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第四章 異世界に来たけど、自分は反逆します
第九十九話
しおりを挟む「カイッ!!」
壊れた祠の前で呆然と立ち尽くしていると、クインシーの声が聞こえた。
「クインシー?」
「ダメだよ! 中に入ったら!」
海の元へ走り寄ってきたクインシーは祠から離れるように腕を引っ張ってきた。ズルズルと引き摺られるようにして祠と距離を空ける。その間、海はメイドが消えていった先を見つめていた。彼女は多分、城で働いていた人だ。聖女の呪いを受けた彼女は聖女の声に導かれてここに来たのだろう。
あの不気味な音の意味を察した海は底知れぬ恐怖を感じた。メイドは穴の奥で殺された。聖女たちの恨みを考えると、楽には死ねなかっただろう。
「カイ!! しっかりして!」
「クインシー……俺、殺しちゃった……あの人を殺しちゃった」
あはは、と壊れたように笑った。城に呪いを振り撒いたのは海だ。これから何人もの人間があの場所に連れてこられる。奥へ引きずり込まれて、痛みと苦しみにもがきながら死んでいく。そうなるようにしたのは海だ。
「カイは悪くないよ! 悪くないんだよ……」
「なんでそう言えるんだよ……」
「運命だったんだ。城の人間が犯した罪は国王や魔導師達が死ぬ事で晴らせるようなものじゃない。全員でその罪を背負わないと見合わないほど悪いことをしたんだよ」
だから、メイドが死んだのは悪くないと言いたいのか。クインシーは海を励ましたいのだろうけど、逆に傷が抉られている気分だった。
「俺が呪いを撒かなければこうならなかったんだよ」
「俺は……それでいいと思う。だって、カイがいつまでも呪いを持ち続けてるなんて嫌だよ。アレクサンダーだって、嫌に決まってるよね?」
少し遅れて来たアレクサンダーは無言で海を見つめていた。何故呪いを撒いたんだと責められるのかと思ったが、そんな様子ではないらしい。
「話の途中で逃げ出すな」
「……呪いのことで怒られるかと思って」
「怒る理由がどこにある」
「人が死ぬから……」
「だからなんだ。俺たちは元から国王たちを殺すつもりでいた。その予定が早まっただけだ」
海の前に立ったアレクサンダーは呆れた顔で見下ろしてきた。伸びてきた手に驚いて身構えたが、その手は海の頭の上に優しく置かれただけだった。
「勝手に動き回るな。ここはお前にとって安全な場所じゃない」
「ごめんなさい」
「もー! 心配したんだからね?」
ぎゅうぎゅうとクインシーに抱きしめられ、頭はアレクサンダーに撫で回された。
「なんでここに居ることが分かったの?」
「忘れたのか? お前がネックレスを持っている間はどこに居ようともわかる」
「あー……GPSか」
「ジー?」
「なんでもない。え、じゃあ昨日も……」
ちらりとクインシーの方へと目を向けると、微笑んでいるクインシーと目が合った。どうやらアレクサンダーがクインシーに海がいる場所を言ったらしい。
「ちなみに、カイが城の周りをウロウロしてた時もそうだよ。あの時はアレクサンダーが城から出られなくてね。代わりに俺がカイの様子を見に行ったんだ」
「俺の行動全部筒抜けなのか」
「そうなるねぇ」
「何だこの嬉しいんだか、悲しいんだか微妙な気分は」
海の居場所がアレクサンダーに知られていることをすっかり忘れていた。やたらとクインシーに探し出されていて不思議に思っていたが、このネックレスのせいだったのか。
逆に考えれば、このネックレスは囮に使えたりもする。アレクサンダーたちの目を撹乱する為に、適当な場所に置いておけば……。
と、思ったがやめた。そんな事をすればアレクサンダーに怒られるだろうし、何かあった時に助けが来なくなる。自分でどうにかならないような場面に陥った時に困るのは海だ。
「ネックレスは手放すな」
「うん。持っとくよ」
アレクサンダーからの初めての贈り物だから手放したくない、そう言ったらきっと彼は海から顔を背ける。照れている顔を見たい気もするけども。
「ねぇ、もしかしてここが……そうなの?」
話を本題へと戻そう。
クインシーに抱かれたままの状態で、海は祠の方を指差す。ここが聖女たちが監禁されていた場所なのかと二人に問えば、無言で頷かれた。
メイドが引きずり込まれて行ったのだからここで間違いは無いのだが、一応確認はしといた方がいい。あの黒い手は聖女たちの怨霊なのだろうか。少し離れた所から見ていたから相手の顔までは視認出来なかった。顔があるのかも微妙だけど。
「なんだか一気にホラー感が増したな。二人はあの地下の中に入ってるんだよね?」
「入った。だからこそ入るのはおすすめしない」
「でも、聖女の亡骸が……」
「俺が見た時は何も無かったように見えたけど」
「え?」
クインシーだけは首を傾げていた。アレクサンダーと共に中に入ったのであれば、クインシーも聖女たちの骨を見ているはずだ。でも、本人は何も無かったと言っている。それはどういう事なのか。
「クインシーは奥まで行かせていない」
「あ、なるほど」
「え? なに? どういうこと?」
「ううん。大丈夫。クインシーが見てなくて安心しただけ」
アレクサンダーが気を使ったらしく、クインシーの目に骨が映らないように配慮したらしい。海は聖女の記憶があるから、どこに骨があるのかは知っている。彼女たちは地下の最奥にある開けた空間に放置されているのだ。壁画のある通路から先へ進まなければ見ることは無い。アレクサンダーが先に彼女たちを見つけ、クインシーの目に止まる前に上に戻って来ていたのであれば、クインシーが彼女たちを見ていないことに納得出来る。
「なーに? 隠し事?」
「違うよ。世の中には見なくていいものが存在するってこと」
「なにそれ。カイとアレクサンダーは知ってる風なのに」
「お前は見なくていい。昔からそういうものは苦手だろう」
なるほど。クインシーは人骨などが苦手なのか。いや、得意な人間がいる方が驚きなのだが。
じゃあ、アレクサンダーは平気だったのか。暗い空間で一人、人骨を発見してしまったアレクサンダーはなんとも思わなかったのか。自分だったらその場で絶対発狂している。ホラー耐性はそこそこあるつもりだが、本物の人骨ともなれば話は別だ。
アレクサンダーの過去を考えれば、人骨くらい……ってなるかもしれないけど、たまたま見つけた地下でたまたま人骨を見つけたのと、これから人の首を切り落とすといって剣を振りかざすのとは覚悟の入りようが違うと思う。どちらも嫌なものだけど。
また話が脱線しそうだ。海はクインシーの腕からすり抜けて、地下への入口となっている分厚い石の蓋の前に立った。
この先に聖女達がいる。蓋の隙間から漏れ出てきている恨みつらみの怨念はとても濃い。海が持っていた呪いが可愛く思えてしまうほどに。
「ここにはいつか入らなきゃいけないんだよな」
闇を完全に払うには彼女たちをきちんと埋葬してあげなくてはならない。その前に国王たちをここに連れて来なくてはいけないのだが。
海はアレクサンダーと約束をした。全て終わったらここに閉じこもるつもりだったのだが、アレクサンダーと共に生きると。海の残りの人生を全てアレクサンダーに捧げると誓ったのだ。
「……あれ、なんかそれって」
まるでプロポーズみたいだな──そう気づいて、アレクサンダーの方を振り返った時、アレクサンダーとクインシーの間から一人の男が見えた。呪いによってここに呼び寄せられた一人かと哀れに思ったが、様子が何だかおかしい。海だけを一心不乱に見つめ、口元には不気味な笑み。男の目は片目しか開かれていないが、その目から醜悪さが滲み出ていて直視したくなかった。
「見つけた……やっと見つけたァ!」
男がそう叫んだ時、ガコンッ!という音と共に地下への入口が開いた。男の声に驚いた海は立っていた場所から一歩下がってしまっていて、その足は石の蓋の上にあった。突如として足場を失った海の身体はぐらりと傾く。
「カイ!!」
「落ちろ……落ちろォォォォ!!!」
男の絶叫を聞きながら海は地下へと真っ逆さまに落ちていった。
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