異世界に来たけど、自分はモブらしいので帰りたいです。

蒼猫

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第?章 異世界に来たけど、自分は聖女になりました

第五十三話

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「それでは聖女様、始めます」

「……はい」

 泣き喚いた数時間後、杉崎は教会で力の訓練を受けていた。

 あの後、杉崎は駆けつけてきた魔導師たちによって眠らされた。最後に見たのは、クインシーが杉崎の事を睨んでいる目だった。なんでそんな目で見られなきゃいけないのかはわからない。自分がクインシーに一体何をしたというのか。

 思ったことを口にしただけなのになんであんな風に言われ、剣を投げつけられるという怖い思いまでさせられたのか。どれだけ考えても、杉崎には到底理解できなかった。

 エヴラールがちらりとこちらに目を向ける。杉崎の泣き腫らした目を見て、痛々しそうに顔を歪めた。
 そんな顔するなら訓練する日を変えてくれたっていいじゃないか。今日くらいは休ませて欲しい。

 そんな願いも虚しく、訓練は開始されてしまった。
 杉崎が早く力を使いこなせるようにしたいと言ってしまったせいなのか。あんなことを言わなければ今日は休ませてもらえたのでは?と、過去の自分の言葉を恨んだ。

「聖女様、集中してください。まずはこの水を清浄なものへ変えてみましょう」

 目の前に置かれたのは泥が混じったような汚い水が入っているコップ。これを綺麗な水に変えろというのか。

「そんなの出来ない」

「聖女様なら出来ますよ」

「無理よ。どうやれって言うの? 大体、浄化の力ってなに? 私はただの人間だよ。力なんて知らない!」

「何をおっしゃいますか。聖女様は尊きお方。貴女にしか出来ないことです」

 聖女、聖女、聖女!もうその言葉はうんざりだ。

「私は……!!」

「聖女様。どうか浄化してください」

 もう一度出来ないと言おうとしたが、エヴラールが杉崎に深く頭を下げたことにより、杉崎は何も言えなくなってしまった。

 力の使い方なんて知らない。コップに触れてみても、直接泥水に触れても真水になることはなかった。どうしたらいいのかも分からない。ただ力を使えと言われたって、やり方が分からなければ使いようがない。

「……本日は上手く力が使えないようですね」

 見兼ねたエヴラールが落胆した様子で呟く。今日のところはお休み下さいと教会から出された。

 浄化したくないから力を使わないんじゃない。力の使い方がわからないから出来ない。むしろ、本当に自分にそんな力があるのかと疑いたくなった。

「私は……本当に聖女なの?」

 周りに聖女と呼ばれて浮かれていたが、浄化の力が使えないとなれば、杉崎は聖女としての役割を失う。聖女ではないと魔導師に言われてしまったら、この国での存在意義がなくなる。自分は必要ないと判断されたらどうすればいい。

 もし、聖女じゃなかったら。

「やだ……私は聖女よ! じゃなきゃこんな世界に連れてこられないじゃん!」

 また頭の中がぐちゃぐちゃになりそうだ。しっかりしないと。自分は聖女なのだから。誰からも愛されて、必要とされる存在。町を救う尊きもの。自分がいなければこの国は破滅する。そうだ、聖女なんだ。聖女なんだからしっかりしなければ。

「私は……聖女なの。ちゃんと、この国を救わなきゃ」

 教会から城へと戻る途中、見たくないものを見てしまった。

 城下町の手前側で話している三人組。杉崎と同じようにこの世界に連れてこられた男。
 騎士団長と副団長にとても大切にされているように見える。何故あの男がそこまで守られているのかはわからない。

 あの男になんの魅力があるというのか。杉崎をストーカーして怖がらせたような男が。

「……早く死ねばいいのに」

 あの男がいなくなれば。そうすれば、あの二人は自分を見てくれるはず。今は国王に命令されてあの男を監視しなければいけないけれど、監視対象がいなくなれば自由になる。

「あぁ、そっか。二人はきっと嫌々やってるんだ。今日、副団長さんの機嫌が悪かったのも全部あの男のせいだったんだ」

 それしかないだろう。普段は優しい人があんなに怒りをあらわにしていた。それほどストレスが溜まっていたんだ。可哀想に。嫌な仕事を国王に押し付けられて困っているんだ。団長のアレクサンダーも顔には出さないけど、きっと嫌がっている。早く仕事を終わらせたいと思っているはず。

「今……助けてあげるから待ってて」

 そうとなれば早く準備をしなくては。あの男を抹殺するためには、誰か人の手を借りなくてはならない。自分の手でやってもいいのだが、手を汚したことによって聖女としての力が失われては困る。

 杉崎は真っ直ぐ城へと帰ると、真っ先に地下の牢屋へと向かった。

 ここは魔導師に教えてもらった場所。かつては、罪人で溢れていたらしいが、今は一人しかいない。

「ねぇ、頼みを聞いて欲しいんだけど」

 牢屋の一番奥にいる男へと声をかける。その男が何故ここにいるのかは教えられていない。でも、頼める人間と言ったら彼くらいしかいなかった。

 牢屋から出るためなら罪も犯せるような人間の彼にしか。

「……なに」

「ここから出してあげる。その代わりにやって欲しいことがあるの」

 彼は品定めするように杉崎を見る。

「城下町にいる男を一人殺して欲しい。桜樹 海っていう男」

「誰それ」

「聖女のおまけよ。いなくなっても誰も困らない。むしろ、助かるわ」

 男は暫し考えてから、強く頷いた。それが契約の証。

「必ず仕留めて。もし、その男が死んでなかったら、貴方が脱走したことを魔導師に言うわ」

「どうせバレるのに」

「私は聖女よ? 貴方一人逃がしたくらいじゃ何も言われないわよ」

 事前に盗んできた牢屋の鍵を使って扉を開ける。
 中から薄汚い服を着た青年がゆらりと出てきた。

「今なら外に誰もいないわ。逃げ出すのは楽だと思う」

「この城自体が牢屋なのを知らないの?」

「そんなこと知らない。私は城から出たことないから」

「あんたもこの城に囚われてるんだ。可哀想に」

 無駄なことを言ってないで早く殺しにいけ。そう言って彼を牢屋から追い出した。

 これでやっと安心出来る。

「……それにしても」

 牢屋にいた少年はかなり汚れていたが、綺麗な顔立ちをしていた。あの凛とした感じはどこかで覚えがある。

「あぁ、騎士団長に似てるんだ」

 どことなく、彼はアレクサンダーに似ていた。

「まぁいいや。約束したことを果たしてくれれば私には関係ないし」

 細かいことはどうでもいい。ストーカー男が死んでくれれば、杉崎の心配することなど、なにもないのだから。

「楽しみだなぁ。どういう殺され方するのかなぁ」

 杉崎は狂ったように笑いながら牢屋を出る。
 通りすがりのメイドや魔導師に不気味な顔をされたが、杉崎にはどうでもよかった。今は気分がとてもいい。そうだ、今日は男を複数部屋に呼ぼう。そうすればもっと気分が良くなる。

 部屋に戻る前にと、杉崎は手当り次第男に声をかけ回った。皆、嫌な顔をせず杉崎の誘いに乗ってくれる。

「もうなんでもいいや。私は私らしく生きる」

 闇とか聖女とかもう知らない。自分の欲望のままに生きていこう。邪魔をする者がいれば、そいつは消せばいい。

 一人、杉崎は与えられた部屋の窓から城下町を眺める。

「あれ……? 城下町ってあんなに黒かったっけ?」

 昨日よりも城下町の雲が黒くなっている気がする。闇が増えたということなのか。

「浄化……浄化ね。うん、いつかしてあげるよ」

 まだその時じゃないからしない。
 今はそんなことよりも眠りたい。朝から疲れることしかしていない。

 ドレスを着たまま、杉崎はベッドへと寝転ぶ。
 このまま目覚めなければ良いのにと思いながら眠った。



第?章 終

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