異世界に来たけど、自分はモブらしいので帰りたいです。

蒼猫

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第二章 異世界に来たけど、自分は平民になりました

第三十三話

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「落ち着いたか?」

 以前にも似たようなものを見た気がする。あの時はクインシーだったっけ。

 肩を震わせて泣いていた海が静かになったのを見計らって、アレクサンダーが海の顔を覗き込んできた。涙やら鼻水やらで汚れているからあまり見て欲しくない。アレクサンダーに見られまいと、海はアレクサンダーのマントの裏へと隠れた。

「おい……」

「いや、今は見ないで欲しい。ほんとに」

「はぁ、勝手にしろ」

 何度この空間に世話になればいいんだ。ここが隠れるのに丁度よすぎるのが悪い。アレクサンダーの体格に合わせてマントが大きいから、細身の海の身体は簡単に隠せてしまう。アレクサンダーが自分より身長が高いのが悪い。アレクサンダーのマントの中の居心地が良いのが悪い!

「サクラギ」

「はい?」

「そのまま出てくるな」

「え?」

 マントの中でもぞもぞと一人で悶えていると、アレクサンダーがマントの端を掴んだ。どうしたのかとマントの中から顔を出そうとしたが、誰かの足音と声が聞こえて慌てて頭を引っ込めた。

「おや。こんな所で会うとは」

「……エヴラール・マーティン」

「よっぽど暇のようだな?ランドルフ。貴様ら騎士団がこの国では必要ないというのかよく分かるな」

 この声には聞き覚えがある。海が初めてこの国に来た時に最初に会った男だ。名前は忘れたが、確か白顎髭のおっさんだったはず。

「マーティンこそここら辺をうろついていていいのか?国王の側を離れて何かあったらどうするつもりだ」

「国王は今、聖女と休憩しておる。騎士風情が心配することなどない。我ら魔導師がどれだけ有能なのか知っているだろう」

 むかつく。その一言に限る。

 騎士団だって国の為に色々しているではないか。魔導師がそんなに有能だというならなぜ一年前の反乱を無血で止められなかったんだ。汚い仕事を騎士団に押し付けたのはそっちじゃないか。

 ガリッと歯を食いしばり、アレクサンダーのマントから出て文句を言おうとしたが、アレクサンダーに止められた。

「ならば早く聖女の力を顕現させたらどうだ。未だあの女は浄化の力が使えないそうだが?それは魔導師の指導不足じゃないのか?」

「なんだと? 聖女の力が発揮されないのはあの女のやる気の問題だ! 我らは魔力の使い方を四六時中教えている!」

「自分たちの力不足を聖女のせいにするか」

 アレクサンダーが頑張って言い返してる。白顎髭のおっさんが悔しそうに顔を歪めているのが雰囲気で伝わる。海はマントの中からアレクサンダーを応援するかのように、アレクサンダーの背中をぽんぽんと撫でた。

「ふんっ。貴様のような拾い物と違って私は忙しい。これにて失礼する!」

 足音激しく去っていく白顎髭のおっさん。やった、あのクソジジイを追い払った。

「もう出てきていい」

「アレクサンダーよく言い負かしたな! 後ろで聞いてて感動した!」

「別に言い負かしたつもりはない」

 興奮しきっている海にそんな言葉が届く訳もない。わー、凄かった!と喜ぶ海にアレクサンダーはため息をこぼし、騒ぐ海の頭を鷲掴んだ。

「いい加減にしろ。騒がしい」

「す、すみません」

 がっちり掴まれている頭が痛い。すごく痛い。握力やばすぎませんか。

 痛い痛いと笑いながら頭を掴んでいる手を軽く叩く。それでも離す気配はない。そろそろ離してもらわないと本当に辛いと、アレクサンダーを見上げた。

「まったく、お前というやつは」

「え」

 また睨まれてるのかと思った。呆れた顔で見下げられているのだと。見えた顔は呆れじゃなく微笑み。といっても、海がそう見えるだけで違うかもしれない。本人は睨んでいるつもりなのかも。すっごく優しげに見えるが。

「あ、の? アレクサンダーさん?」

「なんだ」

「大丈夫ですか? その、さっきのおっさんとの会話で疲れましたか?」

「別に疲れてなどいない」

「ソウデスカ。ソレナライイデス」

 やっぱ疲れてるよこの人。

 優しげな笑みは変わらない。むしろ優しさが深くなっている気がする。海の頭を掴んでいた手は撫でる手に変わった。一体何があったのか。

「そろそろ宿に帰れ。ヴィンスが心配する」

「ヴィンスにはちゃんとアレクサンダーと会って来るって言ったから大丈夫」

「それでもだ。真っ直ぐ帰れ」

「あ、うん……分かった」

 まだここに居たいと思ったが、アレクサンダーに何度も帰れと促される。仕方なく宿に帰ろうととぼとぼ歩き始めると、後ろから声をかけられた。

「気をつけて帰れ、カイ」

「……今なんとおっしゃいましたか!?」

「さっさと帰れ」

「いや、えっ、あ!?」

 海の問いに答えず、アレクサンダーはスタスタと城の方へ歩いていく。名前を呼ばれたのは確かだ。いつも苗字呼びなのに。

「これは少し前進したというのか? え?」

 フラグがどこで立つのかわからない。本当に恋愛とは難儀なものだった。
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