異世界に来たけど、自分はモブらしいので帰りたいです。

蒼猫

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第二章 異世界に来たけど、自分は平民になりました

第三十一話

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「え? それ本当なの? 医者を殺したって……」

「本当よ。だって、国民みんなの前で処刑したんだから」

 ルイザから聞いた話は海が思っていた以上の内容だった。




「一年くらい前かしら。医者たちが結託して国王相手に反乱を起こそうとしたのよ」

 渡した卵を冷蔵保管庫に入れにいったルイザが、コップを二つ手にして戻ってきた。長くなるかもしれないからと飲み物を手渡され、海はコップを受け取ると一口飲んだ。

「反乱?」

「そう。やり方はアレだったかもしれないけど、彼らはそうせざるを得なかった。ラザミアにいた医者たちはみんな優しかったから。彼らは国王に不満をぶつけに行ったのよ」

 反乱なんてそう簡単に出来るものじゃない。しかも、自国を治めている国王相手にだ。もし捕まったら反逆罪として重罰が科せられる。その罪を犯してでも医者たちは国王に何を伝えたかったのか。

「医者たちの不満ってなに?」

「城下町の大通りの状態見てるわよね?」

「……見た」

 大通りは沢山の死体が放置されている。惨憺たるあの光景は目に焼き付きついていた。死体に群がる虫は海にとってトラウマだ。

「あの状態は雲が城下町を覆う前からなのよ。あそこまでは酷くはなかったけれど」

「雲ができる前から餓死者が多かったの?なんでそんなことに。だって、この国は農産物や海産物の輸出が多かったんだろ?それなら……」

「多いわよ。だって、国民が食べる分まで出てたんだから。そりゃそれなりの利益出るわよね」

 なんだそれは。どういうことだ。そんなことをすれば、国民は食事が思うように取れなくなるじゃないか。

 闇が出たから城下町はあの状態になったと思っていた。聞いた話と全然違う。憤りを感じて、国王に物申したいと強く思った時、はたと気づいた。

 国王は"闇のせいで作物は枯れ果てた、病気が蔓延した"と言った。国王は別に"闇のせいで国民が死んだ"とは言ってはいなかった。海が勝手に、国民が死んだのは闇のせいだと思い込んでいたのではないだろうか?

 じゃあ、闇がもたらしたという病魔というのはなんだ?もしかして闇によって病気が蔓延したのではなく、大通りに死体が放置されていることで病気が増えたのではないか?不衛生な環境が増えたことによって空気が淀んだ。それも理由の一つではないだろうか。

 でも、結局のところ作物が取れなくなったのは事実だ。それで餓死者が増えたというのもあるだろう。そうなるとやはり闇のせいで、となる。

 一体この闇はどこから来たんだ。

「カイ?」

「あ、ごめん。えっと、医者の不満の話だったよな。じゃあ、その以前から出ていた餓死者を減らすために反乱を起こしたってこと?」

「そうね。それもあるわ。大通りにある死体の殆どは餓死した人だけど、中には処刑された人の死体も混じってるわ。遺体を埋葬しようにも、大通りに放置された遺体を少しでも動かしたら罰則がかかった。誰も彼らを埋めてあげることが出来なかったのよ」

「な、んだよそれ」

「そういうやつなの。この国の王は」

「誰も逆らえない、誰も意見できない。国王が絶対。そんな国」

「だから医者が結託して反乱を起こした……」

「そういうこと。あるものは国外に救いの手を求めて国を離れ、あるものは国王暗殺を企てた。国民の殆どはそれに賛同して手を貸したんじゃないかしら。私の旦那もそうだったし」

 ルイザの旦那も国を良くしようと立ち上がった一人だった。国民の殆どが異議を唱えたのであれば、国王は嫌でも耳を傾けるだろう。国民あっての国王なのだから。

「それで少しは良くなったのか? 医者たちが国外追放になるほどのものは得られたの?」

「なるわけないじゃない。それに国外追放なんて生易しいわよ。確か全員処刑されたんじゃなかったかしら。一人残らず」

 全員処刑という言葉に海は絶句した。一人残らず殺された?

 原因は国王の政治のやり方だったのに。それに反発しただけで死刑になるのか?そんなことしたら誰も何も言わなくなる。嫌だと思っていても、口に出したら殺されるなんてどんな恐怖政治だ。

 そんな国やっていけるわけがない。

 大体、処刑人は何とも思わなかったのか。国民を一人ずつ殺していくことを躊躇わなかったのか。

 そこでふと海の思考が止まった。この国で処刑を行うのは誰だ、と。

「……医者たちを処刑したのって」

「騎士団よ。あの国王の犬。王様のことならなんでも言うことを聞く忠犬ね」

「騎士団全員でやったの……? 処刑って」

 震える声で海はルイザに問うた。ルイザは海の変化に気づいておらず、憎しみを込めた声で言い放った。

「違うわ。騎士団団長のアレクサンダー・ランドルフ。あの男が率先して全員処刑したの。無表情で、ただひたすら彼らの首を刎ねたのよ。まるで魚の頭を落とすかのように!」

 その時のことを思い出したのか、ルイザは拳を強く握り、怒り心頭に発していた。そんな彼女に海は目もくれず、ただぼうっとしていた。

「アレクサンダー……ランドルフ……」

 一番聞きたくなかった名前が出てきてしまった。アレクサンダーがそんな事をしていたなんて。

「(だから……他国に全員飛ばしたなんて言ったんだ。自分が処刑したなんて言えないから)」

 アレクサンダーは海に嘘をついていた。自分が犯した罪を海に知られないように。その場で正直に処刑したと言われてもショックがでかいだろうけど、隠された結果、別の人間から聞かされる方がよっぽど辛い。

 これなら正直に話して欲しかった。その後に言い訳も。国王に命令されて仕方なかった、本当はやりたくなかったって。そうしてくれたら。

「カイ? 大丈夫? ごめんなさいね、こんな話嫌でしょ」

「いや、話してくれてありがとう」

「この話、ヴィンスには内緒ね。ヴィンスの息子も医者だったから……その、ね?」

「まさか……」

「そういうこと。だからこの話はヴィンスにしてはダメよ」

 さぁ、この話はもうやめにしましょ。とルイザは気分を切り替えるために手を叩いた。もうお昼になるから昼食でもどう?と聞かれたが、海は首を横に振って断った。

 ヴィンスの息子も医者だった。そしてアレクサンダーによって処刑された。その事実が頭の中でグルグルと回る。

 でも、なぜヴィンスはアレクサンダーとクインシーを追い返さなかったのか。海がアレクサンダーたちに送ってもらった時はヴィンスはいた。しかもクインシーと話をしている。自分の息子が騎士団に、ましてや処刑された本人がいるのになんとも思わなかったか?

「なんだこの違和感」

 ヴィンスが、アレクサンダーが何を考えているのかわからない。でも、それを本人たちに聞いてはいけないという縛り。こういうデリケートな話は安易にしてはいけない。知らなかったとはいえ、ヴィンスに医者のことを聞いてしまった自分を責めた。

 そして、これからクインシーとアレクサンダーと約束した時間になる。

 この話を聞いたあとなのに。どんな顔をして会えばいいんだ。

 ルイザの家を出て、海はふらりと大通りへ出た。嫌な臭いが鼻にツンと来る。こうなってしまった原因がアレクサンダーたちにあるのかもしれないと思ったら、悲しさと怒りでどうにかなりそうだった。


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