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番外編
3.
しおりを挟む完全にやらかした。これは風邪だ──目を覚ました海は見慣れた寝室の天井を眺めながらため息をついた。熱のせいでぼんやりとした意識の中、何でこうなったんだっけ?と思い返してみたが、鈍器で頭を打ち付けられているような痛みのせいで何も考えられなかった。
「くいんしー……」
とりあえず水を飲みたい。そう思って身体を動かそうとしたのだが、ゆっくりとした動きしか出来なかった。身体に鉛でも乗せられているのかというくらい重く、気だるさが酷い。これはトイレに行くのも苦労しそうだ。近くにクインシーがいてくれたら……と願って呼んでみたのだが、カエルが潰れたような声しか出ない。少し寝ている間に喉までダメになってしまったのか。
「くい……ごほっ……!」
「カイ? 起きた?」
かなり近いところからクインシーの声が聞こえて、ビクッと身体を震わせる。声のした方へと顔を向けると、すぐ隣でクインシーも海と同じように横になっていた。
「くいんし、ずっと……」
「うん。ここにいたよ。カイ一人にするの嫌だったから」
海が起きるまでずっとここに居てくれたらしい。クインシーだってやることがあるはずなのに。それにそんな近くにいたらクインシーに風邪がうつってしまう。
慌てて彼から離れようと身をよじったが、クインシーによって止められてしまった。
「辛いなら動かない方がいいよ。何か欲しいものはある?」
「俺に……近づかないで……」
「え……」
「かぜ、うつ……るから」
「あ、そっちか。びっくりした……。いいよ、風邪くらい」
クインシーに背を向けて海は布団の中で丸くなる。
布団の中で咳き込んでいると段々と息苦しくなってくるのだが、それでも表に顔を出さなかった。クインシーの前で咳をしてしまってはうつってしまうから。
「カイ、布団の中じゃ苦しいよ。出ておいで」
「やだ、クインシーがそこに居るなら出ない」
「そんな事言わないでよ。これじゃ看病出来ないよ」
わがまま言わないでと布団を軽く叩かれたが、海は頑なに顔を出さずにいた。その間も咳が止まらない。普通の咳き込みから嘔吐くような咳に変わった瞬間、布団がひっぺがされた。
「いい加減にしろって言ってるだろ。頼むから言うこと聞いてくれよ。そんな辛そうな状態放置出来るわけないだろ!」
「く……んし、」
優しい声色が一気に様変わりした。一段低くなった声で怒られ、海は突然のことに萎縮する。
「はぁ……お願いだから俺の話聞いて。ね?」
「ごめ……」
海の怯える姿にクインシーは"やっちまった"と言う顔をして、いつもの声で諭すように声をかける。怒っていないというのを示すように海の頬に手を添えて優しく撫でた。
「こんなに熱くなってる。まずは熱を下げないと」
「ん……」
熱が上がってるせいか、クインシーの手がとても冷たく気持ちがいい。もっとそのひんやりをくれと言わんばかりに海はクインシーの手に擦り寄った。
「……かわい……じゃなくて……! カイ、何か欲しいものはある? 飲み物とかいる?」
「水……飲みたい」
「ご飯は?」
「食欲はない、かな」
気だるさが酷くてご飯を食べる気にならない。栄養を摂らなくてはいけないのはわかっているのだが、今出されても吐き出して無駄にしてしまう。
「わかった。じゃあ、飲み物持ってくるから。大人しくしててね?」
海の頭をやんわりと撫でた後、クインシーは静かに寝室を出ていった。
足音が聞こえなくなってから、海はゴロゴロと動き始める。
「あーーー、辛い。喉痛い、頭痛い、熱やばい」
文句を言っても、ベッドの上をゴロゴロと寝転がっても良くなるわけもない。むしろ動いたことによって頭の痛みが酷くなっただけだ。
それから程なくしてクインシーが戻ってきた。
水の入ったコップと、そこの深い器を手にして。
「起きれそう?」
「うん」
ゆっくりと身体を起こし、クインシーから水の入ったコップを受け取る。その海の隣に胡座をかいて座るクインシーは困ったようにもう一つの器を見ていた。
「食欲は無いんだもんね?」
「あんまり……」
「だよねぇ。これ渡されちゃったんだよ」
クインシー曰く、水差しとコップだけを持ってくるつもりでいた。寝室に戻る途中でメイドに捕まり、海の容態を根掘り葉掘り聞かれたらしい。水だけではダメだと怒られたのち、野菜スープを手渡されたとのこと。
柔らかくなるまで煮込んであるから軽く食べれるはずだと半ば押し付けられた。今は食欲がないから食べれるかわからないと伝えたのだが、数人のメイドに睨まれてしまったクインシーは黙って持ってくることしか出来なかった、と。
「どう……する? あれだったら俺が食べちゃおうか?」
「食べてみるよ。食欲なくても少しは食べないと。治りが遅くなるかもしれないし」
「無理はしなくていいからね?」
空になったコップをクインシーに渡して、代わりに器を受け取ろうとした。
「……クインシー、食べるから貸して?」
「んー? こういう時ってほら、アレやりたくなるじゃん」
ニヤニヤと笑いながらスープを掬ったスプーンの先をこちらへと向けてくる。文句を言おうと思って開けた口の中へとスプーンが入り込み、海は慌ててスープを飲み込んだ。
「どう?」
「……美味しい。美味しいけど!!」
「そっかー! 後で伝えておくよ!」
にっこり。またスプーンを向けられ、海は渋々口を開いた。
スープは全て海の胃の中に収まり、クインシーは嬉しそうに笑っていた。子供のような扱いに海は不機嫌そうに顔を歪めたが、
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