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第四章 異世界に来たけど、自分は反逆します
第百話
しおりを挟む「痛っ……」
ズキッとした痛みが頭に広がっていく。上から転がり落ちた時、どこかに頭を打ち付けたのだろう。
これくらいの痛みで済んだのは幸いだった。海が落ちる間際、柔らかいものに包まれた感覚があったがそれは何だったのか。咄嗟に目を瞑ってしまったから確認出来ていないし、今目を開けても辺りは真っ暗だった。
アレクサンダーとクインシーを呼んでみたが応答はない。開いていた石の蓋も閉じられてしまっていて、外に出ることも不可能。海が今できることといったら、外にいるであろうアレクサンダーたちが石の蓋を開けてくれるのを待つことだけ。
「なんでこんな事に……」
誰が地下への蓋を開けたのか。聖女達が開けた、というのが一番しっくりくるのだが、海が落ちる前に見たあの男。蓋が開いて海が落ちることを予想していたような言葉だった。そうなると、蓋を開けたのはあの男になる。
あの男は見覚えがあった。海が召喚された時に失敗だと騒いでいた魔導師の一人だ。名前は忘れたけど、第一印象でつけたあだ名はハッキリ覚えていた。だが、召喚された時とはかなり感じが変わっていたように思われる。海が最後に見た時は五体満足だったはずだ。それなのに、さっき見た彼は片目しか開いておらず、片足を引き摺るようにして歩いていた。
魔導師だから呪いの影響を受けたのかと思ったが、エヴラールが健康そうにしていたのを思い出した。ならば何故?
「……カ……イ……」
考え事にふけっていると、消え入りそうな声で呼ばれた。
「……え? クインシー?」
「へ……い、き?」
途切れ途切れに話すクインシー。何故ここにクインシーが居るのかと驚きながらも暗闇の中、手探りでクインシーを探す。声の位置からして座っているのかと思ったが、クインシーは地面に倒れていた。
「クインシー! なんで!」
「だって……あのまま落ちたら……怪我しちゃうでしょ?」
弱々しい声。その声に嫌な予感がして、海は横たわっているクインシーの身体をペタペタと触った。手足を触れてもクインシーは痛がる声を出さないことから、骨折などはしていないみたいだ。なら何故クインシーはこんなにも苦しげなのか。
その答えは頭に触れたことによってわかった。
「クインシー……まさか……」
「んー……ちょっとぶつけちゃったみたい」
きっとクインシーは笑っているだろう。見なくてもわかる。海を安心させるように無理して笑っている。こんな暗闇の中では見えもしないのに。
クインシーの頭に触れると、ぬちゃっとした感触があり、それは床にも広がっていた。クインシーは海を庇って上からここまで転がり落ちてきた。海が感じた柔らかいものはクインシーの事だったのだ。落ちた衝撃でクインシーは階段の先へと転がっていってしまい、頭を壁にぶつけた。どれだけの怪我をしているのかは分からないが、地面を濡らしている所からして相当な出血量だ。早く手当しないと出血多量で危ない。
「クインシー……! やだ、クインシー!!」
「これくらいじゃ死なないから大丈夫だよ……」
早く治さなくては。そう思って海はクインシーの手を握った。海ならクインシーを助けることが出来る。聖女の治癒を使えば頭の傷を塞ぐことくらい簡単だ。
「待って……今、治すから!」
クインシーの怪我を治すことに意識を集中させる。じんわりと手が温かくなっていくのを感じながら、海は必死に祈った。
"その男を助けるの?"
"そいつはラザミアの人間なのに"
"助ける価値なんてない。私たちを苦しめた人間たちは全員殺す"
"そいつも殺してしまえばいい"
祈りを捧げる海の耳に入る聖女たちの声。クインシーを殺せと言ってくる声を全て無視して、海は祈り続けた。
声は段々と荒くなっていく。最初こそは提案するような柔らかなものだったが、クインシーの傷が塞がり始めた頃には気性の激しいものへと変わった。ひたすらクインシーを殺せと言ってくる声に海は耳を塞ぎたかった。でも、今塞いでしまってはクインシーの怪我が治せなくなってしまう。耳元で叫ばれる怒号に耐えるように海は握っている手に力を込めた。
「カイ、お話しようか」
「え?」
「前さ、俺、好きな子がいるんだって話したでしょ?」
聖女たちの怒号の中でのクインシーのか細い声。罵詈雑言によって掻き消されてしまいそうだったが、クインシーの言葉を聞き漏らさぬように耳をすませた。
「俺の好きな人はね、とても強くて優しくて温かい子なんだ。いつも笑っていて太陽みたいな子。たまに泣いちゃう時もあるけど、俯いてばかりじゃなくてちゃんと前を向いて歩き出せる心の強い人。俺ね、昔は色んな人と付きあったことがあったけれど、こんなに好きになった人は初めてだよ」
「クインシー……?」
「これから先、どんな事があっても守りたい。ずっとそばに居て太陽みたいな笑顔を見ていたいんだ」
ぽつりぽつりと紡がれる言葉には受け止めるのが恥ずかしい程の愛を感じる。
「俺ね……カイの事が好きなんだ」
「俺……が……?」
「うん。ごめんね」
泣きそうな声で謝られ、クインシーはそれっきり口を閉じてしまった。
怪我の治療はもう終わった。確認のためとクインシーの頭に手を寄せてみたら出血も止まっているようだった。ただ、海の心臓だけが忙しなく鼓動を打っている。まさかクインシーに告白されると思っていなかった。友達、というよりも親友に近いような存在から好きだと言われたら困るのは当然だ。なんて返せばいいのか分からず、海もクインシーのように黙り込んでいた。
何も聞こえない空間。顔も見えないから何を思っているのかを察することは出来ない。唯一伝わってくるのは、握っている手の優しさだ。
「クインシー……俺、クインシーのこと好きだよ。でも、恋愛感情としてじゃないと思う……」
「ふふ……カイはアレクサンダーの事が大好きだもんね」
「ごめん」
「謝る必要なんてないよ。知ってて告白したんだから」
ここできちんと断らなければクインシーが辛い思いをしてしまう。曖昧な言葉で返せば期待を持たせてしまう。バッサリと断るのはとても心苦しいからやんわりと告げたのだが、クインシーはちゃんと海の気持ちを汲み取ってくれたみたいだった。
「ねぇ、カイ」
「なに?」
「断られた身で言うのもなんだけどさ……これからもカイのそばに居てもいい?」
「うん。それは俺からのお願いだよ。断った俺が言うのもどうかと思うけど、クインシーにはそばにいて欲しい」
「そっか……ありがとう」
これで良かったのかは分からない。そばにいればいる分だけクインシーが辛い思いをするかもしれないのだ。でも、クインシーも海もずっと一緒にいたいと願った。それは友達関係を越えているように感じたが、今は深く考えることではないだろう。
「クインシー、お願いだから死なないで」
「死なないよ。カイを悲しませたくないからさ」
横になっていたクインシーはゆっくりとだが身体を起こした。壁に寄りかかりながら座ると、海の手を引いて自分の方へと寄せる。
「ごめん、ちょっと寒くて」
「いいよ。どうすればいい?」
「……抱きしめてもいい?」
「……うん」
微妙な間を開けてから、海はクインシーを抱きしめた。寒いと言っていたのは本当だったのか、カタカタと身体が震えている。背中に回った手は海を離さないように掴んでいた。
「クインシー、大丈夫だからね」
「…………うん」
クインシーの返事が何故か暗く感じた。きっと怪我をしているせいだと思っていたのだが、なんだか違う気がする。
さっきまでクインシーを殺せと言っていた聖女たちの声は笑い声に変わっていて、それがとても不気味に思えた。
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