異世界に来たけど、自分はモブらしいので帰りたいです。

蒼猫

文字の大きさ
上 下
32 / 121
第二章 異世界に来たけど、自分は平民になりました

第二十九話

しおりを挟む

「大丈夫? 落ち着いた?」

「大丈夫、ごめん」

 涙が止まってもクインシーは海の背中を撫で続けていてくれた。その優しさがじんと染みる。

「一から全部話してくれる?」

 もうこうなってしまっては隠すのは無理だ。正直に話した方が自分も気が楽になるかもしれない。こくりと小さく頷いて全て話すと意思表示した。

 立ち話もなんだからとクインシーに手を引かれてベッドへと座る。ずびっと鼻をすする海に、クインシーは緩い笑みを浮かべた。ゆっくりでいいからね、とクインシーに前置きされ、海はその言葉を有難く受け取った。一息、間を空けてから海は少しずつ話し始めた。

 話している間、ずっと苦しかった。好きになるってこういうことだったのか。十代後半から色恋沙汰にはあまり興味が湧かなかった。

 忙しくてそれどころじゃないというのもあったが、同年代の異性と話をする機会がまずなかった。そのせいで、その年頃の子達が経験するようなものを海は経験しなかった。経験するどころか、知らなかったと言える。

 だから、こんなに胸が苦しくなるような恋は初めてだ。来いってこんなに辛くて苦しくて悲しいものだったんだ。みんなこれを経験して来たのか。

「そんなこと……言われたの?」

「勘違いされてると思う。その場で否定すれば良かったんだけど、頭の中ぐちゃぐちゃで何言えば良いのかわからなくて。言わないと、言わないとって思うほど言葉にならなかったんだ」

「そりゃそうなるよ。好きな相手にそんなこと言われたら。そっか、なるほどね。そんで、アレか」

 天井を見上げてクインシーはブツブツ呟いていたが、何に納得したのかは海にはわからない。首を傾げる海にクィンシーは微笑みながらなんでもないと言った。

「ネックレスは……返さなきゃだめ?」

「持ってていいよ。だってアレクサンダーからもらったものなんでしょ? それなら持ってなきゃ。でも、昨日アレクサンダーが持ってきたネックレスも持っていて。海の身を守るものだから」

 首から下げなくても、ポケットの中に入れておけばいい。常に持ち歩いていれば効果はあるとの事。アレクサンダーからもらったネックレスを返さなくていいと言われたことが嬉しくて、小箱に入っているネックレスのことを忘れかけていた。

 胸元にあるネックレスを大事に掴んでいると、横からクスクスと笑う声が聞こえた。

「ほんとに好きになったんだねぇ。二人が仲良くなればいいのになぁ、って思ってはいたけど」

「クインシーは嫌じゃないの?」

「嫌?なんで?」

 昔からの友人が突然誰かのものになる。それが女性ならばまだしも、同じ男に。それって友人からしたらあまり良いものではない気がする。

 海がいた日本でもまだ同性愛は難しい話になる。知ってはいるけど、認めるのはちょっと。という人が多いだろう。ラザミアではどうなのかわからないが、きっと同じような感じではないだろうか。他人なら関係ない、けど知り合いとなると嫌だと言う人はいるだろう。もし、クインシーに反対されたらどうしようと海は俯いた。

「俺は良いと思うよ? むしろ大歓迎だから」

「そ、そんなに?」

「うん。だって、二人が幸せになってくれるなら何も問題はないでしょ? 不幸せになっちゃう! っていうならどうしようか? ってなるけど、二人が互いを好きだって言って、それで一緒にいるって言うなら良いんじゃないかな。そこに男だからーとか、女だからーとかっていう話は無粋だと思うんだよね」

 曇りのない目でクインシーは言い放つ。堂々とした言葉に、海は俯いていた顔を上げた。一番背中を押して欲しい人に押してもらえた。

 好きになってしまった相手が男だろうと女だろうと関係ない。海はアレクサンダーだから好きになったんだ。性別で決めたわけじゃない。彼の不器用な思いやりや、言葉足らずなところの愛しさが、好きになってしまったんだ。

「カイ?」

「なんでもない。改めて想っただけ」

「なに? 惚気けるの? 良いよ、いつでも聞いてあげるから」

 だからアレクサンダーのこといっぱい好きになってあげて。まるでアレクサンダーの母親のような言い方に、海は吹き出した。

「ありがとう、クインシー」

「どういたしまして。でも、これからだよ? 大変なのは」

 そうだ。まずは勘違いを解かないといけない。アレクサンダーは海がクインシーのことを好きだと思っている。しかも軽く応援するくらいに。そんな状態で、アレクサンダーのことを好きだと言っても信じてもらえない。勘違いを解くにはどうすればいいのか。

 ちゃんと話をすれば聞いてくれるのか。なんだかそれも微妙だ。

「んー、俺がアレクサンダーに言ってもいいけど、それじゃ話がもっとこじれちゃうだろうしなぁ」

「なんとか自分でやってみるよ。元はと言えば俺が言わなきゃいけないことを言わなかったせいだからさ」

「そう? 困った時はいつでも言ってね?」

 そろそろ城に戻らないと、とクインシーは立ち上がる。橋まで送っていこうか?と言ったが、そんな事をしたら益々アレクサンダーは誤解すると笑われた。確かにそうだ。じゃあ、外まで見送るのは?と提案すると、それなら大丈夫と返ってきた。

 一緒に階段を下り、釣竿の手入れをしていたヴィンスに一声かける。ヴィンスが憂色をただよわせていたが、海が大丈夫だと笑いかけた。

 扉を開けて外に出る。雲は相変わらず上空にあって、空は灰色に染まっていた。

「じゃあ、俺は帰るけど……本当に無理しちゃダメだからね?」

「わかってる。気をつけるよ」

「さっきも言ったけど、いつでも相談のるから。一人で悩まないようにね」

 ぽすっと頭の上にクインシーの手が乗る。わしゃわしゃと髪を混ぜられるような撫で方に海ははにかんだ。そしてクインシーを見上げた時、別の人影が見えて固まる。

「アレクサンダー……?」

「え? 嘘っ」

 慌てて海の頭から手を離したが、時は既に遅く、アレクサンダーはバッチリその瞬間を見ていた。

「邪魔したか」

「ちょ、待った! アレクサンダー! 今のは違うから!」

「悪かったな」

「悪くない! 悪くないから待ってよ!」

 海たちから目をそらし、アレクサンダーは大通りの方へと歩いていく。なんでこんな所にアレクサンダーがいたのか。そしてまた誤解させてしまった事に海は頭を悩ませた。

「この誤解は俺が解いておくから! 海はゆっくり休みなね!」

「……うん、なんか、うん。よろしく」

「放心状態はやめてーー!!」

 目も心も遠くへ行きましたとさ。
しおりを挟む
感想 54

あなたにおすすめの小説

聖女の兄で、すみません!

たっぷりチョコ
BL
聖女として呼ばれた妹の代わりに異世界に召喚されてしまった、古河大矢(こがだいや)。 三ヶ月経たないと元の場所に還れないと言われ、素直に待つことに。 そんな暇してる大矢に興味を持った次期国王となる第一王子が話しかけてきて・・・。 BL。ラブコメ異世界ファンタジー。

聖女の兄で、すみません! その後の話

たっぷりチョコ
BL
『聖女の兄で、すみません!』の番外編になります。

カランコエの咲く所で

mahiro
BL
先生から大事な一人息子を託されたイブは、何故出来損ないの俺に大切な子供を託したのかと考える。 しかし、考えたところで答えが出るわけがなく、兎に角子供を連れて逃げることにした。 次の瞬間、背中に衝撃を受けそのまま亡くなってしまう。 それから、五年が経過しまたこの地に生まれ変わることができた。 だが、生まれ変わってすぐに森の中に捨てられてしまった。 そんなとき、たまたま通りかかった人物があの時最後まで守ることの出来なかった子供だったのだ。

転生したけどやり直す前に終わった【加筆版】

リトルグラス
BL
 人生を無気力に無意味に生きた、負け組男がナーロッパ的世界観に転生した。  転生モノ小説を読みながら「俺だってやり直せるなら、今度こそ頑張るのにな」と、思いながら最期を迎えた前世を思い出し「今度は人生を成功させる」と転生した男、アイザックは子供時代から努力を重ねた。  しかし、アイザックは成人の直前で家族を処刑され、平民落ちにされ、すべてを失った状態で追放された。  ろくなチートもなく、あるのは子供時代の努力の結果だけ。ともに追放された子ども達を抱えてアイザックは南の港町を目指す── ***  第11回BL小説大賞にエントリーするために修正と加筆を加え、作者のつぶやきは削除しました。(23'10'20) **

田舎育ちの天然令息、姉様の嫌がった婚約を押し付けられるも同性との婚約に困惑。その上性別は絶対バレちゃいけないのに、即行でバレた!?

下菊みこと
BL
髪色が呪われた黒であったことから両親から疎まれ、隠居した父方の祖父母のいる田舎で育ったアリスティア・ベレニス・カサンドル。カサンドル侯爵家のご令息として恥ずかしくない教養を祖父母の教えの元身につけた…のだが、農作業の手伝いの方が貴族として過ごすより好き。 そんなアリスティア十八歳に急な婚約が持ち上がった。アリスティアの双子の姉、アナイス・セレスト・カサンドル。アリスティアとは違い金の御髪の彼女は侯爵家で大変かわいがられていた。そんなアナイスに、とある同盟国の公爵家の当主との婚約が持ちかけられたのだが、アナイスは婿を取ってカサンドル家を継ぎたいからと男であるアリスティアに婚約を押し付けてしまう。アリスティアとアナイスは髪色以外は見た目がそっくりで、アリスティアは田舎に引っ込んでいたためいけてしまった。 アリスは自分の性別がバレたらどうなるか、また自分の呪われた黒を見て相手はどう思うかと心配になった。そして顔合わせすることになったが、なんと公爵家の執事長に性別が即行でバレた。 公爵家には公爵と歳の離れた腹違いの弟がいる。前公爵の正妻との唯一の子である。公爵は、正当な継承権を持つ正妻の息子があまりにも幼く家を継げないため、妾腹でありながら爵位を継承したのだ。なので公爵の後を継ぐのはこの弟と決まっている。そのため公爵に必要なのは同盟国の有力貴族との縁のみ。嫁が子供を産む必要はない。 アリスティアが男であることがバレたら捨てられると思いきや、公爵の弟に懐かれたアリスティアは公爵に「家同士の婚姻という事実だけがあれば良い」と言われてそのまま公爵家で暮らすことになる。 一方婚約者、二十五歳のクロヴィス・シリル・ドナシアンは嫁に来たのが男で困惑。しかし可愛い弟と仲良くなるのが早かったのと弟について黙って結婚しようとしていた負い目でアリスティアを追い出す気になれず婚約を結ぶことに。 これはそんなクロヴィスとアリスティアが少しずつ近づいていき、本物の夫婦になるまでの記録である。 小説家になろう様でも2023年 03月07日 15時11分から投稿しています。

婚約破棄されて捨てられた精霊の愛し子は二度目の人生を謳歌する

135
BL
春波湯江には前世の記憶がある。といっても、日本とはまったく違う異世界の記憶。そこで湯江はその国の王子である婚約者を救世主の少女に奪われ捨てられた。 現代日本に転生した湯江は日々を謳歌して過ごしていた。しかし、ハロウィンの日、ゾンビの仮装をしていた湯江の足元に見覚えのある魔法陣が現れ、見覚えのある世界に召喚されてしまった。ゾンビの格好をした自分と、救世主の少女が隣に居て―…。 最後まで書き終わっているので、確認ができ次第更新していきます。7万字程の読み物です。

魔法学園の悪役令息ー替え玉を務めさせていただきます

オカメ颯記
BL
田舎の王国出身のランドルフ・コンラートは、小さいころに自分を養子に出した実家に呼び戻される。行方不明になった兄弟の身代わりとなって、魔道学園に通ってほしいというのだ。 魔法なんて全く使えない抗議したものの、丸め込まれたランドルフはデリン大公家の公子ローレンスとして学園に復学することになる。無口でおとなしいという触れ込みの兄弟は、学園では悪役令息としてわがままにふるまっていた。顔も名前も知らない知人たちに囲まれて、因縁をつけられたり、王族を殴り倒したり。同室の相棒には偽物であることをすぐに看破されてしまうし、どうやって学園生活をおくればいいのか。混乱の中で、何の情報もないまま、王子たちの勢力争いに巻き込まれていく。

光る穴に落ちたら、そこは異世界でした。

みぃ
BL
自宅マンションへ帰る途中の道に淡い光を見つけ、なに? と確かめるために近づいてみると気付けば落ちていて、ぽん、と異世界に放り出された大学生が、年下の騎士に拾われる話。 生活脳力のある主人公が、生活能力のない年下騎士の抜けてるとこや、美しく格好いいのにかわいいってなんだ!? とギャップにもだえながら、ゆるく仲良く暮らしていきます。 何もかも、ふわふわゆるゆる。ですが、描写はなくても主人公は受け、騎士は攻めです。

処理中です...