異世界に来たけど、自分はモブらしいので帰りたいです。

蒼猫

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第三章 異世界に来たけど、自分は慈善活動を始めました

第六十六話 △(気分が悪くなる恐れあり)

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 姉妹の後、海は何人もの聖女の記憶を辿った。
 ラザミアに来てから幸せな人生を全うした者もいれば、国のやり方に従わずに独自で国民を助けようとした者と様々だった。

 二十人くらいまでは数えていたが、それからはもう数えるのも嫌になった。聖女が死ぬと、その次の年にまた聖女を召喚する。その聖女が役にたたなければ、反逆罪として処刑したこともあるし、聖女が国から逃げようとすると、毒を仕込んで殺されたこともあった。

 海が見てきた中で、"普通"に死ねたものは数人しかいない。その数人も結局は国の飼い殺しだった。

《もう嫌だ、見たくない。もうこんなの見たくない!》

 夢なら早く覚めてくれと懇願したが、現実の海が目覚めてくれる訳もなく、海は見たくもない聖女の惨憺たる人生を何も出来ない位置で見続けることしか出来なかった。

 海の精神が疲弊し、もうどうにでもなれと諦めて笑いたくなった頃。彼女が現れた。

 彼女は他の聖女と同じ道を途中まで辿った。ほかの聖女と違ったのは、彼女がラザミアの国民と結婚したことだ。

 多くの国民に見守られながら彼女は自分の子供を産んだ。生まれた子供は男の子だった。子供はすくすくと育つ。自分の足で立てるようになり、言葉を喋れるようになったころ、聖女は国王に呼び出された。

 今更何の用だと彼女は疑い、聖女を呼びに来た魔導師を追い払った。その日はすぐに帰っていったが、次の日はしつこく、聖女が城に戻るまでは帰らないと、魔導師は彼女の家の前に居座って近隣住民や彼女の子供を怖がらせた。これには彼女も困り果てたのだが、怒った旦那が魔導師を追い返すためにナイフを手に取り、帰るように脅迫した。

 魔導師もナイフには驚いたのか、そそくさと帰っていった。旦那さんはそれで満足したのだが、聖女は底知れぬ不安が胸を占めてしまい、その日の夜はよく眠ることが出来なかった。

 そしてその翌日。旦那さんは反逆罪として城に連行されて処刑された。この日以降、聖女が城に戻らないのであればと彼女に関わる周囲の人間を処刑していった。

 そんなことに耐えれるわけもなく、聖女はすぐさま城へと戻った。国王に怒りをぶつけようとしたが、彼女の大切な我が子が魔導師の手によって奪い取られてしまったことにより、彼女は国王に意見する権利を無くした。

 城に戻った聖女は国王に散々責め立てられることになった。何故最初の段階で戻ってこなかったのか、お前のせいで国民を殺すことになった。聖女は民を救う者ではないのか、と。

 彼女の言い分を全く無視して一方的に責め立てる国王。理不尽な言葉に彼女は何度も口を開いたが、下手に言い訳をしてしまえば人質とされている我が子に危害が及ぶかもしれない。だから彼女は何を言われてもグッと我慢し、怒りも悲しみも押し殺した。

「……私の子はどこなの」

 城の部屋へと戻された彼女はポツリと呟いた。
 聖女としての役目をこなせば子供は無事に返すと言われた。役目なんて今までどれだけやって来たか。困っている人には沢山手を差し伸べた。作物の調子が悪いと言われれば、浄化の力を使って土を良くした。聖女の力を使うのは楽ではない。万能な力だからこそ、使用者にはかなりの負担がかかる。

 重い病気にかかった人を治したあとは必ずといっていいほど寝込んでしまう。それでも困っているからと彼女の元を訪れる人達は後を絶たない。町には医者もいるのだから医者に頼ればいいものを、聖女に頼ってくるのだ。

 彼女が疲れたと言えば、聖女としてやるべき事をこなせと言われる。国王にも言われ、国民にも言われた彼女はもうボロボロだった。彼女が子供を出産した時に喜ばれたのは他でもない。聖女の産んだ子供ならば、浄化の力が引き継がれるのではないかと期待されたからだ。

 そのことに国王と魔導師は目をつけた。悟ってしまった海は何度も彼女に逃げてくれと叫んだが、海の声が届くことは無い。

 彼女が城に戻ってきた翌日の夜。聖女の部屋に見知らぬ男が通された。

 また病気か何かを抱えている人なのかと、彼女はうんざりした顔で男を見る。治療をしようと彼の手を取ろうとした時、逆に手を取られてベッドへと押し倒された。

 その日から彼女の地獄が始まった。毎日毎日知らない男が聖女を襲う。嫌だと暴れれば、手足が鎖で繋がれて身動きが取れなくなった。なぜこんな目に、と泣き喚いたが、誰も助けてはくれない。

 そして彼女は誰の子か分からない子供を何人も産まされることとなった。痛みを堪えて子供を産んでも、赤子の顔さえ見せてくれない。自分の腹から出てきたのだから、彼女の子供には変わらないのだ。だから赤ん坊の顔を見させて欲しいと願っても、彼女の言葉は無視された。赤ん坊は生まれてすぐにどこかへと連れ去られていく。

 出産してから数日後、また男が部屋にやって来る。
 そうして聖女は十人の子供をこの世に産み落としたが、どの子も顔を見ることは出来なかった。

「私の……子……は」

 心身ともに壊れて狂ってしまった聖女は国王の手にも魔導師の手にもおえなくなった。城に居させてもメイド達が怖がってしまう。わけのわからない言葉を喚き散らしては部屋から抜け出して城の備品を壊し尽くす。子供を探して彷徨い歩いている姿はまるで幽霊のようだった。

《やめろ……もうやめろ!!!!》

 彼女の悲痛な叫びや苦しみが全て海に伝わる。身体を引き裂かれるような痛みに海は逃げ出したかった。早く終われ、早く終われと願い続けていると、海の視界は真っ暗に染まった。

《終わった……?》

 聖女から伝わる感情も痛覚もない。海は無の空間に囚われた。

 《ここは? どこだ?》

 何も無い空間で人間の息遣いだけが聞こえた。

「おい、飯だ」

 不意に男の声が聞こえて、海の視界に光が入った。
 真っ暗な空間を見つめていた目で見るにはとても眩しい光。目を覆いながら光の先へと目を向ける。

 掲げた手には見慣れないものがついていた。手首には頑丈な手枷。反対側の手へと繋がる鎖。同じものが足にも付けられているのを見て、聖女は喉が避けるほどの悲鳴をあげて必死に手枷を外そうとデタラメに動き回る。

 彼女の異常な行動を見ていた魔導師は楽しげに笑い、手に持っていたランタンとマッチ、そして食事を投げ入れた。

「せいぜいここで国に加護をもたらしてくれよ。聖女様」

 聖女には彼の言葉など届いていない。自分を拘束している手錠を外そうと躍起になっているからだ。

 彼女の視界から段々と光が失われていく。天井から差し込まれていた光が完全に無くなった時、また暗闇が彼女を包んだ。暗闇と動きづらさに彼女はパニックに陥る。

 痛い、辛い、悲しい、虚しい。彼女の感情はもうごちゃごちゃとしていて海にもわからない。ただ必死に、彼女の感情に飲まれないように。自分の自我を保つのに精一杯だった。

 どれだけこの場所に幽閉されていたかはわからない。
 聖女の気分が少し落ち着いた頃、彼女は何を思ったのか、自分の手を拘束している鎖を使って壁に絵を描き始めた。それは海が何度も目にしている聖女召喚の図。

 そしてこれまでの聖女たちの記憶を。

《なんで彼女は知っているんだ?》

 今までの聖女たちを書き記した書物などは一切なく、誰も彼女らの末路を知らないはずだ。それなのに彼女は細かく書き記した。聖女が死んだり、国から居なくなったら聖女である白い塊にバツをつける。

 そして壁の終わりに自分のことを書いた。彼女を中心にして十個の白い塊。それは彼女が城で産んだ子供。赤ん坊の行方はわからないからそこまでしか書けない。死んでいるのか、それとも元気に生きているのか。
 彼女は子供たちが元気に生きていることを願いながら一つ一つ書いていった。

「わ、たしの、こども……わたしの、わたしのぉおぉ」

 一つ描く度に叫び、また一つ描く度に泣いた。
 結局、彼女には何も教えられていない。何故あんなに子供を強制的に産まされたのか。誰に聞いても答えてもらえず、突然この場所に入れられた。用済みだというように。

 聖女は国王と魔導師に向けて恨みの言葉を吐き続けた。その言葉が呪いとなって城を包んでしまえばいい。全ての人間が苦しみに喘いで死ねばいいとそう願いそうになったが、彼女は完全に恨むことが出来なかった。
 どこかで生きている自分の子供に呪いがかかったらと思ったら怖くて出来ない。子供にはなんの不自由もなく生きて欲しい。自分のように苦しみを背負うことなく。

「ああぁあぁああぁあぁああ!!」

 国を呪いきれない、でも国王と魔導師には人生をめちゃくちゃにされた恨みがある。呪い殺したい、自分が負った苦しみを国民にも味合わせたい。でも、出来ない。

 そんな彼女を誰が救えるというのか。

《もう、無理……》

 暗闇の中で泣き叫ぶ彼女の恨みが海の中へと侵食していく。呪い殺したい、国王の一族を。この先続くラザミアの未来を。

《あいつらを……殺せば……俺は、》

 この苦しみから解放されるのではないだろうか。元凶である国王を殺せば、この気分は良くなる。魔導師が死に絶えれば、聖女召喚は二度と出来なくなる。

 この世界で魔法が使えるのはラザミアにいる魔導師だけなのだから。魔力を持つものがいたとしても、持っているだけで何も出来ない。世界ではもう"魔法使い"は絶滅しているようなもの。魔法使いは必要のない世界へと変わったのだから。

 彼女は国王と魔導師への恨みを自分の絵とは反対の壁に書き始めた。ランタンのか細い光を頼りにガリガリと強く描き掘って、いつまでも消えないように。


"しにたえろ。これからさき、このくににへいわなどおとずれるな。わたしがししたあと、わたしのくるしみがくうきにとけ、みずにとけ、くにぜんたいにひろがればいい。いつか、このくににわざわいをもたらすように。いつかわたしのくるしみがこのくにをおおうように"


 壁に書いた文字を最後に、彼女はその場で力尽きた。
 最後まで苦しみ抜いた聖女の怨念はこれから先の聖女にも伝えられていく。

 次の聖女がこの国に苦しめられることのないようにと、"聖女が浄化の力を使った時に過去の聖女の記憶が受け継がれる"ようにした。そのおかげか、彼女が死んだ後に召喚された聖女たちは記憶を引き継いだことによって国から逃げた。

 逃げられなかった聖女はこの場所に監禁されて人生を閉じる。必要な時だけ外に出され、またここへ戻されての人生を繰り返すのだ。

 まるで家畜のような扱い方。聖女なんて名ばかりで、彼女たちには自由も人権も与えられなかった。
 与えられるのは、聖女としての役目と残飯のみ。


 これがラザミアで召喚された聖女の末路だった。
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