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第三章 異世界に来たけど、自分は慈善活動を始めました
第八十三話 アレクサンダーside
しおりを挟む「ただいまー!」
「戻った」
騎士団本部の扉をクインシーは大きく開け放つ。出迎えたメイドが驚きながらもにこやかな笑みを浮かべていたが、クインシーの後ろから出てきたアレクサンダーの姿を見つけた途端、笑みを消して顔を引き締めた。
「お帰りなさいませ。お食事の用意は出来ております」
「いつもありがとう」
「いえ、私共の仕事ですので」
「疲れた時はすぐ言ってね! たまにはお休みも必要だからさ!」
頭を下げるメイドにクインシーは優しげに声をかけ、メイドを労り、スキップをしそうな足取りで食堂へと向かった。その背中を目で追いながら、アレクサンダーはいつもの報告をメイドから受ける。
「本日も問題はありませんでした」
「そうか」
「ですが……団長様にお会いしたいと本部にお越しになってる方がいらっしゃいます」
クインシーと話していた時とは違う雰囲気をメイドは醸し出す。それをすぐ察知したアレクサンダーは本部に来ている人間が誰なのかがわかった。
「俺の部屋か」
「はい。団長様はご不在ですとお断りしたのですが……」
「奴らは人の話を聞かないだろう。言うだけ無駄だ」
「申し訳ございません」
深々と頭を下げたメイドを見てアレクサンダーはため息をつきそうになった。こういう時、クインシーならばもっと上手く言うだろう。メイドが自分を責めないように。
カイならなんと言うだろうか──
「……気にしなくていい。よく……耐えてくれた」
「あ……え? はい?」
「………………部屋に行く」
「あっ、はい! いってらっしゃいませ!」
嬉しげなメイドの声を背にして、アレクサンダーは足早に自室へと歩き出す。慣れないことはしない方がいい。そう思いながら。
部屋の前の廊下へと辿り着いたアレクサンダーが一歩足を踏み出すと、自分の部屋の扉がゆっくりと開いた。
まるでアレクサンダーが来るのが分かっていたかのように、開かれた扉の奥から憎たらしい笑みを浮かべた魔導師がこちらに手を振ってきた。
「待ってたよ、団長さん」
「何の用だ」
「立ち話もなんだから部屋に入りなよ。俺の部屋じゃないけどさ」
魔導師に部屋に入るように促されてアレクサンダーは素直にそれに応えた。部屋に入って魔導師の方を振り返ると、先程よりも気色の悪い笑顔をしながら後ろ手に扉の鍵を閉めているところだった。
「"初モノ"はどうだった? 団長さん」
「何の話だ」
「だから、聖女の……いや、男だから聖人か。彼の初めてもらったんだろ? どうだったって聞いてるんだよ。俺、"視える"けど聞こえたりはしないからさ」
楽しげに話す魔導師の言葉が一瞬分からなかった。
理解しきれていないアレクサンダーは答えるのが遅れた。その事が気に食わなかったのか、楽しげな顔から一変、親の仇を見ているような怒りのこもった目で魔導師はアレクサンダーを睨んだ。
「本当なら俺が最初にヤるはずだったんだからな。今頃、あのクソ女の方が聖女だったらもう孕ませてたんだよ。それなのにまさか聖女じゃなくて、餌のほうだったなんて。なんだよ最初からあの男が聖人だって知ってて隠したのか? あんたも相当性格歪んでんな」
「……何が言いたいんだ。ベラベラと無駄なことを喋らず、簡潔に言え」
「聖人を寄越せって言ってんだよ」
高圧的な態度で魔導師はアレクサンダーに手を差し出した。
「なんの事やら」
「さっきから言ってんだろ。あんたらがやってる事は全部視えてるんだよ。最初から全部言ってやろうか? なんなら今日のことを一から話してやるよ。牢に入れてたガキと言い合いして聖人に怒られた事も、俺が襲った後にセックスしてたことも。ああ、あの男のイキ顔は今思い出してもゾクゾクする。あんな顔されたらいくらでもイケ──」
「黙れ」
一気に間合いを詰めて魔導師の首を掴んで持ち上げた。気道が締まって苦しげにもがく魔導師は浮いた足で何度もアレクサンダーを蹴りつける。それくらいの抵抗で首を絞めている手が緩むはずもなく、逆に喉を締められて情けない声を出し始めた。
「あ゙……がっ……」
「お前はここで殺しておいた方が良さそうだな。ウィルス・ファウラー」
アレクサンダーの目を使って魔導師……ウィルスはカイの事を監視していたのか。それとも、聖女とされていたスギサキに違和感を感じてカイを見張るようになったのか。
カイを監視し始めた理由はこの際どうでもいい。この男はここで殺すのだから。カイとの情事を盗み見され、更には欲情までされている。今後、ウィルスはアレクサンダーたちの計画の邪魔になるのは確実だ。彼は残っている魔導師の中でも一際、魔力が強い魔導師だ。総括のエヴラールをも凌ぐ力を持っているこの男は、たった一人で城の半分を守護している。エヴラールでさえ、城を守る為に他の魔導師二人の力を使わなければならない。
ウィルスがいなくなれば城の守護は一気に弱くなるはずだ。ここで手にかけておけば後々の行動が楽になる。
「……っ……う……」
「恨むなら人の視界に勝手に入り込んだ自分を恨め」
呼吸が出来なくなったウィルスの顔は真っ青になっていく。首を絞め上げているアレクサンダーの手を外そうと引っ掻いていた手は力なくダラリと下がった。手に伝わってくる脈拍も次第に弱くなっていき、ウィルスの死が間近になっていることを悟った。
もう少しで消せる──と思ったその時、部屋の扉がノックされた。
「アレクサンダー? なにやってんの?」
食堂に行ったはずのクインシーが部屋に来てしまった。いくら待っても食堂に現れないアレクサンダーを心配して見に来たのだろう。
「…………命拾いしたな」
「がはっ……はっ、はっ……」
首を絞めていた手を緩ませて、ウィルスを床へと落とす。必死に空気を吸い込もうとしている彼を蹴り飛ばし、窓の下へと追いやった。
「え、アレクサンダー? まさかもう寝ちゃったの? アレクサンダー、おじいちゃんになっちゃったの?」
「まだ寝てない。勝手に老いさせるな」
扉の前でヘラヘラと笑っているクインシーに声をかけつつ、アレクサンダーはいつも書類をチェックしている机へと近づいてペンを手に取った。長年愛用していたペンだったが、今日で使うのは最後だ。
「な……にすんだよ!」
「言っただろう。恨むなら自分を恨め、と」
ペンを持って近づいてくるアレクサンダーにウィルスはガタガタ震えて怯える。城の守護に魔力を使っていなければ、アレクサンダーのことを瞬時に燃やせただろう。それともこれからされる事を想像し、頭の中が恐怖で埋め尽くされて身を守る術を失ったか。
どちらにせよアレクサンダーには関係ない。
ただ、目の前にいる男の"瞳を奪えれば"どうでも良かった。
ペンを振り下ろした後、ウィルスは窓から突き落とした。アレクサンダーの部屋は本部の二階。そこから落とされたウィルスはゴキッという骨が折れる音をたてた。
下から悲鳴が聞こえた気がしたが、窓を閉めて遮断した。
「すまん。遅くなった」
扉を開けるとクインシーがぶすくれた顔で立っていた。
「遅い。久しぶりに酒でもと思って待ってたのにさー」
「先に飲んでいるじゃないか」
「だってアレクサンダーが来るのが遅いんだもーん。あ、ねぇ、カイも酒飲めるかな? 今度、一緒に飲もうよ」
フラフラ動き回っているクインシーを呆れた顔で見つつ、アレクサンダーはカイが酒を飲んでいる姿を想像していた。彼は酒を飲んだらどうなるのだろうか。クインシーのように騒がしくなるのか、それともあの漆黒の瞳からぽろぽろと涙を零すのか。はたまた違う酔い方だったら……。
そんなことを想像するだけで、アレクサンダーの気分は浮上していった。害していた気分が少しだけ良くなり、固まっていた表情が緩んでいく。
「それにしてもアレクサンダー……なーんか血の匂いがするんだけどー?」
「気のせいだろう。それか、ここに来るまでの間に何処かぶつけて怪我でもしたんじゃないか?」
「うそーー!?」
この男は勘も良ければ鼻もいいのか。
グルグル回りながら自分の身体を確認しているクインシーを眺めながら、アレクサンダーは小さくため息をついた。
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