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第?章 異世界に来たけど、自分は聖女になりました
第五十二話
しおりを挟むダルい。凄く体が重く感じる。
昨日は……いや、今日の朝方くらいに魔導師は部屋を出て行った。散々遊んだから疲労が溜まっているのか。
これまで朝まで遊んでいたことは何度もあるが、ここまで身体が辛いと思ったことは一度もなかった。
「何もやる気でない。今日はずっと寝てたいな」
食事も取りたくない。ずっと寝ていたい。
そんな杉崎の気持ちとは裏腹に、リディアは決まった時間に朝食を運んできた。
「聖女様、お食事をお持ちいたしました」
「いらない。全部下げて」
「ですが……」
「いらないって言ってんの! 聞こえなかった!?」
リディアの声を聞いていると気分が悪くなる。早く部屋から追い出そうと杉崎は大声を上げた。
「あれ? 今日はご機嫌ななめな感じかな?」
「申し訳ございません! 私のせいで……」
リディアの他に誰かいる。リディアを叱りつけた声がその人物に聞かれてしまった。愛想良くして過ごしていたのに、こんなところでボロが出てしまうとは。
さーっと血の気が引いていく。青ざめた顔で杉崎はベッドから這い出て、リディアと共にいる人物を確認した。
「やぁ。なんだか顔色が悪そうだね? 聖女サマ」
「ふ、副団長さん……!」
「もしかして、エヴラールの勉強会でお疲れなのかな? 今日はゆっくり休んだ方がいいと思うよ」
獲物が向こうから来てくれた。クインシーが部屋に来てくれると思っていなかったから、杉崎は何も準備をしていない。寝起きで頭はボサボサだし、可愛いドレスだって身にまとっていない。こんな姿を見られるのは嫌だ。
慌ててベッドへと戻ると、クインシーが後ろからついてきていた。
「え、あの……」
「あぁ、女性の寝床に顔を出すのは良くないね」
失敬、と呟いてクインシーはベッドから下がる。
無様な姿を見られなくて良かったと安心したが、クインシーがここまで入り込んできてくれたのだから、腕を引っ張ってベッドへ上げてしまえば良かったとほんのり後悔した。
「今日から本格的に聖女の力の訓練が始まります。それに合わせて、騎士団総出で聖女様の護衛に当たらせていただくことになりました」
「護衛……ですか?」
「ええ。行く行くは、城下町に下りていただくことになりますので」
「それっていつ頃なんですか?」
「聖女様のお力が安定した時です」
要は力が安定しなければ城下町に下りることは無いという事だ。あのストーカー男が死ぬまでは浄化なんかしない。あの男が死んだのを確認したら闇を払えばいい。
「わかりました。力が安定するように頑張ります!」
「あまりご無理をなさらないようにお願いいたします」
「無理だなんて……! 城下町の人達は今も苦しい思いをしてるのに! 私にしか出来ないのだから、多少の無理くらいは許してください!」
無理なんかするわけない。のんびりやるに決まってる。大体、十代半ばの子供に国の命運を背負わせる方がおかしい。自分たちで何とかできないからといって、他の世界から召喚するなんて馬鹿げている。こんなのただの誘拐と変わらないじゃないか。
誰が真面目に力の制御なんかするか。こっちにだって考えがある。
「あの、もし闇が払えたら……お願いがあるんですけど」
「なんですか?」
手ぐしで髪を整え、杉崎はクインシーの前に顔を出す。恥ずかしそうに身をよじりながらクインシーを見上げた。
「えっと……私、騎士団長さんと……お話がしたくて」
「アレクサンダー・ランドルフとですか?」
ぞわりと寒気を感じた。なんだこの威圧感は。
意識せずに身体がカタカタと震えた。
「そ、そうです……」
なんとかそれだけ答えた。クインシーは変わらず笑みを浮かべている。その笑みが何故か不気味に見えた。
「騎士団長は忙しい身でして……中々時間が取れないのですが」
嘘だ。いつも昼頃になると橋のところでストーカー男と話しているじゃないか。ストーカー男と話している時間があるなら自分に割けばいい。あの男と話してなんの利益があるんだ。
「でも、よく桜樹さんとは会っているみたいですけど……」
「国王より監視の命が出ていますので」
「お二人で、ですか?」
「ええ。逃亡の恐れがありますので」
嘘だ嘘だ嘘だ!あんなに楽しく話しているのに逃げるわけがない。あの男は彼らに信頼を寄せている。クインシーたちもあの男を信頼しているから城下町で野放しにしているんじゃないか。どうしてそんな嘘をつくの?あの男を構う理由は一体なんなの?
「……忙しいんですね」
「これでも国を守る組織ですので」
「楽しそうにお話してるのがお仕事なんですね」
「……何か?」
「あのストーカー男と話してるのが楽しいんでしょう!? どうして!? 私は聖女としてここにいるのに、なんで貴方たちは聖女の私より、おまけの……ストーカー男の方を守るの!?」
怒りが爆発した。もうどうでもいい。この男と寝るのは諦める。クインシーとセックスが出来ないことよりも、ストーカー男を優先していることが許せない。
「聖女様、どうか落ち着いて」
「これが落ち着いていられると思う!? こんな訳わかんない世界に連れてこられて、聖女だから闇を払えって! 私に自由はないわけ!?」
「リディア、魔導師を呼んできて」
叫び散らす杉崎をクインシーは宥めることもしない。
子供が癇癪を起こしたとでも思っているのだろう。
クインシーの対応に更に怒りが膨れ上がる。リディアが食事を運んできた時に一緒に並べられたテーブルナイフが視界に入った。杉崎はテーブルへと一目散に走り寄り、ナイフを手に取る。
「ねぇ! 私が死んだらどうなるの? この国は終わりだよね!?」
「落ち着いてって言ってるよね?」
自分の首元にナイフを突きつけて己を人質とする。
こうすればクインシーだって杉崎を守ろうとするだろう。杉崎が満足する言葉を言ってくれるはずだ。例えそれが建前であっても、その場限りの言葉であっても、杉崎を思って言ってくれたならそれでいい。
「私は本気だから! こんなこと馬鹿げてるって思ってるんでしょ!? どうせ出来やしないって! 言っとくけど、自傷行為くらい何度もしてるのよ!」
「落ち着けって言ってるのが聞こえないのかよ、クソガキ」
ガンッ!という音が左耳に響く。音のした方へと目を向けると、鈍く光る剣が見えた。
「あんま駄々こねてるとその口縫うぞ」
クインシーは冷めた目付きで杉崎を見る。壁に突き刺さっている剣を引き抜いて鞘にしまった。
「わ、私は……」
「死にたければ勝手に死ねばいい。そんな震えた手で首が切れるとは思えないけど」
手から力が抜けてナイフが床へと落ちる。ナイフと同じように杉崎はペタンと床に座り込んで放心状態になってしまった。
正気に戻った杉崎は、床に落ちているテーブルナイフを見つめた。今自分は何をしようとした?ナイフを首に当てて……それからどうしようとした?
ただ、クインシーを脅すためだけにしたことだったのに、途中から杉崎は本気で死ぬ気でいた。
「あ……ああぁああぁぁぁ!!」
頭の中がぐちゃぐちゃになって、訳が分からず叫んだ。必死に声を張り上げて泣き叫んでも誰も助けてくれない。誰も大丈夫?と声をかけてくれない。それが悲しくて、辛くて泣き続けた。
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