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第四章 異世界に来たけど、自分は反逆します
第九十三話
しおりを挟むアレクサンダーに呼ばれ、海は食堂の椅子に腰を下ろす。最初は対面に座ろうとしたのだが、アレクサンダーが不機嫌そうにこちらを見たので、隣の椅子に腰掛けることにした。
座ってから暫く互いに黙り込む。早く謝らなければとは思いつつも、アレクサンダーの気迫に怖気付いてしまった。
「カイ」
「は、はいっ!?」
「すまなかった」
「え!? はい!?」
自分でも驚くほどでかい声で返事をすると、アレクサンダーはぽつりと一言謝った。一瞬、アレクサンダーが何を言っているのかわからず、海は首を傾げたが、意味がわかった瞬間に今度は驚きで思考が止まった。
「言い方が悪かった。お前に不快な思いをさせたな」
「不快な ……? いや、俺はそんなことは……」
「俺の言い方が嫌だったから此処を出て行ったんじゃないのか?」
そうです。すみません。アレクサンダーの言い方に不満を感じて出ていきました。
それを素直に言っていいものなのか。言ったら言ったで、アレクサンダーが傷つくのではないかと思うと口に出せなかった。
俯いて膝の上にある手を見つめる。黙り込んだ海にアレクサンダーが察したのか、小さく息を吐く音が聞こえた。
「お前の言い分も聞くつもりだった。だが、それ以上に自分の感情が抑えられなかった。もし、謁見の間でカイが国王と魔導師に良いように扱われていたらと想像したら腸が煮えくり返って耐えられなかった。何故、城に来ることを言わなかったんだ、国王たちに会う前に騎士団に顔を出さなかったんだ。何故……俺たちを頼らなかったんだ、と考え始めたらお前を怒鳴りつけることしかしていなかった」
「それは……」
「お前はお前なりに頑張ろうとしていたのにな。俺は自分のことしか考えていなかった。カイが俺の手元から居なくなるような気がして。それがとてつもなく恐ろしく、身が裂かれるような苦痛だった。だから魔導師達から隠そうとしたが……」
それでは意味がなかった。そう呟いたアレクサンダーはとても悲しげだった。自分のせいでカイが爆発してしまったのだと思っているのだろう。抑え込むだけ押さえ込んでいたからカイが反発したのだと。
「アレクサンダー、そうじゃないんだ。俺はちゃんと分かってたよ? アレクサンダーたちが俺を守ろうとしていてくれたこと。聖女の力を持っていることが知られればどうなるかってことも。ちゃんと全部分かってた」
「なら何故ここに来たんだ。ここに来てしまっては俺たちの意見や力は無いに等しい。城ではお前を守りきれない」
「城に来る必要があったんだ。この場所じゃないと出来ない」
「何を……」
「……聖女達の呪いを城の結界の中で広げること」
きっと、頭の良い彼ならその意味がすぐに分かるはずだ。結界の中で呪いを広げるとどうなるか。
「あいつらを全員殺すつもりか」
「殺すのは俺じゃないよ。呪いと言っても命に関わるほどのやつじゃない。国王と魔導師たちが聖女たちのいる地下に行くように刷り込みを入れたんだ。呪いは城内部全体に広がってるから他の人たちも地下に向かうかもしれない」
聖女たちの亡骸のある地下に全員誘われたら海のすべき事は次の段階に入る。それまでは待機の状態。
「最初は呪い殺すつもりだったんだ。でも、彼女たちは自分の手で殺したいって」
「あの場所に連れていけば気が済むのか?」
「多分。城下町はもう済んだ。国民への復讐は済んでるから。後は国王と……」
「後はなんだ」
国王と魔導師、そして海が地下に入ること。それで彼女らの怨念は全て消え去るはずだ。でも、最後の一言がどうしても言えない。言い換えれば自殺することと同義だから。もう二度とアレクサンダーたちに会うことはない。地下に入ってしまえば聖女たちに取り殺される恐れがある。もし、アレクサンダーが海を助けようと近づいてくれば、彼女たちは問答無用でアレクサンダーを殺そうとするだろう。海の死体を利用して。
そんなことはさせたくない。一度はアレクサンダーも地下に連れて行ってしまえばいいと思った。そうすれば海は寂しくない。一人で死ぬ恐怖を感じなくて済む。でもそれは海のわがままだ。関係ないアレクサンダーを巻き込むなんてそんな酷いこと、今の海には考えられなかった。
だから、死ぬ時は一人で死ぬ。そう決めた。
「……教会を壊したいんだ」
「カイ、」
「そしたらもう聖女は召喚されなくなる。魔導師がこの世界から消えれば、魔法を使える人間もいなくなる。魔法とは無縁の世界になるよ」
「カイ!」
「大丈夫。今後、もうこんな酷いことは起きないから。起こさせないから」
「人の話を……聞け! このバカ!!」
安心して欲しいと笑いかけると、アレクサンダーの頭が目の前に降ってきた。ゴツンッ!という鈍い音とズキンとした痛みが額から頭全体へと広がっていく。目の前には怒りを滲ませたアレクサンダーの瞳。
「お前まさか……死ぬつもりじゃないだろうな!?」
「そ、んなこと」
「この世界から完全に魔法を無くすだと? そんなことできるわけが無い」
「なんで! 魔導師も殺して、聖女の力を持ってる俺が死ねばもう誰も魔力を持っている人間は居ないじゃないか! そうすれば──」
「俺がいる」
「……あ」
「微力だが俺も魔力は持っている。俺が誰かと子を成せば、魔力は受け継がれるだろう」
アレクサンダーの言うことは最もだが、それはいつか自然に消えることだ。元の魔力の量を考えれば、子供に遺伝する量だってたかが知れている。普通に考えればわかることなのだが、隠していたことがバレたことと、アレクサンダーがあまりにも真剣な眼差しで問いかけてくるから、海の頭はまともな考えが出来なかった。
「や、だ……俺、出来ないよ……アレクサンダー殺すなんて出来ないっ」
「死ぬ必要はどこにも無いだろう。力をどこにも残さなければいいのだから。だが、お前が一人で死ぬというのであれば別だ。俺はお前を取り戻す為に力を振るう。それが嫌だと言うなら俺の傍から離れるな」
「本当に? 俺が残るなら……アレクサンダーは……」
「あぁ。カイが殺すことも、魔力を持つものが世界に残ることも無い」
「わかった……」
アレクサンダーを殺さなくてはいけないと思ったら頭の中がぐちゃぐちゃになった。そんな状態でアレクサンダーが魔力持ちを増やす努力をすると言うのだ。そんなの見過ごせるわけが無い。アレクサンダーがこの先、辛い思いをするのは嫌だ。これまで散々彼はその身に余るほどの苦痛を受けてきたのだから。これからは幸せになって欲しい。
「そばに居るから、ずっと一緒にいるから」
「あぁ。お前の残りの人生は……俺に寄越せ」
考える暇もなく海はこくりと頷いた。
アレクサンダーが死ぬ事が無ければなんでもいい。
そう思って。
縋り付くようにアレクサンダーに抱きつけば、海の背中に腕が回って強く抱きしめられる。この温もりをいつまでも感じていたい。そう願いながらアレクサンダーを強く抱きしめ返した。
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