と結婚せなあかんくなるんですぅ……だからぁ、もしぃ実家から呼び出しがあったときはぁ、のんの婚約者のフリをしてくださぁい』
その“保険”があると思えば、切羽詰まった結婚相手探しにも少しは余裕が出来る。あたしだって焦って変なのを捕まえたくはない。
適当な相手じゃダメなのだ。ろくでもない男に引っかかったと分かったら、どんな手で別れさせられるか分かったもんじゃない。だから、両親がぐうの音も出ないほどのステータスのある男じゃないと。
これなら“winwin”ったい!
そう思ったのに、課長は中々首を縦に振らない。あたしはダメ押しとばかりに顔の前で両手を合わせ、『お願いしますぅ、のんの人生賭けた切り札になってくださぁいぃ』と頭を下げた。
『……分かった』
『っ!』
『俺はおまえの切り札になってやろう』
課長の返事にあたしは思わず飛び上がった。
『やったぁ!ありがとうございます~っ!』
そう言って飛びついて、彼の頬にお礼のキスする。『おいっ、』と焦る声。あらら?意外とピュア?
彼の首に腕を回したまま、小首を傾げて『どうしはりましたぁ?』と可愛く訊いてみる。すぐそこにある彼の顔は、眉間は寄せられているけれど、口元はゆるむのが分かった。
(まんざらじゃなさそうやね)
内心でほくそ笑みながら、「きゅるん」とした目で彼を見上げる。あたしの目は静さんほどは大きくないけど、黒目がちなのを活かしたアイメイクで子犬みたいなつぶらな瞳になる。このわんこ系メイクは合コンでも受けがいいのだ。
すると彼は、『これも契約のうちか?』と訊いてきた。
『これってぇなんですかぁ?』
分かっているけど敢えて分からないフリ。それを分かったうえで、彼は口角を上げて言った。
『お互いに目的を達成するまでの“つなぎ”になるっていうのは、こういうことかって言ってるんだ』
彼はそう言うや否や、あたしの唇を自分のもので塞いだ。
熱い舌に口腔をかき乱されながら、あたしは思っていた。
(なあんだ。全然ピュアじゃないじゃんね)
きっと彼は今まで、静さんのことを心に想いながらも、こうして別の女との情事を楽しんで来たのだろう。本命に埋めてもらえない隙間を、別の女で埋めて。そうして彼女に手を伸ばすタイミングを虎視眈々と計っている。
なんて腹黒ヘタレ男…!
本当に欲しいものがあるなら、がむしゃらに手を伸ばして、相手がどんなに逃げても追って行けばいいのに。
そう言ってやろうかと思ったけれど、よけいなお世話だとやめた。―――というよりも、彼のキスがあまりに気持ち良くて、そっちに気が取られたというか。
だって、すごくキモチイイ。多分相性がいいんだ。
あたしはずっと、自分のことを“一番”にしてくれるひとを探してきた。
“一番”っていうのは、そんなに簡単になれるもんじゃない。少なくともあたしにとってはかなりの努力が要ることで。
自分を磨いて相手の好みを知って―――色々な努力をしないと、あたしはいつまでも“二番手”止まりのまま。
“一番”になれないと賭けに負けてしまう。あたしの人生そこで“詰み”だ。
でも賭けに勝てれば誰でもいいってわけじゃない。
出来たらそこそこ見た目が良くて、そこそこお金を持っていて。その上で相性が良ければ最高。セックスの相性を知るには、キスが一番手っ取り早いのだ。
(この腹黒ヘタレ男とは、確実に合うんだろうなぁ)
その勘はやっぱり外れなかった。
0
お気に入りに追加
104
あなたにおすすめの小説
イケメン社長と私が結婚!?初めての『気持ちイイ』を体に教え込まれる!?
すずなり。
恋愛
ある日、彼氏が自分の住んでるアパートを引き払い、勝手に『同棲』を求めてきた。
「お前が働いてるんだから俺は家にいる。」
家事をするわけでもなく、食費をくれるわけでもなく・・・デートもしない。
「私は母親じゃない・・・!」
そう言って家を飛び出した。
夜遅く、何も持たず、靴も履かず・・・一人で泣きながら歩いてるとこを保護してくれた一人の人。
「何があった?送ってく。」
それはいつも仕事場のカフェに来てくれる常連さんだった。
「俺と・・・結婚してほしい。」
「!?」
突然の結婚の申し込み。彼のことは何も知らなかったけど・・・惹かれるのに時間はかからない。
かっこよくて・・優しくて・・・紳士な彼は私を心から愛してくれる。
そんな彼に、私は想いを返したい。
「俺に・・・全てを見せて。」
苦手意識の強かった『営み』。
彼の手によって私の感じ方が変わっていく・・・。
「いあぁぁぁっ・・!!」
「感じやすいんだな・・・。」
※お話は全て想像の世界のものです。現実世界とはなんら関係ありません。
※お話の中に出てくる病気、治療法などは想像のものとしてご覧ください。
※誤字脱字、表現不足は重々承知しております。日々精進してまいりますので温かく見ていただけると嬉しいです。
※コメントや感想は受け付けることができません。メンタルが薄氷なもので・・すみません。
それではお楽しみください。すずなり。
社長室の蜜月
ゆる
恋愛
内容紹介:
若き社長・西園寺蓮の秘書に抜擢された相沢結衣は、突然の異動に戸惑いながらも、彼の完璧主義に応えるため懸命に働く日々を送る。冷徹で近寄りがたい蓮のもとで奮闘する中、結衣は彼の意外な一面や、秘められた孤独を知り、次第に特別な絆を築いていく。
一方で、同期の嫉妬や社内の噂、さらには会社を揺るがす陰謀に巻き込まれる結衣。それでも、蓮との信頼関係を深めながら、二人は困難を乗り越えようとする。
仕事のパートナーから始まる二人の関係は、やがて揺るぎない愛情へと発展していく――。オフィスラブならではの緊張感と温かさ、そして心揺さぶるロマンティックな展開が詰まった、大人の純愛ストーリー。
ケダモノ、148円ナリ
菱沼あゆ
恋愛
ケダモノを148円で買いました――。
「結婚するんだ」
大好きな従兄の顕人の結婚に衝撃を受けた明日実は、たまたま、そこに居たイケメンを捕まえ、
「私っ、この方と結婚するんですっ!」
と言ってしまう。
ところが、そのイケメン、貴継は、かつて道で出会ったケダモノだった。
貴継は、顕人にすべてをバラすと明日実を脅し、ちゃっかり、明日実の家に居座ってしまうのだが――。
あまやかしても、いいですか?
藤川巴/智江千佳子
恋愛
結婚相手は会社の王子様。
「俺ね、ダメなんだ」
「あーもう、キスしたい」
「それこそだめです」
甘々(しすぎる)男子×冷静(に見えるだけ)女子の
契約結婚生活とはこれいかに。
身分差婚~あなたの妻になれないはずだった~
椿蛍
恋愛
「息子と別れていただけないかしら?」
私を脅して、別れを決断させた彼の両親。
彼は高級住宅地『都久山』で王子様と呼ばれる存在。
私とは住む世界が違った……
別れを命じられ、私の恋が終わった。
叶わない身分差の恋だったはずが――
※R-15くらいなので※マークはありません。
※視点切り替えあり。
※2日間は1日3回更新、3日目から1日2回更新となります。
ワケあり上司とヒミツの共有
咲良緋芽
恋愛
部署も違う、顔見知りでもない。
でも、社内で有名な津田部長。
ハンサム&クールな出で立ちが、
女子社員のハートを鷲掴みにしている。
接点なんて、何もない。
社内の廊下で、2、3度すれ違った位。
だから、
私が津田部長のヒミツを知ったのは、
偶然。
社内の誰も気が付いていないヒミツを
私は知ってしまった。
「どどど、どうしよう……!!」
私、美園江奈は、このヒミツを守れるの…?
腹黒上司が実は激甘だった件について。
あさの紅茶
恋愛
私の上司、坪内さん。
彼はヤバいです。
サラサラヘアに甘いマスクで笑った顔はまさに王子様。
まわりからキャーキャー言われてるけど、仕事中の彼は腹黒悪魔だよ。
本当に厳しいんだから。
ことごとく女子を振って泣かせてきたくせに、ここにきて何故か私のことを好きだと言う。
マジで?
意味不明なんだけど。
めっちゃ意地悪なのに、かいま見える優しさにいつしか胸がぎゅっとなってしまうようになった。
素直に甘えたいとさえ思った。
だけど、私はその想いに応えられないよ。
どうしたらいいかわからない…。
**********
この作品は、他のサイトにも掲載しています。
Promise Ring
霧内杳/眼鏡のさきっぽ
恋愛
浅井夕海、OL。
下請け会社の社長、多賀谷さんを社長室に案内する際、ふたりっきりのエレベーターで突然、うなじにキスされました。
若くして独立し、業績も上々。
しかも独身でイケメン、そんな多賀谷社長が地味で無表情な私なんか相手にするはずなくて。
なのに次きたとき、やっぱりふたりっきりのエレベーターで……。
ユーザ登録のメリット
- 毎日¥0対象作品が毎日1話無料!
- お気に入り登録で最新話を見逃さない!
- しおり機能で小説の続きが読みやすい!
1~3分で完了!
無料でユーザ登録する
すでにユーザの方はログイン
閉じる