73 / 121
第三章 異世界に来たけど、自分は慈善活動を始めました
第七十話
しおりを挟む「……なんで頭なんか下げるんだよ」
少年はぽつりと呟く。
「俺のせいで君がそんな目にあったんだ。人を殺すのだって勇気が必要だったでしょう? 殺した相手の一生を背負わないといけない。これから先、何十年と罪の意識に苦しむかもしれない。俺はその苦痛を君に味合わせるところだったんだ」
「だ、だからって……自分を刺したやつに謝るかよ普通! あんただってあの時、刺されて痛い思いしたのに! 俺は……俺は頼まれたからって、あんたを殺そうとして!」
「うん。頼まれてしまったからやったんだよな。頼まれてしまう原因を作ったのは俺なんだよ」
杉崎が凶行に走ったのは海の判断ミスのせい。だから少年は悪くないのだと告げると、少年はぽかんと虚を突かれて固まった。
「俺は……? 俺は……」
「悪くないよ。何も」
最初に見た時の獰猛さは霧散し、今では年相応な表情へと変わった。悪いことをしてしまってどうしようと慌てる姿はどこか可愛らしく、海の庇護欲をくすぐる。
憑き物が落ちたように大人しくなった彼にクインシーとアレクサンダーも警戒心を解いてくれた。二人をちらりと見ると、渋々ながらも頷く。
「そのロープ、もういらないね。外そうか」
「でも……」
身体の拘束を解こうとする海に少年が困惑気味に首をすくめた。
「いつまでもそのままじゃ辛いだろ? もう外そう?」
「……慣れてるから、別に大丈夫」
その言葉に海の手が止まる。縛られてることに慣れているってどういうことだ。アレクサンダーの方へと振り向いて無言で問い詰めたが、心当たりはないというように首を横に振る。クインシーも同様に知らないと返された。
「とりあえずロープは取るよ。それから……君の話を聞かせてくれる?」
こくん、と頷いたのを確認し、海はロープを全て取り払った。自由になった身でも彼は便座の蓋から動こうとせず、じっとその場で縮こまっていた。
「ついておいで。ずっとここにいたんだろ? お腹も空いてるだろうし」
「お、俺はここで……」
「ダメだよ。そこは食べるところじゃないから。何もしないからおいで」
トイレから出た海に少年が『待って』と言わんばかりに手を伸ばした。伸ばされた手を海は優しく掴んだが、無理に引っ張り出すようなことはしなかった。
「……一緒に、行く」
「うん。一緒に行こう」
おずおずと少年はトイレからその身を出した。大人三人に見下ろされているせいか、ビクビクと怯え、忙しなく目を動かしていた。
「怖くないよ。身長が高いから威圧されてるように感じるけど、二人とも優しい人だから大丈夫」
「こいつは優しくない!」
少年はアレクサンダーをビシィ!と指差し、海の胸元へと飛び込んできた。鎖骨辺りに頭をグリグリと押し付け、背中には少年の腕が回る。
か、可愛い……!なんだこの生き物!
海に甘えるようにしてくっついてくる彼の背中へと自身の腕を回すと「ふえ?」と少年の戸惑った声が聞こえた。その声が可愛くて、海はぎゅうぎゅう抱きしめる。
「サクラギ! お前は一体何をしてッ」
「可愛いんですよ! なんか小動物みたいで!」
「あらら……お気に入りになったみたいだけど……大丈夫? アレクサンダー」
「大丈夫なものか! サクラギ! 今すぐそいつから離れろ!」
弟がいたらこんな感じなのか。
一人っ子の海には兄弟はいない。親戚にも子供は一人もいなかったから、海は常に大人に甘やかされて育った。そのせいか、自分より年下の子供を見ると可愛がりたくなる。
下の弟や妹がいたら一緒に遊んであげたり、お菓子を買ってあげたりと構ってあげられるのにと何度も思った。子供の頃はよく、弟や妹が欲しいと両親にわがままを言ったものだ。今思えば、恥ずかしいわがままだったと思う。
「サクラギ!!」
「ほら! 見てくださいよ! この可愛さ!!」
きゅっと海に抱きついたまま離れない少年。アレクサンダーは眉間に皺を寄せて少年を睨み続けていて、その目を見た少年は怯えた様子で海を抱きしめる。
「アレクサンダー! 怖がらせないでください!」
「別に俺は……」
「アレクサンダー、諦めな。俺もちょっとムカつくけど、いや、かなりムカつくけど」
ブツブツ話し合っている二人を無視して海はひたすら彼の頭を撫でる。海を見上げてくる瞳は無垢な子供。
がうがう威嚇していたのが嘘のようだ。
少年の頭に犬の耳が見える気さえした。
「そういえば、君の名前は?」
まだ名前を聞いていなかった。ずっと"君"と呼び続けるのもなんか悪い気がする。
「ウォレス……ウォレス・ランドルフ」
「ランドルフ?」
「……そこにいる奴の母親の子供」
ウォレスはアレクサンダーを再度指差す。アレクサンダーを見ている時の目はとても冷たいものだった。
41
お気に入りに追加
3,214
あなたにおすすめの小説

聖女の兄で、すみません!
たっぷりチョコ
BL
聖女として呼ばれた妹の代わりに異世界に召喚されてしまった、古河大矢(こがだいや)。
三ヶ月経たないと元の場所に還れないと言われ、素直に待つことに。
そんな暇してる大矢に興味を持った次期国王となる第一王子が話しかけてきて・・・。
BL。ラブコメ異世界ファンタジー。


転生したけどやり直す前に終わった【加筆版】
リトルグラス
BL
人生を無気力に無意味に生きた、負け組男がナーロッパ的世界観に転生した。
転生モノ小説を読みながら「俺だってやり直せるなら、今度こそ頑張るのにな」と、思いながら最期を迎えた前世を思い出し「今度は人生を成功させる」と転生した男、アイザックは子供時代から努力を重ねた。
しかし、アイザックは成人の直前で家族を処刑され、平民落ちにされ、すべてを失った状態で追放された。
ろくなチートもなく、あるのは子供時代の努力の結果だけ。ともに追放された子ども達を抱えてアイザックは南の港町を目指す──
***
第11回BL小説大賞にエントリーするために修正と加筆を加え、作者のつぶやきは削除しました。(23'10'20)
**

田舎育ちの天然令息、姉様の嫌がった婚約を押し付けられるも同性との婚約に困惑。その上性別は絶対バレちゃいけないのに、即行でバレた!?
下菊みこと
BL
髪色が呪われた黒であったことから両親から疎まれ、隠居した父方の祖父母のいる田舎で育ったアリスティア・ベレニス・カサンドル。カサンドル侯爵家のご令息として恥ずかしくない教養を祖父母の教えの元身につけた…のだが、農作業の手伝いの方が貴族として過ごすより好き。
そんなアリスティア十八歳に急な婚約が持ち上がった。アリスティアの双子の姉、アナイス・セレスト・カサンドル。アリスティアとは違い金の御髪の彼女は侯爵家で大変かわいがられていた。そんなアナイスに、とある同盟国の公爵家の当主との婚約が持ちかけられたのだが、アナイスは婿を取ってカサンドル家を継ぎたいからと男であるアリスティアに婚約を押し付けてしまう。アリスティアとアナイスは髪色以外は見た目がそっくりで、アリスティアは田舎に引っ込んでいたためいけてしまった。
アリスは自分の性別がバレたらどうなるか、また自分の呪われた黒を見て相手はどう思うかと心配になった。そして顔合わせすることになったが、なんと公爵家の執事長に性別が即行でバレた。
公爵家には公爵と歳の離れた腹違いの弟がいる。前公爵の正妻との唯一の子である。公爵は、正当な継承権を持つ正妻の息子があまりにも幼く家を継げないため、妾腹でありながら爵位を継承したのだ。なので公爵の後を継ぐのはこの弟と決まっている。そのため公爵に必要なのは同盟国の有力貴族との縁のみ。嫁が子供を産む必要はない。
アリスティアが男であることがバレたら捨てられると思いきや、公爵の弟に懐かれたアリスティアは公爵に「家同士の婚姻という事実だけがあれば良い」と言われてそのまま公爵家で暮らすことになる。
一方婚約者、二十五歳のクロヴィス・シリル・ドナシアンは嫁に来たのが男で困惑。しかし可愛い弟と仲良くなるのが早かったのと弟について黙って結婚しようとしていた負い目でアリスティアを追い出す気になれず婚約を結ぶことに。
これはそんなクロヴィスとアリスティアが少しずつ近づいていき、本物の夫婦になるまでの記録である。
小説家になろう様でも2023年 03月07日 15時11分から投稿しています。
婚約破棄されて捨てられた精霊の愛し子は二度目の人生を謳歌する
135
BL
春波湯江には前世の記憶がある。といっても、日本とはまったく違う異世界の記憶。そこで湯江はその国の王子である婚約者を救世主の少女に奪われ捨てられた。
現代日本に転生した湯江は日々を謳歌して過ごしていた。しかし、ハロウィンの日、ゾンビの仮装をしていた湯江の足元に見覚えのある魔法陣が現れ、見覚えのある世界に召喚されてしまった。ゾンビの格好をした自分と、救世主の少女が隣に居て―…。
最後まで書き終わっているので、確認ができ次第更新していきます。7万字程の読み物です。

魔法学園の悪役令息ー替え玉を務めさせていただきます
オカメ颯記
BL
田舎の王国出身のランドルフ・コンラートは、小さいころに自分を養子に出した実家に呼び戻される。行方不明になった兄弟の身代わりとなって、魔道学園に通ってほしいというのだ。
魔法なんて全く使えない抗議したものの、丸め込まれたランドルフはデリン大公家の公子ローレンスとして学園に復学することになる。無口でおとなしいという触れ込みの兄弟は、学園では悪役令息としてわがままにふるまっていた。顔も名前も知らない知人たちに囲まれて、因縁をつけられたり、王族を殴り倒したり。同室の相棒には偽物であることをすぐに看破されてしまうし、どうやって学園生活をおくればいいのか。混乱の中で、何の情報もないまま、王子たちの勢力争いに巻き込まれていく。

光る穴に落ちたら、そこは異世界でした。
みぃ
BL
自宅マンションへ帰る途中の道に淡い光を見つけ、なに? と確かめるために近づいてみると気付けば落ちていて、ぽん、と異世界に放り出された大学生が、年下の騎士に拾われる話。
生活脳力のある主人公が、生活能力のない年下騎士の抜けてるとこや、美しく格好いいのにかわいいってなんだ!? とギャップにもだえながら、ゆるく仲良く暮らしていきます。
何もかも、ふわふわゆるゆる。ですが、描写はなくても主人公は受け、騎士は攻めです。
今世はメシウマ召喚獣
片里 狛
BL
オーバーワークが原因でうっかり命を落としたはずの最上春伊25歳。召喚獣として呼び出された世界で、娼館の料理人として働くことになって!?的なBL小説です。
最終的に溺愛系娼館主人様×全般的にふつーの日本人青年。
※女の子もゴリゴリ出てきます。
※設定ふんわりとしか考えてないので穴があってもスルーしてください。お約束等には疎いので優しい気持ちで読んでくださると幸い。
※誤字脱字の報告は不要です。いつか直したい。
※なるべくさくさく更新したい。
ユーザ登録のメリット
- 毎日¥0対象作品が毎日1話無料!
- お気に入り登録で最新話を見逃さない!
- しおり機能で小説の続きが読みやすい!
1~3分で完了!
無料でユーザ登録する
すでにユーザの方はログイン
閉じる