異世界に来たけど、自分はモブらしいので帰りたいです。

蒼猫

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第四章 異世界に来たけど、自分は反逆します

第百四話

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「で? あれは……なに?」

 ブチ切れているアレクサンダーに胸ぐらを掴まれているエヴラールと、国王の死体に覆いかぶさっている聖女の塊を交互に指差しながらクインシーは海に問いかけた。

「アレクサンダーの方は積もり積もった怒りが爆発した感じ? あの黒い塊は地下にずっと監禁されてた聖女たちの集まり。魔導師や国王を殺すために動いてる。ここに来るまでにメイドを七人、魔導師を四人取り込んでる」

「取り込んでる割りにはなんか小さいけど……」

「もう溶けちゃったからね」

「溶け……」

 クインシーの顔がサーッと真っ青になり、聖女たちの塊から距離を置くように海の後ろへと避難してきた。

「今は国王に夢中らしいから大丈夫だよ」

「そういう問題なの!? 見た目からしてなんか怖いじゃん!」

「クインシーって怖いの苦手?」

「苦手……というか、あんま好きじゃないんだよ……」

「でも、地下には入ったんだよね?」

 クインシーはアレクサンダーと共に地下に行っているはずだ。じめっとした空気に先の見えない暗闇。その中に進んで入った者の言葉とは思えなかった。

「だって……カイが関わってたから。最初は一人で入ったんだよ。興味本位というか、団員がいる手前、情けない姿は見せられないからさ」

「無理しなくても良かったのに……」

 海に関係している事だからとクインシーは二回も地下へと行ったのか。普通なら一回入った時点で二度と入りたくないと思うはずなのに。

「何か分かればいいなって。アレクサンダーも一緒だったから二回目はそんなでもなかったんだよ。おかげでカイの辛さも少しは理解出来るし。もう入りたいとは思わないけど、あの時入っておいて良かったとは思ってるよ」

 そう言ってクインシーはへらりと笑った。

「ほんとにクインシーって、」

 ──優しすぎるなぁ。

「なに?」

「ううん。なんでもない」

 キョトンとした顔でクインシーに見つめられたが、海は首を横に振るだけで何も言わなかった。

「いい加減にしろ!! カイはお前らの道具ではない!!」

 アレクサンダーの怒号に驚いて二人でビクつき、慌てて魔導師とアレクサンダーの方へと顔を向けた。アレクサンダーの怒りは頂点に達している。エヴラールの首を掴んで締め上げているのを見たクインシーが止めに入ろうと動き出したのを海はすかさず止める。

「カイ!」

「ダメだ。ほら、あれ」

 クインシーが動くよりも先に聖女たちが動いていた。
 アレクサンダーがエヴラールを殺さぬようにと、いくつもの手がアレクサンダーの足にまとわりついた。

 手はアレクサンダーのみならず、エヴラールの方にも迫っていく。様々な経験を積んだエヴラールでさえも、聖女の塊には恐れを抱き、一歩ずつ後ろへと下がった。

「エヴラールも取り込まれるの……?」

「どうだろう。一人、放置してるのがいるから……」

「放置?」

「あの不躾男」

「うん? 不躾男?」

 クインシーに聞き返され、海は「あっ」と一言。
 自分だけで使っていたあだ名では誰だかわからないじゃないか。でも、あの男の名前はハッキリとは覚えていない。確かインフルエンザみたいな名前の……。

「どんな奴?」

「若い魔導師だったよ」

「あぁ、ウィルスか」

「あ、そうそう。ウイルス!」

「……ウィルスね?」

 海の言い間違いにクインシーは軽く吹き出して優しく訂正を加える。名前を教えてもらったとしてもちゃんと覚える気は無いけれど。

「ウィルスは取り込まれなかったの?」

「うん。バラバラにされて外に放置されてる。目が動いてたから生かされてはいるんだと思う。なんか……凄く不気味だけど」

「不気味とかの話じゃないよねそれ。バラバラにされてるってなに? 身体が?」

「身体が」

「へぇ。いい気味じゃん」

 クインシーは一言そう呟いた。言葉だけでなく、表情も"ざまぁみろ"と言いたげな顔だ。クインシーの意外な一言に海は目をパチクリさせていると、苦笑を浮かべながら説明してくれた。

「あいつさ、国王のバカ息子に俺の姉を勧めたんだよ」

「勧めた?」

「結婚するようにって。この国の王子覚えてる?」

 国王の息子のことはほぼ記憶にはない。見たとしたら、海が初めて国王と謁見した時だ。杉崎の隣に立っていた王子はずっと海を睨みつけていた気がする。睨まれてるなぁという認識だけで、彼をちゃんと見ようとは思わなかった。なんせ海の隣には騎士団員が二人立っていて、常に海を睨んでいたのだから。

 王子の睨みよりも団員の睨みの方がキツかった。それだけだ。

「姉貴はすっごく美人でさ。ちょっとした有名人だったんだよ。そのせいで目をつけられたんだろうね。俺も町で自警団をやってたし。姉貴と王子が結婚すれば、姉貴は人質として使えると思ったんでしょ。ほんと、クズなやつだよ」

「お姉さんは……」

「国外に逃がしたよ。妹と一緒に。アレクサンダーの方も親父さんと弟を逃がしてる……次は……いつ会えるかな」

 別れた時のことを思い出しているのか、クインシーは悲しげに目を伏せた。

「大丈夫だよ。きっとまた会える」

「でも、もうラザミアでは会うことはないよ」

「なんで? 全部元に戻せばまた会えるだろ?」

 闇の無い町に戻せばいい。時間はかかってしまうかもしれないけど、海はこの国をまた豊かな場所にしようと思っている。その為には"掃除"をしなければならないが。

「クインシー」

「なに?」

「これから俺がすること……」

 見ても嫌いにならないでね。なんて自分勝手なことを言ってもいいのだろうか。海が魔導師と国王にすることは非人道的なことで、人として許されるようなことではない。それでも、クインシーとアレクサンダーには嫌われたくないと思ってしまった。

「嫌いにならないよ」

「え?」

「なんなら俺も手伝うよ。そしたら共犯でしょ? アレクサンダーも巻き込んで三人の秘密にしちゃおうよ」

「いや、でも……」

「いーの。こういうのは一人で抱え込むことじゃないよ。ほら、沢山の手と遊んでるアレクサンダーに声掛けてみよう? 絶対手伝ってくれるから」

 にっこりと気持ちの良い笑顔を浮かべたクインシーは、聖女の手に巻き付かれて困っているアレクサンダーの元へと向かった。聖女の塊からアレクサンダーを引き剥がしてこちらへと戻ってくる。

「何かやるのか?」

 こちらに来るまでの間にクインシーはアレクサンダーに話したのだろう。海が何かをしようとしていると。

 何もしない、と言っても二人は信じてはくれないだろう。海は諦めて全て話すことを選んだ。

 城下町の闇を一気に払うやり方と、国王と魔導師の処分。そして聖女たちの呪いを封じ込め。全て話した後、二人は渋い顔をしていたが、暫く考えたあとに頷いてくれた。


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