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番外編
お留守番
しおりを挟むラザミアが再建してから二年後の春。海とアレクサンダーは毎日慌ただしく動き回っていた。国王と王妃という立場上そうなることは頭では分かっていたのだが、実際に自分の身に降り掛かってくるとまた違ってくるもので、予想よりも遥かに上回る忙しさに海は目が回りそうになっていた。
朝からやっていた書類が今漸く終わり、背伸びをしながら時計を確認すると午後の二時過ぎになっていた。集中していたせいでお昼ご飯を食べ忘れ、海のお腹は情けない音を鳴らしている。そろそろお昼ご飯でも、と思っていた海の元にクインシーがふらりと現れた。手にはいくつもの封筒を持って。
「これ全部……見るの?」
「そうだねぇ。大丈夫だって。チャチャッとやれば二時間くらいで終わるよ!」
にこりと微笑むクインシーに海は口元を引き攣らせる。いつもならその微笑みに胸が高鳴るのだが、今は頭がガンガンと痛んだ。
クインシーが持ってきた手紙の量は数十枚ほど。彼が言うように集中して取り掛かれば数時間で終わるだろう。だが、海が気にしているのは時間ではなく中身の事だ。
王妃である海にはこうして定期的に手紙が届けられるのだが、書面に書かれている内容は常に同じものだった。他国との親交を深めるために行われる社交パーティーへの招待状。と言えば聞こえはいいのだが、ただ単に海の存在に興味があるからツラを出せ、というのが差出人達の思惑だろう。噂好き、物珍しいものが好きな女性陣たちの好奇心がありありと伝わってくる手紙ばかりだった。
「カイが行くって言うなら俺もついて行くよ。その為に専属の護衛騎士になったようなものなんだからさ」
「うん……そうしてもらえると助かる」
ありがとう、とクインシーに伝え、海は一番上にある封筒を一枚手にして封を開けた。中にある便箋を取り出した時、ふわりと甘い香りが鼻腔を擽る。海がこの作業を行う上でこれが一番苦手なのだ。手紙を読むのはいい、返事を書くのもマナーだから仕方ないと思える。でも、手紙を開く度に様々な匂いを嗅ぐのだけは好きになれなかった。
「どうして手紙に香水を振りまくんだ……」
「部屋に匂いついちゃうから窓開けようか。カイに変な匂いつくのは嫌だし」
封筒の中から漂う匂いにクインシーも顔をしかめ、海の後ろにある窓を全開にして室内に風を通す。春の暖かな風が海を優しく包むように吹き、手紙についていた甘い香水の香りをどこかへと吹き飛ばしてくれた。その代わりとでもいうように、風は微かに花の香りを残していく。
そういえば春になったんだっけ──
海は見ていた手紙を机の上に戻し、クインシーの元へと歩み寄り窓の外を眺めた。
「今頃、城の周りは花だらけかな」
城の周りにある水堀の中は色んな花で埋め尽くされているだろう。去年、海が適当に種を撒いてしまったから様々な花がバラバラに咲き誇っているはずだ。
今思えば何故そんなことをやり出したのかはわからないでいる。なんとなくそうしなければいけないという思いがふっと湧いて出たのだが、後々になって考えてみると不思議な感情だった。誰かの為にそうしなければならないと思っていたのだが、その誰かがわからなかった。これは今でも謎である。
「後で見に行ってみる?」
窓の外をじっと眺めていた海の腰にクインシーの腕が添えられグイッと引っ張られる。クインシーの胸に抱きつくような形になってしまった事に海は顔を赤らめた。
「じ、時間があったら……行きたい……けど」
「アレクサンダーも誘って見に行こうよ」
「うん……行く」
そういえば、アレクサンダーと最近話をしていない気がする。クインシーとはちょこちょこ話をしているのだが、アレクサンダーの方は挨拶をするのも難しいほど、会う回数が激減していた。
昼間は多忙を極めているので仕方ない。ならば夜くらいはと思ったのだが、夜の方もゆっくり話をしている時間なんて無かった。というよりも、アレクサンダーが作らないようにしているように思える。夜はいつも三人で同じベッドに寝ていた。その為に大きなベッドを作ってもらったのだが、今では無駄に広い寝具と化している。クインシーと海だけでは大きすぎるのだ。
常に書類に追われ、他国からの来賓の相手をしているアレクサンダーだ。昼夜問わず忙しい身なのは分かっている。でも、寝る間を惜しんでまで仕事をして欲しくはない。ラザミアを思って、海たちを思ってやってくれているのはわかるけど、アレクサンダーが体調を崩すようなことがあっては元も子もない。何とかして休ませたいと思って色々と試行錯誤してみたが、全て失敗に終わっている。なんせ、本人が楽しそうに仕事をしているのだから止めようが無いのだ。
"お前らが日々、笑って暮らせるのならこれくらいの仕事楽なもんだ"
と言って微笑まれてしまう。『あぁ、笑ってるアレクサンダー可愛い』なんて一人惚気けている間にメイドに部屋からペッと出されて終了。自分は何しに来たんだと反省した回数はもう数十回を超えている。
次こそは!と意気込むが、その度に何かしらの邪魔が入ったり、海のドン臭さで上手くいかなかったりと失敗を繰り返していた。
そんな中、アレクサンダーが数日後に外出するという話が出た。他国との合同会議に出席するべく、明日から三日間ほどラザミアを離れるというのだ。益々話すタイミングを失ってしまうことになる。
海が一番恐れているのは、アレクサンダーと話すことが無くなったことによる夫婦間の亀裂だ。もう好きではなくなった、とか言われたら泣く。しくしくなんて可愛いもんではない。スコール並にダバダバと泣く。
「え……無理……」
「なに? え? アレクサンダーに会いたくない?」
「え!? 会いたい! 今すぐ会いたいんだけど!?」
「だよね!? 無理って何が無理なの?」
「別れたいって言われたら無理……俺、アレクサンダーとクインシーの事大好きだから……」
「唐突で、しかも絶対有り得ない話が出てきてびっくりなんだけど!?」
そりゃそうだ。クインシーが驚くのも無理はない。全て海の中での話なのだから。
海が変な考え事をしているとクインシーが慌て始めたので、誤解を解くべく説明をし始めた海の視界の隅にひっそりと佇んでいる人物が見えた。
「アレクサンダー!?」
「え、いつの間に!? しかも、なんか鼻血垂らしてない!?」
静かに海の部屋に入ってきたアレクサンダーは真顔のまま扉の前に立っており、しかも鼻血をぽたぽたと垂らしている。
「いつからそこにいたの!?」
机の上にあったティッシュを数枚引き抜いてアレクサンダーの元に駆け寄り、鼻から垂れている血を優しく拭う。アレクサンダーはじっと海を見下ろしたかと思ったら、深いため息をついて右手で額を押さえた。
「……なんでお前はそんなに可愛いんだ」
「意味がわからないからもっと詳しく話してくれる?」
とりあえずその鼻血を止めようか。国王が真顔で鼻血を垂らしているなんて情けなさすぎるから。うん。
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