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第三章 異世界に来たけど、自分は慈善活動を始めました
第七十一話
しおりを挟む「それじゃあ、話してもらえるかな」
「全部?」
「出来れば。話すのが嫌なところがあったら端折っていいからさ」
「わかった」
テーブルを囲うように海たちは椅子に座った。ヴィンスだけは自室にこもって釣竿の手入れをしている。こういう話をする時に、それほど関係の無い人間が入るもんじゃないと言って引っ込んでしまった。
「俺は物心ついた時から檻の中にいた。親の顔は知らない。ただ、母親の名前と"アレクサンダー・ランドルフ"という男が兄貴に当るっておっさんに言われた」
ウォレスを産んだ母親はアレクサンダーの母親だった。アレクサンダーが十八歳のときに城に連れていかれ、アレクサンダーたちが騎士団として城に入った頃には亡くなっている人。
亡くなった理由は聞かなかった。母親の話をすると、クインシーもアレクサンダーも暗い顔で俯いてしまうから。
「ずっと言われ続けてたんだ。お前の母親は使えない女だった、少しいたぶっただけですぐ音をあげる。そのくせ、子供だけは残しやがってって」
「そんな……」
「母親を殺したのはお前の兄貴だ。勝手なことをして目をつけられたのが悪いってそいつは笑ってた。俺が檻の中に入れられてるのも、全部その兄貴ってヤツが悪いって思ってた」
年端もいかぬ子供に対してなんて酷い言葉を。
しかも全ての責任をアレクサンダーに背負わせ、ウォレスにはアレクサンダーが全部悪いのだと刷り込ませた。だからウォレスはアレクサンダーをあんな射殺すような目でみていたのか。
「ウォレス、アレクサンダーは悪くないよ」
「え?」
「アレクサンダーとクインシーだって……被害者なんだから」
意味がわからないと首を傾げるウォレス。今まで兄であるアレクサンダーが全て悪いと思い込んでいたのに、それは間違っていると言われればそうなるだろう。
でも、ウォレスが信じているものは全部、国王や魔導師の思惑によるもの。自分たちがした事をひた隠しにし、アレクサンダーをやり玉に上げた。卑怯で卑劣なやり方だ。
「なんで? だってあのおっさんたちは全部こいつが悪いって」
「違う。違うんだ、そうじゃなくて……」
上手く言葉にならなくて海は口ごもる。ウォレスになんて言えば分かってもらえるか。魔導師たちの策略にハマって良いように扱われてしまった彼をどうやったら救えるか。
アレクサンダーを庇いたいという感情だけが先走ってしまい、口を開けば魔導師や国王への悪口が出てきそうだ。今はそんなことを言っている時じゃないのに。それでも感情が抑えられない。怒りや憎しみがふつふつと湧いてきて気持ちが悪い。
「あいつらが……」
「カイ、」
「サクラギ、」
テーブルを睨みながら呟くと、隣に座っているクインシーとアレクサンダーが海を呼ぶ。頭にはアレクサンダーの手が、背中にはクインシーの手が添えられて『落ち着け』というように撫でられた。
「……ん」
「魔導師の言ってることはほとんどデタラメだよ。君は上手くアイツらの口車に乗せられたってこと。俺たちを悪者扱いするなんてほんっとにしょうもないやつらだわー」
「否定はしない」
「じゃあ、母さんを殺したのは……」
「魔導師たちだよ。アレクサンダーとウォレスのお母さんも、俺の母親も魔導師に焼き殺された」
思い出したくない記憶を掘り起こしてクインシーは語る。嫌な思いをしているのに、彼らは海を慰めようとしてくれる。
なんで自分はこう上手く出来ないのだろうか。いつも二人には助けてもらってばかりだ。海だって二人を助けたいのに。守ってあげたいと思っているのに、から回ってしまう。結局は二人に言わせ、また傷つけてしまった。
「サクラギ、そんなに気負わなくていい」
「でも、」
「そうだよ? 別に過去のことなんだからさ。今更ああすれば良かった、こうすれば、って言っても事実は変わらないし。海が重く考えることでもないよ」
でも、そうやって悩んでくれてありがとう──嬉しそうに微笑むクインシー。その笑みを見た途端、海の視界はぐにゃりと歪んだ。水の膜が出来てちゃんと前が見えない。
「あらら、泣いちゃった? 泣かせるつもりはなかったんだけどなぁ」
「な、いてない!」
「そう? じゃあ、これは汗かな?」
必死に零すまいと瞼に涙を貯めるが、クインシーが海の下瞼を指で撫でたことによって、ぽろりと一滴零れてしまった。
「泣くことはないよ。といっても、海は優しいから泣いちゃうか」
嗚咽を押し殺すように泣き始めた海にクインシーが苦笑いを浮かべる。「こっちに来る?」と呼ばれ、海はクインシーの元へと飛び込んだ。えぐえぐ泣く海をクインシーは優しく抱きしめて慰める。海の背中にはアレクサンダーの大きな手が上下に動いていた。
「……なんか、親と子供みたい」
「可愛い子供でしょ!」
「子供っていう歳じゃないだろ」
「歳の問題じゃなくて、中身? の問題?」
「それってバカにしてるんじゃ……」
「してない。カイはこれでいーの」
ねー?──と同意を求められても困る。ウォレスに子供っぽいと言われたのは軽くショックだ。子供に子供っぽいと言われる大人って情けなくないか?
でも事実、二人にはだいぶ甘やかされているし。すぐ泣き出して周りを困らせている。確かにこれは子供と表現されても仕方ない。この世界に来てから涙もろくなったのか、辛いと思ってしまうと涙が溢れて止まらなくなる。我慢しなくてはいけないのは分かっているのだが、これまでクインシーとアレクサンダーが受けた仕打ちなどを考えると、我慢なんかできる訳もなく零れてしまう。泣きたいのは海ではなく、当人たちなのに。
「もう大丈夫……」
「いいの? あぁ、でもこのまま膝の上に座ってて。俺が落ち着くから」
「またそうやって」
「子供扱いなんてしてないよ」
いや、絶対してる。なんならアレクサンダーもしてる気がする。
頭やら背中やらを撫でている手は完全に子供か動物を撫でている手だ。海の背中を撫でているアレクサンダーの方をムッと拗ねた顔をして振り向くと、とても穏やかな顔で海のことを見ていた。
そんな顔をされてしまっては怒りも削がれてしまう。
いいよ、もう好きなだけ撫でればいいよ。
「それより、ウォレスはどうするの? 情状酌量の余地はあるかもしれないけど、カイを刺したことには変わりないんだよ?」
「その件なんけどさ。処分とかなんだとかじゃなくて、俺の手伝いをする、っていう罰にしてもらえないかな」
「カイの手伝い?」
「そう。人を殺そうとした、なら今度は人を助けるために働く。命を奪う行為をしたのなら、命を救うことでその罪を贖うんだ」
ウォレスにとって罰になるかは分からないが、処刑されてしまうよりかは良いはずだ。海としても人手が増えるのは嬉しい。
「……それで本当にいいの?」
「俺はそうしたい」
「アレクサンダーは?」
「サクラギが望むなら」
「まったく……ほんと俺たちってカイには弱いよね」
状況を理解してないウォレスだけが戸惑った顔で皆を見渡す。
「ウォレス、これからよろしくな」
「え? あ、うん」
ウォレスに握手の意味で右手を差し出すと、やんわりと左手で握り返された。これからが楽しみになる。そう思ったら自然と笑みが浮かんだ。
クインシーの膝から下り、海はウォレスへと近づく。
今の城下町の状態や、海がしていることを一つ一つ説明していき、これからウォレスにしてもらうことを話した。ウォレスは嫌がる顔せず、真剣な眼差しで海の話に耳を傾けてくれた。
⋆ ・⋆ ・⋆ ・⋆
「ねぇ、いいの? あれ」
「何がだ」
「だって絶対、ウォレス、カイに惚れちゃったでしょ。みてよ、あの顔」
海が離れた後、クインシーはアレクサンダーの横へと移動した。海とウォレスが話しているのを眺める二人の目には、海に心酔しているウォレスの横顔。
「どうするの? ウォレスに取られちゃったら。なんだかカイもウォレスのこと気に入ってるし」
「あれはそういう類のものじゃない」
「なんで言い切れるのさ。大体、アレクサンダーは警戒心なさすぎるでしょ。俺がカイのことどう思ってるのか知ってるでしょ?」
「だからなんだ」
「いや……だからなんだってどういう意味!?」
少しは気をつけろと言っているのに、アレクサンダーはさして気にしていない様子。そんなんではすぐ誰かに海をかっさられるのではないか。気づいた時には海の気持ちがアレクサンダーから別の人間へと変わってしまうかもしれない。という不安などはないのかこの男に。
「お前のことは別に気にしてない」
「なにそれ。眼中に無いって?」
「違う。お前がサクラギとどうこうしようと別にいい。だが、他の男は許さん」
「いや待てよ。俺もダメだろ。なんでそんな考えにいたったんだよ。ちょっとこの際だからちゃんと話しようか」
他の男はいいけど、クインシーなら良いってどういうことだ。いまいち横にいる男の思考回路が理解できない。何十年と共にいるが、ここまで理解できないのは初めてのことだ。
「そのまんまの意味だ。別に話し合う必要も無いだろう。サクラギはお前に懐いてる。それを無理に引き離すつもりはない」
「お前……独占欲とかないわけ!?」
「ないわけじゃない。ただ……」
「ただ?」
「……お前に甘えてる姿が可愛くて手が出せん」
「………………あ、もういいや」
うん。カイ大好きなバカだったわ。
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