異世界に来たけど、自分はモブらしいので帰りたいです。

蒼猫

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第三章 異世界に来たけど、自分は慈善活動を始めました

第六十九話

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 食事を終えた頃、居なくなっていたアレクサンダーがのそりと顔を出した。

 ご飯を食べて満足している海を見つけると一瞬だけ、アレクサンダーの顔が緩んだ。

「どうだった?」

「話すつもりはないそうだ」

「そっか。じゃあ、このまま……」

「ああ。どこかで処分する」

「なにを?」

 処分という単語に反応して海はアレクサンダーを見上げるが、説明してくれるような感じではなかった。

「クインシー、処分って何?」

「ん? カイは気にしなくて大丈夫だよ」

 二人がかりではぐらかされれば気になってしまう。
 アレクサンダーは先程トイレから出てきた。トイレには海を刺したとされる犯人を閉じ込めているのだ。もしかしたらその犯人の処分、という話なのかもしれない。

 もしそうなら、と海はクインシーの膝から下りてトイレへと向かおうとした。

「おい。何してる」

「俺まだちゃんと顔見てないんだよ」

「見なくていい。見る必要なんてない」

「そうだよ。カイは大人しく座って待ってて」

 アレクサンダーに肩を押さえ込まれ、クインシーには手を掴まれる。なんとしても海を犯人に会わせたくない。でも、海は犯人に会いたい。

 普通の人なら自分を刺した人間と会いたいとは思わない。怒りや憎しみもあるだろうけど、一番は恐怖だ。また刺されるかもしれないと憂慮し、二度と会うことのないように離れる。海が相手から逃げを取るよりも先に、二人が犯人を海の前から、この国の中から抹消しようと考えていた。

 日本でいえば殺人未遂罪だろうか。死刑や無期懲役、または何年か懲役を受けることになる。未遂罪となればまた話は変わってくるのだろうけど、細かい話はさておいて。

 問題は彼らが手を下すというところ。例え、相手が罪人だったとしても、もう彼らが誰かを殺すということをして欲しくない。どうにか話し合いに持ち込むことは出来ないだろうか。

「アレクサンダー、少しだけでいいから会わせて欲しい」

「ダメだ」

「五分だけでいいから」

「お前が会う必要は無い。大人しく戻れ」

 懇願虚しく、アレクサンダーに突っぱねられてしまい、クインシーの膝の上へと再度座る。どうすれば相手に会えるかと考えあぐねていると、クインシーが困ったように海に問いかけてきた。

「どうしてそんなに会いたがるの? あいつはカイを刺したんだよ? 怖くないの?」

「怖い怖くないで言ったらそりゃ怖いけど……刺された時の記憶が無いんだよ。その時感じた痛みも、痕も残ってないから実感がなくて」

「カイは確かに刺されたんだよ。俺たちの前で。あまりの痛さに悲鳴をあげられず、カイは地面に倒れたんだよ。その姿見た時は俺、心臓止まるかと思った」


 カイが死ぬかと思って──そう呟いたクインシーは、海が生きていることを確かめるように強く抱いた。規則正しく動いている海の心臓の音を聞いて、ほっと安堵の息を漏らす。

 二人にかなり心配をかけた。これ以上、変なことをして困られるわけにはあかないということも。

「……ごめん、クインシー。でも俺……」

「わからずや。バカ、頑固」

「うん。ごめん」

「二人きりはダメだから。俺とアレクサンダーで見張るからね?」

 クインシーの優しさに漬け込んだような気分に海は反吐が出そうだった。アレクサンダーからもキツい視線をもらう。でも、二人はもう反対することは無かった。



‎⋆ ・‎⋆ ・‎⋆ ・‎⋆



 無音のトイレの前に緊張した面持ちで海は立ち尽くす。この扉を開けた先に自身を刺した相手がいるのだと思ったら、足が竦んでしまった。

「やめてもいいんだぞ」

 すかさずアレクサンダーが止めてくれようとしたが、海は首を横に振って断った。

「大丈夫。会って少し話をするだけだから」

 どうして海を刺そうとしたのか。海が相手に何かしてしまったのか。不愉快に思うようなことをしてしまったのなら謝り、もう二度とそうならないようにすると約束をする。その上で、犯人とは今後顔を合わせることのないようにするつもりだ。

 ドアノブを掴んでいるクインシーに目配せをすると、クインシーは苦笑いを浮かべながらドアノブをひねる。

 ガチャリ、と鍵の開く音。いつも何気なく聞いている音が今日はやたらと気分を重くさせた。

 ドアの先に居たのはロープで縛られた少年だった。
 便座の蓋の上に座っている彼は海達を見るなり威嚇の声をあげる。暴れようとしても、きつく縛られた身体ではもがくことしか出来ない。

「君が……俺を刺したの?」

 おそるおそる問いかけてみるも、猿轡をされていては彼も答えられない。口元にあるタオルを外そうと手を伸ばしたが、後ろからアレクサンダーに抱きかかえられてしまいタオルを外すことは出来なかった。

「触るな」

「でもあれじゃ話ができない」

「クインシー」

「はいはーい」

 仕方ないと言ったふうにアレクサンダーはクインシーに声をかけ、少年の猿轡を外させた。

 口元が自由になったことで、恨み言や罵りが飛んでくるかと身構えたが、一向に彼から海を蔑むような言葉が飛んでくることはなかった。少年はただ、海を恨めしそうに見つめるだけ。その気持ちを言葉に出すことも、行動で示すことも無い。

「もう一度聞くけど、君が俺を刺したんだよな?」

「……そうだけど? あんなに深く刺しこんだのになんで生きてるんだよ」

「それは……ちょっと説明しづらいというかなんというか」

 実の所自分でもよく分かっていない。聖女の記憶を引き継いだのだから自分が聖女……ということになるのだろうけど、海が聖女になった要因が分からないでいる。
 それはまた後でアレクサンダーたちと相談するのだが。

 そんなことよりも今は彼のことを優先させなくては。

「どうして刺そうと思ったの?」

「頼まれたから」

「誰に?」

「誰だっていいだろ。あんた、良い顔して話してるけどさ。誰かに死んで欲しいって思われるほど恨まれてんだよ。それ自覚してる?」

「そ、れは……」

 誰かに恨まれている。その事実が海に重くのしかかった。生きていれば色んな人と関わりを持ち、好まれることも嫌われることもある。好いてくれる人がいっぱいいてくれたらそりゃ嬉しいことだが、中には敵意を持って接してくる人間だっている。海の性格が嫌いだと言って離れていく人間も。

 嫌悪感が増幅し尽くすとそれは殺意に変わる。
 海を殺したいほど憎んで実行に移した人間が居ることに、海はショックを隠しきれなかった。

「カイ、こいつの話をまともに受け入れなくていいからね」

「本当のことじゃん。だから俺がそいつを殺そうとしたんだよ。死んでくれれば喜ぶヤツがいる。俺もあんたを殺せば自由になれるし。なぁ、今からでもやり直させてよ。今度はちゃんと息の根止めるから」

 ギラリとした目で少年に見つめられる。飢えた肉食獣がやっと獲物を見つけたように、獰猛な目つきで海をじっと捉えた。

「もう話はいいでしょ? 扉閉めるよ?」

「待って!」

「まだ何かあるの?」

「君は俺が死んだら喜ぶヤツが居るって言ってたよね? その喜ぶ相手って誰なんだ?」

「言う必要あんの?」

「あるよ。もし迷惑かけてるなら謝りに行かないと」

 謝って済む問題ではなさそうなのは分かる。
 殺したいほど憎んでいるなんて相当だ。海に会いたくもないだろう。なら尚更、海はその相手を知る必要があった。相手の視界に入らないように今後、気をつけなくてはならない。だが、それは相手が分からなくてはできない事だ。

「……城の聖女って言ってた」

 暫しの沈黙の後、少年はポツリと呟いた。

 城の聖女ということは杉崎のことだろう。杉崎にはストーカーとして恨まれているのは覚えている。本人に勘違いだと弁明することも出来ずに海は城下町に来てしまった。そのため、まだ杉崎の中で海は憎きストーカー男として認識されているのだ。

 誤解を解かなかったせいでこんな事になってしまった。彼女は海を殺そうと少年を使った。海よりも、杉崎よりも歳の低い子供を。

「俺のせいか」

「カイ?」

「……いや、なんでもない」

 城を出る前にストーカーの件をちゃんとしておけば良かった。杉崎から離れれば、彼女は満足するだろうと。
 ストーカー話も落ち着くのではないか、そう安易な考えをしていた。

 それがこの結果を招いた。
 自分がとった行動の軽薄さに海は自嘲を浮かべる。
 自分のせいで少年は殺人者になるところだったんだ。

「ごめん」

 ごめんなさい──海は少年に向けてゆっくり頭を下げる。クインシーとアレクサンダーが驚いていたが、海はそうせざるを得なかった。彼のこれからの人生に傷をつけてしまうところだったと思ったら……。

「サクラギ」

 アレクサンダーが、頭を下げ続ける海を止めようと腕を引っ張る。海は何をされても少年から頭を上げることはしなかった。



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