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番外編
2.
しおりを挟む結局、アレクサンダーと一緒に花を見に行くことは出来なかった。
忙しいのだから仕方ないと頭で理解している。だが、心の中では『少しくらい仕事から離れてもいいじゃないか』と思ってしまう。こんな事をアレクサンダーに言ったらきっと困った顔で笑って「すまん」と謝られるのだ。
少しは休んで欲しい──と言おうとしたが、海は言葉を飲み込んだ。アレクサンダーを国王にしたのは海とクインシーである。責任を全て彼一人に押し付けた側なのに、休めだなんて言えるだろうか。
海とクインシーの顔を見に来ただけだったアレクサンダーは仕事に戻るべく部屋を出ていこうとした。その背中へと海は思わず抱きついて引き留める。
「カイ?」
「ごめん……でも、」
「……すまない」
アレクサンダーに腕を掴まれて引き剥がされ、海は頭をガツンと殴られたようなショックを受けた。もしかしてアレクサンダーに嫌われたんじゃないかと。
「寂しい思いをさせてすまない」
「アレク……?」
こちらを振り向いたアレクサンダーは苦しげな顔をしながら海を抱きしめた。
「時間を作ろうとは思っているんだが、中々出来なくてな……」
「い、いよ……大丈夫だから。気にしないでいいよ。それより……アレクサンダーが働きすぎで体調崩さないかが心配」
「それは大丈夫だが……」
アレクサンダーの首元に頭を埋めて擦り寄るように抱きついた時、ピタッとアレクサンダーの動きが止まる。
どうしたのかと顔を上げると、逆に抱き込まれてしまった。
「アレク?」
首を傾げ、難しそうな顔でアレクサンダーは海を見下ろす。
「…………クインシー」
「なに?」
「俺がいない間、海から目を離すな」
「へ? あ、うん?」
そう言った後、アレクサンダーはゆっくりと身体を離して海の頬へと手を伸ばした。優しく顔の輪郭をなぞるように動く指。
「無理はするな。いいな?」
別に無理なんてしていないと返したのだが、アレクサンダーは渋い顔で海を見つめ続けるだけ。クインシーも不思議そうな顔でアレクサンダーを眺めていた。
⋆ ・⋆ ・⋆ ・⋆
翌日。
「それじゃあ、行ってくる。くれぐれも無理のないようにな?」
大きな荷物を抱えたアレクサンダーは城門の前で振り返り、海の頭をわしゃっと乱暴に撫でてからクインシーに謎のアイコンタクトを送った。
「無事に帰ってきてね」
「あぁ。土産を買ってきてやる。何がいい?」
「俺、食べたいお菓子があるんだけど!」
「菓子?」
"土産"という言葉にクインシーが反応し、目を輝かせながら興奮した面持ちでアレクサンダーに頼んだ。
「そ! 外でワッフルが流行ってるらしくてさ。暇があったら買ってきてよ。アレクサンダーが帰ってきたら三人で食べよう?」
「わかった。ワッフルという物がどういうものかは知らんが……探してみよう。カイは何がいい?」
クインシーの頼みを聞き入れて頷いたアレクサンダーは海へと目を向ける。土産は何がいいかと再度聞かれ、悩んだ末に海は一言呟いた。
「物は要らない。アレクサンダーが無事に帰ってきてくれればそれでいいよ」
土産よりもアレクサンダーが何事もなく帰ってきてくれる方が嬉しい。そう伝えると、アレクサンダーは固まってしまった。
「あー……今のは爆弾だったねぇ」
「……行くのやめるか」
「それはダメでしょ」
深いため息を零して持っていた荷物をポイッと地面に投げ捨てたアレクサンダーは両手で顔を覆う。クインシーの言葉にヤダヤダと首を振り、仕事に行きたくないと嘆いた。こんな姿のアレクサンダーを見るのは初めてだ。いつもなら文句を言わずに仕事をしている彼が苦しげに言った。これは止めなくてはいけないだろう。仕事のし過ぎで精神的に疲れてしまったのかもしれない。
「やめてもいいよ! 嫌ならやめよう!?」
俯いているアレクサンダーの頭を抱き寄せ、城へ戻ろうと引っ張った。
「ダメだ。仕事には行かなければ」
「嫌だと思ってるなら行かない方がいいって! 我慢して行くことはないよ!」
「俺が行かなければ話にならないだろう」
行かないとダメだと言いながらもアレクサンダーは海を抱きしめて離さない。それは身体が行くことを拒否しているんじゃないのか。やっぱりアレクサンダーを行かせてはダメだ。会議に出席しなかった事で他国から批判を浴びるかもしれないが、そんなことよりもアレクサンダーの体調の方が心配だった。
「ちょっと。いつまでカイに甘えてるのさ」
「いいだろう。これから三日間会えなくなるのだから」
「誤解が生まれるような甘え方しないでくれる!?」
「カイが行かなくていいと言っているのだからいいだろう!」
「アレクサンダーが体調悪そうにしてるから引き止めてるだけでしょうが! カイに無駄な心配かけないでくれる!?」
海に抱きついているアレクサンダーの頭をクインシーは叩き、早く行けと足を蹴る。アレクサンダーは渋々ながら海から離れ、放り出した荷物を手に取った。
「大丈夫なの?」
「悪い。少し駄々をこねた」
「いや、その顔で駄々こねたとか言わないで。笑うから」
すん、とした顔でアレクサンダーは呟き、クインシーはゲラゲラとお腹を抱えて笑う。
体調が悪かったのではなく、ただ仕事に行きたくなくなっただけだと知って海はホッと胸をなでおろした。
「カイ、」
「なに?」
城下町の方へと歩き出したアレクサンダーが不意に足を止めて振り返る。
「無理はするな。今日は一日休んでいろ」
「大丈夫だって。アレクサンダーが留守の間は俺が頑張らないと」
「……気づいていないのか?」
「何を?」
アレクサンダーは眉間にグッとシワを寄せて軽く海を睨む。
「いいから休め。倒れる前に」
「倒れる……って、俺、全然元気だよ?」
「クインシー、この後すぐに寝かせろ。昨日より上がってる」
「え、マジ!?」
クインシーとアレクサンダーの会話の意味がわからず海は首を傾げた。
アレクサンダーを最後まで見送った後、海は自分の部屋の机の上に置かれている手紙の山を思い出した。昨日、クインシーから受け取ったまま放置している物だ。今日中に全部中身を確認して返事を書かなくては。
「俺、部屋に戻るね」
「何言ってんの? 今日はもう休むよ?」
部屋へと歩き出した海の手をクインシーはガシッと掴んで阻む。その瞬間、クインシーは顔を顰めた。
「本当だ……昨日より熱くなってる……」
「クインシー?」
「自分で気づいてないの? カイ、熱でてるんだよ?」
「ね、つ?」
言われて漸く海は気づいた。
額に手を当てて自分の熱を測ってみると、いつもよりだいぶ熱くなっている。風邪をひいている、と気づいた瞬間、途端に体調が悪くなってきた。
「カイ!」
「ごめん……頭が……」
痛い。と呟こうとしたが、痛みが酷くて最後まで言えなかった。その場に座り込みそうになったところでクインシーに抱き上げられ寝室へと運ばれることになったのだが、ベッドに寝かされるまでの間ずっとクインシーに怒られたのは言うまでもない。
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