異世界に来たけど、自分はモブらしいので帰りたいです。

蒼猫

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最終章 異世界に来たけど、自分は元の世界に帰りません

第百十話 アレクサンダーside

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「国王様、隣国のカルヴィン・オブライト様からお手紙が届いております」

 扉をノックする音と共にメイドががちゃりと扉を開ける。まだこちらは入っていいとも返していないのに、彼女はズカズカと部屋に侵入してきた。国王相手に無礼な態度を取っていると他の人間は憤慨するかもしれないが、ラザミアの国王として君臨しているアレクサンダーはメイドの行動について気にすることも無く、平然としていた。

 この城では何故かアレクサンダーよりメイドの方が強い。権威はアレクサンダーの方が上なのだが、メンタル面というか、気の強さというか。とにかく、見た目的なものでは無い何かでアレクサンダーは負けていた。

 だから、メイドの行動に対して文句が言えないでいる。アレクサンダーが注意したところで彼女たちは聞く耳を持たないし、なんせメイドたちを庇う人物がいるから尚更言うことは聞かない。アレクサンダーの話は聞かないが、その人物の話なら何時間でも聞くのだ。

 アレクサンダーも彼の話ならば何時間でも……いや、どれだけ長くなっても最後まで聞くつもりだが。

「またか。そんなもの捨てておけ」

「ですが……」

「どうせ、あいつ宛の手紙だろう!」

 執務室に来たメイドに向けてアレクサンダーはカッと目を見開いて怒鳴った。

 だが、メイドは臆することなく再度アレクサンダーに「手紙を」と差し出してきた。怒鳴ったことで少しは驚いたりするかと期待していたが、予想に反して彼女は凛々しい顔つきのまま立っていた。

 騎士団長をやっていた時はこんなことなかったはずだ──

 メイドから嫌々ながら手紙を受け取りつつ、アレクサンダーは心の中で独り言ちた。あの頃の周りの人間は皆、一歩下がったところからアレクサンダーを見ていたはずだ。目の前にいるメイドのようにズケズケと物を言ってくる人間はいなかった。こんな風になったのは国王になってから……いや、カイが正式にアレクサンダーの隣に居るようになってからだ。

 カイがアレクサンダーを変えたのか。それとも周りの人間を変えたのかはわからない。だが、明らかに前とは違う。アレクサンダーはラザミアの国王として立っているし、ラザミアにいる国民たちもアレクサンダーを国王として尊敬してくれている。この立場を作ったのは己ではなくカイだ。カイがずっと陰で支えていてくれたから、こうして立っていられる。

「国王様。カイ様とのいかがわしい妄想をされるのはおやめください。鼻の下が伸びていてとても不快……いえ、お似合いになりません」

「……はっきり言った後に別の言い方をしても意味ないだろう」

 はぁ、と思わずため息が漏れ出た。注意されたメイドは「失礼」と一言謝るだけで、顔は全くもって悪びれてはいなかった。

 ちなみにこのやり取りは何度も繰り返されている事だ。最初の頃はアレクサンダーの怒鳴り声に泣きそうな顔をしていたメイドだったが、今では多少の大声にも慣れてしまっている。"また国王がご乱心か"とでも言いたげな顔でふてぶてしく立っているのだ。しかも、城に居るほぼほぼのメイドたちがだ。

 彼女たちがアレクサンダーに対して恐怖心を抱かなくなったのは慣れというのもあるのだろうけど、一番はカイのせいだろう。アレクサンダーがまた嫌われることのないようにと色々手を尽くしてくれたみたいだが、逆にアレクサンダーの威厳を損なう形になってしまった。
 カイが自分のために動き回ってくれていたという点についてはとても嬉しいが。ひょこひょこしていたカイはとても可愛かった。困っている顔は凄くそそられて……。

「国王様」

「何も言ってないだろう」

「仰っていなくても顔から伝わっております。それよりもこの手紙はいかがなさいますか?」

 この手紙、というのは隣国のリキヒリム帝国、第一皇子であるカルヴィン・オブライトからの手紙だ。彼から手紙を受け取るのはこれで四回目。先の三回分は宛先の人物に渡されることなく、アレクサンダーの手によって破り捨てられている。

「また破ればいいだろう」

「いけません。そんなことをしてはまた、カルヴィン様からお手紙が届きます。お断りされるのであれば、きちんとお返事をお書きになってください」

「なぜあの男に断わりの手紙を書かねばならんのだ! まず、夫がいる者に対してなぜこのような手紙が送れる!?」

 封筒を破る勢いで封を開け、中にある便箋を取り出す。質の良い紙にはつらつらとカルヴィンの思いの丈が書かれていた。アレクサンダーが何度も何度も目にした気持ちの悪い恋文。もはやこれはラブレターというよりも、脅迫文に近いものだ。

 己と結婚しなければ、アレクサンダーとクインシーに痛い目にあってもらう。ラザミア国に攻撃をしかけるなどという文面の他に、いつまでも無視をするというのなら無理矢理にでも帝国に連れていくという誘拐予告。これはもう犯罪の域だ。

「再三申し上げております通り、きちんとお断りのお言葉をカルヴィン様にお伝えください」

「伝えているだろう!! あいつが人の話を聞かないだけではないか!!」

「相手が納得するまでお話ください。国王様が日頃からなさっている惚気をお話するのはいかがでしょうか」

「ふざけるな! なぜ、あいつにカイの話をせねばならんのだ」

「国王様の惚気を聞いたカルヴィン様が嫉妬に狂ってお一人で暴走していただければ、公的に捕まえることが出来ます。今はまだ予告状です。出来るとしたら厳重注意でしょう。ですが、実害が出たとなれば話は別になります。カイ様に危害を加えたとなったらあの男は破滅の道に進みます。もうそのまま地獄まで落ちてくださればこちらとしては万々歳です。いかがでしょうか、国王様」

 急に饒舌になったかと思えば、メイドは怒りの色を滲ませた瞳で手紙を凝視した。

「いや……地獄までは……どうでもいいが……」

「いけません。カイ様の身の安全を確保するには、カルヴィン様がこの世から消えるのが一番です。パーティーでカイ様に一目惚れをした? 笑止。カイ様にはお似合いの旦那様がお二人いらっしゃるんです。その他の男など、カイ様に触れることすら罪深いことです。いいえ、目に止めることも重罪です」

「ちょ、ちょっと待て……お前大丈夫か?」

 ペラペラ喋るメイドに引き気味のアレクサンダーは戸惑いながら手紙とメイドを交互に見やる。

 最初に怒ったのはアレクサンダーの方だ。だから何も言えないのだが、あまりにもこのメイドはカルヴィン相手にキレすぎではないか?カイがメイドから大切にされていることは知っているのだが、ここまでとは思わなかった。箱入り娘ならぬ、箱入り嫁か?

 嫌われていないのなら安心なのだが、なんだかそれ以上に厄介な気がするのはアレクサンダーだけだろうか。

「ですから、どうかカルヴィン様にはきちんとお話をしてください。メイド一同からのお願いです」

「あ、ああ……わかった」

 ぺこりとメイドはお辞儀をして執務室から静かに出ていった。嵐が去った後の部屋はとても静かだが、アレクサンダーは書類と戦っている時よりもどっと疲労を感じた。

「なんだったんだ……」

 手元の手紙を見てアレクサンダーは深くため息をついた。メイドが暴走したのはこの男のせいだ。全てはこいつが元凶。メイドたちがやたらカイを構うようになったのも、クインシーがバカみたいに他国との交易に目を光らせるようになったのも。そして今も感じている胃痛も。

「……こんな悩みを抱えるようになったんだ。ラザミアも平和になったものだな」

 こんな気分では書類に集中出来ないと、アレクサンダーは執務室の窓へと歩み寄る。雲ひとつない晴天に、活気の溢れる街並み。部屋から見える城下町はとても賑やかそうだった。


 こうなるまでには数年掛かった。
 壊れるのは一瞬だったのに、直すのにはそれなりの時間が掛かってしまった。

 今は人々の笑顔が溢れる街並みだが、前は死体しかない町だった。放置された彼らを埋葬するのにかなりの時間と労力を要した。アレクサンダーたちだけでは全員を埋葬することなど出来ず、町にいる者たちにも手伝ってもらった。彼らと心を通わせるのにも時間が掛かってしまった。間に入って取り持ってくれたカイには今でも頭が上がらない。

 町の闇を払ったカイは聖女の記憶を全て失っていた。
 浄化した後、カイは力尽きて倒れ、数日の間眠り続けていた。

 目覚めたあとは特に気になることは無かった。浄化の力を使ったことによる後遺症があるわけでもなく、ただただ健康。カイは「なんかぽっかりしてる」と言っていたが。聖女の記憶のせいで随分と苦しい思いをしたのだ。アレクサンダーにとっては無くなってくれて良かったと心底安心したのだが、カイはわけのわからない喪失感を味わっていたそうだ。

 聖女の記憶が抜けただけで、カイはアレクサンダーとクインシーのことは覚えている。だが、己が聖女だったという記憶はなく、カイの中ではあのうるさい女が聖女ということになっていた。城下町の闇はあの女が払ったということに。これについては、アレクサンダーもクインシーも何も言っていない。カイがそう思っているのであればそう思わせておこうと。幸い、カイが闇を払ったあと、あの女は忽然と姿を消した。牢屋の鍵はカイが情けで開けっ放しにしていたのだ。いつでも出られるようになっていたのだから、脱走していて当たり前なのだろうけども。

 あの状態でどこに行けるのだ。誰があの女に手を差し伸べるというのか。暫くは探してみたのだが、今も一向に見つかる気配はない。町の警備に当たっているクインシーも、あの女の有力な情報は未だに無いと言っていた。

 死んだ、と考えた方が楽だろう。その方がアレクサンダー達にとっても、カイにとっても良いのだ。

 城下町を見つめているアレクサンダーの耳にノックの音が入った。緩んでいた顔を引き締めて「入れ」と一言告げる。控えめなノックをしたのは、ラザミア騎士団団長を務めているクインシーだった。

「やっほー! 元気ー?」

「これが元気そうに見えるのか」

「あ、やっぱ不機嫌? だよねぇ、だってまた届いたんだろ? 手紙」

 部屋に入ってきたクインシーは、机の上に置いてある手紙を目敏く見つけて苦い顔を浮かべた。汚いものを摘むように便箋を持ち上げて中身を読む。

「うわぁ……」

「一度会って話してこいとメイドに勧められた」

「えー……やめておきなよ。会って話のできる男じゃないじゃん。俺でも苦手だよコイツ」

 人嫌いをあまりしないクインシーですら、カルヴィン・オブライトは苦手の分類に入るらしい。それほどこの男は厄介なのだ。例えるならば、靴の裏にベッタリとくっついたガムのように。ネチネチと粘着質にカイを求めてくるカルヴィンに、クインシーとアレクサンダーは頭を悩ませていた。

「カイはどうした」

「ウォレスと遊んでるよ。なんかまた新しいおもちゃ見つけたみたい」

 あれからウォレスも元気に成長した。数年経った今でもアレクサンダーとの溝は埋まらないが、カイのことは父のように、兄のように慕っている。たまにそれ以上の事をしようとしている節があるように見えるが。

「後でヴィンスの所に迎えに行くけどどうする?」

「まだやることが残っている。頼んでもいいか?」

「了解! 無事にカイを回収してきます!」

「ウォレスが手を出そうとしたら何がなんでも止めろ」

「分かってるって。心のひろーい俺でも、それは許せないからね」

 持っていた手紙を机の上に戻し、クインシーはヒラヒラと手を振ってから部屋を出ていった。

 クインシーが振っていた左手にはアレクサンダーと同じシルバーのリングがある。そしてこれはカイの手にもあるものだ。

「そろそろか」

 来月は結婚記念日がある。一年前はまだ忙しく、きちんとした祝いが出来なかったが、今年ならば盛大に祝えるはずだ。カイがやらなくてもいいと言っても、クインシーとメイドたちが許さないだろう。

「諦めて受け入れろ、カイ」

 嬉しげに、でも恥ずかしそうにモジモジするカイの想像をしたアレクサンダーは形の良い鼻からたらりと赤い液体を垂らした。


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