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第二章 異世界に来たけど、自分は平民になりました
第四十五話 ※グロ注意
しおりを挟むその年は特に餓死者が多かった。
人の往来が激しい大通りには、力なく座り込んでいる者が多かった。痩せ細って動けない者もいれば、酒を飲んで国王への恨み言を喚き散らす者も。
町の見回りとして城下町を歩こうものなら、罵声は必ず飛んでくる。それだけならまだ聞き流せばいい。たまに物が飛んでくる時がある。酒瓶や皿、稀に包丁が。
「俺達も恨まれるようになったね」
「仕方ないだろう」
「そうだけどさ。でもさ、」
「言っても仕方ない。この道を選んだのは俺たちだ。嫌ならあの時に逃げれば良かっただろう」
「アレクサンダーを置いて? バカ言うなよ。置いていけるわけないだろ。仲間全員置いて逃げるなんて出来ない」
罵声の雨の中、クインシーは悲哀に満ちた目で町を見た。
こんなはずじゃなかった。アレクサンダーたちが望んだものはこんな形ではなかったはずだ。誰からも好まれる存在になろうとは思っていない。子供の頃から悪さしかしてこなかった二人だ。町の人間に受け入れてもらえると思っていない。でも、それでもと自警団を作ったのに。自分たちが世話になった町を今度は守ろうと決めたはず。
それが今ではどうだ。国民からは忌み嫌われる存在と化した。理想とかけ離れたものとなったじゃないか。
「(全てアイツのせいだ)」
何かも壊したのはオルドリッジのせいだ。あの男がこの国を掌握している間は、皆に自由はない。家畜のように飼い殺される運命だ。分かっているのに、アレクサンダーたちは反抗することが出来ない。団員の家族が人質になっているというのもあるし、自分たちの家族は国外へ逃がしたという負い目もある。
それ故に、アレクサンダーとクインシーは密かに計画を立てていた。国家転覆の計画を。
その矢先の事件だった。
「団長! 町の医者たちが!」
「何があった!」
国王のやり方に我慢できなくなった町の医者たちが、城に押しかけてきた。彼らが来るのはこれが初めてではない。何度も城門前の橋に来ては、国王に訴えていた。
ついに彼らの我慢が限界に達した。もう国王を殺すしか方法は無いと思ったのか、医者が手術で使う医療器具を手にして城へと攻め入ってきた。
その日はたまたま橋がかかっていた。いや、橋が掛かっているのを見越しての行動だったのかもしれない。見張りの団員を脅し、団員の首元にメスを突きつけた状態で城に入ってきた。
「ちょ、それはまずいって!」
「うるさい! お前たちは口先だけだ!」
「それは……!」
「私たちはもう限界なんだ! 餓死していく人たちを見ていられない! お前らは通りのあの死体を見てなんとも思わないのか!!」
医者らの悲痛な叫びはアレクサンダーたちの動きを止めるのには効果的だった。
「このまま行かせてくれ。国を、国民を思うなら」
団員を人質にしたまま、医者はアレクサンダーたちの横を通り過ぎる。止めなくてはいけないのは分かっている。でも、このまま彼らが国王を説得することが出来たなら。そんな淡い期待を持ってしまった。
これがアレクサンダーの一番の後悔だ。彼らをここで食い止めていれば、死ぬことは無かった。無理矢理にでも全員町に返していれば、国王の怒りを買うことはなかった。
「何事だこれは。アレクサンダー・ランドルフ。この状況を説明せよ」
医者らが城内へと入ろうとした時、城を守護していた魔導師の一人が中から出てきた。
「どけ! 私たちは国王への反乱をしている! 邪魔立てするならお前も!」
「やめろ!!」
まずい。アレクサンダーは医者を止めようとしたが間に合わなかった。
「ふん、民風情が我らに逆らうか。愚か者が」
「エヴラール! やめろ!」
魔導師総括者であるエヴラール。彼は医者に向かって手のひらを向けて呟く。それはもうこの世界では必要のない呪文。
「エヴラール!!」
「ああ゙あ゙あ゙ぁあぁ゙あ゙!!!」
「見よ。我らに逆らった者への罰だ。こうなりたいと申すものが居れば前に出よ」
団員もろとも医者は燃えた。自然発火ではなく、エヴラールの力でだ。
肉の焼ける臭いが辺りに漂う。火に包まれてもなお、助けを求めて歩く医者。一緒に焼かれた団員はもう事切れて倒れているのに対し、彼はまだ死んでいない。
殺すことなくいたぶる。それがコイツら魔導師のやり方だ。この光景は何度も見ている。罪人として国王や魔導師の目に留まれば、その罪が軽くとも重くとも処刑される。
アレクサンダーはもう何十回と見ていた。ただ、見ていることしか出来なかった。
「ランドルフ。貴様は何をしている。ここまでコイツらを侵入させるなど、職務怠慢どころではない」
「……すみません」
「こやつらの処分は国王と相談する。それまで牢に繋いでおけ」
「御意に」
呆然と立ち尽くす彼らを捕まえ、一人残らず牢へと入れた。その間も、最初の犠牲となった彼は苦しそうな声をあげながら、アレクサンダーを睨んでいた。
「ごろ゙じ……や゙る゙……」
それが彼の最期の言葉だった。
医者たちの処分は数日で決まった。アレクサンダーとクィンシーが必死に彼らを擁護したのだが、意見は通らなかった。
全員即刻死刑の判断。しかも、見せしめとして国民の前での処刑だった。
処刑の前日、アレクサンダーは国王に呼ばれて王の広間に来ていた。オルドリッジの直属の護衛であるエヴラールに厳しい目を向けられながら、アレクサンダーは国王の前で跪く。
「ランドルフよ。貴様は民衆の侵入を許したとは本当か」
「……はい」
「城を警護する身でありながらなんたることか。貴様ら騎士団には罪人の処刑を命ずる。明日、罪人を引き連れ断頭台へと迎え」
「……っ、仰せの通りに」
王の御前から退出した後、アレクサンダーは自室へと戻ると、部屋の中のものを全てひっくり返した。
国王の命令に背くことの出来ない己の不甲斐なさに。
どうして攻めてきた彼らを止めなかったのかという後悔に打ちのめされ続けた。
次の日の昼、アレクサンダーは罪人となった医者たちと共に、城下町の大通りに作られた断頭台へと来ていた。
周りからは民衆の好奇の目。
手を後ろ手に縛られた医者を断頭台へと連れていく。
彼を断頭台の端、民衆の目前で膝立ちにさせ、首が出るようにと団員に押さえつけられた。
「待ってくれ! 俺たちは国王を殺そうとしたんじゃない! 俺たちはただ!」
"お前がやらないというのであれば他のものにやらせる。だが、ここで断っていいのか?我らの手に貴様らの大事な仲間の家族の命がある事、忘れていないか?"
彼の救いを求める声と、エヴラールの声が頭の中で反響する。アレクサンダーにはもう逃げ道なんてどこにも無かった。
助けの声を無視し、腰にある剣を引き抜く。アレクサンダーがこれから何をしようとしているのかを知った民衆たちは、哀れみを込めた目で医者を見た。
「助けてくれ! 俺たちはみんなの為にやったんだ! 俺たちだけじゃダメだったんだ。皆でやらないと意味が無いんだ!」
アレクサンダーに言ってダメならと、今度は国民に向かって呼びかける。医者たちが反乱を起こそうとしたきっかけは国民からの不満だ。自分たちのために事をし、今まさに粛清されようとしている。
誰か一人でも救いの声をあげてくれたなら。
そう期待して彼は声を張り上げた。
「……勝手にやったんじゃない。私たちのせいにしないでよ」
それが国民の答えだった。誰も彼を助けようとはしない。それどころか、自分たちは何も言っていない、何もしていないと言い放った。
「そ、んな……」
絶望に俯く医者にアレクサンダーはもう何も思わなかった。彼に同情する気も、国民の言葉に反論する余裕もない。これから何十人となる人の首を自分一人で斬り落とさなくてはいけないのだから。
「残す言葉それだけか?」
「貴方は……なんとも思わないのですか」
「何も思わない。俺は命令を全うするだけだ」
彼の目はもう何も映さなかった。見上げているアレクサンダーの姿も、目の前にいる民衆の姿も。
力なく項垂れた彼の首目掛けて剣を振り下ろす。
斬首刑など初めてのことだ。今までの処刑方法は魔導師による火刑だった。アレクサンダーは生まれてこの方、人を殺めたことなどない。
「あ゙……ゔ……」
「団長!」
「クソッ」
医者の首は一度では斬り落とせなかった。半分ほど剣が首に入った状態で止まってしまった。頚椎の骨のつなぎ目を正確に狙われなければ断ち切れない。人の首を斬ったことのないアレクサンダーには至難の業だった。
首から吹き出す血を全身で浴びながら何度も首へと剣を振り下ろす。目の前でそれを見せられている団員からしたら、地獄のような気分だろう。
潰れたカエルのような声を出す医者も、最初こそは痛がって暴れていたが、今ではもう動かない。
四度目にしてやっと首が斬れた。胴体と切り離された頭は断頭台が落ちて地面を転がる。苦しみ抜いたその顔は人間のようには見えなかった。
「……ろ、し……人殺し!!」
足元に転がってきた頭を見た女性が金切り声をあげる。その声を皮切りに、アレクサンダーは民衆からの罵詈雑言をその身で受け止めた。
それから五十三人分の首を斬り落とした。最初の男同様、中々首を上手く斬ることが出来ず、何人もの罪人を苦しませてしまった。
アレクサンダーの処刑を見ていた民衆からは、わざと苦しませているのかと非難されたが、アレクサンダーは何も答えずにただ、剣を振り下ろし続けた。
首を落とすのに漸く慣れた頃、アレクサンダーは全身真っ赤に染まっていた。そこで初めて恐れを抱いた。
この血が自分の中へと染み込み、いつか怨念となって己を死に至らしめるだろう。彼らを苦しませた分、自分も苦しんで死ぬ。それがアレクサンダーに科せられた罪だ。楽に死ぬことは許されない。これからアレクサンダーは幸せになることを許されない。
今日この日、五十四人分の業を一生背負っていくのだ。
「(ああ……もう、俺は)」
完全に国王の駒と化した。目に見えぬ糸で雁字搦めにされた気分だった。
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