異世界に来たけど、自分はモブらしいので帰りたいです。

蒼猫

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第二章 異世界に来たけど、自分は平民になりました

第三十九話

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 あれから何度かジェシカの元へと食事を持って行っている。初めて作った流動食は半分食べてもらうことが出来た。食欲が落ちて寝込むほどになっていたのに、お茶碗の半分ほど食べたのだ。これから少しずつ食べる量が増えていくといい。

 食事の柔らかさも段階に分け、最終的には固形物を自分で摂取できるようになってもらう。そこまでいったら海はお役御免だ。

「海、出来たぞ」

「まさかすり鉢が!?」

「あぁ。内側の溝が大変だったと言ってた」

 昼食を取っていると、釣りに出かけていたヴィンスが木箱を持って帰ってきた。

「今、中身見てもいい?」

「飯を食べてからにしろ」

 食事の途中で動き回るなと注意され、海は大人しく食事を再開する。いつもより食べるスピードを早めて。

「ご馳走様でした!」

 皿を片付け、ワクワクした気分で木箱の前に立つ。両手で抱えて持てるくらいの正方形の箱。器だけでなく、器を入れる箱まで作ってくれたのか。これは何かお礼をしなくては。

「ありがとうございます。大切に使わせてもらいますね」

 作ってくれた人への感謝を呟き、木箱の蓋へと手をかける。もう少しで中が見えるといったところで、宿の戸が開けられた。

「こんにちわー、カイいるー?」

「タイミングゥゥゥ!」

「えっ? なに? どうしたの?」

 こんな間の悪いことがあってたまるか。こちとらすり鉢の開封儀式をやってんだぞ。

 ガチャリと音と共に宿に入ってきたのはクインシーとアレクサンダー。海の唸り声に驚いた二人は何事かと顔を見合わせていた。

「カイでもそんな声出すんだね」

「人のことなんだと思ってんだよ」

「可愛い小動物?」

「クソ。高身長顔面偏差値高め野郎が」

 小動物扱いをされて、海は思わず舌打ちをした。普段の海との変わりようにクインシーはピシッと固まる。アレクサンダーだけは何故か平然としているように見えた。

「それが素なの? 普段と全然違くない? むしろ今の方がすごく素直な感じするのは何故?」

 別に普段は猫を被っている気はない。いつもあんな感じだ。でも、誰だって楽しみにしていたことを横から邪魔されてしまってはムッとするだろう。それが今だ。

「うるさい。俺は今から良いとこなんだよ」

「うわ、なんか凄い怒ってる。ちょ、アレクサンダー頼んだ!」

「おい!」

 海は木箱へと向き直り、クインシーはヴィンスの元へと逃げ込む。一人残されたアレクサンダーは嘆息をもらして、海の横へと立った。

「それはなんだ」

「すり鉢です。ヴィンスの知り合いに頼んで作ってもらったんです」

「すり鉢?」

「見れば分かります」

 説明してる時間も惜しいと海は話を終わらせる。木箱の蓋を完全に開けて中を見る。木製の器とする為の棒。

 海が想像していたすり鉢とは見た目が違ってはいるが、説明した通りの物になっている。内側にも細かい溝がちゃんと入っていた。

「たった数日なのにここまで再現してくれるなんて……!」

 木箱の中から器を取りだして胸に抱く。これ一つでどれだけ楽になることか。

「良かったな」

「はい!」

 海が器を見て喜んでいるのを察したのか、アレクサンダーも何故か嬉しそうに微笑んでいた。すり鉢に歓喜していた海はそんな事に気づかず、満面の笑みでアレクサンダーに答えた。





‎⋆ ・‎⋆ ・‎⋆ ・‎⋆



「ねぇ、ヴィンス」

「なんだ」

「カイってたまに人タラシにならない?」

「知らん。そんなこと気にしたことも無い」

 海たちから少し離れたところで、クインシーとヴィンスは海のことを眺めていた。

 器を持って喜ぶ海にヴィンスは友人に頼んでみて良かったと内心で喜び、クインシーの方は、海の満面の笑みを見たせいで照れてしまったアレクサンダーをほくそ笑んだ。

「俺はカイがこの国に来てくれてよかったと思うよ」

「それはわしも同感だ」

「それは城下町に一筋の光が見えたから?」

「そうだな。あいつがいると沈んだ気分が良くなる。頑張ってる姿を見るとこっちも頑張ねばならんってなるからな」

「そっか。カイはすごいね」

 目の前で嬉しそうに器を持ってクルクル回っている海。そんな海を止めようとしているアレクサンダー。

 確かに海がいるとその場所は光輝いて見える。喜怒哀楽の表現がしっかりしているから分かりやすい。特に喜んでいる時は誰かを巻き込んで喜ぶのだ。今のアレクサンダーのように。

「本当に、良かったよ」

「クインシー? お前さんなんか変じゃないか?」

「何が?」

「いや、いつもと変わらないならいいが。なんだか今日のお前さんは感傷的だな」

「え? そう?」

 ヴィンスに言われても特にピンと来ない。何も悲しくないし、辛くもない。どこが感傷的なのか。

「そうか。お前さんも当てられたか」

「なに? 当てられたって何を?」

 ヴィンスの言っている意味がわからない。いや、理解したくないのかもしれない。

「人に譲るばかりの人生はつまらんぞ。クインシー」

「……浮気ばっかしてた人の言葉に説得力ないんだけど」

「わしのあれは浮気じゃない。平等に愛してたんだ」

「一夫多妻制はもう廃止されました。結婚したのなら一人だけを愛しなよ」

 結婚してからどれだけの人数を相手にしたんだ。宿に来た若い女性に何度も手を出して、嫁にどれだけ怒られたと思ってるんだ。クインシーやアレクサンダーだって、ヴィンスの嫁に何度も呼び出されては一緒に叱って欲しいと言われた。

 結局、ヴィンスは息子が産まれても浮気癖を直さなかったが。

「わしはちゃんとナタリアを愛していたよ」

「一人を愛し抜けって言ってるの。他の誰かに目移りするんじゃなくて」

「目移りなどしておらん! 全員愛してたわ!」

「あー、もう。こんなジジイが海の世話してるとか嫌すぎる。やっぱ本部に連れていくべきだったわ」

 海に変な癖がついてしまったらどうしようか。そうなったら全力で止めるしかない。

 ため息をこぼすクインシーに、ヴィンスは真面目な顔をした。

「で? お前さんはどうすんだ? あのままでいいのか?」

「別にどうもしないよ。応援するって言ったし」

「上手くいかなかったら?」

「そんなことになると思う? 二人とも互いに大好きじゃん。ちょっと今はすれ違ってるけど」

 自分がその間に入る余地などない。そんな権利ないのだから。

「恋愛というのは振り向かせた方が勝ちだぞ」

「その言い方なんかムカつく」

「ふん。若造が。わしが若い頃なんて───」

「はいはい。若い頃は色んな女と付き合って楽しかったですねー」

 ヴィンスの恋愛談なんて全く身にならない。むしろ聞いてはいけない話だ。

 ヴィンスの話を遮るように両手で耳を塞ぎ、クインシーは海とアレクサンダーを眺めた。

「(いいんだよこれで。二人が幸せならそれでいいんだ)」

 だからこの思いには蓋をする。外に漏れ出ることのないように頑丈な鍵をかけて。

 二人が楽しく話しているのを見てチクリと痛んだ胸にクインシーは素知らぬ顔をした。
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