異世界に来たけど、自分はモブらしいので帰りたいです。

蒼猫

文字の大きさ
上 下
95 / 121
第四章 異世界に来たけど、自分は反逆します

第九十一話

しおりを挟む




「何故あのような無茶をした」

「す……すみません」

「すみませんじゃすまないよ。見てるこっちはハラハラしたんだからね?」

「は、い……」

 謁見の間から場所は変わり、今は騎士団本部へと連れてこられていた。

 杉崎が魔導師たちを引き付けている間に海はアレクサンダーとクインシーに手を引かれてあの場から逃げ出した。本当はヴィンスの宿に戻ろうとしていたのだが、橋を下ろす許可が取れなかった。エヴラールが海を城下町に戻ることを許さなかったからだ。

 アレクサンダーがエヴラールに何度も橋を下ろすように掛け合ったが、杉崎の対応に手を焼いていてそれどころではないと帰されてしまった。その為、海は騎士団本部に身を寄せているのだが、ただいまクインシーとアレクサンダーに本部の食堂で説教されている。海の位置は三者面談の教師側と言えば分かるだろうか。腕を組んで海を睨んでいるアレクサンダーと、困り顔で笑うクインシー。

 これなら宿に帰りたかった。アレクサンダーたちが普段暮らしている本部が見れる!という淡い期待は見事に打ち砕かれてしまったのだから。

「カイ? ちゃんと聞いてる?」

「聞いてる! だからそんな怒らないで欲しいんだけど……」

「ならば何について叱られているのか言ってみろ」

「えっと、それは……」

「ほらやっぱり聞いてないー!」

「聞いてるってば! もう今後、あんな真似はするなってことじゃないの!?」

「あの女の件だけではない!!」

 ビリビリッと鼓膜が震えそうな程の怒鳴り声。隣に座っているクインシーも突然の大きな声に驚いて腰を浮かせていた。

「何故、城に来た!」

「俺にだってやる事があるんだよ! その為にはここにもう一度来なきゃ行けなかったんだ」

「お前がやることなどここにはない! 明日、橋を下ろしてもらうように話を通す! 二度と城には来るな!」

 アレクサンダーの言い方に沸々と怒りが湧いてきて、怒鳴り返そうと口を開いたが、この状況はまずいと思ったクインシーが慌てて止めに入ってきた事によって海の意見は言葉にならなかった。

「待って待って! 喧嘩しないでって! ほら、あっち見てみなよ!」

 クインシーが指差した方をアレクサンダーと共に見る。食堂の出入口に団員たちがコソコソしながらこちらの様子を伺っているのが見えた。

「アレクサンダーの声であいつら来ちゃったじゃん! カイが謁見の間に一人で来たっていうことにも驚いてるのに、アレクサンダーが怒鳴ってたらもっとびっくりするだろ!?」

「知るか! あいつらは追い返せ!」

「だからそんなに怒るのはやめなっての! そんなに怒ってたらカイだって聞くの嫌だよ!」

「こいつが勝手なことをしたからだろうが!」

「悪かったな!! 勝手なことして!」

 もう我慢できるか。海の意見を聞かずに一方的に怒鳴ってくるアレクサンダーに向けて叫び返して睨んだ。海のヘボい睨みではアレクサンダーはビクともしない。

「もういいよ。俺が悪うございました!!」

「ちょ、カイ!!」

 ガタッと椅子を跳ね飛ばす勢いで海は立ち上がり、二人に背を向けて歩き出した。

「カイ!! 話は終わっていない!」

「知らないよ! 俺の話は聞かないくせに、なんでアレクサンダーの言い分だけ聞かなきゃいけないんだよ!」

「聞いているだろう!」

「聞いてない! 言ったところですぐに否定して怒るだろ!」

 クインシーの制止の声も聞かずに海は駆け出した。
 これ以上、話をしていても無駄に怒りが湧くだけだ。

「アレクサンダーのバカ。バーカ、バーーーカ!!」

 本部の外に出て、表から裏に回って叫んだ。こんなこと本人に言ったらなんて返ってくることか。

「アレクサンダーがちゃんと聞いてくれないのが悪いんじゃないか」

 建物を背にして座り込み、足元にあった石ころを適当に投げる。ぶつぶつ文句を言いながら石を投げている姿は完全にいじけている子供の様。自分でも大人気ないと思ってはいるが、今から謝りに戻る気にもならなかった。

「ばーか……」

 暫くはここで頭を冷やした方がいいかもしれない。
 そう思って海はそこで石を投げ続けていた。



‎⋆ ・‎⋆ ・‎⋆ ・‎⋆



「カイ? ここにいるの?」

「クインシー?」

 石を投げ続けてどれくらい経ったか。ひょこりとクインシーが顔を出した。

「やっぱいた。こんな所でなにしてるの?」

「……頭でも冷やそうかと」

「そっか。カイも怒ってたもんね」

「まだ……アレクサンダーは怒ってる?」

「それはどうかな。自分で見てくるといいよ」

「…………会いたくない」

 まだアレクサンダーと会いたいと思わない。怒っているのであれば尚更。

「こんな所にいたら風邪ひくよ。中に戻ろう?」

「冷やしてるから丁度いいんだよ」

「頭どころか全身冷えちゃうよ」

 海の頭の上へと掛けられるもの。それはほんのりと温かかった。

「これじゃクインシーの方が風邪ひくじゃん」

「んー? なら早く戻ろう?」

「だからまだ戻りたくないって……」

「じゃあ、俺も戻らないでここにいる」

 自分の上着を海に掛け、クインシーは海の隣に腰を下ろした。

 それから何をするでもなく沈黙が流れる。

「カイはさ、ここに来て何がしたかったの?」

「説明して分かってくれるか……」

「言ってくれなきゃ分かんないなぁ」

 話したところで伝わるかは分からない。海にだって分かってないことがあるのだから。でも、一人で抱えているのも辛い。誰かに聞いて欲しい。出来れば、これからどうすればいいかを教えて欲しかった。

「聖女の呪いが付き纏ってるんだ」

「呪い?」

「うん。記憶を受け継いだ時はそんなこと無かったのに、最近になってよく聞くようになったんだ。過去の聖女たちがラザミアを呪う声が。許せないって気持ちが」

「……ずっと?」

「ずっと。謁見の間で彼女達の怒りを抑えるのは大変だった。国王と魔導師を前にした途端、恨み言が酷くなったんだ。常に声は聞こえていたけど、今日ほどじゃなかった。聖女の声に……殺されるかと思った」

 今思い返せばとても恐ろしかった。何人もの聖女が国王たちに向けて罵詈雑言を吐き散らかし、怒りの感情を露わにする。彼らには言葉が届いていないから、海が受け止めるしかなかった。神経をすり減らしながらの国王たちとの対話は本当にしんどかった。

「カイ」

 辛かった、と一言漏らすと、クインシーは海を横から抱きしめた。痛いほど強く抱きしめられたが、海はクインシーから離れようとはしなかった。今はそれくらい強い方がいい。痛みを感じるとここにいる実感が湧く。海はちゃんとこの場にいて生きているのだと。

「クインシー……俺……嫌だ、死にたくない」

 クインシーの背中に腕を回してしがみつくように抱きしめ返す。言い表せぬ恐怖と不安に泣き出しそうになる。こんな所で泣くわけにはいかない。まだ城に来たばかりで何もしていないのに、早々に音をあげている暇はないのだ。泣き顔を晒すことの無いようにクインシーの首元に頭を埋めて隠した。

「死なせないよ。カイは絶対に死なせない。そんなことアレクサンダーが許すと思う? 俺は絶対に許さないから。聖女の呪いだろうが、城下町の闇だろうがどうでもいい。カイを怖がらせるなら俺が許さない」

 包み込むように抱きしめられて徐々に不安が消えていった。もう大丈夫だと言おうとしたが、人の温もりが心地よすぎて離れるに離れられなかった。

しおりを挟む
感想 54

あなたにおすすめの小説

聖女の兄で、すみません!

たっぷりチョコ
BL
聖女として呼ばれた妹の代わりに異世界に召喚されてしまった、古河大矢(こがだいや)。 三ヶ月経たないと元の場所に還れないと言われ、素直に待つことに。 そんな暇してる大矢に興味を持った次期国王となる第一王子が話しかけてきて・・・。 BL。ラブコメ異世界ファンタジー。

聖女の兄で、すみません! その後の話

たっぷりチョコ
BL
『聖女の兄で、すみません!』の番外編になります。

新しい道を歩み始めた貴方へ

mahiro
BL
今から14年前、関係を秘密にしていた恋人が俺の存在を忘れた。 そのことにショックを受けたが、彼の家族や友人たちが集まりかけている中で、いつまでもその場に居座り続けるわけにはいかず去ることにした。 その後、恋人は訳あってその地を離れることとなり、俺のことを忘れたまま去って行った。 あれから恋人とは一度も会っておらず、月日が経っていた。 あるとき、いつものように仕事場に向かっているといきなり真上に明るい光が降ってきて……? ※沢山のお気に入り登録ありがとうございます。深く感謝申し上げます。

田舎育ちの天然令息、姉様の嫌がった婚約を押し付けられるも同性との婚約に困惑。その上性別は絶対バレちゃいけないのに、即行でバレた!?

下菊みこと
BL
髪色が呪われた黒であったことから両親から疎まれ、隠居した父方の祖父母のいる田舎で育ったアリスティア・ベレニス・カサンドル。カサンドル侯爵家のご令息として恥ずかしくない教養を祖父母の教えの元身につけた…のだが、農作業の手伝いの方が貴族として過ごすより好き。 そんなアリスティア十八歳に急な婚約が持ち上がった。アリスティアの双子の姉、アナイス・セレスト・カサンドル。アリスティアとは違い金の御髪の彼女は侯爵家で大変かわいがられていた。そんなアナイスに、とある同盟国の公爵家の当主との婚約が持ちかけられたのだが、アナイスは婿を取ってカサンドル家を継ぎたいからと男であるアリスティアに婚約を押し付けてしまう。アリスティアとアナイスは髪色以外は見た目がそっくりで、アリスティアは田舎に引っ込んでいたためいけてしまった。 アリスは自分の性別がバレたらどうなるか、また自分の呪われた黒を見て相手はどう思うかと心配になった。そして顔合わせすることになったが、なんと公爵家の執事長に性別が即行でバレた。 公爵家には公爵と歳の離れた腹違いの弟がいる。前公爵の正妻との唯一の子である。公爵は、正当な継承権を持つ正妻の息子があまりにも幼く家を継げないため、妾腹でありながら爵位を継承したのだ。なので公爵の後を継ぐのはこの弟と決まっている。そのため公爵に必要なのは同盟国の有力貴族との縁のみ。嫁が子供を産む必要はない。 アリスティアが男であることがバレたら捨てられると思いきや、公爵の弟に懐かれたアリスティアは公爵に「家同士の婚姻という事実だけがあれば良い」と言われてそのまま公爵家で暮らすことになる。 一方婚約者、二十五歳のクロヴィス・シリル・ドナシアンは嫁に来たのが男で困惑。しかし可愛い弟と仲良くなるのが早かったのと弟について黙って結婚しようとしていた負い目でアリスティアを追い出す気になれず婚約を結ぶことに。 これはそんなクロヴィスとアリスティアが少しずつ近づいていき、本物の夫婦になるまでの記録である。 小説家になろう様でも2023年 03月07日 15時11分から投稿しています。

光る穴に落ちたら、そこは異世界でした。

みぃ
BL
自宅マンションへ帰る途中の道に淡い光を見つけ、なに? と確かめるために近づいてみると気付けば落ちていて、ぽん、と異世界に放り出された大学生が、年下の騎士に拾われる話。 生活脳力のある主人公が、生活能力のない年下騎士の抜けてるとこや、美しく格好いいのにかわいいってなんだ!? とギャップにもだえながら、ゆるく仲良く暮らしていきます。 何もかも、ふわふわゆるゆる。ですが、描写はなくても主人公は受け、騎士は攻めです。

転生したけどやり直す前に終わった【加筆版】

リトルグラス
BL
 人生を無気力に無意味に生きた、負け組男がナーロッパ的世界観に転生した。  転生モノ小説を読みながら「俺だってやり直せるなら、今度こそ頑張るのにな」と、思いながら最期を迎えた前世を思い出し「今度は人生を成功させる」と転生した男、アイザックは子供時代から努力を重ねた。  しかし、アイザックは成人の直前で家族を処刑され、平民落ちにされ、すべてを失った状態で追放された。  ろくなチートもなく、あるのは子供時代の努力の結果だけ。ともに追放された子ども達を抱えてアイザックは南の港町を目指す── ***  第11回BL小説大賞にエントリーするために修正と加筆を加え、作者のつぶやきは削除しました。(23'10'20) **

神子の余分

朝山みどり
BL
ずっと自分をいじめていた男と一緒に異世界に召喚されたオオヤナギは、なんとか逃げ出した。 おまけながらも、それなりのチートがあるようで、冒険者として暮らしていく。

婚約破棄されて捨てられた精霊の愛し子は二度目の人生を謳歌する

135
BL
春波湯江には前世の記憶がある。といっても、日本とはまったく違う異世界の記憶。そこで湯江はその国の王子である婚約者を救世主の少女に奪われ捨てられた。 現代日本に転生した湯江は日々を謳歌して過ごしていた。しかし、ハロウィンの日、ゾンビの仮装をしていた湯江の足元に見覚えのある魔法陣が現れ、見覚えのある世界に召喚されてしまった。ゾンビの格好をした自分と、救世主の少女が隣に居て―…。 最後まで書き終わっているので、確認ができ次第更新していきます。7万字程の読み物です。

処理中です...