異世界に来たけど、自分はモブらしいので帰りたいです。

蒼猫

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第三章 異世界に来たけど、自分は慈善活動を始めました

第六十一話

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 翌日の朝、海は自室のベッドに寝転んでいた。ヴィンスと朝食を終えた後、海は頭が重いと言って部屋に引っ込んだ。ヴィンスは既に釣りに出掛けていて、宿には海しかいない。「今日は出かけるなよ」とヴィンスに口酸っぱく言われているため、今日は部屋でゆっくりする予定。

 この世界に来る前は一人でも寂しくなかったが、ここに来てからは誰かが側にいてくれないと孤独感を感じてしまう。常にヴィンスやアレクサンダー、クインシー、ルイザとかが話しかけに来てくれるから寂しくはなかったが、こうして部屋に一人でいるとしみじみと思ってしまう。寂しさを紛らわせる為に海は扉を開け放ち、隣室にいる鶏の鳴き声を部屋に招き入れた。

「今日も元気だなぁ」

 コケコケと鳴いている鶏の声に海の口元が緩む。一時はどうなるかと思っていたが、海の予想に反して彼らは元気に部屋の中を走り回っている。しかも、知らない間に雛鳥も生まれていた。新たな生命の誕生がこんなにも人を幸せにするのか。人であれ、動物であれ、赤子が生まれてくることはとても喜ばしいことだ。

「これからも……元気に……」

 ベッドの上でコロコロしているうちに段々と眠気に襲われてきた。今日も遅くまで書物を見ていたせいで寝不足気味の海は鶏の鳴き声を子守唄にして夢の中へと旅立った。



 うたた寝してからどれくらい経ったか。
 自分の名前を呼ぶ声がした気がして、海はゆっくりと目を開ける。伸びをしながら起き上がると、海の部屋の前に人影が現れた。

「ここにいたのね!」

「ルイザ? どうしたんだよ、そんなに慌てて」

 髪を振り乱し、荒れた息でルイザは部屋に入ってきた。

「大変よ! ジェシカの知り合いの旦那さんの体調が悪くなったの!」

「旦那さんって……昨日は平気だったのに!」

 慌てて海もベッドから立ち上がり、ルイザと共に階段を駆け下りる。下にはジェシカもいて、不安気な顔でうろうろしていた。

「ジェシカ! カイ見つけたから戻るわよ!」

「え、ええ……」

「何があったんですか?」

「実は……」

 小走りで老夫婦の家に向かう途中、ジェシカは今日の早朝のことを話し始めた。

 早朝、ジェシカは自宅でルイザと二人で朝食を作っていた。老夫婦の分も用意し、作り終わったら老夫婦宅に行くつもりだった。

 食事の用意が出来た二人は老夫婦の家へ向かった。
 奥さんと会話をし、持ってきた食事をテーブルに広げた。ルイザと奥さんが楽しげに話していたから、ジェシカだけが旦那さんが寝ている部屋へと入ったらしい。

 旦那さんはまだ眠っていたのか、目を閉じたまま動かなかった。海になるべく食事は取るようにして欲しいと言われていたから、ジェシカは旦那さんを起こそうと肩を揺すった。だが、どれだけ揺すっても旦那さんは起きない。嫌な予感がしたジェシカは、慌ててリビングに戻ってルイザを呼んだ。

 ルイザと奥さんも旦那さんに声をかけてみたが、それでも起きない。これはまずいと思い、ジェシカたちは海の元へと来たというわけだ。

「でも、俺が行ったところで何が出来るのか……」

「できるできないじゃないのよ。もし、旦那さんの最期だったとしたら、皆で見守ってあげたいじゃない。旦那さんも一人で逝きたくはないと思うわ」

「それは……」

 まるで死んでしまうのが前提のような話し方に、旦那さんの容態はかなり悪いことがわかる。ジェシカたちは海に何かをしてもらいたくて呼びに来たのではなく、もしかしたら旦那さんが亡くなるかもしれない、海も旦那さんと知り合いになったのだから、最期を看取るなら共に。そう思って海を宿から連れ出した。

「ジェシカ!」

「おばさん! おじさんは!?」

「ダメ。もう私の声が聞こえないみたいなの!」

 家の前では奥さんが暗い顔でしゃがみこんでいた。
 奥さんにジェシカが寄り添い、海はルイザと一緒に旦那さんの部屋へと駆け込む。

 昨日、食事をしていた時は軽くだが笑っていた。これならすぐに良くなるだろうと思っていた。

 海は見誤ったのだ。人の命はそんな簡単に失われるものでは無いと。

「旦那……さ、ん?」

 ベッドに寝ている旦那さんから生気を感じられない。
 もう寝ているだけとは思えなかった。

「そんな……だって昨日は!」

「カイ! しっかりして!」

 旦那さんに縋りつこうとした海をルイザが引き止める。ルイザも苦しそうな顔をして、旦那さんを見つめていた。

「わからないのよ。昨日は元気だったとしても、明日はどうなるかわからない。だからカイのせいじゃないわ」

 自然の摂理なのよ、と悲しげにルイザは呟いた。

 それは海も知っていることだったが、頭から抜け落ちていた。両親が亡くなった時、この世は理不尽だと海は嘆いた。

 母は事故死、父は病死。母は父のために頑張って仕事をしていた。父の病院費はかなり高く、貯金だけでは賄えなかったからだ。父はそんな母のために必死に病気を治そうとした。

 そんな二人を神は簡単に見放したのだ。
 そんな理不尽な事があってたまるか。両親が亡くなったあと、海は何度も神を呪い、神を崇めている人たちを疎ましく思っていた。見たことも、声を聞いたことも無い存在にはもう二度と縋らない、と。

「……カイ?」

「ごめん。もっと早く来ていればよかった。もっと早く俺が動いていればよかったんだ」

 旦那さんのベッドに近づき、床に膝をついて頭を下げる。海が悪いわけじゃないことは重々承知している。それでも、海は謝ることをやめなかった。もっと何かしてあげられたんじゃないか、誰かに頼むんじゃなくて、自分で最後まで見るべきだったのではないか。

 後悔なんていくらでも出てくる。そんなの今はもう意味が無いことも。

「私……ジェシカたち呼んでくるわ」

 ルイザは気まずそうに部屋を出て行った。自分を責める海にかける言葉が見つからなかったのだろう。

「……苦しかったよね。まさか、昨日は無理して笑ってたの?」

 心配させないようにと昨日は頑張って笑っていたのかもしれない。そう思ったらやるせなかった。

「…………あ……あ」

 ベッドのシーツを握りしめて泣き出さないようにしていた海の耳に聞こえた苦しげな声。ハッと顔を上げると、旦那さんが目を開けて海を見ていた。

「旦那さん!」

 弱々しい力で旦那さんは海を掴もうと手を伸ばした。
 海はその手をしっかりと握りしめる。握った手に力はほぼ入っていなかった。最後の力を振り絞って、海に向けたのか。

「旦那さん、俺……ごめんなさい。苦しい思いをさせただけだった。もっと、もっと何か出来たはずなのに!」

 意識がある内にと必死に謝る。旦那さんはそんな海に何も言わず、ただ見つめていただけだった。

「カイ! おじさん起きたの!?」

 そのタイミングでジェシカたちが部屋へと入ってきた。目を開けている旦那さんに奥さんは涙を流して喜んでいたが、ジェシカとルイザはまだ悲しげに顔を歪めていた。これが最期だと察していたのかもしれない。

「……あたたかい……なぁ」

「え……?」

「まるで……たい……ようみたいだ」

 呻くことしかできなかった旦那さんがぽつりぽつりと喋る。目を見開いて驚く海に緩やかな笑みを浮かべ、海から奥さんへと目を向けた。

「すま……んな、さいご……まで」

「そんな事言わないでください! そう思うならまだ……!」

 生きていてほしい。それがここに居る人間の願い。

「お前は……ほんと……うに、なき……むし」

「しょうがないじゃないですか! いつも貴方が泣かせるんですから!」

 ボロボロと涙を流す奥さんに旦那さんは力なく笑った。

「ああ……幸せだった」

 こんなにたくさんの人に見守られて逝けるなんて幸せだ。

 そう言って旦那さんは静かに目を閉じた。

「あなた……? あなた!!」

 海は旦那さんから手を離して奥さんに場所を譲る。
 旦那さんは言葉通り幸せそうな顔をしていた。苦しかったはずなのに、表情は不思議なくらい安らかだ。

「カイ、ルイザ。二人きりにしてあげましょう?」

「ええ」

「うん」

 奥さんに気づかれないように海たちは部屋を退出し、落ち着いた時にでもと、テーブルの上にメモ書きを残して家を出た。

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