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第二章 異世界に来たけど、自分は平民になりました
第三十五話
しおりを挟む橋まで頑張って走り、漸くついた時にはもう二人はそこに居た。また約束の時間に遅れてしまったかと不安になったが、今日はどうやら二人が早く来すぎたらしい。
「え、この距離なのにそんなことある?」
「えー、そんな冷たいこと言わないでよ。カイに会うのは俺たちの楽しみなんだからさ」
「そ、それはどうも」
言いづらい。とても言いづらい。
明日からこの時間にここに来ることが難しくなるというのが。
ジェシカの為にご飯を作るとなると時間がかかる。普通に料理するだけならそんなに手間はかからないのだが、作ってからそれをまた加工しなくてはいけない。しかも、その加工に要する時間がまた長い。そのため、明日から暫くはここに来るのをストップさせて欲しかった。
「あれ、今日も忙しかった?」
「え? いや? 大丈夫だけど」
「そう?」
クインシーは目敏い。ちょっとした事でも敏感に反応してくる。いくつ目が付いてるんだと聞きたくなるほど、人のことをよく観察しているのだ。だからクィンシーの前では気が抜けない。この間、クインシーが怒っていたことも踏まえて。
この人は怒らせたらやばい。
「無理はしちゃダメだからね? ほら、アレクサンダーもちゃんと言ってあげてよ」
「……気をつけろ」
「それだけ!? ちょ、寂しすぎない!?」
アレクサンダーの一言にクインシーが冷たいと吼えているが、海はその一言だけでも嬉しかった。もう背中に羽を生やして飛んでいきたい気分。
「うん。気をつける」
「あぁ」
頷く海にアレクサンダーは満足気に少しだけ笑った。そんな二人の雰囲気にクインシーが驚き、海とアレクサンダーを交互に見ていた。
そろそろ話を切り出さなくては。海は一度深呼吸してから二人に向き直る。海が真剣な眼差しで真っ直ぐ見据えていることに二人も気づき、だらけていた空気が一瞬にして緊張感のあるものへと変わった。
「明日から少しの間、ここに来るのを控えてもいいですか?」
「なんでだ」
「ちょっとやる事があって。そっちの方が忙しくなりそうなんです。なるべくここには来たいと思ってるんですけど、多分難しいかと」
流動食作りに慣れればそんなに時間はかからないだろう。そうしたらまたここに来れる余裕ができる。だからそれまでの数日は控えたい。
どうにか許してもらえないだろうか。彼らも海の生存確認をしているのだからそんな簡単には許可出来ないとは知っているけど。
「ならこちらから出向く」
「え? はい?」
「そうだね。そっちの方がいいかもね!」
「でも、アレクサンダーたちは城下町に……」
「うん。下城は許されてないよ。でも、警備のための見回りなら大丈夫だから」
見回りにかこつけて海の所に来る。海がここに来れないなら自分たちが海の元へ行けばいい。二人はそう言ってくれているのだ。
「それでいいの? 忙しくならない?」
「別に気にする事はない。城下町の見回りも仕事の内だ」
「はいはい。海が知らないところで無理してまた倒れたら大変だもんね! 俺たちは大丈夫! なんたって暇人だから」
そんな元気に暇人だなんて。そんなこと言いつつも、演習やら会議やらに行ってるじゃないか。海の知らないところできっと色々しているのだろう。
「ごめん」
「謝られる必要は無い。お前はお前のやるべき事をこなせ」
「はい」
なんだか最近やたらとアレクサンダーが優しい気がする。今も言い方はアレだが、海の事情を尊重して気遣ってくれているし。なんとなく、なんとなくだが、表情も柔らかい。
嬉しいんだけど悲しいような。
一人で悶々としていると、クインシーが橋の見張りに呼ばれた。
「今行くよ! ごめん、海、アレクサンダー。ちょっと行ってくるね」
「行ってらっしゃい」
クインシーは海たちに軽く手を振ってから見回りの人の所へと駆け寄って行った。暇人と言う割には忙しそうだ。見張りの団員と合流すると、クインシーは副団長の顔つきになっていた。
橋の向こう側、城門近くで話し込んでいるクインシーと団員のやり取りを何気なく眺める。そんな海の視界を遮るようにアレクサンダーが無言でズンっと立った。
「アレクサンダー?」
腕を組んで少し不満げなアレクサンダーに海は首を傾げる。
「お前、アイツとはどうなってる」
「え? アイツ?」
「クインシーとちゃんと話をしたのか」
わ、す、れ、て、た。
そうだ。この人勘違いしたまんまなんだ。
「話? 話は……」
「そんなんでは聖女に先を越されるぞ」
「聖女に?」
聖女とクインシーはそんなに仲が良いのか。顔面偏差値高いクインシーだ。女の子からしたらお近づきになりたい人物になる。杉崎もクインシーと仲良くなりたかったんだろう。
「ああ。だから、クインシーに告白するなら早くしろ」
「こ、告白!?」
「好いているならするものだろう」
アレクサンダーが言っていることはもっともな事だ。好きなら告白する。相手に頷いてもらえれば、そのまま付き合えるのだ。杉崎に先に告白されてしまう前にしてしまえ。アレクサンダーはそう言いたいのだろう。
「いや、まだ告白するのはちょっと」
「……練習でもしてみるか?」
「へ!? 練習!?」
告白の練習なんてしたことが無い。好きな人に告白するのなんてぶっつけ本番ではないのか。
「緊張して出来ないというのであれば付き合ってやる」
「アレクサンダーが!?」
「他に誰がいるんだ」
「ヴィ……ヴィンスとか?」
適当に思いついた人間の名前をあげてみると、途端にアレクサンダーは海を睨みつける。なんでそんなに不機嫌そうに見るんだ。誰かをいるって言うから言ったのに。
「ヴィンスだと? なんでアイツなんだ」
「と、年上ですし。色々アドバイスしてくれるかな、って」
人生経験豊富なヴィンスなら何がダメだとか教えてくれそうだ。面倒くさそうな顔をしながらだが。
「やめておけ。ヴィンスは結婚して早々に離婚してる。理由はヴィンスの浮気癖だ。色んな女に手を出したせいで奴は離婚してるんだ。そんな奴の教えなんて無駄だ」
ヴィンスって浮気してたんだ。知らなくても良かった情報が耳に入り、ヴィンスのイメージが海の中でバラバラと崩れた。今まで堅物のようなイメージだったのに。そうか、浮気か。浮気はダメだよヴィンス。
「じゃあ、俺は誰に聞けばいいんですか」
「俺がいるだろう」
ドンッと胸を張って答えるアレクサンダーに海は頭を抱えたくなった。なんで本命を前にして、告白の練習をしなくてはいけないんだ。しかもなんでアレクサンダーもやる気に満ちてるんだ。
誰かこの人を止めてくれ。
助けを求めるようにクインシーの方を見たが、見張りの団員と話し込んでいるのかこちらを見ようともしない。
ダメだ。これ強制的に告白練習タイムが来てしまう。
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