異世界に来たけど、自分はモブらしいので帰りたいです。

蒼猫

文字の大きさ
上 下
120 / 121
番外編

3.

しおりを挟む



 完全にやらかした。これは風邪だ──目を覚ました海は見慣れた寝室の天井を眺めながらため息をついた。熱のせいでぼんやりとした意識の中、何でこうなったんだっけ?と思い返してみたが、鈍器で頭を打ち付けられているような痛みのせいで何も考えられなかった。

「くいんしー……」

 とりあえず水を飲みたい。そう思って身体を動かそうとしたのだが、ゆっくりとした動きしか出来なかった。身体に鉛でも乗せられているのかというくらい重く、気だるさが酷い。これはトイレに行くのも苦労しそうだ。近くにクインシーがいてくれたら……と願って呼んでみたのだが、カエルが潰れたような声しか出ない。少し寝ている間に喉までダメになってしまったのか。

「くい……ごほっ……!」

「カイ? 起きた?」

 かなり近いところからクインシーの声が聞こえて、ビクッと身体を震わせる。声のした方へと顔を向けると、すぐ隣でクインシーも海と同じように横になっていた。

「くいんし、ずっと……」

「うん。ここにいたよ。カイ一人にするの嫌だったから」

 海が起きるまでずっとここに居てくれたらしい。クインシーだってやることがあるはずなのに。それにそんな近くにいたらクインシーに風邪がうつってしまう。
 慌てて彼から離れようと身をよじったが、クインシーによって止められてしまった。

「辛いなら動かない方がいいよ。何か欲しいものはある?」

「俺に……近づかないで……」

「え……」

「かぜ、うつ……るから」

「あ、そっちか。びっくりした……。いいよ、風邪くらい」

 クインシーに背を向けて海は布団の中で丸くなる。
 布団の中で咳き込んでいると段々と息苦しくなってくるのだが、それでも表に顔を出さなかった。クインシーの前で咳をしてしまってはうつってしまうから。

「カイ、布団の中じゃ苦しいよ。出ておいで」

「やだ、クインシーがそこに居るなら出ない」

「そんな事言わないでよ。これじゃ看病出来ないよ」

 わがまま言わないでと布団を軽く叩かれたが、海は頑なに顔を出さずにいた。その間も咳が止まらない。普通の咳き込みから嘔吐くような咳に変わった瞬間、布団がひっぺがされた。

「いい加減にしろって言ってるだろ。頼むから言うこと聞いてくれよ。そんな辛そうな状態放置出来るわけないだろ!」

「く……んし、」

 優しい声色が一気に様変わりした。一段低くなった声で怒られ、海は突然のことに萎縮する。

「はぁ……お願いだから俺の話聞いて。ね?」

「ごめ……」

 海の怯える姿にクインシーは"やっちまった"と言う顔をして、いつもの声で諭すように声をかける。怒っていないというのを示すように海の頬に手を添えて優しく撫でた。

「こんなに熱くなってる。まずは熱を下げないと」

「ん……」

 熱が上がってるせいか、クインシーの手がとても冷たく気持ちがいい。もっとそのひんやりをくれと言わんばかりに海はクインシーの手に擦り寄った。

「……かわい……じゃなくて……! カイ、何か欲しいものはある? 飲み物とかいる?」

「水……飲みたい」

「ご飯は?」

「食欲はない、かな」

 気だるさが酷くてご飯を食べる気にならない。栄養を摂らなくてはいけないのはわかっているのだが、今出されても吐き出して無駄にしてしまう。

「わかった。じゃあ、飲み物持ってくるから。大人しくしててね?」

 海の頭をやんわりと撫でた後、クインシーは静かに寝室を出ていった。

 足音が聞こえなくなってから、海はゴロゴロと動き始める。

「あーーー、辛い。喉痛い、頭痛い、熱やばい」

 文句を言っても、ベッドの上をゴロゴロと寝転がっても良くなるわけもない。むしろ動いたことによって頭の痛みが酷くなっただけだ。

 それから程なくしてクインシーが戻ってきた。
 水の入ったコップと、そこの深い器を手にして。

「起きれそう?」

「うん」

 ゆっくりと身体を起こし、クインシーから水の入ったコップを受け取る。その海の隣に胡座をかいて座るクインシーは困ったようにもう一つの器を見ていた。

「食欲は無いんだもんね?」

「あんまり……」

「だよねぇ。これ渡されちゃったんだよ」

 クインシー曰く、水差しとコップだけを持ってくるつもりでいた。寝室に戻る途中でメイドに捕まり、海の容態を根掘り葉掘り聞かれたらしい。水だけではダメだと怒られたのち、野菜スープを手渡されたとのこと。

 柔らかくなるまで煮込んであるから軽く食べれるはずだと半ば押し付けられた。今は食欲がないから食べれるかわからないと伝えたのだが、数人のメイドに睨まれてしまったクインシーは黙って持ってくることしか出来なかった、と。

「どう……する? あれだったら俺が食べちゃおうか?」

「食べてみるよ。食欲なくても少しは食べないと。治りが遅くなるかもしれないし」

「無理はしなくていいからね?」

 空になったコップをクインシーに渡して、代わりに器を受け取ろうとした。

「……クインシー、食べるから貸して?」

「んー? こういう時ってほら、アレやりたくなるじゃん」

 ニヤニヤと笑いながらスープを掬ったスプーンの先をこちらへと向けてくる。文句を言おうと思って開けた口の中へとスプーンが入り込み、海は慌ててスープを飲み込んだ。

「どう?」

「……美味しい。美味しいけど!!」

「そっかー! 後で伝えておくよ!」

 にっこり。またスプーンを向けられ、海は渋々口を開いた。

 スープは全て海の胃の中に収まり、クインシーは嬉しそうに笑っていた。子供のような扱いに海は不機嫌そうに顔を歪めたが、
しおりを挟む
感想 54

あなたにおすすめの小説

聖女の兄で、すみません!

たっぷりチョコ
BL
聖女として呼ばれた妹の代わりに異世界に召喚されてしまった、古河大矢(こがだいや)。 三ヶ月経たないと元の場所に還れないと言われ、素直に待つことに。 そんな暇してる大矢に興味を持った次期国王となる第一王子が話しかけてきて・・・。 BL。ラブコメ異世界ファンタジー。

聖女の兄で、すみません! その後の話

たっぷりチョコ
BL
『聖女の兄で、すみません!』の番外編になります。

運悪く放課後に屯してる不良たちと一緒に転移に巻き込まれた俺、到底馴染めそうにないのでソロで無双する事に決めました。~なのに何故かついて来る…

こまの ととと
BL
『申し訳ございませんが、皆様には今からこちらへと来て頂きます。強制となってしまった事、改めて非礼申し上げます』  ある日、教室中に響いた声だ。  ……この言い方には語弊があった。  正確には、頭の中に響いた声だ。何故なら、耳から聞こえて来た感覚は無く、直接頭を揺らされたという感覚に襲われたからだ。  テレパシーというものが実際にあったなら、確かにこういうものなのかも知れない。  問題はいくつかあるが、最大の問題は……俺はただその教室近くの廊下を歩いていただけという事だ。 *当作品はカクヨム様でも掲載しております。

婚約破棄されて捨てられた精霊の愛し子は二度目の人生を謳歌する

135
BL
春波湯江には前世の記憶がある。といっても、日本とはまったく違う異世界の記憶。そこで湯江はその国の王子である婚約者を救世主の少女に奪われ捨てられた。 現代日本に転生した湯江は日々を謳歌して過ごしていた。しかし、ハロウィンの日、ゾンビの仮装をしていた湯江の足元に見覚えのある魔法陣が現れ、見覚えのある世界に召喚されてしまった。ゾンビの格好をした自分と、救世主の少女が隣に居て―…。 最後まで書き終わっているので、確認ができ次第更新していきます。7万字程の読み物です。

婚約破棄されたショックで前世の記憶&猫集めの能力をゲットしたモブ顔の僕!

ミクリ21 (新)
BL
婚約者シルベスター・モンローに婚約破棄されたら、そのショックで前世の記憶を思い出したモブ顔の主人公エレン・ニャンゴローの話。

【完結】薄幸文官志望は嘘をつく

七咲陸
BL
サシャ=ジルヴァールは伯爵家の長男として産まれるが、紫の瞳のせいで両親に疎まれ、弟からも蔑まれる日々を送っていた。 忌々しい紫眼と言う両親に幼い頃からサシャに魔道具の眼鏡を強要する。認識阻害がかかったメガネをかけている間は、サシャの顔や瞳、髪色までまるで別人だった。 学園に入学しても、サシャはあらぬ噂をされてどこにも居場所がない毎日。そんな中でもサシャのことを好きだと言ってくれたクラークと言う茶色の瞳を持つ騎士学生に惹かれ、お付き合いをする事に。 しかし、クラークにキスをせがまれ恥ずかしくて逃げ出したサシャは、アーヴィン=イブリックという翠眼を持つ騎士学生にぶつかってしまい、メガネが外れてしまったーーー… 認識阻害魔道具メガネのせいで2人の騎士の間で別人を演じることになった文官学生の恋の話。 全17話 2/28 番外編を更新しました

光る穴に落ちたら、そこは異世界でした。

みぃ
BL
自宅マンションへ帰る途中の道に淡い光を見つけ、なに? と確かめるために近づいてみると気付けば落ちていて、ぽん、と異世界に放り出された大学生が、年下の騎士に拾われる話。 生活脳力のある主人公が、生活能力のない年下騎士の抜けてるとこや、美しく格好いいのにかわいいってなんだ!? とギャップにもだえながら、ゆるく仲良く暮らしていきます。 何もかも、ふわふわゆるゆる。ですが、描写はなくても主人公は受け、騎士は攻めです。

マリオネットが、糸を断つ時。

せんぷう
BL
 異世界に転生したが、かなり不遇な第二の人生待ったなし。  オレの前世は地球は日本国、先進国の裕福な場所に産まれたおかげで何不自由なく育った。確かその終わりは何かの事故だった気がするが、よく覚えていない。若くして死んだはずが……気付けばそこはビックリ、異世界だった。  第二生は前世とは正反対。魔法というとんでもない歴史によって構築され、貧富の差がアホみたいに激しい世界。オレを産んだせいで母は体調を崩して亡くなったらしくその後は孤児院にいたが、あまりに酷い暮らしに嫌気がさして逃亡。スラムで前世では絶対やらなかったような悪さもしながら、なんとか生きていた。  そんな暮らしの終わりは、とある富裕層らしき連中の騒ぎに関わってしまったこと。不敬罪でとっ捕まらないために背を向けて逃げ出したオレに、彼はこう叫んだ。 『待て、そこの下民っ!! そうだ、そこの少し小綺麗な黒い容姿の、お前だお前!』  金髪縦ロールにド派手な紫色の服。装飾品をジャラジャラと身に付け、靴なんて全然汚れてないし擦り減ってもいない。まさにお貴族様……そう、貴族やら王族がこの世界にも存在した。 『貴様のような虫ケラ、本来なら僕に背を向けるなどと斬首ものだ。しかし、僕は寛大だ!!  許す。喜べ、貴様を今日から王族である僕の傍に置いてやろう!』  そいつはバカだった。しかし、なんと王族でもあった。  王族という権力を振り翳し、盾にするヤバい奴。嫌味ったらしい口調に人をすぐにバカにする。気に入らない奴は全員斬首。 『ぼ、僕に向かってなんたる失礼な態度っ……!! 今すぐ首をっ』 『殿下ったら大変です、向こうで殿下のお好きな竜種が飛んでいた気がします。すぐに外に出て見に行きませんとー』 『なにっ!? 本当か、タタラ! こうしては居られぬ、すぐに連れて行け!』  しかし、オレは彼に拾われた。  どんなに嫌な奴でも、どんなに周りに嫌われていっても、彼はどうしようもない恩人だった。だからせめて多少の恩を返してから逃げ出そうと思っていたのに、事態はどんどん最悪な展開を迎えて行く。  気に入らなければ即断罪。意中の騎士に全く好かれずよく暴走するバカ王子。果ては王都にまで及ぶ危険。命の危機など日常的に!  しかし、一緒にいればいるほど惹かれてしまう気持ちは……ただの忠誠心なのか?  スラム出身、第十一王子の守護魔導師。  これは運命によってもたらされた出会い。唯一の魔法を駆使しながら、タタラは今日も今日とてワガママ王子の手綱を引きながら平凡な生活に焦がれている。 ※BL作品 恋愛要素は前半皆無。戦闘描写等多数。健全すぎる、健全すぎて怪しいけどこれはBLです。 .

処理中です...