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第二章 異世界に来たけど、自分は平民になりました
第四十話
しおりを挟むジェシカの家に通い始めて三日が経った。まだベッドから起き上がることは出来ていない。だが、食事の方は残すことなく食べてくれている。
「こんにちは、ジェシカさん」
「今日も……来てくれたのね」
作ってきた食事をベッド横のサイドテーブルに置く。
起き上がろうとするジェシカに制止の声をかけた。
「無理に動かなくていいですよ。今日も柔らかいご飯なので、簡単に飲み込めるはずですから」
「いつもごめんなさいね」
「気にしないでください。それよりも元気になることを考えましょう?」
魚で作ったスープをスプーンで掬って、ジェシカの口元へと運ぶ。ゆっくりだが、確実に皿の中身を減らしていった。
「ルイザはどうしたの?」
「下の階の掃除してます。ホコリが溜まってるからって」
「あの子にも迷惑かけてるわね……」
「迷惑だなんてきっと思ってませんよ。掃除するの楽しそうでしたから」
"この家は私が守るわ!"
そう言っていたルイザは、今張り切って掃除をしている。海も手伝おうと声はかけたのだが、ジェシカの食事を済ませるのが先だと言われた。ルイザに下の階から追い出され、海は上の階に逃げてきた。
「相変わらずね、あの子は。掃除だけは誰にもやらせないのよ。なんだか強いこだわりがあるみたい」
「そうなんですか。だから俺、追い出されたのかな」
「悪く思わないであげて。ルイザは意地悪で言ったわけじゃないから」
ふわっと柔らかく微笑むジェシカに、海も微笑み返した。
ジェシカはルイザと真逆の性格だ。
ルイザは勝気でプライドが高い方だが、ジェシカは気弱で自尊心が低い。ジェシカは常に、自分が誰かに迷惑をかけていないかと心配するのだ。
「悪くなんて思わないよ。俺が下にいても邪魔になるだけだから」
「そんなことないわよ。居てくれるだけで、なんだか心がぽかぽかするもの」
「ぽかぽか?」
「ええ。お日様みたい」
ジェシカの言ってる意味がよく分からない。そんなに自分は暑苦しいだろうか。海は日本にいる暑苦しい人と呼ばれていた人を思い出した。常に努力をさせる言葉を必死に投げかけていた人だ。
あれくらい暑苦しいのか?自分は。
「ごめんなさい。ちょっと疲れちゃったから寝るわね」
「あぁ、ごめん。無理させた」
「カイは悪くないわ。私の体調が安定しないのが悪いのよ」
申し訳なさそうに俯いた彼女の顔は、太陽が雲間に入ったように曇った。
「今まで頑張ったから疲れちゃっただけだよ。今は休む時だから、気にせず休んで」
乱れていた掛け布団をかけ直し、海は彼女が眠るまで側にいた。
穏やかな寝息が聞こえてきたのを確認してから、空になった皿を片付けようとした。サイドテーブルへと手を伸ばした時、布団からジェシカの手が出ていたのに気づいた。
「早くよくなりますように」
彼女の手を両手で包み込みようにして祈る。早く良くなって、またルイザと楽しく話ができるようにと。
「……あ、れ?」
祈った後、身体に力が入らなくなり、膝から崩れ落ちるように床へと倒れた。
⋆ ・⋆ ・⋆ ・⋆
「ジェシカ、今の音なに?」
一階で掃除していたルイザは、二階から聞こえた物音を不思議に思い、階段を上がってきた。
ジェシカの部屋の扉を開けると、ルイザはキョトンっと鳩が豆鉄砲食らったような顔をした。
「え、カイ?」
「ルイザ! カイが倒れたの!」
「ジェシカ!? 起きて大丈夫なの?」
「私のことはいいから! 早く彼を!」
今日、朝にジェシカを見た時はぐったりとしていたのに、今はハキハキ喋れるほどに回復している。ジェシカの様変わりに驚きつつ、カイが倒れているという焦りにルイザは慌てふためきながら、ジェシカの家を飛び出した。
向かった先はヴィンスの宿。ヴィンスに助けてもらおうと、ルイザは必死に走った。
宿の扉を乱暴に開け放ち、入口すぐのテーブル席でお茶を飲んでいるヴィンスを見つけると、叫ぶようにカイが倒れたことを伝えた。
「ヴィンス! カイがジェシカの家で倒れたの! 早く来て!」
「カイが倒れたの!?」
ヴィンスよりも早く反応した声。聞き覚えのない声と、宿にいるはずのない二人組の男の姿にルイザは驚き……鼓膜が破れる程の大声で怒鳴った。
「なんで……なんでアンタたちがここに居るのよ!!」
「うわっ、なに?」
「ルイザ、ちょっと落ち着いたらどうだ」
怒鳴り散らすルイザを止めようとヴィンスが声をかけるも、ルイザはまくし立てるように、クインシーとアレクサンダーを罵倒した。
「ここはアンタらが来るような場所じゃないわ! 早く出て行って!」
「アレクサンダー、この人って……」
「あぁ、サクラギの言っていた女だろう」
"サクラギ"の単語にルイザの怒りは頂点に達した。
なぜこの二人がカイを知っている。まさかカイのことを殺そうとしているのか。一年前のように。
「出て行って! 今すぐここから出て行って!!」
「ルイザ!! もうやめないか!」
二人に掴みかかろうとした寸前で、ヴィンスに平手打ちされた。
「カイはどうした。倒れたと聞いたが、何があった!」
「あ、カイ……は」
「ちゃんと説明しないか。もし命に関わることだったらどうする!」
叩かれたショックで我を取り戻す。そうだ。カイが倒れたのだ。
突然、カイがジェシカの家で倒れた。助けて欲しい。
たったそれだけの事なのに、ルイザは言葉にすることが出来なかった。目の前にいる男二人に対する怒りと、早くカイをという焦りによって。
「どこで倒れた」
歯切れ悪く話すルイザにアレクサンダーが焦れた。今にも掴みかからんと詰め寄るアレクサンダーに戸惑う。
「アレクサンダー、それじゃ尋問してるように感じる」
相手を威圧するような言い方をするアレクサンダーにクィンシーがすかさずフォローを入れた。アレクサンダーよりかは幾分優しめの甘い声で、クィンシーは同じことをルイザに問いただした。
「カイは今どこにいるの? 体調悪くて倒れたの?」
「なんでアンタらにっ!」
「今はそれやめてくれる? ヴィンスが言った通り、もしかしたらカイが危ないかもしれない。一刻を争うような状態だったら……君、責任取れるの?」
アレクサンダーとは違う責め方。柔らかく聞こえても、確かに感じる怒りにルイザの顔は青ざめた。
「ルイザ! しっかりしないか!」
「あっ……カイは……ジェシカの家に……」
「ジェシカって誰?」
「私の従姉妹よ。ジェシカ・ペイジ!」
クインシーはブツブツ呟きながら宿を出る。その後に続いてアレクサンダーも出ようと、ルイザの横を通りかかった所で腕を掴んだ。
「あの子に何かしたら許さないからね!」
自分よりも身長があり、体格の大きい相手を鋭い目つきで睨む。アレクサンダーはそんなルイザを一瞥しただけだった。
宿から二人が出て行き、ルイザはホッと胸を撫で下ろす。騎士団の人間は嫌いだ。ルイザの知り合いの医者を殺し、ルイザの旦那も手にかけたのだ。恨んでも恨みきれない。
「お前さんは行かなくていいのか?」
「行くわよ。アイツらだけで、ジェシカに家に入れるわけないもの」
カイが倒れてしまったから仕方ないとはいえ、ジェシカの家に入られるのは苦痛だ。
「カイの事よろしくな」
「すぐ連れてくるわ」
カイとジェシカは自分が守らなくては。
先に行った男たちの後を追うように、ルイザはジェシカの家へと戻った。
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