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第四章 異世界に来たけど、自分は反逆します
第八十六話
しおりを挟む「ん……」
「カイ? 大丈夫?」
ふにゃふにゃとした曖昧な中でクインシーの声が聞こえる。大丈夫だよ、と伝えたかったけど、言葉にならなかった。
「無理しなくていいよ。眠かったらそのまま眠って」
眠くはないんだ。身体が自由に動かせないから眠っているように見えてしまうかもしれないけど。ちゃんとクインシーの声は聞こえているよ。
「起きたか?」
「ううん。まだ」
扉の開く音が聞こえた後、アレクサンダーの声が耳に入る。扉が閉まる前に鶏の鳴き声が微かに聞こえ、今宿にいる事がわかった。
いつのまに宿に帰ってきていたんだろう。確か、自分は城の前にいたはず。そこでクインシーに会って、喧嘩しそうになって……その後は?何をしていたっけ?
「アレクサンダー、俺たちが思っているほどカイの状態は良くないんじゃ……」
「前々からおかしな点はあったが……記憶が継承されてからは酷いな」
おかしい?何が?
海の状態が良くないとはどういう意味だ。自分は何もおかしくなんかない。どうしてそんなことを言うんだ。
「さっきのあれはなんなの? カイと話してたはずなのに突然、知らない人になってた。性格が変わったと言うよりも、人格そのものが変わったみたいな」
「過去の聖女が乗り移っているとしか考えられないだろう」
「そんな怖い話ある!?」
「現実に起きている。カイの身体を乗っ取って復讐しようとしているだろう」
乗っ取ってる……?過去の聖女が?
二人に詳しく話を聞きたいところだが、身体は依然として動かせない。力を入れようと思っても上手く入らず、人形のように固まっていた。
「カイは……どうなるの」
クインシーの問いにアレクサンダーは黙ってしまった。二人の顔が見えない今、海は雰囲気で悟るしかない。
二人に要らぬ心配をかけているから早く起きなければ。そんな心配は要らない、自分は大丈夫だと声をかけないと。
「……カイ?」
「どうした」
「なんか……」
グッと身体に力を入れて腕だけでも動かそうとしたが、まだ身体が動く気配がない。もっと力を込めようと、右腕にこれでもかと力を入れた。その瞬間、いきなり身体が動くようになって、海の右腕が空を切っ──
「おい……」
「えええ!? カイ!?」
海が力を込めていた右腕は海を覗き込んでいたアレクサンダーの顔面へとぶつけてしまった。左頬を殴っているような形に、横にいたクインシーはあんぐりと口を開けて驚き、アレクサンダーは眉間に深い皺を刻み海を睨んでいた。
「えっと……ごめん?」
「カ……カイー!! おはよう!!」
「うわっ」
真上から睨まれて困っていると、海の視界を遮るようにクインシーが抱きついてきた。
「良かったー! このまま起きないのかと思ったよ」
「起きてた……というか意識はあったんだよ。でも、身体が動かなくて。必死に動かそうと力を入れてたら急に動かせるようになって……本当にごめん、アレクサンダー」
ぎゅうぎゅうとクインシーに抱きしめられながら、殴ってしまったアレクサンダーの頬を撫でた。不機嫌そうな顔は変わらないが、頬を撫でている海の右手にアレクサンダーは自分の手を重ね、指先を絡めるように握った。
「心配したんだよ? 急に倒れ込んだから」
「倒れた? 城を見てただけなのに?」
「……うん。歩き疲れたんじゃないかな」
「また迷惑かけたんだ、俺」
歩き疲れて倒れるってどんだけひ弱なんだよ。冗談だろと笑いそうになったけれど、城の前でクインシーと会った後に海の意識は無くなってしまっている。歩き疲れて倒れたなんて信じたくないが……事実なのだろう。
「いいんだよ。沢山迷惑かけてよ。カイのお世話はしてるの楽しいから」
「俺子供じゃないんだが……」
「大人のお世話も楽しいんだよ?」
「クインシーの楽しいの基準が分からないわ……」
「分からなくていいですー」
楽しげに笑うクインシーにつられて海もへらりと口元を緩めた。
「ねぇ、カイ」
「なに?」
「俺達のこと……忘れないでね」
クインシーの言葉の意味がわからず、海は首を傾げる。アレクサンダーもクインシーも悲しげな顔で海をじっと見つめているだけで、それ以上は何も言わなかった。
「忘れるわけないよ。そんな簡単に忘れない」
そう言って笑ったのだが、二人はまだ浮かない顔をしていた。
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