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第二章 異世界に来たけど、自分は平民になりました
第三十二話
しおりを挟む「やあ、カイ! 今日も元気……そうじゃないね?」
「元気だよ。大丈夫」
「元気じゃないよね? だいぶ落ち込んでるじゃん! どうしたの? 昨日のアレのせい? ちゃんとあの後、説明したから多分大丈夫だよ?」
約束の時間に橋の前につくと、そこにはクインシーだけが立っていた。アレクサンダーがいないことにホッとしつつ、クインシーにアレクサンダーは?と聞くと、今は会議に出ているから今日は来れないかもしれないと言われた。
会いたいような会いたくないような微妙な状態。会ったら会ったで嬉しい。アレクサンダーの事が好きなことには変わらないのだから。でも、アレクサンダーの過去を知ってしまった今、なんて話しかければいいか分からなかった。
「カイ、本当にどうしたの?」
「大丈夫だって。その、ルイザの親戚の人が体調崩してるらしいんだ。だから何とかしてあげたいって考えてるだけだから」
「……カイ、嘘は良くないよ」
ぴたりとクインシーの両手が海の頬を包む。正直に話してごらん?と言われたが、海は頑なに答えなかった。
それに嘘をついているのはアレクサンダーの方だ。話しづらいというのはわかる。人を殺したことはどんな理由があっても許されることじゃない。そんなのわかってる。それでも、海は話して欲しかった。
「カイ」
「俺は……」
「うん?」
「どんなことであってもちゃんと話して欲しかったよ」
「カイ?なに?」
クインシーに言うことじゃない。これはアレクサンダー本人に言わなきゃいけないことだ。
俯いて黙っていると、クインシーは海の頬から手を離した。海に背を向けて城へと歩き出すのを見て、クインシーは怒ってしまったのかと思った。
「クインシー!」
「待ってて。連れくるから。アレクサンダー連れてすぐ戻るからカイはここで待ってて」
こちらを見ずにクインシーは海に待つようにと残して消えた。
クインシーはアレクサンダーをここに連れてくると言わなかったか?アレクサンダーは会議中で出てこれないんじゃないのか。まさか会議に乱入して無理矢理連れてくるつもりなのか。クインシーならやりかねない。
それから少し待ってみると、クインシーは本当にアレクサンダーを連れてきた。橋を渡っている間ずっとアレクサンダーはクインシーに文句を言っていたが、クインシーは何も答えずにアレクサンダーを海の元へと突き飛ばした。
「クインシー! お前何をやっているのかわかっているのか!」
「あんな会議抜けたって支障ないだろ。どうせ俺たちの意見は無視されることが殆どなんだから」
「それでも出る必要があるだろう!」
「あんなクソ共の話を聞くのなら、カイの話を聞け!」
初めてクインシーが怒ったところを見た。いつもにこにこと笑っているクインシーが、怒りの滲んだ眼でアレクサンダーを睨んでいる。そんなクインシーに海もアレクサンダーも固まって動けなかった。
「そんなに会議が気になるなら俺が出てやるよ。報告書もまとめておく。その代わり、アレクサンダーはちゃんと話をしろ。話が終わるまでは本部にも入れないからな」
そう言ってクインシーは城へと帰っていく。その後ろ姿を黙って二人で見送る。クインシーの姿が見えなくなってから、海は詰めていた息をそっと吐いた。
「クインシーって、怒るとあんなに怖いんですね」
「あそこまで怒りを剥き出しにしたのは久しぶりだな」
「前にもあったんですか?」
「……ああ」
ふいっとアレクサンダーの顔が背けられる。あぁ、また隠した。
「アレクサンダー」
「なんだ」
もういい、ぶちまけてしまおう。ずっと引っかかったまんまは辛すぎる。
「今日、聞いたんです。医者のこと。一年前にこの国で起きたこと」
こちらを向いたアレクサンダーを真っ直ぐ見つめて海は口を開く。ちゃんと聞いて欲しい、答えて欲しいと思いながら、アレクサンダーの目を見た。
「だからなんだ」
「ちゃんと教えてください。医者を他国に行かせたって嘘ですよね?」
「お前に話すつもりは無い。他から聞いたのであればそれでいいだろう」
「良くないです。俺はアレクサンダーから聞きたいんですよ」
他の人に教えてもらったからそれでいいなんてことはない。海はアレクサンダー自身から何があったのかを教えてもらいたいのだから。例えそれがどれだけ辛いことであっても。
「俺から聞いて何になる」
「それは……」
「全部聞いたんだろう。その通りの話だ。俺から聞くまでもない」
これ以上話すつもりはないと言うようにアレクサンダーは城へと戻ろうとした。ここで帰してはまた悩むことになる。もう今日ハッキリさせると決めたんだ。
去っていこうとするアレクサンダーを追いかけ、海はアレクサンダーのマントをむんずっと掴んだ。
「……おい」
「ちゃんと聞くまでは帰しません。まだ話は終わってない!クインシーにも言われただろ!話が終わるまでは本部に入れないって。だったらちゃんと全部話していけよ!」
絶対逃がさないとマントを力強く握る。こんな掴み方じゃ後で皺になるだろうなぁなんて頭の片隅に入れつつ、止めるのに必死で敬語が抜けてしまったことに気づいて冷や汗をかいた。
「(話を聞く前に怒られそうだなこれ)」
過去一でアレクサンダーに睨まれている。あれはもう嫌悪も混じってそうだ。
それでも手を離さずにいると、アレクサンダーは舌打ちをしてからこちらへと向き直った。
「いいだろう。全て話してやる」
「本当に?」
「あぁ。お前が聞きたいこと全てな」
「うん。ありがとう、アレクサンダー」
やっと話してくれる気になった。それが嬉しくて、海はふにゃりと柔らかく笑った。
「早く言え」
「あ、はい。まずは……医者が一年前に反乱を起こした、というのは事実ですか?」
ルイザから聞いた話の通りであれば、医者が反乱を起こしたせいで処刑されてしまった、というものだ。その反乱は国王への反発。
「あぁ。国王のやり方に不満があったらしくてな。国中の医者たちが城に攻め入ってきた」
「なぜ医者なんですか? 不満に思ってたのは医者だけじゃないでしょう。ほかの人たちは黙って見てたの?」
「医者に手を貸す奴らもいたが、大半は我関せずを貫いていた。関わると厄介なことになる。それこそ自分の命が脅かされるからな」
「じゃあ、行動を起こしたのは医者だけ?」
国民が一致団結してとはならなかった。それはきっと国王の恐怖政治のせいだ。反発して国王の目に留まってしまえば何をされるか分からない。だから表立って動くことが出来ない。
「町の状態をよく知っていたからこそだろうな。この町の住民は何かあればすぐに医者を頼る。病気でなくても」
「それほど厚い信頼があったってことじゃないですか」
「住民たちの不満を聞いた医者は我慢しきれなくなった。国民を冷遇する国王のやり方に」
「だから反乱を起こした。住民の代わりとなって」
アレクサンダーは小さく頷く。
「それで俺たちが駆り出された。最初は彼らを説得して城に立ち入らないようにした。だが、それでは納得がいかないと、医者たちは武器を手にした」
「武器?」
「人を治すのが生業の彼らが武器を手に取った。その意味がわかるか?」
「……国王を殺してでも国を変えたいってことですか」
「そうだ。頭が変われば考えも変わる。そうなれば国も変わる。その一心で医者は城に来た」
でも、出来なかった。なんの戦闘訓練も受けていない医者が、騎士団相手に対抗できるはずもない。呆気なく騎士団に捕まった彼らは悔しい思いをしたはずだ。国民のためを思って行動したのに、何も出来なかったと。
「反乱に加担したやつは全て捕まえ、牢に数日入れたあと、彼らと共に城下町の大通りに向かった。大通りには即席の断頭台が用意されていてな」
「そこで……?」
「全員の首を刎ねた」
アレクサンダーは詰まることなくさらりと言った。人を殺したことになんの関心もないような口ぶり。
「ヴィンスの息子さんも処刑したんですか」
アレクサンダーを責めるような強い口調になってしまった。だが、アレクサンダーは気にした様子もなく「……ああ」と短く答えただけだった。
そんな冷たい態度に怒りが頂点に達した。アレクサンダーの胸ぐらを掴んで揺さぶり、海は喚いた。
「アレクサンダーは拒否しなかったんですか!? 彼らは国民のために行動したのに! 国王のせいで皆が苦しい思いをした! それはアレクサンダーたちだってわかってることじゃないですか! なのにどうして!」
突きつけられた言葉にアレクサンダーは少しだけ表情を歪めた。
「……仕事だからだ。国王からの命令であれば逆らえない。それに彼らは国民から裏切られた」
「裏切られた……?」
「断頭台に並べた時、医者たちはお前と同じことを言ったんだ。国のためを思ってやった、困っている民衆を放っておけなかった、と」
「ならなぜ!」
「その民衆は一体何をしたと思う? 命を張って城に攻め入った医者たちに対してどんな言葉を投げかけたか」
「え?」
「"俺たちは関係ない""お前らが勝手にやった事に巻き込むな"そう言ったんだ」
それは絶望の言葉だ。助けを求めてきた彼らをどうにか救いたいと思ってしたこと。見返りなんて求めなかった。きっと医者たちも殺されると思って命乞いをしただろう。でも、それ以上に国民を助けたいという思いが強かったはずだ。
それなのに国民から浴びせられた言葉は拒絶の言葉。自分らのために国王に向かって武器を持った医者たちに国民は非難の罵声を飛ばした。医者たちは国民と騎士団に二回殺されたようなものだ。
「そんなの酷すぎる」
「国王の目がある中で、医者の肩を持てば次は自分が同じ目に合う。保身にまわったんだろう」
「それでアレクサンダーが処刑したんですか」
「あぁ」
「一人で?」
「俺にしか出来なかったからな」
「クインシーは……?」
「あいつはやっていない。だから安心しろ」
「アレクサンダー、一人で何人殺したんですか」
「……54人だ」
一人でそんなにも手をかけたのか。胸ぐらを掴んでいた手はゆっくりと力が抜けていき、その手は縋るようにアレクサンダーの服を握った。
「お前が気にするようなことは無い。クインシーもほかの団員も誰一人断頭台には立たせていない。あいつらは手を汚してない」
「アレクサンダーが、一人が手を汚したってことですか。クインシーたちにそんなことさせない為に一人で全部引き受けたって言うんですか!」
「そうだ。あんな事をするのは俺だけでいい」
なんでそう言い切ってしまうんだ。クインシーたちだってアレクサンダーのことを心配したはずだ。国民の前で一人一人殺していく辛さを、医者から向けられたであろう敵視を、国民から浴びせられる罵声を。全てこの人は一人で受け止めた。
もし、もしその場に居たならば。海が近くにいたならば止めたのに。どうして誰一人として止めてくれなかったんだ。どうしてこの人だけに全てを押し付けたんだ。
「サクラギ?」
アレクサンダーの胸元に額を押し付けて静かに泣いた。名前を呼ばれたけど、今顔を上げたら泣いてることがバレてしまう。だから代わりにアレクサンダーの肩を握りしめた拳で殴った。
「悪かった。気分の悪い話をした」
泣き止ませるためなのか、海の頭にアレクサンダーの手が乗った。優しくあやすような手。こんな優しいのにあんな酷いことをさせられた。
泣きたいのはきっとアレクサンダーの方だ。
海はごめん、と一言呟いた。
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