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第三章 異世界に来たけど、自分は慈善活動を始めました
第五十六話
しおりを挟む「ただいま」
「おかえり……って、なんだ? そんな大変だったのか?」
ゲッソリとした顔で宿に帰ると、ヴィンスの驚愕な顔に出迎えられた。
別に大変ではなかった。老夫婦の家に行っていたところまでは大変じゃなかったんだよ。その後が問題だったんだよヴィンス!!
隣ですっきり顔しているアレクサンダーが原因ですと言いたかったが、ヴィンスにそんな話をする訳にもいかず、海は曖昧に「うん、ちょっとね」と一言返すのがやっとだった。
第一印象のあの怖さはどこに行ったんだというくらい、今のアレクサンダーは海に甘く優しい。付き合うというのはこういうことなのか。誰かと親密になるということが無かった海には全てが初めてだ。漫画やアニメである程度の知識は持ってはいるが、それは"経験"ではない。見た知識と、実際にやった知識では大きな差がある。
「(同人誌でいつも壁尻ばっか探してたからか……他のプレイも見ておけばよかった!)」
しかも海の知識は偏りが凄い。所謂、アブノーマル系を好んでいたせいで、"普通"を知らないでいる。なんでノーマルプレイ飛ばしてアブノーマルに走ってしまったのかは、色々と理由があるが……一番の原因は触手プレイ。あれは海の中の何かを目覚めさせた。
「疲れてるなら座ったらどうだ?」
扉の前に突っ立ったまんま動かずに考え事に耽っていた。ヴィンスに座るように促されても、海の耳に届いていないのか、床の木目をじっと見つめたままだった。
「何があったんだ?」
「知らん。疲れすぎているんだろう」
海が反応しないならと、隣に立っているアレクサンダーが返した。
いや、知らんは無いだろ。アレクサンダーがあんなことしなければこんなに疲れることはなかった。あ、あんな激しいキスなどしなければ……!
「……バカサンダー」
「…………なにか文句があるならハッキリ言え」
「バカサンダー!!」
「そうじゃない!」
ハッキリ言えっていうからでかい声で言ったのになんでそんな怒られるんだ。
帰り道にしていたキスのことを思い出してしまったせいで、海は耳まで真っ赤になっている。恥ずかしさでひたすら罵声を飛ばし、固く握りしめた拳でアレクサンダーの胸を叩いた。
「お前さんら……仲睦まじいのはいい事だが、他所でやれ」
⋆ ・⋆ ・⋆ ・⋆
「で? どうだったんだ?」
『大丈夫そうでした』
「そうか。なら良かったじゃないか」
アレクサンダーと声を合わせて答えた。
海はズキズキと痛む頭に眉をしかめる。隣に座っているアレクサンダーも海と同じようにムッとした顔をしていたが、ヴィンスにジト目で見られ、サッと顔を逸らした。
アレクサンダーと言い合っていたら、突然ヴィンスに腕を引っ張られて止められた。「いい加減にしろ!」と怒られた後、つむじ辺りに重たい一撃。海が頭を押さえてしゃがみこみ、痛みに悶えている間にアレクサンダーもヴィンスにやられたのか、海に倣うようにしゃがんだ。
喧嘩両成敗とヴィンスは言いたいのだろうけど、これは喧嘩じゃなくて、アレクサンダーが一方的に悪いんだと言いたかった。なんで自分までこんな目に、と憎らしげにアレクサンダーを見たが、何故かアレクサンダーの横顔は嬉しそうだった。
「(ドMか……!)」
多分違うと思うけども。
「これからどうするんだ? またルイザの従姉妹の時みたいに通うのか?」
「そこまではしなくていいと思う。食事が取れなかったから弱ってたみたいなんだ。ジェシカがこれからは毎日、一緒にご飯を食べるって言ってくれたから、心配はないと思う」
「ということは、ルイザもついて行くってことか」
「そうなると思う」
老夫婦の家を出たあと、海とアレクサンダーはジェシカの家へと向かった。ジェシカと、遊びに来ていたルイザに事情を話したところ、彼女らは自ら老夫婦と共に食事をすると言ってくれた。一人より二人、二人より四人で、と笑って。
ジェシカたちの提案はとても助かった。海が毎日通ってもいいのだが、そうなるとアレクサンダーやクインシーも一緒になってしまう。別に一緒にいるのが嫌というわけではないのだが、海のわがままに付き合わせているように思えて気分があまり良くない。彼らはそんなこと気にしてないと言うかもしれないが、これは海の問題だった。
「お前さんは何するんだ? やる事が色々あるって言っていたが」
「困ってるのは老夫婦だけじゃない。まだこの町全体を把握しきれてない。だから、此処を拠点として活動を広げようと思う。地区ごとに見ていこうかと」
「なら城下町の細かい地図が必要になるなぁ?」
ヴィンスはちらりとアレクサンダーに視線を送る。アレクサンダーはヴィンスが言いたいことを分かったらしく、静かに頷いた。
「地図は俺たちの方で準備しよう」
「アレクサンダーたちの方が詳しいだろう。散々遊び回っていたんだからな」
「それはもう過去の話だ」
「まぁな。カイに話したのか?」
「話すほどのことか?」
「いいじゃないか。"そういう仲"になったのなら、相手のことは色々知りたいもんじゃないか?」
楽しげに笑うヴィンスは、アレクサンダーの過去を話す気満々だ。きっと海が聞けば色々教えてくれるだろう。
アレクサンダーが子供の頃何をしていたのかは知りたい。知りたいけど、先程のキスの件を思い出すと、あまり聞きたくない。あれだけ手馴れているんだ、海と違ってアレクサンダーは経験しているはず。
うわ、無理。なんか悲しくなってくる。
「話の続きを聞きたいところだけど、俺、ウィリアムの手記が気になるから部屋行くね」
アレクサンダーとヴィンスの顔を見ずに奥の部屋へと入り、内側から鍵を掛けた。扉に背中を預け、ズルズルと背中を引きずるようにしてしゃがみ込んだ。
「……随分と悪さをして遊んでたって言ってたよな」
アレクサンダーとクインシーは手のつけようがないくらいの悪ガキだと言われていた。町では有名な二人。
そんな二人なんだ。きっと色んな女性と付き合ったり……それ以上のことをしたりする。アレクサンダーのキスが上手かった?のもそのせいか。
いや、上手いとか下手とかは分からないけれど。初めての相手がアレクサンダーなんだから、比較対象がいない。でも、海が夢中になってしまったのは事実だ。口の中を舌でまさぐられるのが気持ちよかった。ちゃんと呼吸が出来ていたら続きをして欲しかったとさえ思ってしまっていた。
「……思い出しただけでこうなるのはもう俺、末期じゃないか?」
ムクリと勃ち上がった自分の息子。最近ちゃんと面倒を見ていなかったから反応が良すぎている。キスしていた時も半分芯をもっていて、隠すのに苦労した。
「ち、違うから! これはほら、なんつうの!? 生理現象だから、仕方ないんだよ!!」
誰に言い訳してるのか、海はひたすら股間をモジモジさせながら顔を赤くさせて叫んだ。
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