異世界に来たけど、自分はモブらしいので帰りたいです。

蒼猫

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第四章 異世界に来たけど、自分は反逆します

第八十九話

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「闇を払え。それがお前に課せられた使命だ」

「それは貴方たちの勝手な言い分じゃないですか。闇を払うことだけを考えるのではなく、闇が出来てしまった理由をお考えになられた方がいいですよ。でなければ、闇は何度でもこの国を蝕む」

「そうなったらまたお前が聖女の役割を果たせばいい」

「根本的な解決には至りませんよ。その場しのぎの浄化になんの意味があるんですか。それにあの闇は"生きている"、払えば払うほど強力なものになっていき、いつかは払うことさえ出来なくなる。魔導師である貴方はご存知ですよね?」

「ぐっ……」

 海の胸倉を掴んだままのエヴラールに問い掛けると、バツが悪そうに顔を逸らして海から離れていった。

「払ってもいいですよ。もっと濃くなった闇を見たいのであれば、ですけど」

「エヴラール」

 国王はエヴラールへと視線を送る。海が言っていることは本当のことなのかと言いたげな目で。
 エヴラールは何も言わずにただ一つ頷いた。

 魔導師は頷くことしか出来ないだろう。それが真実なのだから。魔導師であるエヴラールは闇の原因までは知らなくてもその悪質さは分かっているはずだ。分かっていたけど手の打ちようがない。だから全て聖女に任せようとした。聖女の力なら何とかなると思って。その聖女から払うことを拒まれるとは思わなかったのか。

 頭の中お花畑かよ──。

「ならば全てを払え。貴様なら出来るだろう」

「払うことは可能です。でもそれには貴方たちが代償を支払うことになりますけど」

「なんだと?」

「聞こえませんでしたか? 国王と魔導師に代償を支払っていただきます」

「ふざけるな! 何故私たちがそんな事をせねばならぬのだ!」

「それが彼女らの望みだからですよ」

 この闇の全て払うには過去の聖女たちの成仏は必須。
 彼女たちが闇を作ることに手を貸したのだから。

 この闇の大元は国王によって処刑された国民の恨みだ。彼らは死んでもなおラザミアを恨み続けていて、国王と魔導師、そして自分たちを処刑した騎士団と、裏切った国民らに不幸が降りかかるようにと強く願った。彼らの思いは強かったが、闇を作るれるほどの力は無かった。そこで聖女たちの呪いが力を発揮することになる。

 国民の思いに聖女たちの呪いが反応し、闇を具現化した。国を呪っているのは両者同じこと。国民を恨んでいた彼女たちが手を貸した事には驚いたが、彼女たちが手を貸したことによって残った国民たちも苦しめられることになった。

 そして過半数の国民が死に絶えた。聖女たちの願いの三分の一が果たされたのだ。次は国王と魔導師の番。

「彼女ら……だと?」

「貴方たちが必死に隠していたのは知っています。残念ながら今はもう結界も何も無いみたいですけど」

「何を……」

「漏れ出てるんですよ。呪いが。元々、聖女たちの呪いはラザミアを包んでいた。今か今かとその時を狙っていたら、貴方たちが絶好な時を作ってくれた。聖女たちは国民の恨みを媒体としてこの国を呪うことが出来た。国民はもう助かることは無いだろう……これで一つは達成された。残りはお前たちだ……お前たちさえ死ねば全て終わらせられる」

 海の思考はもうあやふやだ。国王を前にして、聖女たちが黙っているはずもない。皆、口々に恨み言を呟き、海に代弁するように言ってくる。彼女たちの怒りは海にも伝染していて、怒りに任せて怒鳴り散らしたい気持ちだった。そんなことをしては話にならないと、必死に抑えて冷静な頭で話していたのだが、もう自分の意識を保っているのが難しい。

 少しでも気を抜けば、自分が自分で無くなってしまうような気がする。必死に理性をつなぎ止めているが限界が近い。

 もう、抑えられない──

 諦めてしまった方が楽な気がする。彼女たちに任せて自分はもう引っ込んだ方がいいのではないか。そう思って、ギリギリまで押し止めていた聖女たちの思いを解放してしまおうとした。

「待ちなさいよ!!」

 海の意識が途切れる間際、謁見の間の扉が大きな音を立てて開け放たれた。甲高い女性の怒鳴り声と、ツカツカというヒールが床をうち鳴らす音。

「返しなさい! その力は元々私にあったものよ!」

「……杉崎さん」

 扉を開けて中に入ってきたのは、聖女として城にいた杉崎だった。海を睨めつけて怒鳴る姿は第一印象とはかなりかけ離れたもの。彼女にお淑やかさなど全くなく、感情に任せて海を責め立てた。

「この国に飛ばされている間に私から奪ったんでしょう!? だからあんたみたいな人が聖女の力を持つことが出来たのよ! 元は私のものだったのに! どうして盗む様なことをするの!?」

「それは誤解ですよ。聖女の力を奪うことなんて出来ない。こちらに来る前からそれは"決まっていること"だから」

「何が決まっているの!? そんなの決まってないわよ!! 返して、今すぐ力を返しなさい!!」

 返せ、と言われてそんな簡単に返せるものでもないし、聖女の力を他人に讓渡できるわけも無い。それにこの力は杉崎に備わるものでもなかった。正真正銘、海に授けられた力だ。

 それは聖女になる基準から推察したことだ。過去の記憶を見た海はなんとなくだが察していた。過去の聖女は最初の一人を除いて全員、特定の感情が強い。聖女となるのだから必然、というのもあるのだろうけど、そうなるように仕組まれているという点もある。

 聖女に選ばれる基準は"自己犠牲"。他者のために自分の命を削ることが出来るかということだ。誰かを癒す度に聖女は寿命が減っていく。本人の生命力を底上げする為に己の生命力を分け与える。そうして病を治す。

 そしてこの自己犠牲は聖女本人の元々の性格に起因するのだが、それとは別に魔導師たちの誘導もある。
 聖女召喚の時に魔導師たちが送り込む魔力に思いが流れ込む。要は、魔導師たちの中に善人が居たというわけだ。悪意に塗れた魔導師だけがいたのではなく、闇に覆われた城下町をどうにかして欲しいと願う綺麗な思いが。

 海が城下町の闇をどうにかしなくてはいけないと急いていたのは、聖女たちの思いと魔導師の念、そして海の性格によるものだった。

 全ての思いが混ざりあったこの力をそう簡単に手放すわけにはいかない。特にこの子には。

「君には渡せない」

「は……? それは私のだって言ってるの! 泥棒! あんたストーカーもして、泥棒もする最低野郎ね!!」

「ストーカーの件は俺は知らないよ。だって君のことは知らないから。興味もない」

「嘘つき!! あれだけ私を追い回していた癖に! 召喚された時もそうじゃない! 私は覚えているんだから。あんたの気持ち悪い手が私の身体に触れたことを!!」

「それは君が壁にはまっていると思ったからだよ。助けようと思って手を貸した。まさかこんな事になるとは思わなかったけど。俺が君を追い回していたって言うけど、その証拠はあるの? 動画でも写真でも、俺が確実に君をつけていたという物的証拠は手元にあるの?」

 喚き散らす杉崎に海は静かに答える。聖女の話から段々と話が逸れてしまっているが、今ここで彼女の誤解を解いておかないと大変なことになりそうだ。もう既に彼女は一人けしかけているのだから。

「証拠なんて……ここにはないわよ! 家に行けば……きっと……!」

「じゃあ、なんでそれを持って警察に被害届を出さなかったの? 昔はストーカー被害があっても事件にしてくれなかったけど、今ではちゃんと警察も動いてくれたはず。しかも証拠あるんだろう? それを提出すればストーカーの犯人は捕まえることが出来たはずだ。君がそんなに恨みを持ち、日々怖がることは無かったと思うよ」

「そ、んなのあんたに関係ないでしょ!? 警察なんてあてにならないわよ! 犯人は私が捕まえるの。私がこれまでされた事を全部、払ってもらうまでは──」

「なるほど。ああ……わかった」

 彼女にストーカーを働いた男の自業自得というか、それとも彼女がわざとストーカーさせたのかは知らないが。

「君、相当の悪女だね?」

 彼女の性格がどこで歪んだのか見てみたい気がした。
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