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最終章 異世界に来たけど、自分は元の世界に帰りません
第百十一話 クインシーside
しおりを挟む「こんにちはー」
カイを迎えに来たクインシーはヴィンスの宿に来ていた。
今日はウォレスと約束があると言っていたカイは一人で宿に来ている。護衛としてクインシーがついて行くと声をかけたのだが、ウォレスと喧嘩をするからダメだと言われてしまい、ついて行くことが出来なかった。
クインシーはカイ専属の護衛騎士だ。ラザミアから闇が無くなってからの数年で色んなことが一気に変わった。冗談で話していたアレクサンダー国王話は現実のものになり、カイは国王の妃となった。騎士団長が抜けてしまったあと、副団長のクインシーが騎士団をまとめることに。空いた副団長の座は適当にくじ引きで決めたが。
一番変わったといえば、カイの気持ちの方だろう。
クインシーはカイに告白していたが断られていた。このままクインシーの片想いで終わると思っていたのだが、時が経つにつれて関係が変わっていった。アレクサンダーとカイから指輪を渡された時、なんのいじめかと思ったくらいだ。まさか、アレクサンダーと同じくらいクインシーを好きになってしまった、なんて言葉を聞くとは思わなかった。
指輪を渡されたその日一日、浮かれすぎて三回ほど転んだのは良い思い出だ。
「あれ? 誰もいないの?」
宿としてもう営業していないのは知っていたが、誰一人として居ないのは珍しいことだ。店主であるヴィンスは高齢を理由にして宿の看板を降ろした。ヴィンスほどの人物であればいつまでもやっていける気がするのだが、やはり年齢には勝てないらしい。クインシーとアレクサンダーが子供の頃は刃物を持った相手に素手で抵抗するような人だった。国外で武道を学んでいたらしく、ヴィンスはとても強かったのだ。クインシーとアレクサンダーに剣を教えたのはヴィンスで、町の人たちを守るための力をつけろと言って、クインシーたちにみっちり叩き込んでくれた。
ただ、女性のビンタにはめっきり弱かったが。
扉を開けた先にあるテーブルの上にはコップが三つ置いてある。先程まで人がいたのだろう。なら今はどこにいるのか。
「上かな」
二階にはカイの部屋がある。宿として使われなくなった部屋はそのままカイの部屋になった。カイが連れてきていた鶏たちは新しく作られた牧場へと引き取られ、鶏たちが使っていた部屋はウォレスのものになっている。
とはいえ、ウォレスは自分の部屋を使わずにカイの部屋に入り浸っているらしいが。
「カーイ! 迎えに来たよー?」
階段を上がりながらカイの部屋へと向かう。少しだけ開いていた扉を開け放ち部屋の中へと入る。目的の人物はどうやらお昼寝しているらしく、ベッドですやすやと眠っていた。そんなカイを後ろから抱きしめるように眠っているウォレスと、その二人を微笑ましく見つめている男……というか女?
「ゲッ。なんでお前がここにいんだよ……」
「あら。ここはアタシの実家よ? 貴方に文句言われる筋合いはないけれど」
ベッドの端に座っているのはヴィンスの一人息子、ウィリアム・アンブロジオ。前国王による処刑から免れた唯一の人物だ。
優雅な仕草で伸ばした髪を手で振り払い、ウィリアムはこちらに顔を向ける。厚化粧を施した顔面は女性そのものだ。元々、男にしては細身な体つきだったので、こうして女装していると本物の女性のように見える。
どうして彼が女装するようになったのかは定かではない。アレクサンダーがウィリアムを隣国へ逃がしたあとに何かあったのは明白なのだが、ウィリアム自身が語ろうとしないので、誰も事情を聞こうとはしていない。父親であるヴィンスでさえも口を出してはいけないと察したのか、何も聞かずにそのままにしている。
「迎えに来たんでしょ? 悪いけど、今ぐっすり眠っちゃってるのよ。起きたらアタシが送っていくわ」
「寝てるならそのまま連れてくよ。アレクサンダーも待ってるし」
「やだ。眠り姫を無理矢理連れ去るなんて……嫌な男ね」
狼共の中にカイを残していく方が心配だ。
多少の嫌味くらいなんてことないと、クインシーはカイの元へと近づく。ウィリアムが言った通り、カイは気持ちよさげに眠っていた。
「まったく……こんな所で寝てたら何されるかわからないじゃん」
「何よその言い方。誰が何をするっていうの!?」
「ちょ、痛い! 痛いって!」
ベッドの脇に座り込んでカイの寝顔を見ていると、横からウィリアムに背中をバシバシと平手打ちされた。痛みに顔を歪め、相手にやり返そうかと右手を振り上げた時、ぼふっとクインシーの胸元に何かが飛び込んできた。
「うおっ!?」
「あらやだ。起きちゃったの?」
「ん、くいんし」
床に尻もちをついてしまい、今度は尻がジンジンと痛む。クインシーの胸に飛び込んできたのは寝ぼけているカイだった。ふにゃふにゃな声で呼ばれ、眠そうな顔で見上げられる。そんな無防備な姿を晒すなと言っても、カイは分かってはくれないだろう。
「おはよう?」
「おは……よ」
あぁ、返事はしているけど、これはすぐにまた夢の中へ行ってしまいそうだ。
「眠いのは分かるけど、城に帰らないと。アレクサンダーが待ってるよ?」
「あ、れく……」
「うん。アレクが待ってる。カイが帰ってくるのまだかなぁ、まだかなぁってソワソワしてるよ。ここで寝るんじゃなくて、部屋のベッドで寝よう?」
「うん……」
こく、と小さく頷いたカイはゆっくりと動き出す。眠そうに目を擦りながらふらりと立ち上がって部屋を出ていこうとするのをクインシーはそっと支えた。
「貴方徒歩で来たの?」
「そうだけど?」
「そろそろ車とか使えばいいじゃない。大体、ラザミアだけよ? こんなに発達が遅れてるのは。ド田舎なんてもんじゃないわよ」
「それは知ってる。でも、この町にビルを建てる気にはならない」
ラザミアは他の国より発展が遅れている。ラザミアの国王が長いこと他の国からの干渉を拒否していたというのもある。アレクサンダーが国王になったことによって、外からラザミアに多くのものが持ち込まれた。そのおかげでラザミアはまた国として機能することも出来たし、人々の生活も大分楽になった。
それでも変わらないものがある。特に町の景観は一切手を加えていない。他所の国では高層ビルが建ち並び、そこで人々が部屋を借りて住んでいるらしいが、ラザミアは基本一軒家だ。あってもアパートがチラホラとしているだけ。
一度、町を見直そうかと会議で話したのだが、カイが首を横に振った。
"俺はこの町がいい。確かに周りからしたら古いって思われるかもしれないけど、ラザミアらしくて好きだよ"
その一言で話は終わった。カイに反対するものは誰もいなかったのだが、あまりにもラザミアの雰囲気が古風過ぎるという点については皆頭を抱えた。
ラザミアの雰囲気を損なうことなく、周辺諸国と同じくらいの生活水準にするというのが今後の課題となっている。
城についてもカイが改修を行った。前国王はメイドの居住に関して何もしていなかったらしく、彼女らが寝泊まりしている部屋はとても不衛生な空間だった。まずはそこから手をつけ、次に騎士団本部の建て直し、教会の排除、謁見の間の縮小と色々変えていった。
最後にカイが手をつけたのは城の周りの水堀。他国から攻め入られることが無いのであればこれは必要ない。でも、埋めるのも勿体ないと言ったカイは、水堀の中に花を植えた。上から見れるように足元は分厚いガラスを張って観賞用にしたのだ。今ではこれはラザミアの観光地として皆に愛されている。
経った数年。されどその間にたくさんの事が目まぐるしく変わっていった。これだけラザミアが人々に愛されるようになったのはカイのおかげかもしれない。聖女とは本来こうあるべきだったのではないだろうか。
「クインシー?」
「あ、ごめんごめん。考え事してた」
「何か問題でもあった?」
一階へ下りたあとにカイを見つめたまま止まっていたクインシーにカイが心配そうな表情を浮かべた。なんでもない、と返すと訝しげに見つめられる。
「問題は無いよ。今日もカイは可愛いなぁって思っただけ。こんなに可愛いんじゃ変な虫がついちゃうよ」
「変な虫で悪かったわねぇ」
「別にお前のこととは言ってないだろ」
クインシーの後ろから顔を出したウィリアムの脇腹を肘で小突いてカイから離す。話を分かっていないカイだけがキョトンと不思議そうな顔でクインシーとウィリアムを見つめて。
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