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第三章 異世界に来たけど、自分は慈善活動を始めました
第七十四話
しおりを挟む「なんであんたと一緒なんだよ」
「それはこちらのセリフだ。子供は大人しく宿にいろ」
「俺は子供じゃない!」
「子供だろう。そうやってすぐムキになるところが子供だ」
「なら子供相手にグチグチ文句言ってるあんたも子供だろ!」
城下町の大通りに出てきてからずっとこれだ。
海はアレクサンダーとウォレスの幼稚な言い合いに、呆れ顔でため息をついた。海の後ろで二人は『子供じゃない!』と言い張っているが、海からしたら二人とも子供だ。特に子供相手にツンとしているアレクサンダーが。
今日はアレクサンダーと城下町を回ることにした。
自分が聖人だと知ったからには何かしたいと思って。
力を使うことにアレクサンダーとクインシーは良い顔をしないが、海は困っている人にはなるべく力を使いたかった。重い病気や怪我をしている人には力を使い、軽い症状の人にはヴィンスの宿にある薬を使う。
アレクサンダーと相談してそう決めた。
力を使う時は必ずアレクサンダーかクインシーに声をかけること。聖女の力を使ったことで海の体調が崩れた時にすぐ対応出来るように。常にアレクサンダーかクインシーの側で力を使うことを約束させられ、海は不満を言うことなく承諾した。でなければ、また二人に迷惑をかけてしまうと思ったからだ。
そんなこんなで今、アレクサンダーと城下町を歩いている。今日はアレクサンダーと町の状態を確認し、闇を払うための手がかりを探るという話になった。大通りにはまだ国民の死体がそこかしこにある状態で、アレクサンダーについてきてもらうのはどうなのかと思ったが、本人が「ついていく、問題ない」と言って海から離れなかった。
辛くなったらすぐに言ってくれとアレクサンダーに伝え、海は宿を出ようとした。扉を開けて外へと一歩足を踏み出した時、後ろからリュックを引っ張られて仰け反った。
"俺も一緒に行く!!"
海が背負っていたリュックを両手でしっかりと掴んで外に行かせないように阻んだ。
何度も遊びに行くわけじゃないと言ったが、ウォレスはどうしてもついていくと駄々をこねて海を悩ませる。
困り果てた海の隣で黙って見ていたアレクサンダーがウォレスにキツい言葉を投げかけた。
"子供が出しゃばるな"
その一言で喧嘩が勃発。
なんとか場を収めようとしたが、二人の言い合いがヒートアップしていくだけで止めることは出来なかった。
今日に限ってクインシーも城でやることがあるからと宿に来ていないし、ヴィンスも釣りに出かけていて不在。目の前で繰り広げられる喧嘩に海は頭を抱えた。
"もういい。一人で行く"
めんどくさい。一人で行った方が絶対に早い。
海は宿の鍵をアレクサンダーに投げつけ、扉を乱暴に閉めた。勝手に喧嘩でも何でもしてればいい。今日は二人で城下町を回れると思って楽しみにしていたのに。
ぶすくれながら「アレクサンダーのバカ」と呟いて一人、大通りへと出た。それから少し経って、後ろから走りよってくる足音。
全力で謝ってくるウォレスと、海の手を掴んで離さないアレクサンダー。
追いかけてくるのが遅いよ──そう言って海は苦笑いをした。
が、二人はいつまでも後ろで喧嘩をしている。仲直りしたから海を追いかけてきたのではないか。喧嘩したまま海を追いかけてきたのかこの二人は。
「……二人とももう少し静かに出来ないの?」
「だってこいつが子供は帰れって!」
「子供がいていい場所じゃない」
アレクサンダーの言い分はわからなくもない。
死体が多い大通りをウォレスに見せたくないという考え。それは海もわかっている。ウォレスには宿で留守番をしていてもらいたかった。でも、昨日今日来た家に一人で残されるのは不安だと思う。海も慣れるまではソワソワしながらヴィンスの帰りを待っていた。だからその気持ちは分かる。わかるのだが……。
「子供子供ってうるさいんだよ!」
「ウォレス! いい加減にしろ! アレクサンダーも!」
いい加減うるさくなってきた。
ギャーギャー騒ぐウォレスの頭へとチョップを落とし、ウォレスを煽っているアレクサンダーは頬を抓って黙らせた。
「そんなに喧嘩したいなら宿に戻ってしてこい! 俺の邪魔すんな!」
二人がいると気が散って何も出来ない。キレた海に驚いた二人は目を丸くして驚き固まっている。その隙をついて海は走り出し、次は追いかけられないようにと、大通りから小道へと入り込んだ。
デタラメに走り回って息が切れ始めた頃、海は立ち止まって呼吸を整えようと大きく息を吸った。
ウォレスの誤解は解いたはずだ。それでもアレクサンダーに食ってかかってしまう。アレクサンダーの性格上、子供との会話はさほど進まないだろう。彼の無愛想な顔と素っ気ない言い方では怖がられてしまう……と思っていたのだが、ウォレスは臆することなくアレクサンダーに文句を飛ばす。アレクサンダーも言われたら言われた分返している。
「アレクサンダーの弟……ウォレスは弟なんだ」
二人は別に仲がいいという感じではない。口喧嘩の絶えない兄弟だ。だから海が気にする事は何一つないのだが、アレクサンダーとウォレスのやり取りを見ていると胸に変なわだかまりができていく。
クインシーがアレクサンダーに好き嫌いはないと聞いた時のように。
「……嫉妬?」
「お兄さん」
海がぽつりと呟いていると、前方から若い男の声で呼ばれた。我に返って男の方へと目を向けると、地面に座り込んで苦しそうにしている人がいた。
「どうしたんですか!?」
「いやぁ、久しぶりに外でも歩こうかと思って出てみたんだけどね……そのザマで」
家にずっと引きこもっていたからたまには外に出て散歩でも、と彼は城下町に出てきたらしい。歩くのが楽しくなってしまった彼は家から随分と遠くまで歩いてきてしまった。長く運動していなかったせいで足が痛み、歩くことが出来ない。痛みが治まったら家に帰ろうと思っていたが、中々痛みがひく気配がない。そのうち立っているのも辛くなってここに座り込んでしまったとのこと。
「無理はしない方がいいですよ。長く外に出てないんでしたら、まずは家の周りからで」
「ええ。次はそうします」
このままでは家に帰れない。それは可哀想だと、海は彼の足に触れた。歩き疲れの痛みくらいなら力を使ってもいいだろう。ずっとここに居るのも良くないだろうし。
足に触れながら海は痛みがなくなりますようにと祈り始めた。その姿を男がニヤついた顔で見ているとも知らずに。
「やっぱりアンタだったんだ」
「……え?」
「いくら待ってもあの女は力が使えなかった。だからなんか違うなと思ってたんだけどさ。まさかアンタだったとは……俺もびっくりだよ」
男は海の腕を掴んで地面へと押し倒す。突然のことに海は抵抗する間もなかった。
「貴方は……」
「俺? 一度会ってるんだけど……まぁ今は姿が違うから分かんないか」
ニヤニヤと気持ち悪い笑みをする男は海の両手首を掴んで地面に縫い付ける。馬乗りになって海が抵抗出来ないようにした。
「は、離せ!」
「なぁ、あんた……聖女として召喚されたんだろ?」
「な……んで……」
「あのガキに刺されたのにこんなに元気に動き回ってるんだ。そうとしか考えられないよ」
ウォレスに刺された左腹部をじっと見つめ、男は膝で器用に海の服を捲った。海の腹には刺し傷はない。聖女の力によって完全に治癒された証だ。
「聖女って男でもなれるんだな」
「お前一体誰なんだ!」
「誰? ここまで話しといてまだ分からないのかよ」
くくく、と喉の奥で笑う。グッと男の顔が近づいて来て、海の耳へと唇を寄せる。
「城の魔導師様って言ったら分かってくれるか?」
囁いた後、海の耳朶を軽く食む。ねっとりと舐められて、海は男から逃げ出そうと暴れた。
「今はまだ食わねぇよ。けど、いつかはアンタを俺のモノにする。天才魔導師様と、聖女様がまぐわえば……優秀な子孫を残せるだろ?」
「ふざけるな! 俺は男だ! 子供なんて……!」
「そんなもん"作ればいい"」
男の手が海の下腹部へと向かう。ズボン越しに触られて、海はぞくりと鳥肌が立った。
この男は狂っている。
「や、めろ、離せ!」
「楽しみだなぁ。俺、男も女もイけるくちだからさ。大丈夫、気持ちよくしてやるよ。どうせ騎士団長にいつも相手してもらってるんだろ?」
「そんなこと……」
「え? シてないの? へぇ、じゃあ……まだ処女なんだ」
なんでこいつにそんなことを言われなくちゃいけないんだ。恥ずかしさで赤くなっていく顔を背けると、無防備になってしまった首筋へと男の唇が落ちる。
「やっ、」
「いい匂い。最高だよ、聖女様」
ちくりとした痛みが首に走り、噛まれたのかと思ったが、そうではないらしい。それよりも嫌な予感がした。
「離せ! やだッ……アレク! アレク!!」
「そんな嫌がらなくてもいいじゃん。痛くしないよ。俺慣れてるから」
男の手がシャツのボタンへと触れる。一つ一つ外されていくのを海は見ていることしか出来ない。男はもう海の手を掴んでいないのに何故か指ひとつ動かせなかった。
アレク、アレク!!──何度も心の中で助けを求めた。きっとアレクなら来てくれる。そう願って。
「……は? 守護のネックレスなんか持ってんの?」
シャツが開かれて素肌が表に晒された。男は海の首にあるネックレスを見た途端、酷く顔を歪めた。
「カイ!!!」
「チッ……これのせいか!」
遠くからアレクサンダーの声が聞こえる。
「まぁいいよ。今は、ね」
悔しげな顔で男はそう言い残して逃げていく。
男が海から離れると身体の自由が戻った。慌ててはだけたシャツをかき合わせ、身を守るように縮まった。
「カイ!!」
アレクサンダーはすぐさま海の元へと駆け寄って地面に膝をつく。
「あれ、く」
「何が……」
何があった、と聞こうとしたアレクサンダーは海の状態を見て固まる。脱がされかけたシャツに首筋の赤い痕。何をされたかは一目瞭然だった。
「……殺す」
アレクサンダーは一言呟いて立ち上がり、男が逃げていった先を睨みつけながら歩き出そうとした。
「アレク、やだ、行かないで」
「だが!」
「今は、何処にも行かないでほしい」
一人にされるのは怖い。
必死にアレクサンダーのマントを掴んで行かせないように引き留めた。
「カイ、宿に帰るぞ」
アレクサンダーの上着が頭へと被せられる。マントで海の身体を包まれて横抱きにされる。
じんわりと伝わってくるアレクサンダーの熱に海の眦から涙が零れ落ちた。
ウォレスに刺された時よりもずっと怖かった。
男は確実に海を犯そうとしていたのだ。アレクサンダーとまだしてないのかと海に聞いた男は至極嬉しそうに笑い、海の身体を無遠慮に触った。その気持ち悪さが今になって海に襲いかかる。
「アレク」
「どうした? 何処か怪我でも……」
「……て」
「カイ?」
「……俺の事……抱いて欲しい」
突然の申し出にアレクサンダーは足を止めて海を凝視した。こんなことが起きた後に何を言っているんだと言いたいだろう。でも、こんな事があったからこそ、アレクサンダーに触れて欲しかった。
「……わかった」
暫く間が空いてからアレクサンダーは答えた。
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