異世界に来たけど、自分はモブらしいので帰りたいです。

蒼猫

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第二章 異世界に来たけど、自分は平民になりました

第四十四話

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 今から一年前、その年は一番国民が飢えに苦しんでいた年だった。


 他国から求められるままに農作物や海産物を輸出していた。国民が食べる分まで搾取してまで、国王は利益を上げようとしていた。

 そんなやり方が許されるはずもなく、何度も城の前には不満を抱えた国民が国王であるオルドリッジに嘆願書を提出しようとした。

 その度に騎士団が場の収束に駆り出される。元々、騎士団は町で自警団として動いていた。顔見知りの国民は多い。そのせいで、彼らを抑えるのも容易いだろうと騎士団に白羽の矢が立った。

「アレクサンダー……ちょっとこれもう無理ー」

「弱音を吐くな」

「いや、無理だって。もう抑えるの無理だよ。アレクサンダーだってわかるでしょ?」

 日に日に国民の訴えは酷くなっていく。その対応をするのは毎回騎士団だ。次第に国民の矛先は国王から騎士団へとすり変わっていく。

 なぜ国王に会わせない。お前たちだって城下町の出だろう。今の状況を見てなんとも思わないのか。助けようと思わないのか。

 最初は些細な言葉だった。その言葉に曖昧なへんじをしているうちに、彼らの言葉は棘を持ち始めた。騎士団は国王の犬でしかない。城下町で育ててもらった恩も忘れた、と。

 そんな言葉を毎日浴びせられれば、精神的に摩耗していく人間もいる。中には、騎士団本部から出るのも怖いと蹲ってしまった奴もいた。

「(いつ終わるんだ。これは)」

 何も思っていないわけではない。無視を貫いているわけじゃない。アレクサンダーだってどうにかしたいと思っている。でも、それが出来ない理由がある。

 隣でアレクサンダーと同じように国民を抑えているクインシーを盗み見る。

 彼の父親は死んでいる。その事を知ったのは、町で自警団を発足させてから二年経った時だった。



 十八の誕生日を迎えたばかりの時だ。やっとアレクサンダー達が率いる自警団が町で認められ、国民からも支持され始めた頃。クインシーの元に父親の訃報が届いた。

 クインシーの父親は海が荒れているというのに船を出して漁へと行った。周りの反対を押し切って。皆が心配した通り、クインシーの父は帰ってこなかった。海が落ち着いたのを見計らって、数人の漁師が探しに行ったが、本人は見つからず、その代わりにと大破した船の破片が海にぽつんと浮かんでいた。

「……親父、止められてたのに漁に出たんだって。どんだけ魚取りたかったんだろうねぇ」

 悲しみを押し殺すような笑い方をするクインシーにアレクサンダーは何も言えなかった。

 その時、既に分かっていたのだ。オルドリッジが無理に行かせたことを。クインシーがその事に気づいていたかはわからない。察しの良い彼のことだから知っていたが、黙っていたということもある。

 クインシーの父は町では有名な漁師だった。海に出れば、他の漁師の倍は魚を持って帰ってくる。町では"海に愛された男"なんて言われていた。そんな中、息子であるクインシーが自警団を作った。町を守る存在として名を馳せ始めた。オルドリッジの目に止まるのも時間の問題だっただろう。

 自警団の牽制としてクインシーの父が殺された。
 それだけではない。自警団のリーダーとして動いていたアレクサンダーの母、そしてクインシーの母も城へと呼び出された。突然のことにアレクサンダーたちは国王に説明を求めたが、却下。二人の母は心配することは無いと笑って登城したが、それ以来、生きている彼女らに会ったのはそれが最後だった。

 母達がどうなったのかはクインシーの父が死んだ二年後、自警団が国王によって騎士団へと変えられ、アレクサンダーたちが城に来たことでわかった。

 彼女たちは国王の慰みものとして散々なぶられたあと、打ち捨てられた。

 アレクサンダーたちは、母が人質にされているからという理由で、騎士団として城を守ることに頷いたのだ。助けようとしていた人はもう死んでいた。騎士団として城にいる理由はもうなかった。そう思っていた。

 騎士団として国に、国王に形だけの忠誠を十年ほど誓っていた時だ。

「アレクサンダー!」

「なんだ」

「俺の……姉貴がっ」

「どうした!」

 泣きそうな顔でアレクサンダーの部屋に飛び込んできたクインシーは、姉がラザミアの王子であるライアンと結婚させられそうになっていると話した。

「どうしよう……! 姉貴は婚約者がいるんだよ! 今年の末に結婚するんだ。それなのに!」

「……クソ野郎が!」

 クィンシーの両親だけでは飽き足らず、姉までもその手にかけようというのか。そんなにもアレクサンダーたちがしていた事はこの国にとって悪だったのか。ただ、町の治安を守ろうとしただけなのに。

 どうしようどうしようと泣き出したクインシーを慰め、アレクサンダーは自身らの姉弟を国外へ逃がす手立てを考えた。

 漁師の知り合いに頼んで近くの国へと送り出した。離れたくない、行くなら一緒に行きたいと泣いた弟の背を無理矢理押して。

「アレクサンダー、お前はどうするんだ」

「俺はこの国に残る」

「お前も一緒に……」

「俺が居なくなったら団員がどうなるかわからない。それにあの男の愚行ぐこうは見過ごせない」

「そう、か」

 共に国外へ行こうと言った父にアレクサンダーは首を横に振った。出来ることならこの国から出たい。逃げ出して、別の国で幸せに暮らしたい。

 だが、己が逃げればそのツケが団員に向く。団長が逃げたという理由で、団員の家族が殺されかねなかった。

「どうか、元気で」

「アレクサンダーも。必ず、必ずまた会おう」

「ああ」

 父はそう言って弟を連れて国を出た。二度と会うことはないだろう。アレクサンダーが父と再会するときは、この国の長が死んだ時だ。その日がいつになるかわからない。その前に父が死ぬ恐れもある。だから、アレクサンダーは父と弟の姿を目に焼き付けた。船が見えなくなってもずっとその先を祈るように見続けて。


 そしてその翌年、地獄の一年が始まった。
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