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森 希々花はいつも二番手***
森 希々花はいつも二番手(3)***
しおりを挟む「これを俺に……?」
あたしがそれに頷くと、彼はペールブルーの小さな紙袋を手に取った。
「いらんのやったら別にえぇんですぅ」
敢えて素っ気なくそう言うと、彼が「ふっ」と息を吐くように笑う。
「そうか、明日は――いや、もう今日か、バレンタインは」
その言葉にあたしは内心ガックリと肩を落とした。
それがあったから“今日”なのかも、と淡い期待を抱いた自分がバカだった。
相変わらずあたしは学習しない。何度自分にガッカリすればいいんだろう。
ルームライトの光量を絞ったオレンジ色の部屋は、少し距離を空けるだけでお互いの表情を分かりにくくしてくれる。
でもそれでいい。――ううん、それがいい。
今のあたしは、きっとひどく醜い顔をしているだろうから。
「ちゃんと味わってくださいよぉ? それ、高かったんですからぁ」
言いながら彼に背を向けベッドサイドに腰を下ろすと、腰と肩に彼の腕が巻き付いてきた。
「ああ、もちろん」
後ろから抱きしめられて、硬い胸板の感触が背中に伝わってくる。それもそのはず、彼の上半身は何も身に着けていない。あたしだって、無残に脱ぎ散らされていた下着をついさっき拾って身に着けたばかり。
「甘いものはあまり食べないが、ここのやつは結構好きなんだ。ありがとな、森」
――知ってる。去年のバレンタインに静さんと話していたのを聞いたもん。
「だけどこんな高いものを……俺にそんな気を遣わなくて良かったんだぞ?」
「気ぃなんてぇ、」
『遣こぅてませんよぉ』――そう続けようとした時、聞こえた言葉に、胸に針が差すような痛みが走った。
「俺たちは割り切った関係なんだろう?」
涙が浮かばないようにグッと眉間に力を込めてから、あたしは後ろを振り向かずにいつもと同じ高い声を出した。
「いちおぉ上司なんやしぃ、変なもんはぁあげられませぇん」
「一応って、おまえなぁ……」
彼が呆れたようについた溜め息が首筋にかかる。肩を竦めると体に巻き付いた腕に力が込められる。
耳元で「もう一回――いいだろ?」と低く囁かれて、お腹の下がズクンと疼いた。もうすっかり落ち着いたと思っていた熱は、彼の手にかかるとこんなふうに、いとも簡単に呼び戻されてしまう。
「んんっ…、」
後ろから耳朶を食まれて身を竦めると、その唇は首筋を辿りながら下りてきた。
後ろから回した両手が、あたしのささやかな膨らみを包み込みこむ。
「あんっ……、やっ、だめぇ……」
指の腹でキュッと先端を挟みながら揉まれると、腰から甘い愉悦が這い上がってきた。
「ダメ、じゃないだろ。相変わらず素直じゃないな」
言いながら彼が両手に力を込める。痛いくらいに揉みしだかれて、あたしは喘ぎ声を我慢できない。
手慣れた愛撫にあたしの体の芯に残っていた火があっという間に燃え上がる。
大人しくされるがままでいられなくなって、あたしは体の向きを変えて自分から彼の膝をまたいだ。
「バレンタインサービスか?」
にやりと口の端を上げた彼を一瞥すると、あたしは下着越しに当たる彼の昂りに押しつけるようにして腰を揺らしてやった。片方の眉をピクリと跳ねさせた彼が、あたしの腰を両手で掴む。
「心配しなくてもちゃんとお返しは奮発する――一応、可愛い部下だからな」
そう口にするなりあたしの唇を塞いだ彼は、そのままあたしの躰を再び弄び始めた。
いったいいつだったのだろう。彼のことを好きになったのは。
入社してすぐ配属になったのは、トーマビール関西工場の工場見学事業課。
自分の上司に当たるその人の第一印象は――。
“胡散臭いやつ”
『ようこそ、我が工場見学事業課に。私は課長の結城です』
人生で初めて出来た上司は、理想的な幅を保った二重のアーモンドアイを細めて、あたしにそう言った。まるで「にっこり」という文字が見えそうなほど完璧な笑顔で。
あの時、あたしが彼になんて返したのかはもう覚えていないけれど、頭の中で言った言葉は一言一句違わず覚えている。
(うぅわっ、胡散臭か!)
完璧すぎる笑顔はかえって腹の底がまったく見えず、あたしにはそう映ったのだ。
サラサラの黒髪は、サイドを刈り上げたツーブロック。トップの髪は整髪剤で動きを出しつつも後ろに流してある。清涼感溢れるスタイルは、社会人としての良識を守りつつ遊ばせているあたりに、こなれ感が出ていた。
(こりゃあ、ばりモテるっちゃろうね……)
速攻確認した左手には指輪はない。だけど結婚指輪をしない人も多いからまだ分からない。
たとえ未婚だとしても、こんなイケメンに恋人が居ないわけない。ううん。恋人以外の女だって、一人や二人いるに決まっている。
これまでの経験から言って、このイケメンを狙ってもまた“二番手堕ち”なのは目に見えてる。いや、二番手ならまだしも、三番手……ひょっとしたら四番手なんてことも――。
このイケメン課長には、絶対堕ちてはいけない。
あたしは入社初日にそう誓ったのだ。
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