異世界に来たけど、自分はモブらしいので帰りたいです。

蒼猫

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第二章 異世界に来たけど、自分は平民になりました

第四十二話

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※ほんのり注意



 夢を見た。

 とても楽しい夢だった気がする。

 まだ海が幼くて、両親に沢山遊んでもらった時の記憶。

 追いかけっこをしようか、俺が鬼をやるから捕まえてごらん。そう言って父は、小さかった海でも追いつけるくらいの速さで走った。

「待って! お父さん!」

「はは、海! そんなんじゃいつまで経っても父さんのことを捕まえられないぞ?」

「お父さんの足が早いんだもん!」

 必死に父の背中を追って、やっとその背に手が届くという所で、父の姿は消え去った。

「お父さん? どこいっちゃったの?」

 幼い海は居なくなった父を必死に探すも、見つけられない。心細さに段々と海の目に涙が溜まり始めた。

「お父さん! どこ!? ねぇ、どこいっちゃったの?」

 叫んでも父は出てきてくれない。もしかして海を置いて家に帰ってしまったのか。側で笑ってみていたはずの母もいつの間にか居なくなっている。完全に一人取り残された海はその場に蹲って泣き出した。

「お父さん! お母さん!」

 どれだけ叫んでも二人は海の前には現れなかった。

 泣きじゃくる海の背中へと黒い影が差す。やっと父が迎えに来てくれたのかと顔を上げた時。

「今度はこっちが捕まえる番だ」

 後ろに立っていたのは父親ではない。この男はラザミアの国王だ。

 小さい海を抱き上げてニタリと笑う国王。その手から逃げようともがいたが、小さな身体では出来なかった。



「捕まえた」



「うわああぁぁぁ!?」

 耳元で聞こえた声に海は飛び起きる。恐怖で海の身体はぐっしょりと寝汗で濡れていた。

「サクラギ」

「はぁ、はぁ……あれく……さんだー?」

 聞き慣れた声に海は顔を上げると、ベッドの端に座っているアレクサンダーと目が合った。

「魘されていた。何度も起こそうと揺さぶったが、起きなくてな」

「あ……起こそうとしてくれたんだ。ありがとう」

 もう少し強く起こしてくれれば、最後のあの光景を見ずに済んだのに。

 アレクサンダーに八つ当たりしてもしょうがない。起こそうとしてくれたことには感謝しなければ。

 荒い息を整えながら周りを見渡す。そこはヴィンスの宿の部屋だ。いつの間に帰ってきたのだろう。

「どうして俺、宿に?」

「覚えていないのか?    お前はジェシカ・ペイジの家で倒れたんだ」

 ジェシカの家で倒れた?そんな記憶全くない。海の中の最後の記憶は、ジェシカが寝ると言って目を閉じた時だ。それ以降の記憶はどうやっても思い出せなかった。

「またアレクサンダーに迷惑かけた?」

「迷惑という程でもない。ただ、」

「ただ?」

 アレクサンダーはじっと海を見つめたまま微動だにしない。何か問題でもあったのか。

「食事はちゃんと取っているのか? その身長でこの軽さはなんだ」

「はい!? ちょ、アレクサンダー!?」

 突然アレクサンダーの両手が伸びてきたかと思ったら、海の脇に手を差し入れて持ち上げた。軽々と海を抱き上げると、アレクサンダーの膝の上に座らせられた。

「軽すぎる」

「アレクサンダーが力持ちなだけなのでは!?」

「俺は普通だ。サクラギが軽すぎるんだろう」

「俺こそ普通ですよ!」

 アレクサンダーの手が、海の脇腹をまさぐる。胴回りのサイズを測ってるつもりなのか。さわさわと触られる感覚が擽ったくて身をよじった。

「ちょ、っと! アレクサンダー! くすぐった……いって!」

「団員にお前と同じ身長のやつは山といる。だが、こんなに細い体つきのやつはお前だけだ。一体、どんな食い方したらこんなに細くなる!」

 海の文句などお構い無しにアレクサンダーは触り続ける。脇腹を触っていた手が腰へと下りた時、海はあらぬ声を漏らしてしまった。

「アレクサンダー! もう、やめ……あっ、ん」

 海の声にピタリと手が止まった。やっと触るのを止めてくれたかと思った。だが、そうではないらしい。

 腰周りを掴むように触っていたはずの手が、腰を撫でるような手つきへと変わった。

「やだっ、ってば……んっ……もう、やめ」

「カイ」

 逃げようと腰を引いたが、アレクサンダーによって引き寄せられる。互いのお腹が密着するくらい、アレクサンダーとの距離が縮まった。

「アレクサンダー……?」

「腰に触れてただけだぞ?」

「へ?」

 どこか困ったような顔をするアレクサンダーに、海は意味がわからず疑問符を浮かべる。腰を触られていたからくすぐったかったのだ。それを止めてくれと言っただけなのになんで困り顔?

「自分で分かってないのか?」

「何が?」

「これを」

 腰にあったアレクサンダーの手が、下腹部へと落ちる。そこからさらに手がおりていく。

「え……」

 アレクサンダーが触れたのは海の生殖器。そこは硬く芯を持っていた。

「や、なんで……!」

「自分で処理してなかったのか?」

 それは自分で抜かなかったから溜まってるのかと言いたいのか。アレクサンダーの言い方に海は顔を真っ赤にして、キッと睨んだ。

「そんなことアレクサンダーに関係ないだろ!」

「少しくすぐったくらいでこんなになられては困る」

「そ、れはそうだけど!」

「良い機会だ。ここで抜けばいい」

「は!?」

 驚く海を他所に、アレクサンダーは海のズボンのベルトへと手をかける。手際よく金具を外し、ベルトを引き抜いた。

「アレクサンダー! 待って、ほんとに待って!」

「待つ必要がどこにある」

「へ、部屋から出ていってください! 自分で、やる……から」

「こうしたのは俺のせいだ。責任は取ってやる」

 そんな義務感はいらない!
 ズボンのボタンも外され、チャックが下げられる。

 慌ててアレクサンダーの手を掴んで止めさせようとしたが、逆に手首を掴まれてしまった。

「アレクサンダー! なんで……!」

「何でだろうな」

「自分でも分かってないのかよ!」

「……触りたい。そう思っただけだ」

 最近のアレクサンダーはおかしい気がする。急に名前を呼んでみたり、仏頂面でいつも怒っているような顔をしていたのに、よく笑うようになったり。

 いつもそばに居るクィンシーも驚くほどの変化だ。
 アレクサンダーに何があったというのか。今も、海に触りたいからとこんな事までしている。

 海自身も、アレクサンダーに触れてもらえると期待して高ぶっている。海のものも萎えることなく、アレクサンダーの手を待っていた。

「カイ、」

「んっ……アレクサンダー……」

「いいのか?」

「……許可とる前にもうしてるじゃないですか」

 アレクサンダーの膝の上からベッドへと寝かされた。
 覆いかぶさってきたアレクサンダーは何故か、石のような固い表情。ここまでしといてなんて顔してるんだと思ったが、そういえばこの人は勘違いをしたまんまなんだっけか。

「俺は、貴方だから……良いんです」

 他の誰でもない。アレクサンダーだからされたい。

「アレクサンダー」

「……アレクでいい」

「アレク?」

「ああ」

「えっと、アレク」

 "アレク"と呼んでいる人は見たことがない。多分、アレクサンダーの愛称なのだろう。クインシーですらアレクサンダーと呼んでいるのに。

 愛称で呼ぶことを許された。その事がとても嬉しくて、何度も呼びたくなってしまいそうだ。アレク、と呼びかける度に身体が溶けてしまいそうな程の甘さを感じながら。

「なんだ?」

「続き……しないの?」

 早く触って欲しいけど、ガツガツしてるように見られるのは嫌だ。けど、海の中心は熱を持て余している。早く、早く、と急かす気持ちを抑えた。

「お前はクインシーの事が……」

「違うよ。アレクサンダーは勘違いしてるんだ」

「勘違い?」

「俺が好きな人はクインシーじゃない。俺が好きなのは……」

 海の両脇にあるアレクサンダーの腕を縋るように掴む。

「俺が好きなのは、アレクサンダー。貴方だよ」

 今度こそ、ちゃんと伝えた。困惑で揺れているアレクサンダーの瞳をじっと見つめ、嘘でないことを証明するために、アレクサンダーの唇に自分の唇を優しく押し付けて。

「すき、アレクサンダーのことが」

「サクラギ……」

「……アレクサンダーは? 俺の事……どう思ってるの?」

 胸が痛いほど心臓の鼓動が速い。緊張でじんわりと手汗も出てきた。もし、アレクサンダーに好きではないと言われたらと思うと絶望しかない。今すぐこの部屋を飛び出して、鶏のいる部屋に逃げ込みたい。

「サクラギ、俺はお前のことが──」

「カイー! アレクサンダー! ご飯だってよー……?」

 もう少しでアレクサンダーの気持ちが聞ける。やっとこの思いに区切りがつけられる。

 というところで、部屋の扉が大胆に開けられた。夕飯が出来たことを伝えに来たクインシーが、タイミング悪く入室。

 クインシーは押し倒されている海と、海の上に乗っているアレクサンダーを見て、口をぽかんと開けて固まった。

「……クインシー」

「え、なに? お邪魔だった? ちょ、アレクサンダー! そんな怖い顔しないでよ。待って、怖いから。怖いってば!!」

 クインシーの方を振り返っているアレクサンダーの顔は海の方からは見えない。クインシーがあれだけ怖がっているということは、いつも以上に睨みを効かせているのだろう。

 クインシーが部屋から逃げ出そうとした一瞬、クインシーと目が合った。哀愁漂う瞳に見えたが、瞬きをした後、いつものおちゃらけた雰囲気に戻っていた。

「ご飯できてるから! 早くおいでね!」

 来た時と同じように嵐のように去っていく。二人で深いため息をした後、静寂に包まれた。

 さっきアレクサンダーはなんて言おうとしていたんだろうか。続きを今聞きたいけど、クインシーが入ってきてしまったから空気が変わってしまった。

 クインシーの登場で海のも一気に萎えた。

「あ、アレクサンダー、ご飯できたらしいから……行きませんか?」

「……ああ」

 逃げるな!自分!と言いたいが、こんな空気で聞けるはずもない。そんなに神経図太くない。聞きたいけど、アレクサンダーがどう思ってるのか聞きたいけど!

「えっと……アレクサンダー、その、手を……」

 今、海はアレクサンダーに押し倒されてるような形だ。両脇にある手をどかしてもらわないと起き上がれない。どいてもらおうとしても、アレクサンダーは海の上から退くことはない。

 困り果てていると、視界が暗くなった。

「……ん、」

 目の前にはアレクサンダーの茶色い瞳。唇には柔らかい感触。

「好きだ」

 一言、アレクサンダーは呟いて、海の上から身を引き、そのまま何も言わずに部屋を出ていってしまった。

「……それは反則じゃないか?」

 ぶわりと熱くなった顔を布団に押し付ける。聞きたかった、確かに答えは聞きたかったけど。あんな返し方は心臓に悪い。

 答えてもらえないだろうと落胆していた所での返事だ。心の準備も何も出来ていなかったのに。

「嬉しいけど。嬉しいけどそうじゃない!!」

 クインシーが再度、海を呼びに来るまでの間、ベッドの上でゴロゴロと転げ回った。
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