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第四章 異世界に来たけど、自分は反逆します
第九十七話
しおりを挟む翌日、海はアレクサンダーと共に食堂に来ていた。
昨日の夜に来た時は誰もいない寂しい空間だったが、今では団員たちが食事をしながらわいわい話している。
「ここに座って待ってろ」
「え、いいよ。自分の分くらい自分で取りに行くよ」
「いいから座ってろ。まだ腰が痛むんだろう?」
ぎこちない動きをする海にアレクサンダーが渋い顔をした。
「これくらい大丈夫だって」
「座れ」
ピシャリと言い放たれ、海は仕方なく椅子に座った。
大人しく座った海の頭をわしゃりと撫でてから、アレクサンダーは食事を取りに歩いていく。その後ろ姿をじっと見つめていると、後ろから腕が伸びてきた。
「おはよう、カイ! 昨日はよく眠れた?」
「おはよう、クインシー。うん、眠れたよ」
眠った、というより気絶したの方が正しいが。
いつものように海の頭の上に顎を乗せて話しているのだが、今日は何だか優しめだ。いつもなら上から覆い被さるような感じで抱きついてくるのに。
「クインシー?」
「んー? なに?」
「体調悪い?」
「え!? なんで!?」
「なんかいつもと違う感じがしたんだよ。遠慮なく抱きついてくるのに、今日は頭乗せて来るだけだからさ」
どうしたんだ?と問いかけると、クインシーは苦笑いをしながら目をあっちこっちにさまよわせた。
「あー……今日はねぇ……なんかそういう気分? ってやつだよ。うん」
「そういう気分?」
「そ。だから気にしなくていーよ。体調悪いわけじゃないからさ」
「そう?」
一言二言話したあと、クインシーもアレクサンダーと同じように食事を取りに行った。
ぽつんとその場に残された海は暇を持て余して周りへと目を向ける。楽しげに話している団員たちはまるで高校生のようなノリだ。日本のファミレスで、学校帰りに友達と戯れているような……そんな感じ。城を守っている騎士団というお堅い印象などそこにはなかった。
「楽しそうだなぁ」
「ならお前も来いよ!」
「は? へ!?」
独り言だと思っていた言葉は誰かに拾われて返事が返ってきた。声のした後ろへと顔を向けると、そこには見覚えのある顔。海がラザミアに来たあと、ストーカーの疑いを掛けられて来賓室に閉じ込められていた時、見張りとして廊下に立っていた団員だった。
「久しぶりだなぁ! てっきりもう死んだと思ってたんだぜ?」
グイッと海の腕を掴んで立ち上がらせ、彼は他の団員達の方へ向かって歩いていく。引っ張られるがまま海も歩いたのだが、視界の端にアレクサンダーの姿が映り、慌てて彼を止めようと声をかけた。
「待って待って! 俺、人を待ってるんだって!」
「団長だろ? 大丈夫大丈夫!」
何が大丈夫なんだ。ニカッと笑って答える団員に対して、海は冷や汗が垂れた。
正方形の机と机の間を縫うように歩き、遂に海は団員たちの前へと押し出された。
「あ? お前、あれじゃねぇか。おまけの方の……」
「出た! 団長のお気に入り!」
海を囲うように団員達は集まり、"おまけ"と呟く。まだ彼らの中では海は聖女のおまけという認識らしい。おまけの方ではなかったと訂正してもいいのだが、今はまだ何も言わない方がいいだろう。どういう事だと問い詰められても困るから。
食事の途中なのに皆、海を見ようとわらわらと集まってくる。動物園の檻にいる動物達はこんな気分なのか。団員達に珍獣のような目線を受け、海は少しだけ居心地の悪さを感じた。嫌な目線を向けられているわけではないのだが、こうも沢山の目が自分に集中していると思うと緊張してしまう。
「でも、おまけって確かあれじゃねぇの?」
「あぁ、副団長が言ってたな」
「え、それマジな話なのか?」
何の話をしているのかさっぱりわからない。自分が話のネタにされているのは分かるのだが、話の内容が全く耳に入ってこなかった。あれ、とかそれ、といった表現で話は進んでいき、彼らは勝手に何かを納得していた。
「お前も大変だな。あの堅物団長相手じゃ」
集団の中の一人が呟くと、周りの団員たちはその言葉に共感するように、うんうんと頷く。
「……な、何が……」
「あんな団長だけどよろしくな。あの人は言葉が足りないけど、凄く人が良いんだ。素っ気ない言い方する時もあるけど、基本的に相手を思っての言葉だからよ。誤解しないでくれな」
「そうそう。たまに怒られてんのかって思っちまうよな!」
「いや、お前はいつも怒られてるだろ」
「そんな事ねぇよ! あれはきっと愛のムチだ!」
「あんだけ怒られてて愛のムチって言えるお前って……あれか、いじめられて喜ぶタイプか」
海の方に話が振られたかと思ったら、またすぐに団員達は仲間内で話し始めた。
ただ、これだけは分かる。アレクサンダーは団員たちからとても慕われているのだということが。
「でもよ、副団長どうなるんだ? あの人って……」
「あー……あの人も微妙な立ち位置だよな。俺、副団長尊敬するわ」
話はアレクサンダーからクインシーへと切り替わり、彼らの表情もにこやかなものから一転、暗くどんよりとした雰囲気へと変わった。
「クインシーがどうしたの?」
何か悩みでもあるのだろうかと海は団員達に聞いたのだが、みんなキョトンとした顔をして「え?」と呟いた。
「……副団長が隠すの上手いのか? それともこいつが鈍感なのか?」
「どちらとも言えねぇけど……多分後者じゃねぇか?」
「お前知らねぇの? 副団長はお前のこと──」
「そんな所でなにやってるのかなー?」
団員の言葉は途中で消えてしまい最後まで聞くことは出来なかった。海の両耳は後ろから現れた人物に塞がれて何も聞こえない。塞がれたまま真上を見上げると、笑顔で団員達に話しかけているクインシー。
クインシーが喋る度に何故か団員達が顔を青くしていくのが見えて、海は不思議そうに首を傾げた。
「はい、おしまい!」
「何話してたんだ?」
真っ青な顔でガタガタ震えている団員達と、スッキリ顔のクインシー。何があったんだ。
「んー? 悪いことしたら連帯責任で、本部の中を皆で掃除しようねーって話」
「それであんなガタガタしてるのかよ……そんなに掃除するの嫌なのか」
「本部は広いからね。男しかいないような場所じゃ汚れも溜まる一方だし」
ここに来た時はそんなに汚れているようには見えなかった。確かに男だけだと細かいところまでの掃除は行き渡らないだろう。そう思うと、ヴィンスの宿はとても綺麗にされていたような。毎日、釣竿の整理もしていたところからして、ヴィンスは綺麗好きだったのかもしれない。
ヴィンスがここに来たら文句を言いながら掃除するんだろうな。想像したら笑えてきた。
「カイ? どうしたの?」
「ヴィンスがここに来たらせっせと掃除するんだろうなぁと思ったら笑えてきただけ」
「あー、確かに。あの爺さんなら四六時中掃除してそう」
「だろ? 通りかかった団員とかに文句言いながらさ」
「そうだねぇ……」
一瞬だけ宿に帰りたくなった。勝手に飛び出してきたのは海の方なのだから帰る資格なんて無いのだが、またヴィンスと共に暮らしたいと。宿にはウォレスもいるし、鶏だって置いてきてしまった。ルイザとはまだ微妙な感じのままだし、ジェシカにも城に行くことを伝えてはいない。
全て置いてきてしまったんだ。
「カイ、ご飯食べよう?」
俯いた海にクインシーが優しげに声をかける。その言葉に海は頷き、クインシーに手を引かれながら先程座っていたところへ戻った。
「……何をしていたんだ」
「ごめん、なさい」
「カイは悪くないよ。ちゃんとアイツらにはキツく言っといたからさ」
元の場所に戻ると、二人分の食事を前にして座っていたアレクサンダーに睨まれてしまった。
「ほら、そんな怒らない。お腹すいてるから不機嫌になるんだよ」
「そうではない」
「はいはい。カイもお腹すいたでしょ? 食べよう?」
「うん……」
椅子に座り、差し出されたトレーをじっと見つめる。
並んでいる皿の中には焼いた魚と黄色いスープ。そして、沢庵らしきものが小皿の上にあった。
「たく……あん!?」
「ん? 何か食べれないものでもある?」
「ないけど……え、マジで沢庵なの!?」
フォークでそれを刺して口へと運ぶ。沢庵にしては薄味なのだが、食感はまんまそれだ。
聖女として召喚された人は皆日本人だった。その理由はわからないが、彼女たちがこの世界に残していったものは食事も変えたのか。
「沢庵だ。やばい、懐かしい」
クインシーとアレクサンダーに訝しげな目で見られつつ、海は沢庵を大切そうにゆっくりと食べた。
その姿を見ていた二人から沢庵を譲られ、遠目で海たちを見ていた団員達からも沢庵を渡された。手元には十個近くの小皿が並ぶ。沢庵は好きな部類に入るけど、こんなには要らない。
「嬉しいけど……嬉しいんだけど……これは……」
これが好き、と言ってしまったが故に祖母や祖父からあれやこれやと渡される孫の気分。一つ二つで満足できるのに、十個二十個と渡されてしまうと逆に嫌いになってしまいそうだった。
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