異世界に来たけど、自分はモブらしいので帰りたいです。

蒼猫

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第三章 異世界に来たけど、自分は慈善活動を始めました

第五十四話

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「ここ……ですかね」

「場所は聞いたんだろう?」

「そうなんですけど……」

「間違っていたらまた探せばいい」

「はい……って、え、アレク!?」

 今日はジェシカに頼まれていた老夫婦の家へと来ていた。

 先日、クインシーに言われた通り、行動を起こす前に相談した。行くのであれば、一緒についていくと二人は言っていたのだが、急遽クインシーは来れなくなった。

 その為、アレクサンダーと一緒に来ているのだが……なんだかデートをしているような気分だった。

 呼び鈴を鳴らすのを躊躇っている海を余所に、アレクサンダーはベルを鳴らす。この人はたまに大胆な行動を取るから困ってしまう。その大胆さに助けてもらうこともあるのだが。

「はい……」

 ベルを鳴らして暫くしてから家の扉が開いた。
 扉を開けたのは弱々しい老婆。見るからに体調が悪そうだった。

「あ、えっと……ジェシカ・ペイジさんに頼まれて、こちらに伺った桜樹と申しますが……」

 老婆は怪訝そうに海を凝視していたが、ジェシカの名前を出すと、ふっと目元を緩ませた。

「ジェシカ? じゃあ、貴方がカイくん?」

 どうやら事前にジェシカが伝えといてくれたらしい。
 警戒が解かれ、老婆は海に家の中に入るようにと促された。

「大したおもてなしも出来ないけれど……」

「もてなされる為に来たわけじゃないので気にしないでください。それより、早く座りましょう?立っているのもしんどそうですから」

 扉を閉め、リビングの方へ向かおうとする老婆の足元は頼りない。フラフラと歩く彼女に手を差し出して、ソファまで支えた。

「大丈夫ですか?」

「ごめんなさいね」

 ソファへ腰掛けると、老婆は疲れた様子で背もたれに寄りかかる。玄関まで呼び出してしまったのが申し訳ない。

「食事は取れていますか?」

「夫が体調を崩してからは中々食べれなくて……」

 旦那さんが確か漁師だったはず。体調を崩してからというものの魚を取りに行けずにいた。そのせいで食事が出来なくなっている。

「じゃあ、今日もまだ食事は……」

「まだなの。食べようと思っても気力がなくてね」

「それなら俺が作りましょうか? 凝ったものは作れませんけど」

「いいの? でも、ご迷惑じゃない?」

「良いんですよ。むしろ作らせてください。食事はなるべく取らないと」

 奥さんに冷蔵庫を開けることを許してもらい、海はキッチンへと向かった。アレクサンダーもついてきてくれたということは手伝ってくれるのだろうか。

「アレクサンダーも手伝ってもらえると嬉しいんですけど……」

「何をすればいい」

「魚を捌いたことはありますか?」

「ある」

「じゃあ、アレクサンダーは魚を捌いといてください」

 アレクサンダーに魚を捌いといてもらっている間に、一旦宿に戻って卵を取ってこよう。まだいくつか残っていたはずだ。

 キッチンにアレクサンダーを残して家から出ていこうと踵を返す。キッチンから一歩踏み出した時、襟を後ろから引っ張られて動けなくなった。

「どこに行くつもりだ」

「え? 宿に戻って卵を取りに行こうかなと」

「なら一緒について行く」

「いや、それじゃ効率が悪いじゃないですか」

「ダメだ。一人にはさせられない」

「子供じゃないんですから大丈夫ですよ。ここからそんな離れてるわけでもないんですから」

 だから離して欲しいと言ったが、襟は掴まれたまま。
 これでは卵を取りに行くのも、魚を捌くことも出来なさそうだ。

「……じゃあ、アレクが取りに行ってくれますか?」

 海が外に出るのがダメならば、アレクサンダーに頼むしかない。外に出るのがダメなのか、それとも海が一人になるのがダメなのかは知らないが。

「…………わかった」

 小首傾げて頼むと、アレクサンダーはじっと海を見つめてからそっぽ向いてしまった。最近、顔を背けるのが多い。毎回背けられると気になる。

「アレク、嫌な事だったらハッキリ断ってください」

「嫌ではない。気にするな」

「じゃあ、なんで顔を背けるんですか?」

「それは……」

 理由を聞けば口ごもる。そんなに言いづらい事なのか。そんな困るほどのことを海は無意識にやってしまっていたのか。

「すみません。俺が何かしましたか?」

「違う……あ、いや、違くはないが」

「やっぱ俺なんかしてるんじゃないですか! 何か困らせることしました!?」

「これは俺の問題だ。カイが悪いわけじゃない」

「俺がなにかしてるのに、アレクの問題ってどういう事ですか……」

 もう全く意味がわからない。視線をさまよわせては、時折海を見てまた視線を外す。そんなアレクサンダーについため息が出てしまった。

「いいです。この話は後にしましょう? 今は食事を作らないと」

「わかった。俺は宿に戻って卵をもらってくればいいんだな?」 

「はい。お願いします」

 キッチンを出ていくアレクサンダーを横目に、海は冷蔵庫から魚を取り出す。元気になったジェシカが、毎朝ここに届けている魚だ。袋から一匹出してまな板に乗せた。

 さて、切ろうか。という所で、海は視線をキッチンの出口へと向ける。

「……アレク?」

 もう家を出たと思っていたアレクサンダーが海をじっと見つめて突っ立っていた。

「どうしました?」

「いや……気にするな。続けてくれ」

「はい?」

 卵はどうした。アレクサンダーが取りに行ってくれるんじゃないのか。

 アレクサンダーから意識を外し、海は魚を捌き始める。頭を落とし、骨を取り除いて、身を焼こうとフライパンに火をかける。油を垂らして魚を焼き始めると、ゴンッ!という音がしてビクッと身体が跳ねた。

「な、なに!?」

「……すまん。卵を取りに行ってくる」

 まだいたのか。

 額を手で押えてアレクサンダーはキッチンを出て行った。少ししてからガチャンッという音が聞こえたので、本当に宿に戻ったのだろう。

 一体何を見ていたんだ。

「変なアレクサンダー」

 じっと見られていると気づいて、アレクサンダーの方を見ると目を逸らされるし、今のようにたまに変な行動をする。

 アレクサンダーに告白してから何かと変な行動や発言が目立つようになった。まさか、海に告白されてしまったから仕方なく付き合っているのか?そのせいでちぐはぐな行動になっているのかと思ってしまう。

「(でも……そんな感じでもないんだよな)」

 気になることはあるけど、アレクサンダーが海に無理に付き合っているというのも違う気がする。
 二人きりになればそれなりに甘やかしてくれるし、好きだとも言ってくれる。嫌がっていたらそんな事は言わないはず……。

「わっかんねぇ……まじ、わかんねぇ」

 彼女いない歴イコール年齢のやつにはわからない謎だった。


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