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第二章 異世界に来たけど、自分は平民になりました
第三十話
しおりを挟むあれから海はぐっすりと眠った。夕飯もしっかりと食べた。そのおかげで顔色は良くなった。顔色は。
中身は全く良くなっていない。昨日の誤解は上手く解けたのかとそわそわしてしまう。もしこの世界にスマホがあったならば、クインシーに聞くことが出来るのに。この国はまず、携帯電話を普及させたほうがいい。どこに居ても素早く連絡が取れるように。誰か電波塔だか、基地局だかを立ててくれ。今すぐに。
城に向かって衝動的に叫びたくなったが、海の口から出たのはずっしりと重いため息だった。
きっとなにも進展などしていない気がする。しているとしたら、アレクサンダーの勘違いが加速しただけだ。
それにしても何故昨日、アレクサンダーはここに来たんだ?クインシーのお迎え?それはそれでおかしくないか?アレクサンダーは海がクインシーを好いていると思っているのだから、あの場にアレクサンダーが来たらああなるのは必然に等しい。なら他の用で来たとか?
思いつくとしたら海が今持っているネックレスだ。首にかけているネックレスを服越しにぎゅっと掴む。もうこのネックレスには加護の力がないと言っていた。また聖水に浸すから寄越せと。昨日はネックレスを受け取りに来ていたのか。
「いや、無理だ。渡せない。絶対渡したくないんだけど!」
初めての贈り物!なんて付き合いたてのカップルのようなことは言わない。言わないけども!でも、どうしても渡したくない。返すのが惜しい。クインシーも持っていていいと言ってくれたのだから、これはまだ手元に置いておきたい。
ネックレスを掴んだまま布団に顔面から倒れ込む。もどかしい気分を晴らすために海はじたばたとベッドの上で暴れた。
⋆ ・⋆ ・⋆ ・⋆
一階に下りてきた海をヴィンスは無言で見つめてきた。その顔は「お前さん、大丈夫か」と言いたげだった。海は先程の暴れ具合などなかったかのように笑い、いつものようにおはようと声をかけた。
ヴィンスと軽く会話を交わし、食事を済ませる。いつもと違ったのは、テーブルの上に卵が三つ置いてあったことだった。
「ヴィンス、鶏たちが産んだの?」
「朝覗いてみたらな。布団の中に転がってたわ」
「そうなんだ」
手に取ってみるとまだほんのりと温かい。生まれたての卵だ。
三つあるということはやはりメスが三羽なのか。あのイカつい顔の鶏はオスだったのかもしれない。それともただ産卵時期が合わなかったか。もう少し様子を見て判断しよう。
オスの鶏がいるのであれば、鶏の数を増やすことが出来る。繁殖させるのに手間暇かかるかもしれない。それでも、やっと見つけた希望だ。このチャンスを生かさなくては。食事を今よりも良くするために。
ヴィンスにこの三つの卵は全てルイザの元へ持って行っていいと言われ、海はすぐさまルイザの元へと卵を持っていった。卵を見たルイザは、海が差し出した卵を見て怪訝そうに顔を歪めた。これはなに?と聞いてきたルイザに、海は貴重なタンパク源!と答えた。そんな言われ方されてもわからない人にはわからない。更に不思議がるルイザ。もうからかうのはやめておかないとあとが怖いなとなり、ちゃんと鶏の卵ですと付け加えた。
「卵がまた食べれるなんて不思議ね。よく見つけたじゃない」
「牧場を見に行ったらいたんだ。奇跡だと思ったよ。鶏たちが頑張って生きててくれたんだよ」
あの辛い環境でよく耐えれたと思う。どうやってあの鶏たちが生きながらえていたのか。それはハッキリとしたことはわからない。あそこをじっくりと見てくればその答えがわかるのかもしれないが、牛舎から漂う死臭に海が耐えられなかった。
海はあの場所から生きていた鶏たちを連れて逃げてきてしまった。
「やることいっぱいだな」
「なに? そんなにやることあるの?」
「まぁ……ね。でも、鶏が見つかったから食事に関しては一歩進んだ感じだな。次にやるとしたら……」
まだ人手が足りなかった。海だけではこの状況を良くすることは出来ない。一つ一つの問題を無くすにはもっと人の手が必要だった。
そのことをルイザに話すと、うーんと考え込まれた。あっちこっちと忙しなく目線が動く。悩ませてしまったかと海は苦笑をし、人手については時間がある時にでも自分で考えてみるよとルイザに言おうとした時、ルイザが何かを思い出したように「あっ!」と漏らした。
「居るわよ。手伝ってくれそうな人!」
「え、本当に!?」
「ええ。でも今彼女、体調崩してるのよ。良くなったらきっと手を貸してくれるわ。彼女、とても優しい人だから」
ルイザの言葉で期待に胸が踊るが、どうやらその人は随分と前から体調が良くないらしい。
ルイザの友人だと紹介してくれたのはジェシカ・ペイジ。ルイザの母であるローザとジェシカの母は姉妹。ルイザとジェシカは従姉妹関係にあたる。二人の関係は良好で、ジェシカはルイザの姉のような存在らしい。
ルイザがジェシカの話をしていた時、とても楽しそうに話していた。その表情を見れば、どれだけ仲が良かったのかは一目瞭然だった。そしてジェシカが体調を崩していることの辛さも。
「お願い、カイ。ジェシカのこと診てあげてくれない?」
「俺は医者じゃないから、的確なことは言えないけど……やってみるだけやってみるよ」
「医者がいればこんなに困ることもなかったのにね」
悲しそうに笑うルイザに海はなんて声をかければいいのかと戸惑う。余計なことを言ってルイザが無理に元気を出そうとするような事は避けたい。どうしたものかと思い悩んだ末、海は医者についてルイザに聞くことにした。
アレクサンダーに教えてもらうつもりだったが、今聞く気にはならない。でも、少しずつ海の中で疑問が大きくなっていく。国外へと飛ばされた医者たちは今頃何をしているのか。ラザミアに戻りたいと思っているのか。何故国から出なくてはいけなくなったのか。気になって仕方なかった。
「ルイザ、なんでこの国には医者がいないんだ?」
「え? カイは知らないの? この国の医者は、その」
「その?」
やはり口ごもる。難しそうな顔をしてルイザは唇を引き結んだ。医者の話をするとみんなこうなる。海に話したくないというのではなく、どこか恐れを感じさせるような顔をする。
「ここだけの話にしてね? ヴィンスには言わないで」
「わかった。約束するよ」
決してヴィンスには言わないと頷く。ルイザは海の目をじっと見つめた。海もルイザと目をそらすことなく見つめ返す。それが信用の証だとでもいうように。
「いいわ。話してあげる。元々、ラザミアには医者がいた事は知ってる?」
「知ってる。でも、みんな国を出されたって」
「それ、半分あってて半分違うわ」
誰からそんなこと聞いたの?と問われて海は押し黙る。話の出処はアレクサンダーだ。騎士団として王の近くにいる存在からの言葉だったから信じていた。でも、ルイザは半分違うと言った。もしかしたらルイザの勘違いなのではないか。アレクサンダーから、騎士団団長から聞いたと言えば、話の信用性がまた違うんじゃないかと。
そう思ったところでやめた。海は何も言わずにそのままルイザの話に耳を傾けることにした。
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