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第二章 異世界に来たけど、自分は平民になりました
第四十八話
しおりを挟む「カイ、少し話がある。そこに座りなさい」
アレクサンダーと共に宿に帰って来たら、ヴィンスが真面目な顔で椅子を指差した。海は促されるまま、ヴィンスの向かいにある椅子へと腰を下ろす。
アレクサンダーもヴィンスの話を聞くつもりなのか、壁に背を預けてこちらを見ていた。
「お前さん、これからどうするつもりだ?」
「これから……?」
「ここに来た時、困ってる人を助けたいと言ったな」
「はい」
「お前さんのおかげで、ルイザの従姉妹は元気になった。宣言通り、誰かのために知恵を振り絞って救ったわけだ」
ヴィンスは何が言いたいんだろうか。それがわからなくて困惑している。もしかしてこの間、倒れた件について言及されているのかもしれない。
自分の体調を見誤るほど、他者を気遣うなと。
「だが、カイが持っている知恵だけでは足りないこともあるだろう」
「え……?」
「これがどれだけお前さんの助けになるかわからないが、きっと役に立つと思う」
そう言って、ヴィンスは海の前に鍵を一つ置いた。
宿の扉の鍵とは違い、錆び付いて古めかしいものだった。日本ではアンティーク、またはヴィンテージキーと呼ばれるものではなかったか。
「わしの部屋の隣だ。実際に見てくるといい」
鍵とヴィンスの顔を交互に見つめてから、海は立ち上がった。数歩、歩き出してからヴィンスの方を振り返ると、早く行けと言わんばかりに手で追い払われる。
「なんなんだ?」
ヴィンスの部屋の奥。そこには確かに扉があった。
この扉は初めて見る。なんせ、ヴィンスの部屋の奥にまだ部屋があるとは思わなかった。昨日まではあった壁が取り払われていたのだから。まさか日本の忍者屋敷みたいになっていたとは驚きだ。
扉の前に立ち、海は鍵を握りしめる。この先に海の役に立つものがあると言われた。
「……よし」
一呼吸置いてから、鍵を扉へと差し込む。長年油が差されていないのが、ギギッと嫌な音がした。
鍵を右側へと回すと、かちゃんっと開錠の音が響いた。ドアノブを掴んで扉を開けると、部屋の中は薄暗くて何も見えない。
部屋にある電気のスイッチを探し出して電気をつけると、そこは狭い図書室のような部屋。左右の壁はもちろん、部屋の真ん中にも大きな棚がある。そのどれも、小さな瓶や、本で埋め尽くされていた。
「ヴィンス……ここは?」
テーブル席に座っていたはずのヴィンスは、海の後ろに立っていた。酷く懐かしそうに部屋の中を眺めている。
「息子が使ってた部屋だ。わしも全部把握してるわけじゃないが……」
目の前にある棚へと近づく。どの瓶もホコリを被っていて字が見えなかった。手で適当にホコリを払うと、中には白い錠剤。
「わしの息子は医者だった。大通りの隅っこの方でこじんまりとやってたんだ。周りの医者に比べて歳が若くてな。医者としてまだまだ未熟だってよく他の医者から笑われてた」
ヴィンスは一番奥にある本棚へと歩み寄り、下から二段目のところから本を引き抜いて海へと手渡す。
「後ろ指さされても、あいつはめげずに頑張った。お前さんと一緒で、病気になった人を助けたい。その一心で、寝る間も惜しんで勉強してたんだ」
渡された本を開くと、そこには手書きでびっしりと病名や症状、どの薬が一番効くかなどが書かれていた。海が持っている医学本並の細さ。いや、それ以上かもしれない。
実際、患者を目にして思ったことや、使用した薬の有効性。その薬を処方した後、患者に起きた副作用なども書かれている。薬のメモだけでなく、今後また同じ症状にならないように予防策も。
「とても……熱心な方だったんですね」
その一冊だけでどれだけ患者のことを思っていたのかがわかる。だが、本は一冊だけではなかった。ヴィンスが取ってきた本棚は全て、息子さんが書いたお手製の医学本が、何十冊と並んでいた。
「使ってやってくれ。きっとあいつも喜ぶ」
「でも、息子さんの部屋に入っていいの? だってここは……」
"遺品"なのではないのか。
「なぁ、アレクサンダーよ。お前さん、わしに隠してることがあるだろう」
扉の横に立ったままのアレクサンダーへとヴィンスが問いかける。アレクサンダーは黙って俯いていた。
「お前さんが一年前、この町の医者を処刑した。だがなぁ、いくら探しても見つからなかったんだよ。ウィリアムは。どこに行っちまったんだろうなぁ?」
「知らん」
「五十四人分の死体をこの目で見た。通りに打ち捨てられた胴体と頭を全部な。だが、その中にわしの息子はいなかった。アレクサンダー、どういうことか説明してもらおうじゃないか」
医者だったヴィンスの息子は一年前の反乱で亡くなっているはずだ。ルイザから話を聞いた時、そんなニュアンスのことを言われた。だから、てっきりもうこの世には居ないのだと思っていたが。
「黙っていたらわからんぞ。アレクサンダー」
低く唸るようにヴィンスはアレクサンダーに問う。
アレクサンダーは観念したようにため息をついてから顔を上げた。
「本来、処刑するはずの人数は五十五人だった。だが、魔導師と国王は罪人の人数を把握していなかった。人数が多かったというのもあるが、それよりも興味がなかったんだろう。だから、一人くらい逃がすのに苦労はしなかった」
「じゃあ、ウィリアムは……」
「隣国に逃がした」
「そうか……生きているのか」
息子が生きているという事実にヴィンスは肩を震わせて泣いた。死んでいると思っていた相手が、生きていると知らされれば当然だろう。
一頻り、ヴィンスは涙を流し、海の方を振り返る。
「聞いただろう。この部屋は気兼ねなく使ってくれて構わない。お前さんが気にしていることはなさそうだからな」
「うん……わかった。ありがとう」
「ただし、この部屋にこもるのはやめてくれ。ちゃんと飯を食って、わしの話し相手にもなれ。いいな?」
「うん! 大丈夫、わかってるよ」
大きく頷くと、ヴィンスは満足気に笑って部屋から出て行った。ヴィンスの代わりにアレクサンダーが部屋へと入ってきて、扉を静かに閉める。
「新しい玩具をもらったからといってはしゃぐなよ?」
「おもちゃって……そんな言い方!」
「そういう顔をしている。これからお前はこれらを使ってたくさんの人を救うんだろう。それは構わない。だが……」
「わかってる。アレクサンダーが心配することの無いように気をつけるから」
だからそんな泣きそうな顔をしないで欲しい。
自分よりも高い位置にあるアレクサンダーの頭へと手を伸ばして撫でる。心配ばかりする彼を安心させるように。
「カイ、」
「大丈夫だって。もし俺が暴走したら、アレクサンダーが止めてください」
「わかった」
頭を撫でていた手が掴まれ、アレクサンダーの方へと引っ張られる。アレクサンダーの腕が海の腰へと回って抱き寄せられた。少しずつ近づいてくる顔に合わせ、海は目を閉じた。
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