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第二章 異世界に来たけど、自分は平民になりました
第二十九話
しおりを挟む「大丈夫? 落ち着いた?」
「大丈夫、ごめん」
涙が止まってもクインシーは海の背中を撫で続けていてくれた。その優しさがじんと染みる。
「一から全部話してくれる?」
もうこうなってしまっては隠すのは無理だ。正直に話した方が自分も気が楽になるかもしれない。こくりと小さく頷いて全て話すと意思表示した。
立ち話もなんだからとクインシーに手を引かれてベッドへと座る。ずびっと鼻をすする海に、クインシーは緩い笑みを浮かべた。ゆっくりでいいからね、とクインシーに前置きされ、海はその言葉を有難く受け取った。一息、間を空けてから海は少しずつ話し始めた。
話している間、ずっと苦しかった。好きになるってこういうことだったのか。十代後半から色恋沙汰にはあまり興味が湧かなかった。
忙しくてそれどころじゃないというのもあったが、同年代の異性と話をする機会がまずなかった。そのせいで、その年頃の子達が経験するようなものを海は経験しなかった。経験するどころか、知らなかったと言える。
だから、こんなに胸が苦しくなるような恋は初めてだ。来いってこんなに辛くて苦しくて悲しいものだったんだ。みんなこれを経験して来たのか。
「そんなこと……言われたの?」
「勘違いされてると思う。その場で否定すれば良かったんだけど、頭の中ぐちゃぐちゃで何言えば良いのかわからなくて。言わないと、言わないとって思うほど言葉にならなかったんだ」
「そりゃそうなるよ。好きな相手にそんなこと言われたら。そっか、なるほどね。そんで、アレか」
天井を見上げてクインシーはブツブツ呟いていたが、何に納得したのかは海にはわからない。首を傾げる海にクィンシーは微笑みながらなんでもないと言った。
「ネックレスは……返さなきゃだめ?」
「持ってていいよ。だってアレクサンダーからもらったものなんでしょ? それなら持ってなきゃ。でも、昨日アレクサンダーが持ってきたネックレスも持っていて。海の身を守るものだから」
首から下げなくても、ポケットの中に入れておけばいい。常に持ち歩いていれば効果はあるとの事。アレクサンダーからもらったネックレスを返さなくていいと言われたことが嬉しくて、小箱に入っているネックレスのことを忘れかけていた。
胸元にあるネックレスを大事に掴んでいると、横からクスクスと笑う声が聞こえた。
「ほんとに好きになったんだねぇ。二人が仲良くなればいいのになぁ、って思ってはいたけど」
「クインシーは嫌じゃないの?」
「嫌?なんで?」
昔からの友人が突然誰かのものになる。それが女性ならばまだしも、同じ男に。それって友人からしたらあまり良いものではない気がする。
海がいた日本でもまだ同性愛は難しい話になる。知ってはいるけど、認めるのはちょっと。という人が多いだろう。ラザミアではどうなのかわからないが、きっと同じような感じではないだろうか。他人なら関係ない、けど知り合いとなると嫌だと言う人はいるだろう。もし、クインシーに反対されたらどうしようと海は俯いた。
「俺は良いと思うよ? むしろ大歓迎だから」
「そ、そんなに?」
「うん。だって、二人が幸せになってくれるなら何も問題はないでしょ? 不幸せになっちゃう! っていうならどうしようか? ってなるけど、二人が互いを好きだって言って、それで一緒にいるって言うなら良いんじゃないかな。そこに男だからーとか、女だからーとかっていう話は無粋だと思うんだよね」
曇りのない目でクインシーは言い放つ。堂々とした言葉に、海は俯いていた顔を上げた。一番背中を押して欲しい人に押してもらえた。
好きになってしまった相手が男だろうと女だろうと関係ない。海はアレクサンダーだから好きになったんだ。性別で決めたわけじゃない。彼の不器用な思いやりや、言葉足らずなところの愛しさが、好きになってしまったんだ。
「カイ?」
「なんでもない。改めて想っただけ」
「なに? 惚気けるの? 良いよ、いつでも聞いてあげるから」
だからアレクサンダーのこといっぱい好きになってあげて。まるでアレクサンダーの母親のような言い方に、海は吹き出した。
「ありがとう、クインシー」
「どういたしまして。でも、これからだよ? 大変なのは」
そうだ。まずは勘違いを解かないといけない。アレクサンダーは海がクインシーのことを好きだと思っている。しかも軽く応援するくらいに。そんな状態で、アレクサンダーのことを好きだと言っても信じてもらえない。勘違いを解くにはどうすればいいのか。
ちゃんと話をすれば聞いてくれるのか。なんだかそれも微妙だ。
「んー、俺がアレクサンダーに言ってもいいけど、それじゃ話がもっとこじれちゃうだろうしなぁ」
「なんとか自分でやってみるよ。元はと言えば俺が言わなきゃいけないことを言わなかったせいだからさ」
「そう? 困った時はいつでも言ってね?」
そろそろ城に戻らないと、とクインシーは立ち上がる。橋まで送っていこうか?と言ったが、そんな事をしたら益々アレクサンダーは誤解すると笑われた。確かにそうだ。じゃあ、外まで見送るのは?と提案すると、それなら大丈夫と返ってきた。
一緒に階段を下り、釣竿の手入れをしていたヴィンスに一声かける。ヴィンスが憂色をただよわせていたが、海が大丈夫だと笑いかけた。
扉を開けて外に出る。雲は相変わらず上空にあって、空は灰色に染まっていた。
「じゃあ、俺は帰るけど……本当に無理しちゃダメだからね?」
「わかってる。気をつけるよ」
「さっきも言ったけど、いつでも相談のるから。一人で悩まないようにね」
ぽすっと頭の上にクインシーの手が乗る。わしゃわしゃと髪を混ぜられるような撫で方に海ははにかんだ。そしてクインシーを見上げた時、別の人影が見えて固まる。
「アレクサンダー……?」
「え? 嘘っ」
慌てて海の頭から手を離したが、時は既に遅く、アレクサンダーはバッチリその瞬間を見ていた。
「邪魔したか」
「ちょ、待った! アレクサンダー! 今のは違うから!」
「悪かったな」
「悪くない! 悪くないから待ってよ!」
海たちから目をそらし、アレクサンダーは大通りの方へと歩いていく。なんでこんな所にアレクサンダーがいたのか。そしてまた誤解させてしまった事に海は頭を悩ませた。
「この誤解は俺が解いておくから! 海はゆっくり休みなね!」
「……うん、なんか、うん。よろしく」
「放心状態はやめてーー!!」
目も心も遠くへ行きましたとさ。
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