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第四章 異世界に来たけど、自分は反逆します
第百二話
しおりを挟む地獄絵図とはこういうことを指すのだろうか。
地下から這い出てきた聖女の成れの果ては草木を枯らし、辺りに陰鬱とした空気を撒き散らす。その場にいるだけで気分が落ち込み、人の生命力を失わせる。聖女の気に当てられているクインシーは苦しげに頭を抱え、これまで影響が出ていなかったアレクサンダーも辛そうに顔を顰めていた。
「クインシー、アレクサンダー。俺の手を握ってて」
海は二人の手を握り、少し迷ってから聖女の力を使った。クインシーとアレクサンダーは聖女たちから発せられている闇に侵されている。闇を払わなければ彼らは苦しい思いをしてしまう。だが、海が闇を払ったら杉崎に影響が及ぶ。謁見の間で会ったきり、あの子はどこへ行ったのかは知らないが、まだ生きているのであれば、確実に闇を押し付けられる。杉崎とアレクサンダーたちを天秤にかけ、どちらが大切かと考えた結果……海はアレクサンダーたちを取った。
「ごめん……」
今頃彼女は悶え苦しんでいるかもしれない。それでも海は止めることが出来なかった。目の前の二人が苦しんでいるのに何もしないなんて海には出来ない。杉崎には犠牲になってもらう他なかった。
「カイ……」
「大丈夫?」
「うん……少し頭がハッキリしてきた」
「本当? ならよかった。もう少しすればもっと良くなるから」
地下にいた時点でクインシーは闇に侵食されていた。
海と共に地下に入ってしまったことが原因だろう。海を地下に引き止めるためにクインシーが標的にされたのかもしれない。
「アレクサンダーは? 大丈夫?」
「あぁ、なんとかな」
「ごめん。本当なら全部払いたいんだけど……」
「わかってる。無理はしなくていい」
俯く海をアレクサンダーは抱き寄せ、気にするなと声をかけてくれる。その言葉に海は申し訳なさを感じた。
聖女たちは地面を這うように進んでいく。もうそれは人の形には見えなかった。黒くドロドロとした形状の物から辛うじて人の腕らしきものが二、三本見えるが、本体はスライムのようだ。動く度に異臭を放ち、海たちを不快な気分にさせた。
彼女たちはまず目の前の魔導師に目をつけた。地下から這い上がってきた聖女たちの塊を見つめたまま固まっている魔導師へと黒い触手が伸びる。
「や、やめろ!! なんだこれぇ!!」
魔導師の両手足に絡みついた触手は魔導師の周りに黒いモヤを作りながら引っ張る。魔導師も必死に抵抗していたが、抵抗すればするほど触手の掴む力は強くなっていく。
「離せ! はな……あ……ああぁあぁああぁあ!!!!」
「カイ! 見るなッ!」
魔導師を見ていた海をアレクサンダーは自分の胸元へと寄せた。クインシーにも見せないように視界を塞ぐように抱き寄せる。
アレクサンダーに視界を遮られる前に見えたものは、酷いものだった。抵抗している魔導師の腕を聖女は引きちぎったのだ。人形の腕を取るが如く簡単に。地面に降り注いだ赤とボトッと落とされた片腕。たまたま見てしまった断面には白い物も見えた。骨ごと持っていかれたのだ。
「アレクサンダー……」
「見るな」
海とクインシーの視界に入らないようにしてくれているが、耳だけはどうにもならない。魔導師の絶え間ない絶叫が鼓膜を震わせる。
声と共に何かが引きちぎれる音は暫く続いた。
「終わった……?」
「…………あぁ」
魔導師の叫びは止まり、不気味な静けさが辺りを漂う。どうなったのかと後ろを振り向こうとしたが、アレクサンダーに止められる。その代わり、風が海に答えを教えてくれた。
「……死んだの? 彼は」
風が運んできたのは血の匂いだ。ふんわりと香るなんてものではない。鼻の奥にこびり付くような濃い鉄。それだけで後ろがどうなっているのかは何となく想像がつく。
「いや、まだ生きてはいる」
「え……」
「無理矢理生かされている状態だな」
「でもさっき腕が!」
「あぁ。腕だけでなく全身バラバラになってる。それでも奴は生かされてる。こちらを恨めしそうに睨んでいるからな」
海が想像していたものより悲惨だった。身体をバラバラにされてもまだ生きている。意識があるのであれば痛覚もあるはずだ。どこまで身体が散っているのかは分からないが、もし頭だけだったら……。
「これが聖女の望みなのか」
「まだ……まだだ。魔導師は全員同じ目に合うだろうし、国王は……」
もっと酷い目にあうに間違いない。魔導師に対してこれだけの事をしているんだ。元凶である国王には一体どんな罰を与えるというのか。
彼女たちがそれで気が済むというなら海は何も言わない。国王たちが彼女たちにしてきたことはそれほどの事なのだから。何十年、何百年と繰り返された聖女への仕打ちは今ここで復讐される。止めようものなら海も同じように殺されるだろう。
だから目を閉じて、耳を塞いでじっと耐えるしかなかった。
「…………どうやら怒りの矛先は魔導師たちだけじゃないらしいな」
「アレクサンダー?」
険しい顔でアレクサンダーは海の後ろを見つめる。背後でガサッと枯れた葉を踏む音が聞こえ、ビクッと身体が震えた。後ろに誰かが立っている。
"私の……腕"
後ろにいる何かはそう呟きながらアレクサンダーへと近づいてくる。彼女はしきりに「腕、腕」と言っているが、それがどういう意味なのかは分からない。魔導師のように殺そうとしているような感じでもなく、ただ腕を求めてこちらにやって来ている。
「う、腕ってなに!?」
「知らん……と言いたいところだが、一つ心当たりはある」
「な、何!? 心当たりってなに!?」
「クインシーと共に地下に行った時、骨がそこにあると気づかずに踏んだ」
その踏んだ骨が彼女の腕の部分だったとしたら。
海たちに向かって……いや、アレクサンダーに向かって腕を求めている理由になる、と。
「それって……アレクサンダーの腕を渡せって言ってるの!?」
「そういう事になるだろうな」
「なんでそんな冷静なの!? 魔導師みたいに腕を引き千切られたら……俺……どうすれば……!」
「下を見なかった俺が悪い。お前は何もするな」
そんなことを言われて、はいそうですかと言えるわけが無い。なんとか彼女に謝罪をして許してもらおう。そう思って海は後ろを振り返った。
「カイッ!」
"私の腕……治して……"
後ろに立っていたのは人だった。髪の長い女性が泣きそうな顔でこちらをじっと見つめている。彼女の左腕はあらぬ方向へと曲がっていて、折れているのは一目瞭然。無事な右手を海へと伸ばし、左腕を治してくれと懇願してくる。
「治せば許してくれるの?」
"……痛いの。ずっと、痛いの"
「うん、わかった。痛いのは嫌だよね」
彼女へと一歩踏み出そうとした海をアレクサンダーは引き止めたが、海はその手を振り払って彼女の左腕へと両手を伸ばした。
クインシーの頭の傷を治した時のように祈る。そして彼女の痛みが全て無くなるように、この場所から解き放たれるように願った。
"ありがとう……"
「どういたしまして。こんなところに何時までもいたらダメだよ。貴女には次の人生があるかもしれないんだから。無駄にしてはいけないよ」
"ええ……そうね。過去に囚われてばかりじゃ前に進めないわね"
綺麗に治った左腕を一瞥してから彼女は海を見て微笑んだ。
"使って。きっと力になると思う"
彼女は消える寸前、海に聖女の力を託していった。
それは海の失われてしまった生命力を取り戻し、浄化の力を強めた。
死んでしまった彼女が生命力を持っていたことに疑問を抱いたが、海は深く考えるのをやめた。
彼女から流し込まれた力は彼女のものではなく、他の人間のものだったから。
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