異世界に来たけど、自分はモブらしいので帰りたいです。

蒼猫

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第三章 異世界に来たけど、自分は慈善活動を始めました

第七十話

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「……なんで頭なんか下げるんだよ」

 少年はぽつりと呟く。

「俺のせいで君がそんな目にあったんだ。人を殺すのだって勇気が必要だったでしょう? 殺した相手の一生を背負わないといけない。これから先、何十年と罪の意識に苦しむかもしれない。俺はその苦痛を君に味合わせるところだったんだ」

「だ、だからって……自分を刺したやつに謝るかよ普通! あんただってあの時、刺されて痛い思いしたのに! 俺は……俺は頼まれたからって、あんたを殺そうとして!」

「うん。頼まれてしまったからやったんだよな。頼まれてしまう原因を作ったのは俺なんだよ」

 杉崎が凶行に走ったのは海の判断ミスのせい。だから少年は悪くないのだと告げると、少年はぽかんと虚を突かれて固まった。

「俺は……? 俺は……」

「悪くないよ。何も」

 最初に見た時の獰猛さは霧散し、今では年相応な表情へと変わった。悪いことをしてしまってどうしようと慌てる姿はどこか可愛らしく、海の庇護欲をくすぐる。

 憑き物が落ちたように大人しくなった彼にクインシーとアレクサンダーも警戒心を解いてくれた。二人をちらりと見ると、渋々ながらも頷く。

「そのロープ、もういらないね。外そうか」

「でも……」

 身体の拘束を解こうとする海に少年が困惑気味に首をすくめた。

「いつまでもそのままじゃ辛いだろ? もう外そう?」

「……慣れてるから、別に大丈夫」

 その言葉に海の手が止まる。縛られてることに慣れているってどういうことだ。アレクサンダーの方へと振り向いて無言で問い詰めたが、心当たりはないというように首を横に振る。クインシーも同様に知らないと返された。

「とりあえずロープは取るよ。それから……君の話を聞かせてくれる?」

 こくん、と頷いたのを確認し、海はロープを全て取り払った。自由になった身でも彼は便座の蓋から動こうとせず、じっとその場で縮こまっていた。

「ついておいで。ずっとここにいたんだろ? お腹も空いてるだろうし」

「お、俺はここで……」

「ダメだよ。そこは食べるところじゃないから。何もしないからおいで」

 トイレから出た海に少年が『待って』と言わんばかりに手を伸ばした。伸ばされた手を海は優しく掴んだが、無理に引っ張り出すようなことはしなかった。

「……一緒に、行く」

「うん。一緒に行こう」

 おずおずと少年はトイレからその身を出した。大人三人に見下ろされているせいか、ビクビクと怯え、忙しなく目を動かしていた。

「怖くないよ。身長が高いから威圧されてるように感じるけど、二人とも優しい人だから大丈夫」

「こいつは優しくない!」

 少年はアレクサンダーをビシィ!と指差し、海の胸元へと飛び込んできた。鎖骨辺りに頭をグリグリと押し付け、背中には少年の腕が回る。

 か、可愛い……!なんだこの生き物!

 海に甘えるようにしてくっついてくる彼の背中へと自身の腕を回すと「ふえ?」と少年の戸惑った声が聞こえた。その声が可愛くて、海はぎゅうぎゅう抱きしめる。

「サクラギ! お前は一体何をしてッ」

「可愛いんですよ! なんか小動物みたいで!」

「あらら……お気に入りになったみたいだけど……大丈夫? アレクサンダー」

「大丈夫なものか! サクラギ! 今すぐそいつから離れろ!」

 弟がいたらこんな感じなのか。
 一人っ子の海には兄弟はいない。親戚にも子供は一人もいなかったから、海は常に大人に甘やかされて育った。そのせいか、自分より年下の子供を見ると可愛がりたくなる。

 下の弟や妹がいたら一緒に遊んであげたり、お菓子を買ってあげたりと構ってあげられるのにと何度も思った。子供の頃はよく、弟や妹が欲しいと両親にわがままを言ったものだ。今思えば、恥ずかしいわがままだったと思う。

「サクラギ!!」

「ほら! 見てくださいよ! この可愛さ!!」

 きゅっと海に抱きついたまま離れない少年。アレクサンダーは眉間に皺を寄せて少年を睨み続けていて、その目を見た少年は怯えた様子で海を抱きしめる。

「アレクサンダー! 怖がらせないでください!」

「別に俺は……」

「アレクサンダー、諦めな。俺もちょっとムカつくけど、いや、かなりムカつくけど」

 ブツブツ話し合っている二人を無視して海はひたすら彼の頭を撫でる。海を見上げてくる瞳は無垢な子供。
 がうがう威嚇していたのが嘘のようだ。
 少年の頭に犬の耳が見える気さえした。

「そういえば、君の名前は?」

 まだ名前を聞いていなかった。ずっと"君"と呼び続けるのもなんか悪い気がする。

「ウォレス……ウォレス・ランドルフ」

「ランドルフ?」

「……そこにいる奴の母親の子供」

 ウォレスはアレクサンダーを再度指差す。アレクサンダーを見ている時の目はとても冷たいものだった。






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