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第三章 異世界に来たけど、自分は慈善活動を始めました
第六十二話
しおりを挟む帰り道、誰一人として言葉を発さなかった。行きと違って、とぼとぼ歩く二人の後ろを海は俯き加減でついて行く。
誰が悪いということではないが、誰もが自責の念で俯いている。今口を開いてしまっては、あなたは悪くない。私が悪いの。と言い合いが始まってしまいそうだった。
結局、ジェシカの家の前まで海も口を開かなかった。
「カイ、悩みすぎてはダメよ」
「大丈夫。わかってるよ」
「ならいいけれど……あなたはすぐに自分のせいにするから。心配なのよ」
そんな事ないと言いきれなかった海は苦笑いを浮かべるしか無かった。ジェシカとルイザから心配そうな目を向けられ、海はこのままここにいては二人の心労が増えると思い、早々にジェシカの家を後にした。
「……自分のせいにはしてないよ」
宿までの道が遠く感じる。いつもなら数分でつく距離なのに、今日は何キロ先にある目的地に向かって歩いている気分だった。
宿に帰ってもしヴィンスが居たらどうしよう。今日は出かけるなと言われていたのに海はそんなことを忘れて飛び出してしまった。絶対出かけた理由を聞かれるに決まっている。ちゃんと説明出来るかが不安だ。
「頭痛い」
重かっただけだった頭は、今ではズキズキと痛みだしている。一歩足を踏み出す度にズキリと痛み、海は宿の前の通りに入ったところで立ち止まってしまった。
痛みが酷くて歩けない。立っているのも辛く、海はその場に座りこもうとした。
「ねぇ、あんたってサクラギ?」
地面に膝がつく直前に背後から名前を呼ばれた。相手に体調が悪いのかと聞かれるのが嫌で、海は咄嗟に足に力を入れる。座り込みそうになっていた身体に鞭を打って体勢を立て直し、ゆっくりと振り向いた。
通りの突き当たり、クインシーの実家の前に立つ人物。ボロボロの布を頭から被って身を隠している男が立っていた。声質的にまだ若い感じがする。声変わりし終わっていない、少し高めの声だった。
「き、みは?」
「答えろよ。あんたサクラギ カイ?」
「そう……だけど。なに?」
「別に。確認しておかないとやばいじゃん。そういうのって」
そういうの?彼が言いたいことがわからず、首を傾げる。相手は自分を知っているが、海は彼のことを知らない。この国に来てから子供と接することは無かった。大通りで見かけることはあっても、話しかける事まではしていない。それに、彼のように話せるほどの元気のある子は一人もいなかった。
「あれ? カイ?」
「……くいん……し、」
今度は宿の方から声をかけられる。聞き慣れたクインシーの声に安堵感が生まれたが、海にはもうクインシーの方を振り返っている余裕はない。
「サクラギ。そこで何をしている」
あぁ、アレクサンダーもいるんだ。なら早く宿に戻らないと。
そう思って海は頭の痛みを我慢して宿の方へと半身翻すと、クインシーの家の前に立っていた男の子が海の方へと走り寄ってきた。彼は一瞬にして海の懐へと入り込む。その時、左腹部に感じた違和感に海は眉をしかめた。
「悪く思うなよ。あんただって人に恨まれるほどの事をしたんだろ?」
「な……に?」
お腹が熱い。ジクジクとした痛みが左側の腹部から全身に広がっていく。痛みによってじわりと汗も出てきた。
「俺は頼まれただけだから」
彼がそう呟いた時、顔を隠していたフードが外れる。
茶色い瞳にダークブロンドの髪。この様相には見覚えがあった。何故目の前の子が彼と同じ見た目をしているのか。
「あれ……く?」
海が消え入りそうな声で呟くと、男の子は海の腹部から何かを引き抜く。勢いよく引き抜かれたせいで、地面には海の血が舞った。
「カイ!!!」
アレクサンダーの叫ぶ声が聞こえたが、その声に反応することは出来ない。腹部を刺されたと気づいた瞬間、言葉にならない痛みが海を襲った。悲鳴をあげたくても痛みが酷すぎて声すら出ない。刺されたお腹を手で押えながら海は地面に倒れた。
「カイ!! しっかりしろ!」
「うそ……どういうこと!?」
倒れてからすぐにクインシーとアレクサンダーは駆け寄ってきて海を抱き起こす。海を刺した男の子は既に逃げた後だった。
「クインシー!! お前は刺した奴を追え!!」
「わ、わかった!」
「……生きていれば何しても構わん」
低い声で呟いたアレクサンダーにクインシーは無言で頷く。痛みで視界が潤んでいる中、海はクインシーに向かって手を伸ばす。あの男の子には聞きたいことがある。だから無事に捕まえて欲しい。そう言いたかったけど、口が少し開いただけで言葉にならなかった。
「カイ、心配するな。犯人は捕まえる。それよりも止血を……クソッ! ここじゃなにも……!」
海の腹部から流れていく血は地面を赤く染め、アレクサンダーの服も真っ赤になっていった。
アレクサンダーが汚れてしまう。血で赤く汚れてしまう。彼を汚したくないという一心で、海は腕の中から出ようともがいた。
「何してる!」
「あ、れくが……よごれ……る」
「バカか! そんなこと気にしてる場合か!」
逃げようとする海を力強く引き寄せては、もう逃げられないようにとアレクサンダーは抱き上げる。
「宿に行くぞ!」
宿ではヴィンスに迷惑がかかる。断ろうにも海の意識は朦朧としてきているし、自分が今どういう状態なのか分かっているから何も言えない。
このまま血を流し続ければ出血多量で死ぬ。輸血が出来ないこの国では出血がどれだけ危ないことなのかは海もアレクサンダーもよく知っていること。一刻も早く止血し、刺された傷口を塞がなくてはならない。
でも、この国に医者はいない。
「(あ、これ俺死んだ)」
痛みのせいで頭が回らず、もう手足の感覚さえなくなっている。アレクサンダーが何か言っているけどそれも聞き取れなかった。
「あれ、く……あれく」
「泣くな! 死なせるわけないだろう!」
アレクサンダーだって涙目なのに。
宿の扉を乱暴に開けてアレクサンダーは中へと入る。
当然、宿にいたヴィンスはアレクサンダーと海の登場に驚いた。そして、海から流れ落ちている血にも。
「お前さんらなにがあったんだ!?」
「ヴィンス! 急いで止血出来るものを!」
「わ、わかった!」
アレクサンダーは二階へ、ヴィンスは奥の部屋へと散る。二階へ上がり、海は部屋のベッドへと優しく寝かされた。
「クソッ! どうしたら!」
真っ赤になっていく布団のシーツを見て苦しげにアレクサンダーが悪態をつく。そんな彼の姿を海は"久しぶりに見たなぁ"なんて呑気に思っていた。
「アレクサンダー! 一応持ってきたが、これだけじゃどうにもならんぞ!?」
「わかっている! だが、どうしようも……」
ヴィンスから止血剤を受け取ったアレクサンダーは何かを閃いたようにピタリと動きを止めた。
「……使うしかない」
「アレクサンダー?」
「もう使うしかないだろう!」
「他人は治せても自分はどうか分からんぞ!?」
「それでもやるしかないだろ!!」
二人の言い合う声。何について怒っているのかはわからない。もうその声すら遠いのだから。
「カイ、」
意識が飛びかけている海にアレクサンダーが優しく声をかけ、傷口を押さえている海の手にアレクサンダーの手が重なる。海の手の甲を指先で撫でて、安心させるように。
意識が完全に飛ぶ直前、海の頬にポタリと水が垂れた気がした。
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