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第三章 異世界に来たけど、自分は慈善活動を始めました
第七十三話
しおりを挟むクインシーとアレクサンダーが城に帰ったあと、海はウォレスが眠っているベッドを背にして机に向かっていた。
今一度、聖女の浄化の力を整理しようと思う。
まず、聖女は召喚されてすぐに力が使えるわけではない。城の魔導師に指導を受けて力を使えるように練習するのが定例だ。
中には海のように自然と使えるようになった聖女も数人いたが、彼女たちは使うことを強いられたことによって、浄化の力に目覚めた。これは海にも当てはまること。自分の怪我を治癒しなければ死ぬという危機的状況に陥ったが故に力を使用した。
浄化の力はとても万能だ。怪我を治すことも、病気を治すことことも、荒れた土地を潤すことも出来る。
ただ一つ、聖女の力でもどうにも出来ないことがあった。それは"治癒を受ける人間に生きる意思がある"ときだけ、力を発揮することが出来る。聖女の力は相手の生命力の活性化を促すもの。自然治癒力を大幅に底上げし、怪我や病を一瞬にして治す。本人の生きたいと願う思いが強ければ強いほどその力は増す。
その反面、生きたいという意思が弱ければ力の効果は薄くなる。二人目の聖女が妹を助けられなかったのもそのせいだ。妹は死ぬことを望んでいた。姉から注がれる力を全て拒否し、彼女は死を選んだ。死ぬ事で全てから解放される、自由になれると思っていたから。
そう考えると、あの老夫婦の旦那さんもそうだったのかもしれない。これ以上の苦しみを味わうくらいなら、誰かに迷惑をかけるくらいならと考え、旦那さんは生きる意思をなくしてしまったのではないかと。
「それにしては安らかだったんだよな」
旦那さんは苦しむことなく亡くなった。あの時に海が力を使っていたというのなら、旦那さんの表情が穏やかだった理由はつくのだが、旦那さんは程なくして息絶えてしまった。それは海の力を拒否したことになる。
いくらあの時の事を思い出しても海には旦那さんの気持ちはわからない。亡くなった人の思いを生きている人間があれこれ推察するのはあまり好きではない。旦那さんには旦那さんの考えがあってそうしたのだろう。
聖女の力を使うことによって使用者もそれなりにダメージを受けることもわかった。力を使うことに慣れている人間でも、重い病気や酷い怪我を治すと体調を崩しやすくなる。もしかして聖女自身の生命力を分け与えているのかとも思ったが、その部分に関してはあまり有用な記憶は無かった。
「使いすぎて倒れるようなことがあったらまたアレクサンダーとクインシーに心配させるよな。でも、使わないと城下町はあのままだし……」
闇を払うのには聖女の浄化の力が不可欠。
他の誰でもない、海にしか出来ないことだ。
それに過去の聖女たちの恨みの権化だとしたら。
あの闇の正体が彼女達の呪いだったとしたら、なおさら海でないと。聖女の呪いは聖女の力で払う。彼女たちの届かなかった願いは必ず成就させる。
「その為にはあの地下に行かないとか」
聖女たちの遺骨をきちんと埋葬することが第一目標。
次に、聖女召喚をやめさせることと、召喚印がある教会の破壊。国王や魔導師の意識改革。
「やること増えて楽しいなぁ……」
思わず海は乾いた笑みを浮かべる。この国はやたらと隠し事や、裏事情が多いなと思っていたがここまであるとは。罪深い国だ。
「今となっては聖女も形骸化してるし、国王は一体何のために聖女を召喚したんだ」
最初こそは聖女に国民を助けて欲しいと言っていた。
でも、一人目の聖女が召喚された時は闇も存在していなかったし、困っている国民は貧困層の人達だった。
彼らを助けるには根本から解決しなくてはいけない。
農民たちから搾取するだけではなく、搾取した分の報酬を与える。そうすれば彼らだって城下町中心部の人達と変わらない生活が出来たはず。
聖女はその事に気づき、国王に直接伝えた。
国王は聖女の言葉を全て無視した。それよりも中心部で困っている人達の救済を、と話を変えられた事により、聖女はこの国を見限った。
彼女がラザミアから出たことによってこの世界の文明が大きく変わったのは素晴らしいことだ。彼女は確かにこの世界に貢献した。電気もガスも水道も現代の日本と変わらないのは彼女のおかげだ。
結局、ヘアアイロンとドライヤーは作られなかったみたいだけど。
「彼女達のおかげでこの世界は変わったんだ。聖女を召喚した今はあったけど……」
召喚された聖女たちのその後が問題だ。
彼女達の多くはラザミアに利用された。利用価値がなくなったと判断されたら、地下へと幽閉される。そこでラザミアに加護をもたらせと言われ、永遠にその場に閉じ込められる。与えられる食事は日に一度。しかも古くなったパンや腐った食べ物。そんなものでは健康を保てるわけもなく、彼女たちは餓死していく。
聖女が死ねば新たな聖女を。替えはいくらでもいる。
まるでブラック企業のようだ。
「……俺が死んだらまた聖女を召喚するのか」
その前に彼らがいつ気づくかだ。杉崎が聖女ではないと。
それにまだ疑問は残っている。二人目の聖女は完全なる巻き込みだった。だが、三人目からは確実に聖女召喚は"二人"になった。その意味もまだ分かっていない。
海が見た記憶は聖女視点のものだけで、召喚されたもう一人の方がどうなったのかはわからない。
何人かは聖女の親族だったからと、人質になっていたのは見た。聖女が国の為にその身を捧げさせる為にと。
でも、殆どは聖女とは関わりのない者ばかりだった。
彼女たちの行方が気になる。
「単なるおまけ、という感じがしないんだよな。まさかもう一人の方にも何か特別な役割でもあるのか?」
机の上に広げたノートに分かったことを書き込んでいくが、上手くまとまらない。まだ海の知らないことが多すぎる。
おまけの存在、聖女を呼ぶ理由、城下町の闇、国王の思惑。
「もう一度考え直さないとダメかもしれないな」
まだ見落としていることがあるかもしれない。そう思って海はノートのページを捲る。一から書き直そうとペンを握り、ペン先を紙面に付けた。
「カイ……? 何してるんだ?」
「あっ、起こしちゃったか?」
ベッドの方へと振り返ると、ウォレスが眠そうに目を擦りながら海を不思議そうに見ていた。うとうとしながら海の方へと来ようとしているウォレスを止めて、布団の中へ戻らせた。
「まだ寝てていいよ。俺ももう寝るから」
「ん……ん、ねる、けど。カイも」
ウォレスに袖を掴まれてしまっては椅子には戻れない。今日はもう寝た方が良さそうだ。
「わかった。電気消すから待ってて」
袖を掴む手をやんわりと解き、壁にあるスイッチを押した。
ウォレスの隣に身を滑らして布団の中へと潜り込むと、海の胸にウォレスが擦り寄ってきた。
「おやすみ、ウォレス」
「おやすみ」
海の服をしっかりと握り、ウォレスはまた夢の中へと入り込んだ。海も聖女の力について考えていたが、いつの間にか眠ってしまった。
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