異世界に来たけど、自分はモブらしいので帰りたいです。

蒼猫

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第三章 異世界に来たけど、自分は慈善活動を始めました

第六十八話

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 掃除を一通り終わらせて一階へと下りると、クインシーがテーブル席で鼻歌を歌いながら本を読んでいた。

「カイ! 掃除は終わった?」

「とりあえずは、かな。まだシーツがぐちゃぐちゃだけど」

「すごい暴れっぷりだったからね。仕方ないよ」

 暴れていた時のことはあまり覚えていない。真っ暗な場所に閉じ込められるという恐怖心だけが海に襲いかかっていたから、必死に逃げることだけを考えていた。
 気づいたら窓から飛び出そうとしてるし、アレクサンダーには怒られるしで、海はヘトヘトだった。

「それにしても可愛らしい格好してるねぇ」

「は?」

「上着に着られてる感じ?」

 ブカブカな上着をだらしなく着ている海にクインシーは楽しげに笑う。海も気にしてはいたけど、アレクサンダーが貸してくれたものだからと幸せな気分を味わっていたのに。いざ、面と向かって言われてしまうと、やはり自分には似合わないのかと落ち込んだ。

「どうせ俺には似合わないよ」

「そういう意味じゃなくてさ。上着がカイを守ってる感じ? 悪いものはどっか行け! って」

「なにそれ」

「んー、俺個人の感想?」

「ますます意味がわからないんだけど」

 首を傾げる海にクインシーも同じように頭を斜めにした。言ってる本人がわかってないなんてどういうことだ。

「可愛いのには変わらないからいいんじゃない?」

「いや、別に可愛いはないだろ。いつも思うけど、クインシーの可愛い基準が全然わかんない」

「いーの。カイは気にしなくても! それより、ほらおいで」

 持っていた本をテーブルに置き、クインシーは座っている椅子を引く。自身の太ももを手で叩いて海に座るように促した。

「……椅子に座る」

「椅子よりこっちの方が楽しいよー?」

「座ることにどんな楽しさを見出すんだよ!」

「えー。いいじゃん。座れば皆同じでしょ?」

「なら普通に椅子に座ってもいいわけだよな!?」

 前々から疑問に思っていたことだが、クインシーはやたらと海を膝の上に乗せたがる。海が乗ると満足そうにするから今まで気にしないでいたが、こう何度もせがまれるとこちらとしても気になってくるものがある。
 男のプライドというものが。

「いいよ。椅子に座るから」

「えー、やだ」

「やだ言いたいのは俺の方だからな!?」

「嫌なの? 俺の膝に来るの嫌なの?」

 しょぼん。

 全力で断ると、クインシーは眉を下げて悲しそうに俯いた。そんな顔されてしまっては良心にグサグサと見えないナイフが突き刺さる。プライドを取るか、それともクインシーが喜ぶ顔を見るか。

「……今日だけは許すけど! 次はもう座らないからな!?」

 仕方なくクインシーの膝の上にちょこんと座る。
 恥ずかしさと情けなさを感じたが、心を無にして海は耐えた。

「わーい! カイが乗ってくれたー!」

「なんでそんな嬉しいのかわかんないんだが?」

 後ろから腹部へと回る腕は、きゅっと海を引き寄せる。左肩にはクインシーの顎が乗った。

「いつもこうやって妹を乗せてたんだよ。年の離れた妹でさ。俺や姉貴によく、くっついて来て……」

 そこでクインシーの言葉は途切れた。その代わり、海を抱きしめている腕に力がこもる。家族と離れて暮らしているクインシーからしたら酷な思い出だろう。出来れば今だって家族の近くに居たかったはず。一人が寂しいのは海も嫌という程わかっていた。

「クインシー、前言撤回する」

「え?」

「いいよ。俺でよければ座るよ、これからも」

 プライドだとか恥ずかしいだとか、もうどうでもよかった。クインシーが求めているものを知ってしまってはこの先断れない。

「いいの? 無理しなくていいんだよ?」

「ほら、なんていうかさ。ヴィンスの宿の椅子ってクッションとかないじゃん?固い木の椅子だから……その、お尻が痛くなるんだよ。クインシーが座ってもいいって言うなら座らせてもらおうかなって」

 あくまで自分都合で。きっと察しの良い彼は分かってしまうだろうけど。

「……うん。そうだね。この椅子じゃ痛くなっちゃうもんね。いいよ、座って。これからも……ここに、座って」

 海の肩口に額を寄せ、クインシーは押し黙った。

 泣かせるつもりはなかったのだが、クインシーは小刻みに身体を震わせながら鼻を鳴らしている。申し訳ないと思いつつ、この際だから沢山泣いてしまえばいいと思ってしまった。

 笑顔の絶えない彼のことだから。悲しくても寂しくても泣かずに耐えているのかもしれないと思って。

「カイ、カイ、」

「うん?」

「ううん、なんでもない」

「そっか」

 名前を呼ばれては返事をし、クインシーはなんでもないと答える。このやり取りを三回ほど繰り返したところで、肩から重さが消えた。

「ごめんね」

「何が? クインシーが謝るようなことは何一つないよ。大丈夫だよ」

 だから気にしないでいいよ──そう呟くと、またずびっと鼻が鳴る音がした。

「なんだよ……そんな可愛い格好してるくせに……なんでそんな……うう」

「可愛い格好は余計だな、おい」

「可愛いじゃんか。彼氏の服着て嬉しがってるなんて可愛いだろ。俺だって……着させたいのに」

「着させたい?」

 悔しげな声色でクインシーはぶつぶつと呟く。どうしたのかと思って振り返ると、クインシーは唇を噛み締めて苦しげな面持ち。まさか余計なことでも言ってしまったかと海は焦り、『ごめん』と謝ろうとした口を開いたが、テーブルの上に何かが置かれた音がして、そちらへと顔を向けた。

「飯出来たぞ。遊んでないで早く食っちまえ」

「あ、りがとう……ヴィンス」

 思わず助かったと思ってしまった。あのまま謝ったとしてもクインシーの気分は晴れない気がする。逆になんで謝るの?と聞かれてしまったら困ってしまう。とりあえず謝ったと思われても嫌だ。

 ヴィンスがタイミングよく来てくれて本当に良かった。

「ほら、カイ! ちゃんとご飯食べる!」

 いつの間にかクインシーの落ちていた気分が元に戻り、いつもの笑顔を取り戻していた。無理に笑わせているのではないかと思ったが、深く聞いてはまたあの顔に戻ってしまう。出来ればクインシーには笑っていて欲しい。そんなわがままを海は願ってしまった。

「残さず食べれる?」

「好き嫌いないから大丈夫」

「そう? 俺、卵が食べれないんだよねぇ」

「えっ、そうなの?」

「うん。なんか……苦手」

 そういえば、いつだったか夕飯を一緒に食べた時、クインシーは海に卵を寄越していた。ヴィンスとアレクサンダーにも渡されて海は怒った記憶がある。

「じゃあ、夕飯を一緒に食べた時に卵を俺の皿に移してたのはそういうこと?」

「そう、なんだよね。作ってもらったものだから食べなきゃいけないのはわかるんだけど……どうもアレは好きになれなくて」

「ゆで卵だから嫌い?」

 あの日出されたのはゆで卵だった。卵の味が嫌いなのか、それとも形状や匂いが嫌なのか。卵嫌いの原因がわかれば、クインシーが食べれるように調理ができる。

「形がダメ……なのかな? あの状態で鶏のケツから出てくると思うと、ね」

「じゃあ、ゆで卵じゃなくて、厚焼き玉子とか目玉焼きとかなら平気そう?」

「多分?」

「それなら今度、夕飯一緒に食べる機会があったら俺、厚焼き玉子作ってみるよ」

 卵焼きならば形状が変わるから食べられるかもしれない。

 ただ、ヴィンスの宿には卵焼き器がない。フライパンで作れなくはないのだが、見た目がどうなるかだ。綺麗に巻けばいい話ではあるが、フライパンで卵焼きを作ったことがないから微妙である。

「練習しとく。上手く巻けるように練習しとく!」

「なんかすごい気合入ってるね?」

 クインシーのために綺麗な卵焼きを作ろう。そう思ったら今すぐ作りたい衝動に駆られた。この場にクインシーがいるし、卵焼きはそう時間がかからない。今作ってもいいのでは?と腰を上げた。

「カイ、ご飯食べないと」

「少しだけ。少しだけだから」

「ダメ。ご飯中はフラフラしないの」

「すぐ戻るから!」

 立ち上がろうとする海の腰を掴み、元の位置へと戻す。ちょっとだけ、と言ってもクインシーは「ダメ」と一言。

「ヴィンスがせっかく作ってくれたんだから、食べてからにしなさい。食べ終わるまでは離しません」

 まるで母親のような叱り方をするクインシーに、ヴィンスがブフッと吹き出して笑った。

「なんだ。お前さん、そっち側にしたのか?」

「そうじゃないけど……」

「クインシー、お前も大変だなぁ」

 ケラケラ悪うヴィンスに、クインシーはため息を漏らした。なんの話をしているのかわからない海は一人、首を傾げて二人の顔を見ていた。




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