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番外編
4.
しおりを挟む「ゲホッ……ゴホッ!」
「これまずいな……」
夜が深くなるにつれて症状も悪化してきた。咳の頻度も多くなり、呼吸をするのも辛くなっている。風邪をひくなんて久々のことだ。こんなに辛いものだったかと咳き込みながらぼんやりと思っていた。
苦しげに咳をしている真横でクインシーが切羽詰まった声で呟く。
「苦しいよね……どうしよう……」
大丈夫だと言いたかったが、代わりに出たのは咳。喋ることもままならない状態に段々とクインシーの顔色が悪くなっていった。
「なんでこんな時に居ないんだよ! クソッ……!」
きっとアレクサンダーに向けての悪態だろう。固く握りしめた拳をベッドに強く叩きつけ、クインシーは勢いよく起き上がった。
「だ……い、じょ……ゴホッ……ひゅっ」
「カイは寝てて! 俺、医者呼んでくるから!」
「い……しゃ……?」
「うん。あんま顔合わせたくないけど……今はそんなこと言ってられないから」
誰を呼びに行こうとしてるのかはすぐに分かった。だけど、こんな夜中に来てくれるとは思えない。それに相手に迷惑がかかってしまう。これくらいの症状なら一晩寝れば良くなるはずだ。そう思ってクインシーを引き留めようと手を伸ばした。
「ごめんね。少しだけ待ってて。すぐ戻るから」
「くいんし、まっ……て」
「一人は嫌だと思うけど……。すぐ……すぐ戻ってくるから」
伸ばした手はクインシーに強く握られる。握り返そうどしたけれど力が入らず、ただやんわりと触ることしかできなかった。そんな弱い力では引き止めることなど出来ず、クインシーは海の手を布団の中へと戻して寝室を出ていってしまう。
「まっ……ほんとに……まって……ゲホッゲホッ!」
人の話を聞け!と叫びたい。風邪くらいでウィリアムを呼ぶことはないのだ。医者を呼ぶ、というのは海の感覚的には救急車を呼ぶのと同義となる。風邪くらいでわざわざ医者を呼ぶだなんて大袈裟すぎるじゃないか。次、ウィリアムに会ったらなんて言えばいいんだ。
「くいんしー……ちょ……戻ってこ……い」
クインシーが出ていった扉を睨むように見ながら、べしべしとベットを叩いた。
⋆ ・⋆ ・⋆ ・⋆
「バッカじゃないの!? なんでもっと早く言わないのよ!!」
「しょうがないだろ! こんなに酷くなると思わなかったんだから!」
「風邪舐めてんじゃないわよ! あんた、合併症起こしたらどうすんのよ!」
「がっ……なに!?」
とりあえずうるさい。病人の真横で怒鳴り散らさないで欲しい。それに今何時だと思ってるんだ。メイドたちがいる居住部屋から離れている場所とはいえ、これだけ騒いでいれば聞こえてしまう。昼間は忙しなく仕事をしているのだから夜くらいは静かに休ませてあげてほしい。
「……うるさい」
「やだ。文句言えるなら元気じゃない」
海の方に背を向けていたウィリアムがくるっとこちらを振り返る。就寝中に叩き起されたのだから当たり前なのだが、化粧を一切施していないすっぴんだ。一昔前のギャル風メイクをしていたから気づかなかったが、以外にもウィリアムは綺麗な顔立ちをしている。むしろメイクをしないほうがいいんじゃないかと思うほどに。
「そんなに見つめたって何も出ないわよ?」
「そ……ち……ゲホッ……きれ……」
「はいはい。何言いたいかはわかったから。もうお黙り」
咳き込む海にウィリアムはため息をつく。どうやら顔のことについては何度も言われているらしく、海の言いたいことを汲み取ってくれた。
「症状は? 熱と咳だけ?」
持っていた黒革の手提げカバンをベッドの端に起き、中から器具を取り出す。銀色の平べったいヘラのような物をウィリアムは手にしながら海に近づいてくる。
「多分……あと、喉がダメかも。咳が出てなかった時に喉が痛いって言ってた気がする」
「そう。カイ、お口あーんできるかしら」
「ん……」
言われた通り口を大きく開けると、銀色のヘラが舌に押し当てられる。当てているところがまた絶妙だ。もう少し奥に入れられたらオエッとなるのだが、そうならないギリギリのところにウィリアムは押し当てていた。
「酷いわね。晴れあがっちゃってる。よく我慢してるじゃない」
「いたい」
「そりゃそうよ。唾液飲むだけでもヒリヒリするでしょ」
小さく頷くと「可哀想に」とウィリアムは呟いた。
「カイ、薬飲める?」
「た、ぶ……」
「咳が酷いから難しそうね……。座薬にしときましょ」
座薬という単語に海はピシッと固まった。
「え、座薬にするの?」
「これだけ咳してるんだから経口摂取は無理でしょう? もし吐いたりしたら意味なくなっちゃうわよ」
「そうかもしれないけどさぁ……」
「あんたら慣れてるでしょうが。入れてあげなさいよ」
投げかけられた言葉にクインシーは顔を赤くさせてそっぽ向いた。ウィリアムは呆れた顔でクインシーを見てから海の方へと向き直る。
「とりあえず五日分置いていくわ。自分で薬が飲めそうになったら言ってちょうだい。経口用の薬を用意するから」
最初から経口摂取の薬でお願いしたいのだが、言ってもウィリアムは聞いてはくれないだろう。海は素直に頷き、掠れた声で礼を言った。
「じゃ、アタシは帰るから。パパが心配してたわよ。元気になったら顔を見せに来なさい」
薬をサイドテーブルに置いてウィリアムは寝室を出ていった。
「パパ……? え、あいつヴィンスのことパパって呼んでんの!?」
それは海も言いたかったことだ。ウィリアムはヴィンスのことを"パパ"と呼んでいたのか。
(あの顔で親父、って呼んでても違和感あるけど、パパも凄く違和感あるなぁ)
お父さん、と呼んでいてもなんか違う気がする。ならばなんて呼べばしっくりくるんだと言われると悩んでしまう。
ただ……パパはちょっと無理があるように思えた。
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漸く完結いたしました!!
とりあえず、お留守番編(クインシー)、結婚記念日編(クインシーとアレクサンダー)を出す予定になっております!
番外編も楽しんでいただけたら光栄です!!
わあああああ、完結おめでとうございます
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