異世界に来たけど、自分はモブらしいので帰りたいです。

蒼猫

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第三章 異世界に来たけど、自分は慈善活動を始めました

第五十五話

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 帰ってきたアレクサンダーから卵をもらい受け、海は老夫婦の為の食事を作り終えた。奥さんの方は自力で食べられるということだったので、アレクサンダーと会話(一方的に奥さんが話してるだけ)をしながら食事を取ってもらい、海は旦那さんの食事を手伝った。

 二人とも残すことなく食べてくれたので、ジェシカの時のようにあれこれと考えることはなさそうだ。これから少しずつ栄養を取って元気になってくれるといい。

「食べてくれて良かったですね」

「そうだな」

 宿への帰り道、二人で並んでゆっくりと歩く。宿まではそんなに遠くないからあっという間についてしまうのだが、海はわざと歩調を遅くして、アレクサンダーとの時間を伸ばそうとしていた。

「あとはジェシカに頼めば大丈夫だと思います。俺が出る幕は今回限りですね」

 老夫婦は弱ってはいたが、重たい病気とかになっている感じはしなかった。医者ではない海が、見ただけで判断するのは危険だ。ジェシカに今後のことを聞きながら、数日置きに老夫婦の家を尋ねるつもりでいる。

 宿に帰ったらまたヴィンスの息子、ウィリアムが残してくれた手記を読まなくては。医学知識をほとんど持っていない海は残された書物で知恵をつけるしかない。中途半端に知識で棚に置いてある薬を使うのは怖すぎるからだ。

出来ることなら薬には手をつけたくはない。薬剤師の免許を持っていない自分が、勝手に薬を他者に渡してしまっては無資格調剤となる。日本だったら薬剤師法に引っかかってしまう。日本じゃなくても、薬の扱いは厳しいだろう。この国の法律に日本と似たようなものがあったら、海は即捕まる。

「(とても助かるものだけど、使い方を間違えたら毒になる。助けようと思ってやった事が、相手を殺すことにもなる。気をつけないと)」

 考え事をしていた海は俯き加減。アレクサンダーに法律について聞こうと顔を上げたのだが、横にいたはずのアレクサンダーが居なくなっていた。

「え、アレク? どこ行ったんですか? アレク!?」

「考え事で気づいてなかったようだな」

 真後ろからアレクサンダーの声が聞こえ、慌てて振り返った。不機嫌そうな目で海を見下ろし、今にも深いため息をつきそうな顔をしていた。

「アレク?」

「早く帰りたいのであればもっと速く歩けばいいだろう」

「そんなつもりは……」

「早く帰りたがっているように見える。どうせあの奥の部屋にこもりたいんだろう」

 本心を言い当てられてしまっては言い逃れが出来ない。勉強がしたいという気持ちと、アレクサンダーと一緒に居たいと思う気持ちは同じくらいだ。本当ならアレクサンダーを選ぶのが正解なのだろうが、どうしても海の意識は医学本の方へと傾いてしまう。大好きなアレクサンダーと共にいるのにも関わらずだ。

「すみません……俺、自分でも分からないくらいあの部屋に固執してて」

 ここで誤魔化してはもっとアレクサンダーを傷つけてしまう。正直に話して、ちゃんと謝ろう。部屋のことばかり考えるのではなく、アレクサンダーのことをもっと考えよう。

「カイ」

「ごめんなさい。ちゃんとアレクのことも考えるから」

「そうじゃない。お前のそれは……」

 アレクサンダーは何かを言いかけて口を閉じた。
 それはなに?と聞き返せばいいのだが、アレクサンダーの表情から察するに、聞いても答えてはくれなさそうだ。

「ごめん、俺最近変なんだ。ヴィンスからあの部屋の鍵をもらってから、おかしいんだ」

 海は頭を抱えてその場にしゃがみ込んだ。
 何かがおかしいとは思っていた。鍵を受け取り、あの部屋に入った時から謎の使命感に苛まれている。城下町に海が初めて来た時もそうだった。あの時と同じ現象がまた起きている。

 城下町に来た時よりもこの使命感は強くなっていた。
 町の人を助けられるのは自分しかいない。だから早く知識を身につけなければ。もっと、もっと。

 焦燥に駆られて気づいたら、奥の部屋の中にいたなんてザラだ。寝ようと思って自室に居たはずなのに、いつの間にかあの部屋にいたというのを何度かやっている。その度にヴィンスにいい加減にしろと怒られもした。

 何かがおかしい。でも、その"おかしさ"が分からない。この焦りは恐怖にも近かった。

「カイ、」

「アレク、わからない。わからないんだ。俺はどうすれば……」

「カイ、こっちを向け」

 蹲ってぶつぶつ呟く海の前にアレクサンダーが膝をつく。頭を抱えていた海の手が優しく掴まれる。顔を上げようとしたら、海の身体はアレクサンダーの方へと引き寄せられた。

「怖がらなくていい。俺がついている」

 ぽすり、とアレクサンダーの腕の中へと閉じ込められる。海を安心させるように背中を撫で、いつもより優しく、心地の良い低音の声でアレクサンダーは囁いた。

「お前が誰かを助けたいと思っているのはわかってる。上手くいかなくて焦っていることも。だが、十分なほどカイはやっている。他の人間がやらなかった事をお前は進んで行っている。それはとても偉いことだ。やることには文句はいわないが、たまには休むということをしてくれ。見ているこっちが不安になる」

 いつも言葉が足りないとクインシーに怒られているアレクサンダーがこんなにも喋っている。海を励ますために。

「アレク、アレク……!」

 嬉しくて泣き出しそうだ。潤みかけた目を隠すようにアレクサンダーの胸へと擦り寄り、背中に腕を回した。

「今日はもう休むぞ」

「うん」

 アレクサンダーから離れたくない一心で必死にしがみつくと、海の身体は強く抱きしめられる。

「ごめん、ありがとう。アレク」

「気にするな。お前はよくやっている。だから疲れたんだろう」

「そんな事ないよ。まだ、まだやらなきゃいけないことが沢山あるんだから」

「お前一人でやることじゃない。俺やクインシーを頼れ」

「うん。困ったら……アレクに頼るよ。その時はお願い」

 自分でも驚くほど弱りきった声だった。あぁ、知らない間にこんなに疲れていたんだなと自嘲気味に笑っていると、不意にアレクサンダーの腕から力が抜けた。

「アレク、ごめんもう少し……」

 もう少し抱きしめていて欲しいと言おうとした唇はアレクサンダーによって塞がれてしまった。至近距離での見つめ合いが恥ずかしくて、海はゆっくりと目を閉じる。

 突然のキスに海の身体が固まった。ぎゅっとアレクサンダーの服を掴んで、唇が離れるのを待つ。キスにはまだ慣れていない。人生で三回目のキスに、海は戸惑いと嬉しさで頭が沸騰しそうだった。

「カイ、力を抜け」

「む、むり! 俺キスしたのこれで三回目だから……どうすればいいのかわかんないんだよ」

「三回目だと……?」

 必死に頭を縦に振ってアレクサンダーに主張した。
 初めてに近いのだからもう少し優しくして欲しい。経験を積んでいない自分が悪いのはわかっているけど。経験豊富そうなアレクサンダーには分からないだろうけども!

「まさか俺が初めてか」

「そうですけど!? 誰ともこんなことしたことないよ!」

 自慢じゃないけどな!と付け加えると、アレクサンダーは俯いて身体を震わせた。

「あ、アレク?」

「ふっ……そうか。俺が初めてか」

 ふふっ、と笑いながら顔を上げる。ここまで笑っているのは初めて見た。浮かべている笑顔を忘れないようにインプットしていると、また顔が近づいてくる。

「ちょ、アレク! 待った!」

「待たない。待てるはずがないだろう?」

「いや、アレクなら待てる。待てるから……んっ」

 唇が触れてしまえば何も言えなくなる。無駄な言葉は要らないと言うように口が塞がれた。

 角度を変えて唇が啄まれ、その度にビクッと身体が震える。何が面白いのか、角度を変える度にアレクサンダーは小さく笑った。

 暫くは唇が触れ合うだけのキスだったが、唐突に下唇が舐められた。驚きで目を開けると、アレクサンダーとかっちり目が合う。楽しげに緩んでいる目で海を見つめていた。

「や、アレク……」

「キスはこれだけじゃない」

 逃げるように唇を離したが、アレクサンダーに腰を抱かれて引き寄せられる。こんな道のど真ん中に座り込んで一体何をしているんだ。誰かに見られたらリア充爆発しろと文句を言われ、舌打ちのプレゼントをもらえるかもしれない。

 海の抵抗も虚しく、またキスが再開されてしまった。
 今度はガッツリと唇を舌でなぞられ、舌先で唇の割れ目を突く。まるで中に入れろとでもいうようにアレクサンダーの舌は海の唇を割ろうとしていた。

「んん、ん!」

 また逃げようとしたが、後頭部に手が回って押さえ込まれる。その間も口の中へと侵入してこようと舌が動いていて、徐々に息苦しくなってきた海はついに口を開けてしまった。

「ふっ、んぁ……」

 咥内へと侵入してきた舌は上顎を探るように舐める。これでもかと堪能したあと、奥で縮こまっていた海の舌へと矛先を変えた。

「んっ……!?」

 海の舌を引っ張りだそうとアレクサンダーの舌が動き回る。舌の裏をつーっとなぞられて腰がピクッと跳ねて、またアレクサンダーを喜ばせた。

 地味な攻防戦の末に負けたのは海の方だった。

「ん、んん、ん! んー!!」

「……なんだ」

「い、息が……! も、もたな……」

「…………は……?」

 アレクサンダーの胸をドンドン叩いて唇を離してもらい、海は必死に酸素を肺へと送り込んだ。苦しさで海の目には涙が溜まっていた。

「なんで……そんな余裕なの!」

「呼吸は口だけじゃないだろう」

「なっ……」

 しれっと答えるアレクサンダーに海は軽くキレた。

「そうじゃない!! こんな深いキスすんの初めてなんだよ! それなのにこんな夢中になるようなキスすんなよ、バカ!!」

「夢中に、か。それは俺が上手かったということか?」

「そ、れは……分かるわけないだろ!? 初めてなんだから!!!」

「そうだな。だが、これから先、他の人間のキスを知ることは無い。俺のやり方だけ覚えろ」

 頭の中が混乱して言葉が出てこなくて、海は口をパクパクさせながらアレクサンダーを睨んだ。

 この人ってこんな性格だったか?寡黙で何考えてるか分からないような人だったはずだよな?なんでこんな俺様みたいな感じになってるんだ?

 頭の処理能力が追いついていない。誰か説明してくれ。クインシー、クインシーならこの状況を説明してくれるか?アレクサンダーの感じがいつもと違うんだけどって言えば、笑って答えてくれる?

「カイ。初めてなら俺が全部教えてやる。だから覚えろ」

「は、い?」

 "初めて"という言葉で何かスイッチを入れてしまったのか。アレクサンダーはやたらと嬉しそうに口元を緩ませた。その笑みが今はちょっと怖いです。これから何を教えこまれると言うんですか。

 新たな扉が開かれそうな予感に、海は口元を引くつかせた。


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