56 / 121
第?章 異世界に来たけど、自分は聖女になりました
第五十三話
しおりを挟む「それでは聖女様、始めます」
「……はい」
泣き喚いた数時間後、杉崎は教会で力の訓練を受けていた。
あの後、杉崎は駆けつけてきた魔導師たちによって眠らされた。最後に見たのは、クインシーが杉崎の事を睨んでいる目だった。なんでそんな目で見られなきゃいけないのかはわからない。自分がクインシーに一体何をしたというのか。
思ったことを口にしただけなのになんであんな風に言われ、剣を投げつけられるという怖い思いまでさせられたのか。どれだけ考えても、杉崎には到底理解できなかった。
エヴラールがちらりとこちらに目を向ける。杉崎の泣き腫らした目を見て、痛々しそうに顔を歪めた。
そんな顔するなら訓練する日を変えてくれたっていいじゃないか。今日くらいは休ませて欲しい。
そんな願いも虚しく、訓練は開始されてしまった。
杉崎が早く力を使いこなせるようにしたいと言ってしまったせいなのか。あんなことを言わなければ今日は休ませてもらえたのでは?と、過去の自分の言葉を恨んだ。
「聖女様、集中してください。まずはこの水を清浄なものへ変えてみましょう」
目の前に置かれたのは泥が混じったような汚い水が入っているコップ。これを綺麗な水に変えろというのか。
「そんなの出来ない」
「聖女様なら出来ますよ」
「無理よ。どうやれって言うの? 大体、浄化の力ってなに? 私はただの人間だよ。力なんて知らない!」
「何をおっしゃいますか。聖女様は尊きお方。貴女にしか出来ないことです」
聖女、聖女、聖女!もうその言葉はうんざりだ。
「私は……!!」
「聖女様。どうか浄化してください」
もう一度出来ないと言おうとしたが、エヴラールが杉崎に深く頭を下げたことにより、杉崎は何も言えなくなってしまった。
力の使い方なんて知らない。コップに触れてみても、直接泥水に触れても真水になることはなかった。どうしたらいいのかも分からない。ただ力を使えと言われたって、やり方が分からなければ使いようがない。
「……本日は上手く力が使えないようですね」
見兼ねたエヴラールが落胆した様子で呟く。今日のところはお休み下さいと教会から出された。
浄化したくないから力を使わないんじゃない。力の使い方がわからないから出来ない。むしろ、本当に自分にそんな力があるのかと疑いたくなった。
「私は……本当に聖女なの?」
周りに聖女と呼ばれて浮かれていたが、浄化の力が使えないとなれば、杉崎は聖女としての役割を失う。聖女ではないと魔導師に言われてしまったら、この国での存在意義がなくなる。自分は必要ないと判断されたらどうすればいい。
もし、聖女じゃなかったら。
「やだ……私は聖女よ! じゃなきゃこんな世界に連れてこられないじゃん!」
また頭の中がぐちゃぐちゃになりそうだ。しっかりしないと。自分は聖女なのだから。誰からも愛されて、必要とされる存在。町を救う尊きもの。自分がいなければこの国は破滅する。そうだ、聖女なんだ。聖女なんだからしっかりしなければ。
「私は……聖女なの。ちゃんと、この国を救わなきゃ」
教会から城へと戻る途中、見たくないものを見てしまった。
城下町の手前側で話している三人組。杉崎と同じようにこの世界に連れてこられた男。
騎士団長と副団長にとても大切にされているように見える。何故あの男がそこまで守られているのかはわからない。
あの男になんの魅力があるというのか。杉崎をストーカーして怖がらせたような男が。
「……早く死ねばいいのに」
あの男がいなくなれば。そうすれば、あの二人は自分を見てくれるはず。今は国王に命令されてあの男を監視しなければいけないけれど、監視対象がいなくなれば自由になる。
「あぁ、そっか。二人はきっと嫌々やってるんだ。今日、副団長さんの機嫌が悪かったのも全部あの男のせいだったんだ」
それしかないだろう。普段は優しい人があんなに怒りをあらわにしていた。それほどストレスが溜まっていたんだ。可哀想に。嫌な仕事を国王に押し付けられて困っているんだ。団長のアレクサンダーも顔には出さないけど、きっと嫌がっている。早く仕事を終わらせたいと思っているはず。
「今……助けてあげるから待ってて」
そうとなれば早く準備をしなくては。あの男を抹殺するためには、誰か人の手を借りなくてはならない。自分の手でやってもいいのだが、手を汚したことによって聖女としての力が失われては困る。
杉崎は真っ直ぐ城へと帰ると、真っ先に地下の牢屋へと向かった。
ここは魔導師に教えてもらった場所。かつては、罪人で溢れていたらしいが、今は一人しかいない。
「ねぇ、頼みを聞いて欲しいんだけど」
牢屋の一番奥にいる男へと声をかける。その男が何故ここにいるのかは教えられていない。でも、頼める人間と言ったら彼くらいしかいなかった。
牢屋から出るためなら罪も犯せるような人間の彼にしか。
「……なに」
「ここから出してあげる。その代わりにやって欲しいことがあるの」
彼は品定めするように杉崎を見る。
「城下町にいる男を一人殺して欲しい。桜樹 海っていう男」
「誰それ」
「聖女のおまけよ。いなくなっても誰も困らない。むしろ、助かるわ」
男は暫し考えてから、強く頷いた。それが契約の証。
「必ず仕留めて。もし、その男が死んでなかったら、貴方が脱走したことを魔導師に言うわ」
「どうせバレるのに」
「私は聖女よ? 貴方一人逃がしたくらいじゃ何も言われないわよ」
事前に盗んできた牢屋の鍵を使って扉を開ける。
中から薄汚い服を着た青年がゆらりと出てきた。
「今なら外に誰もいないわ。逃げ出すのは楽だと思う」
「この城自体が牢屋なのを知らないの?」
「そんなこと知らない。私は城から出たことないから」
「あんたもこの城に囚われてるんだ。可哀想に」
無駄なことを言ってないで早く殺しにいけ。そう言って彼を牢屋から追い出した。
これでやっと安心出来る。
「……それにしても」
牢屋にいた少年はかなり汚れていたが、綺麗な顔立ちをしていた。あの凛とした感じはどこかで覚えがある。
「あぁ、騎士団長に似てるんだ」
どことなく、彼はアレクサンダーに似ていた。
「まぁいいや。約束したことを果たしてくれれば私には関係ないし」
細かいことはどうでもいい。ストーカー男が死んでくれれば、杉崎の心配することなど、なにもないのだから。
「楽しみだなぁ。どういう殺され方するのかなぁ」
杉崎は狂ったように笑いながら牢屋を出る。
通りすがりのメイドや魔導師に不気味な顔をされたが、杉崎にはどうでもよかった。今は気分がとてもいい。そうだ、今日は男を複数部屋に呼ぼう。そうすればもっと気分が良くなる。
部屋に戻る前にと、杉崎は手当り次第男に声をかけ回った。皆、嫌な顔をせず杉崎の誘いに乗ってくれる。
「もうなんでもいいや。私は私らしく生きる」
闇とか聖女とかもう知らない。自分の欲望のままに生きていこう。邪魔をする者がいれば、そいつは消せばいい。
一人、杉崎は与えられた部屋の窓から城下町を眺める。
「あれ……? 城下町ってあんなに黒かったっけ?」
昨日よりも城下町の雲が黒くなっている気がする。闇が増えたということなのか。
「浄化……浄化ね。うん、いつかしてあげるよ」
まだその時じゃないからしない。
今はそんなことよりも眠りたい。朝から疲れることしかしていない。
ドレスを着たまま、杉崎はベッドへと寝転ぶ。
このまま目覚めなければ良いのにと思いながら眠った。
第?章 終
36
お気に入りに追加
3,214
あなたにおすすめの小説

聖女の兄で、すみません!
たっぷりチョコ
BL
聖女として呼ばれた妹の代わりに異世界に召喚されてしまった、古河大矢(こがだいや)。
三ヶ月経たないと元の場所に還れないと言われ、素直に待つことに。
そんな暇してる大矢に興味を持った次期国王となる第一王子が話しかけてきて・・・。
BL。ラブコメ異世界ファンタジー。


転生したけどやり直す前に終わった【加筆版】
リトルグラス
BL
人生を無気力に無意味に生きた、負け組男がナーロッパ的世界観に転生した。
転生モノ小説を読みながら「俺だってやり直せるなら、今度こそ頑張るのにな」と、思いながら最期を迎えた前世を思い出し「今度は人生を成功させる」と転生した男、アイザックは子供時代から努力を重ねた。
しかし、アイザックは成人の直前で家族を処刑され、平民落ちにされ、すべてを失った状態で追放された。
ろくなチートもなく、あるのは子供時代の努力の結果だけ。ともに追放された子ども達を抱えてアイザックは南の港町を目指す──
***
第11回BL小説大賞にエントリーするために修正と加筆を加え、作者のつぶやきは削除しました。(23'10'20)
**

田舎育ちの天然令息、姉様の嫌がった婚約を押し付けられるも同性との婚約に困惑。その上性別は絶対バレちゃいけないのに、即行でバレた!?
下菊みこと
BL
髪色が呪われた黒であったことから両親から疎まれ、隠居した父方の祖父母のいる田舎で育ったアリスティア・ベレニス・カサンドル。カサンドル侯爵家のご令息として恥ずかしくない教養を祖父母の教えの元身につけた…のだが、農作業の手伝いの方が貴族として過ごすより好き。
そんなアリスティア十八歳に急な婚約が持ち上がった。アリスティアの双子の姉、アナイス・セレスト・カサンドル。アリスティアとは違い金の御髪の彼女は侯爵家で大変かわいがられていた。そんなアナイスに、とある同盟国の公爵家の当主との婚約が持ちかけられたのだが、アナイスは婿を取ってカサンドル家を継ぎたいからと男であるアリスティアに婚約を押し付けてしまう。アリスティアとアナイスは髪色以外は見た目がそっくりで、アリスティアは田舎に引っ込んでいたためいけてしまった。
アリスは自分の性別がバレたらどうなるか、また自分の呪われた黒を見て相手はどう思うかと心配になった。そして顔合わせすることになったが、なんと公爵家の執事長に性別が即行でバレた。
公爵家には公爵と歳の離れた腹違いの弟がいる。前公爵の正妻との唯一の子である。公爵は、正当な継承権を持つ正妻の息子があまりにも幼く家を継げないため、妾腹でありながら爵位を継承したのだ。なので公爵の後を継ぐのはこの弟と決まっている。そのため公爵に必要なのは同盟国の有力貴族との縁のみ。嫁が子供を産む必要はない。
アリスティアが男であることがバレたら捨てられると思いきや、公爵の弟に懐かれたアリスティアは公爵に「家同士の婚姻という事実だけがあれば良い」と言われてそのまま公爵家で暮らすことになる。
一方婚約者、二十五歳のクロヴィス・シリル・ドナシアンは嫁に来たのが男で困惑。しかし可愛い弟と仲良くなるのが早かったのと弟について黙って結婚しようとしていた負い目でアリスティアを追い出す気になれず婚約を結ぶことに。
これはそんなクロヴィスとアリスティアが少しずつ近づいていき、本物の夫婦になるまでの記録である。
小説家になろう様でも2023年 03月07日 15時11分から投稿しています。
婚約破棄されて捨てられた精霊の愛し子は二度目の人生を謳歌する
135
BL
春波湯江には前世の記憶がある。といっても、日本とはまったく違う異世界の記憶。そこで湯江はその国の王子である婚約者を救世主の少女に奪われ捨てられた。
現代日本に転生した湯江は日々を謳歌して過ごしていた。しかし、ハロウィンの日、ゾンビの仮装をしていた湯江の足元に見覚えのある魔法陣が現れ、見覚えのある世界に召喚されてしまった。ゾンビの格好をした自分と、救世主の少女が隣に居て―…。
最後まで書き終わっているので、確認ができ次第更新していきます。7万字程の読み物です。

魔法学園の悪役令息ー替え玉を務めさせていただきます
オカメ颯記
BL
田舎の王国出身のランドルフ・コンラートは、小さいころに自分を養子に出した実家に呼び戻される。行方不明になった兄弟の身代わりとなって、魔道学園に通ってほしいというのだ。
魔法なんて全く使えない抗議したものの、丸め込まれたランドルフはデリン大公家の公子ローレンスとして学園に復学することになる。無口でおとなしいという触れ込みの兄弟は、学園では悪役令息としてわがままにふるまっていた。顔も名前も知らない知人たちに囲まれて、因縁をつけられたり、王族を殴り倒したり。同室の相棒には偽物であることをすぐに看破されてしまうし、どうやって学園生活をおくればいいのか。混乱の中で、何の情報もないまま、王子たちの勢力争いに巻き込まれていく。

光る穴に落ちたら、そこは異世界でした。
みぃ
BL
自宅マンションへ帰る途中の道に淡い光を見つけ、なに? と確かめるために近づいてみると気付けば落ちていて、ぽん、と異世界に放り出された大学生が、年下の騎士に拾われる話。
生活脳力のある主人公が、生活能力のない年下騎士の抜けてるとこや、美しく格好いいのにかわいいってなんだ!? とギャップにもだえながら、ゆるく仲良く暮らしていきます。
何もかも、ふわふわゆるゆる。ですが、描写はなくても主人公は受け、騎士は攻めです。
今世はメシウマ召喚獣
片里 狛
BL
オーバーワークが原因でうっかり命を落としたはずの最上春伊25歳。召喚獣として呼び出された世界で、娼館の料理人として働くことになって!?的なBL小説です。
最終的に溺愛系娼館主人様×全般的にふつーの日本人青年。
※女の子もゴリゴリ出てきます。
※設定ふんわりとしか考えてないので穴があってもスルーしてください。お約束等には疎いので優しい気持ちで読んでくださると幸い。
※誤字脱字の報告は不要です。いつか直したい。
※なるべくさくさく更新したい。
ユーザ登録のメリット
- 毎日¥0対象作品が毎日1話無料!
- お気に入り登録で最新話を見逃さない!
- しおり機能で小説の続きが読みやすい!
1~3分で完了!
無料でユーザ登録する
すでにユーザの方はログイン
閉じる