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第三章 異世界に来たけど、自分は慈善活動を始めました
第五十九話 クインシーside
しおりを挟む「こっちです、副団長」
「はいはい。全く、ほんとに君たちはなんてことをしてくれたんだ」
「す、すみません。あんな所に祠があるなんて思わなくて……」
いつも演習で使っている湖へ歩いている途中、必死に頭を下げてくる部下にクインシーは苦笑を浮かべた。
本来なら今頃、クインシーはカイたちと一緒にいる予定だった。以前、ジェシカ・ペイジに近所の老夫婦の様子を見て欲しいと頼まれていたカイは昨日、老夫婦の家に行きたいとクインシーとアレクサンダーに相談していた。カイが誤って力を使わないように見守っている二人は二つ返事で引き受け、三人で老夫婦の家にお邪魔するつもりだった。
そして今日の朝。カイの護衛兼見張りをする為に、ヴィンスの宿に行こうとしていたクインシーは二人の部下に引き止められた。先日の演習中にアレクサンダーの目を盗んで、ふざけていた部下たちは、湖から少し離れた場所にあった祠を壊してしまったと怯えながら話した。壊してしまったことを魔導師たちに知られたらどうしようと焦り、顔を真っ青にしてガタガタ震えている彼らにクインシーはため息をつきたくなった。
今それを言うのか。
これからさぁ行こうっていう時にそれを言うのか。
かといって、部下たちがやらかしてしまったことは無視できない。というか、演習中に何やってんだこいつらは。色々と言いたいことはあるけど、まずはその祠の確認をしなければならないだろう。
なんの祠なのか分からないが、湖のすぐ側にあったということは国王の所有物である。壊れた祠を魔導師に発見されては、すぐさま騎士団は招集をかけられて叱責を受けることになる。壊した犯人を差し出せとか言われたらクインシーたちには庇いようがない。
「わかった。その祠を見に行こう」
カイに会いたい気持ちを押し殺してクインシーは渋々頷いた。クインシーの了承を得られた彼らは青ざめた顔から一転、安心したように表情がやわらいだ。
その後、アレクサンダーに今日は行けなくなってしまった理由を伝えた。真顔で頷いていたが、あれは絶対に喜んでいる気がするのはクインシーの勘違いだろうか。
カイと二人きりになれてやったー!(絶対言わなさそう)とでも言いたげな顔に思わず眉が寄ってしまいそうになった。
アレクサンダーとカイは付き合っている。二人きりにしてやるのが一番良いのは知っているのだが、クインシーだってカイの事が好きだ。カイに下心を持って接しているのはアレクサンダーも知っていること。なのに、アレクサンダーはカイからクインシーを引き離すようなことはしない。それがまた悩ましいところだった。
「ちゃんと言ってくれれば諦めつく……いや、無理かな?」
「どうしました?」
「ん? こっちの話。それでその祠っていうのは?」
クインシーのボヤキに気づいた部下が心配気にこちらを見てくる。深く話を聞かれまいと適当に濁し、問題の祠への案内を急かす。部下も祠の話を出されると、クインシーのことをそっちのけで問題の場所へと向かっていった。
「これなんです……」
「うわ、派手にやったねぇ」
城の裏手にある湖。そして湖の周りには林がある。林の奥へと少し歩いたところに、真っ二つに割れてしまっている祠らしきもの。石の欠片がいくつも地面に散らばっていて、修復不可能に見える。
「これはちょっと難しいんじゃない?」
苦言を漏らすクインシーに部下たちは一瞬にして真っ青な顔へと変える。割れて落ちた祠の上の部分を部下と共に持ち上げ、地面の方に残っている方と合わせてみたがやはり噛み合わない。綺麗に割れたならまだしも、ボロボロに砕けてしまった部分があるため、たとえ乗せられたとしても安定感が悪く落ちてしまった。
「……無理ですかね」
「無理だね……」
三人で崩れた祠を見つめる。ここまで大胆な壊し方をされては隠しようもない。魔導師に見つかるのが先か、それとも部下二人が自責の念に負けて白状するのが先か。
「副団長! コレ見てください」
「なに?」
祠を見つめていた部下の一人が何かを見つけて指差す。彼は祠の土台の後ろを凝視して首を傾げていた。
「どうした?」
「ここ、ほら。なんか空間が」
「空間?」
何を言っているんだ?と不思議に思いながら、クインシーは土台の裏へと回る。部下が指差していたのは土台から数センチ離れた土の部分。何も無いじゃないかと思いつつ、その場所を注視してみると確かに空間があった。
土とは違う黒さ。そこに手を入れて見ると、下には不自然な空間がある。
「なにこれ」
土台の後ろの土を手で払うと、そこには石で出来た蓋のようなものがあった。
「副団長、これ一体なんですか?」
「俺も初めて見るからわかんない。多分、アレクサンダーも知らないんじゃない? この祠のことだって俺たち言われるまで知らなかったから」
演習に使っている林の中にこんな物があるなんて知らなかった。何年とここで演習していたのにも関わらずだ。昨日今日、ぽっとできたものではないことは祠の状態を見ればわかる。随分と前に作られてここに存在していた。だが、今日まで誰も知らなかった。まるで"ずっと隠されていた"ように。
「ねぇ、城のヤツらにバレないように明かりを持ってきて」
「あ、はい!」
「で、ちょっと君は手伝って」
部下に指示し、クインシーは石の蓋の上にある土を全て払った。蓋の大きさは部屋の扉の半分くらいで、形は正方形。厚みは手を大きく広げて少し掴めるくらいだった。
「空間があるってことは下に何かあるって事ですかね」
「多分ね。こんな隠し方してるんだ。もしかして国王の隠し財産があるかもね!」
「そんなまさか! こんなところに隠しますか? 普通」
「俺ならしなーい」
いつバレてもおかしくない場所に大事な財産を隠すわけない。すぐ側でいつも騎士団が演習しているのは、国王も魔導師も知っている事だ。彼らが嫌っている騎士団の人間の目に触れるような場所。そんな所に一体何を作ったのか。
「副団長! 持ってきました!」
「ありがとう。じゃあ、この蓋外してみようか!」
帰ってきた部下からランタンを受け取る。
三人で石の蓋を外すべく、開いていた空間に手を差し込んで蓋を横へとズラすも蓋は重く、中々横に進まない。人手が足りないか、とクインシーが蓋から力を抜いた時、部下の一人が祠の土台を破壊した事により完全に開いた。
「……ねぇ、これもうどうしようもないんだけど」
「す、すみません!!」
土台に足をかけて蓋を押したせいで土台も倒れてしまった。もう直すよりもどこかに隠蔽した方が早い。それくらいボロボロになってしまった。だが、その代わりに蓋は開いた。この祠が石の蓋を開ける為の仕掛けだったのだろうか。
「副団長、下に階段があります!」
土下座している部下を仁王立ちで見下ろしていると、もう一人の方がクインシーの腕を引っ張った。石の蓋を外した先、そこには確かに階段がある。階段の先をじっと見てみたが、真っ暗で何も見えなかった。
「下りてみるか」
「危なくないですか?」
「二人はここで待ってて。俺が先に下を見てきて、大丈夫そうだったら声かけるから」
ランタンの火をつけて、クインシーは一人階段を下りていった。
「随分と長いな」
すぐ地面に到達するだろうと思っていたが、クインシーの予想と反してまだ階段の終わりは見えない。しかも、この地下空間に入ってから変な臭いがする。上着の胸ポケットからハンカチを取り出して鼻を覆ってみてもその臭いから逃れられなかった。
何十段もの階段を下り、やっと地面に足が着いた。
ランタンで辺りを照らすと周りはレンガのような石で作られた石壁で固められていた。階段を下りてすぐの所は広い空間だが、その先に進む道は人が二人並んで通れるか怪しいほど狭い通り。
「行ってみないことにはわからないか」
不気味な場所にクインシーは冷や汗が垂れる。ここに来てから鳥肌が立ちっぱなしだ。外の人間が入ってくるのを拒んでいるような空気に恐れを抱いた。
クインシーの身長より低い天井の道。腰を少し屈めながら奥へと進む。
「なんだこれ」
二、三歩進んだところでクインシーは壁にあるものを見つけた。ランタンで照らして詳しく見てみると、壁一面に絵が描かれていた。
昔、子供の頃に人の家の壁に石で落書きしたのを思い出す。石で壁を削ると白い跡が残る。それでよく隣ご近所の壁にイタズラしていたのだが、ここにある壁の壁画もそんな様なものだった。
左右の壁に描かれている絵は一見すると、子供の落書きにしか見えない。こんな所に子供が来るはずないので、子供の落書きでは無いのは確かだ。じゃあ、誰がこんな絵を描いたのか。
「……これ……」
壁の絵を見ながら先へと進んでいく。その途中で、見慣れたものが描いてあった。
「聖女召喚の召喚印か……?」
壁の真ん中に大きく描かれていたそれは見間違うことなく、魔導師たちが行った召喚印そのものだった。細かい文字などは全て端折られているが、円形の印とその周囲を等間隔に囲っている人間らしきもの。そしてその真ん中にある白い塊。
雑な絵だから確証はないが、聖女召喚を知っているものなら誰しもピンと来るだろう。
「誰がこんなもの」
聖女召喚の絵から左側へと絵は続いている。それを伝うようにクインシーはゆっくりと足を動かす。
召喚されたであろう白い塊が、丸と棒で表現された人間に囲まれている。これはカイが王の御前に来た時と酷似していた。真ん中に立たされたカイと、離れたところから魔導師と騎士団の面々に見られる。カイの前には国王。
あの日の光景が全て壁に描かれていた。
「なんだよこれ……!」
絵はまだ先に続いている。道もまだかなりありそうだ。だが、この先を一人で行く勇気はない。
この絵の続きを見るのが怖い。この道の先に行くのが嫌だ。
それに、入ってきた時に感じたあの臭いも道の奥に行くにつれて強くなってきている。
「副団長ー! 大丈夫ですか!?」
道の奥を見据えたまま固まっていたクインシーの元に、上に置いてきた部下の声が届いた。恐怖で動けなくなっていたクインシーを助けるように部下が声をかけ続けてくれた。
「今戻る! そのまま待ってて!」
自分は大丈夫だと声をかけ、クインシーは上に戻るべく階段の方へと振り返った。
その直後、クインシーの背後でチャリ、と金属の擦れる音が聞こえた。
「いや、もう無理だって。ガキの頃は色々やってたけど、こんな思いは一度もしなかったって!」
怖い。もうその一言しか頭に思いつかなかった。
慌ててその場を駆け出し、地上へ戻る階段を二段飛ばしで上がる。やっと外に出れたクインシーはその場にしゃがみこんで大きく息を吸った。
「大丈夫でしたか!?」
「そこ、蓋閉めて! 後でアレクサンダーと一緒に見に来るから。開けたことがバレないように閉めておいて!」
外に出れたことに安心して力が抜けてしまったクインシーには蓋が閉じられない。部下二人が必死こいて蓋を閉めているのを眺めながら、クインシーは苦し紛れの笑みを浮かべた。
「こりゃ……やばいもん見つけちゃったかもよ。アレクサンダー」
彼が帰ってくるのが楽しみだ。この爆弾を一人で抱えているのは荷が重すぎる。
しっかりと蓋が閉じられたのを確認した後、祠の土台だけを元に戻してクインシーたちはその場を後にした。
あの下の空間にあるものはまだわからない。でも、見てはいけないものがあるのは確かだった。
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