異世界に来たけど、自分はモブらしいので帰りたいです。

蒼猫

文字の大きさ
上 下
106 / 121
第四章 異世界に来たけど、自分は反逆します

第百二話

しおりを挟む



 地獄絵図とはこういうことを指すのだろうか。


 地下から這い出てきた聖女の成れの果ては草木を枯らし、辺りに陰鬱とした空気を撒き散らす。その場にいるだけで気分が落ち込み、人の生命力を失わせる。聖女の気に当てられているクインシーは苦しげに頭を抱え、これまで影響が出ていなかったアレクサンダーも辛そうに顔を顰めていた。

「クインシー、アレクサンダー。俺の手を握ってて」

 海は二人の手を握り、少し迷ってから聖女の力を使った。クインシーとアレクサンダーは聖女たちから発せられている闇に侵されている。闇を払わなければ彼らは苦しい思いをしてしまう。だが、海が闇を払ったら杉崎に影響が及ぶ。謁見の間で会ったきり、あの子はどこへ行ったのかは知らないが、まだ生きているのであれば、確実に闇を押し付けられる。杉崎とアレクサンダーたちを天秤にかけ、どちらが大切かと考えた結果……海はアレクサンダーたちを取った。

「ごめん……」

 今頃彼女は悶え苦しんでいるかもしれない。それでも海は止めることが出来なかった。目の前の二人が苦しんでいるのに何もしないなんて海には出来ない。杉崎には犠牲になってもらう他なかった。

「カイ……」

「大丈夫?」

「うん……少し頭がハッキリしてきた」

「本当? ならよかった。もう少しすればもっと良くなるから」

 地下にいた時点でクインシーは闇に侵食されていた。
 海と共に地下に入ってしまったことが原因だろう。海を地下に引き止めるためにクインシーが標的にされたのかもしれない。

「アレクサンダーは? 大丈夫?」

「あぁ、なんとかな」

「ごめん。本当なら全部払いたいんだけど……」

「わかってる。無理はしなくていい」

 俯く海をアレクサンダーは抱き寄せ、気にするなと声をかけてくれる。その言葉に海は申し訳なさを感じた。

 聖女たちは地面を這うように進んでいく。もうそれは人の形には見えなかった。黒くドロドロとした形状の物から辛うじて人の腕らしきものが二、三本見えるが、本体はスライムのようだ。動く度に異臭を放ち、海たちを不快な気分にさせた。

 彼女たちはまず目の前の魔導師に目をつけた。地下から這い上がってきた聖女たちの塊を見つめたまま固まっている魔導師へと黒い触手が伸びる。

「や、やめろ!! なんだこれぇ!!」

 魔導師の両手足に絡みついた触手は魔導師の周りに黒いモヤを作りながら引っ張る。魔導師も必死に抵抗していたが、抵抗すればするほど触手の掴む力は強くなっていく。

「離せ! はな……あ……ああぁあぁああぁあ!!!!」

「カイ! 見るなッ!」

 魔導師を見ていた海をアレクサンダーは自分の胸元へと寄せた。クインシーにも見せないように視界を塞ぐように抱き寄せる。

 アレクサンダーに視界を遮られる前に見えたものは、酷いものだった。抵抗している魔導師の腕を聖女は引きちぎったのだ。人形の腕を取るが如く簡単に。地面に降り注いだ赤とボトッと落とされた片腕。たまたま見てしまった断面には白い物も見えた。骨ごと持っていかれたのだ。

「アレクサンダー……」

「見るな」

 海とクインシーの視界に入らないようにしてくれているが、耳だけはどうにもならない。魔導師の絶え間ない絶叫が鼓膜を震わせる。

 声と共に何かが引きちぎれる音は暫く続いた。

「終わった……?」

「…………あぁ」

 魔導師の叫びは止まり、不気味な静けさが辺りを漂う。どうなったのかと後ろを振り向こうとしたが、アレクサンダーに止められる。その代わり、風が海に答えを教えてくれた。

「……死んだの? 彼は」

 風が運んできたのは血の匂いだ。ふんわりと香るなんてものではない。鼻の奥にこびり付くような濃い鉄。それだけで後ろがどうなっているのかは何となく想像がつく。

「いや、まだ生きてはいる」

「え……」

「無理矢理生かされている状態だな」

「でもさっき腕が!」

「あぁ。腕だけでなく全身バラバラになってる。それでも奴は生かされてる。こちらを恨めしそうに睨んでいるからな」

 海が想像していたものより悲惨だった。身体をバラバラにされてもまだ生きている。意識があるのであれば痛覚もあるはずだ。どこまで身体が散っているのかは分からないが、もし頭だけだったら……。

「これが聖女の望みなのか」

「まだ……まだだ。魔導師は全員同じ目に合うだろうし、国王は……」

 もっと酷い目にあうに間違いない。魔導師に対してこれだけの事をしているんだ。元凶である国王には一体どんな罰を与えるというのか。

 彼女たちがそれで気が済むというなら海は何も言わない。国王たちが彼女たちにしてきたことはそれほどの事なのだから。何十年、何百年と繰り返された聖女への仕打ちは今ここで復讐される。止めようものなら海も同じように殺されるだろう。

 だから目を閉じて、耳を塞いでじっと耐えるしかなかった。

「…………どうやら怒りの矛先は魔導師たちだけじゃないらしいな」

「アレクサンダー?」

 険しい顔でアレクサンダーは海の後ろを見つめる。背後でガサッと枯れた葉を踏む音が聞こえ、ビクッと身体が震えた。後ろに誰かが立っている。

 "私の……腕"

 後ろにいる何かはそう呟きながらアレクサンダーへと近づいてくる。彼女はしきりに「腕、腕」と言っているが、それがどういう意味なのかは分からない。魔導師のように殺そうとしているような感じでもなく、ただ腕を求めてこちらにやって来ている。

「う、腕ってなに!?」

「知らん……と言いたいところだが、一つ心当たりはある」

「な、何!? 心当たりってなに!?」

「クインシーと共に地下に行った時、骨がそこにあると気づかずに踏んだ」

 その踏んだ骨が彼女の腕の部分だったとしたら。
 海たちに向かって……いや、アレクサンダーに向かって腕を求めている理由になる、と。

「それって……アレクサンダーの腕を渡せって言ってるの!?」

「そういう事になるだろうな」

「なんでそんな冷静なの!? 魔導師みたいに腕を引き千切られたら……俺……どうすれば……!」

「下を見なかった俺が悪い。お前は何もするな」

 そんなことを言われて、はいそうですかと言えるわけが無い。なんとか彼女に謝罪をして許してもらおう。そう思って海は後ろを振り返った。

「カイッ!」

 "私の腕……治して……"

 後ろに立っていたのは人だった。髪の長い女性が泣きそうな顔でこちらをじっと見つめている。彼女の左腕はあらぬ方向へと曲がっていて、折れているのは一目瞭然。無事な右手を海へと伸ばし、左腕を治してくれと懇願してくる。

「治せば許してくれるの?」

 "……痛いの。ずっと、痛いの"

「うん、わかった。痛いのは嫌だよね」

 彼女へと一歩踏み出そうとした海をアレクサンダーは引き止めたが、海はその手を振り払って彼女の左腕へと両手を伸ばした。

 クインシーの頭の傷を治した時のように祈る。そして彼女の痛みが全て無くなるように、この場所から解き放たれるように願った。

 "ありがとう……"

「どういたしまして。こんなところに何時までもいたらダメだよ。貴女には次の人生があるかもしれないんだから。無駄にしてはいけないよ」

 "ええ……そうね。過去に囚われてばかりじゃ前に進めないわね"

 綺麗に治った左腕を一瞥してから彼女は海を見て微笑んだ。

 "使って。きっと力になると思う"

 彼女は消える寸前、海に聖女の力を託していった。
 それは海の失われてしまった生命力を取り戻し、浄化の力を強めた。

 死んでしまった彼女が生命力を持っていたことに疑問を抱いたが、海は深く考えるのをやめた。

 彼女から流し込まれた力は彼女のものではなく、他の人間のものだったから。


しおりを挟む
感想 54

あなたにおすすめの小説

聖女の兄で、すみません!

たっぷりチョコ
BL
聖女として呼ばれた妹の代わりに異世界に召喚されてしまった、古河大矢(こがだいや)。 三ヶ月経たないと元の場所に還れないと言われ、素直に待つことに。 そんな暇してる大矢に興味を持った次期国王となる第一王子が話しかけてきて・・・。 BL。ラブコメ異世界ファンタジー。

聖女の兄で、すみません! その後の話

たっぷりチョコ
BL
『聖女の兄で、すみません!』の番外編になります。

転生したけどやり直す前に終わった【加筆版】

リトルグラス
BL
 人生を無気力に無意味に生きた、負け組男がナーロッパ的世界観に転生した。  転生モノ小説を読みながら「俺だってやり直せるなら、今度こそ頑張るのにな」と、思いながら最期を迎えた前世を思い出し「今度は人生を成功させる」と転生した男、アイザックは子供時代から努力を重ねた。  しかし、アイザックは成人の直前で家族を処刑され、平民落ちにされ、すべてを失った状態で追放された。  ろくなチートもなく、あるのは子供時代の努力の結果だけ。ともに追放された子ども達を抱えてアイザックは南の港町を目指す── ***  第11回BL小説大賞にエントリーするために修正と加筆を加え、作者のつぶやきは削除しました。(23'10'20) **

田舎育ちの天然令息、姉様の嫌がった婚約を押し付けられるも同性との婚約に困惑。その上性別は絶対バレちゃいけないのに、即行でバレた!?

下菊みこと
BL
髪色が呪われた黒であったことから両親から疎まれ、隠居した父方の祖父母のいる田舎で育ったアリスティア・ベレニス・カサンドル。カサンドル侯爵家のご令息として恥ずかしくない教養を祖父母の教えの元身につけた…のだが、農作業の手伝いの方が貴族として過ごすより好き。 そんなアリスティア十八歳に急な婚約が持ち上がった。アリスティアの双子の姉、アナイス・セレスト・カサンドル。アリスティアとは違い金の御髪の彼女は侯爵家で大変かわいがられていた。そんなアナイスに、とある同盟国の公爵家の当主との婚約が持ちかけられたのだが、アナイスは婿を取ってカサンドル家を継ぎたいからと男であるアリスティアに婚約を押し付けてしまう。アリスティアとアナイスは髪色以外は見た目がそっくりで、アリスティアは田舎に引っ込んでいたためいけてしまった。 アリスは自分の性別がバレたらどうなるか、また自分の呪われた黒を見て相手はどう思うかと心配になった。そして顔合わせすることになったが、なんと公爵家の執事長に性別が即行でバレた。 公爵家には公爵と歳の離れた腹違いの弟がいる。前公爵の正妻との唯一の子である。公爵は、正当な継承権を持つ正妻の息子があまりにも幼く家を継げないため、妾腹でありながら爵位を継承したのだ。なので公爵の後を継ぐのはこの弟と決まっている。そのため公爵に必要なのは同盟国の有力貴族との縁のみ。嫁が子供を産む必要はない。 アリスティアが男であることがバレたら捨てられると思いきや、公爵の弟に懐かれたアリスティアは公爵に「家同士の婚姻という事実だけがあれば良い」と言われてそのまま公爵家で暮らすことになる。 一方婚約者、二十五歳のクロヴィス・シリル・ドナシアンは嫁に来たのが男で困惑。しかし可愛い弟と仲良くなるのが早かったのと弟について黙って結婚しようとしていた負い目でアリスティアを追い出す気になれず婚約を結ぶことに。 これはそんなクロヴィスとアリスティアが少しずつ近づいていき、本物の夫婦になるまでの記録である。 小説家になろう様でも2023年 03月07日 15時11分から投稿しています。

婚約破棄されて捨てられた精霊の愛し子は二度目の人生を謳歌する

135
BL
春波湯江には前世の記憶がある。といっても、日本とはまったく違う異世界の記憶。そこで湯江はその国の王子である婚約者を救世主の少女に奪われ捨てられた。 現代日本に転生した湯江は日々を謳歌して過ごしていた。しかし、ハロウィンの日、ゾンビの仮装をしていた湯江の足元に見覚えのある魔法陣が現れ、見覚えのある世界に召喚されてしまった。ゾンビの格好をした自分と、救世主の少女が隣に居て―…。 最後まで書き終わっているので、確認ができ次第更新していきます。7万字程の読み物です。

魔法学園の悪役令息ー替え玉を務めさせていただきます

オカメ颯記
BL
田舎の王国出身のランドルフ・コンラートは、小さいころに自分を養子に出した実家に呼び戻される。行方不明になった兄弟の身代わりとなって、魔道学園に通ってほしいというのだ。 魔法なんて全く使えない抗議したものの、丸め込まれたランドルフはデリン大公家の公子ローレンスとして学園に復学することになる。無口でおとなしいという触れ込みの兄弟は、学園では悪役令息としてわがままにふるまっていた。顔も名前も知らない知人たちに囲まれて、因縁をつけられたり、王族を殴り倒したり。同室の相棒には偽物であることをすぐに看破されてしまうし、どうやって学園生活をおくればいいのか。混乱の中で、何の情報もないまま、王子たちの勢力争いに巻き込まれていく。

光る穴に落ちたら、そこは異世界でした。

みぃ
BL
自宅マンションへ帰る途中の道に淡い光を見つけ、なに? と確かめるために近づいてみると気付けば落ちていて、ぽん、と異世界に放り出された大学生が、年下の騎士に拾われる話。 生活脳力のある主人公が、生活能力のない年下騎士の抜けてるとこや、美しく格好いいのにかわいいってなんだ!? とギャップにもだえながら、ゆるく仲良く暮らしていきます。 何もかも、ふわふわゆるゆる。ですが、描写はなくても主人公は受け、騎士は攻めです。

今世はメシウマ召喚獣

片里 狛
BL
オーバーワークが原因でうっかり命を落としたはずの最上春伊25歳。召喚獣として呼び出された世界で、娼館の料理人として働くことになって!?的なBL小説です。 最終的に溺愛系娼館主人様×全般的にふつーの日本人青年。 ※女の子もゴリゴリ出てきます。 ※設定ふんわりとしか考えてないので穴があってもスルーしてください。お約束等には疎いので優しい気持ちで読んでくださると幸い。 ※誤字脱字の報告は不要です。いつか直したい。 ※なるべくさくさく更新したい。

処理中です...