異世界に来たけど、自分はモブらしいので帰りたいです。

蒼猫

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第二章 異世界に来たけど、自分は平民になりました

第二十八話

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 あれから眠ることが出来ず、海はアレクサンダーから受け取った小箱を見つめていた。中にあるネックレスは未だに出せていない。せっかくあんな時間にアレクサンダーが海の為にと持ってきてくれたが、つける気にはならなかった。つけるならアレクサンダーから渡された今のネックレスがいい。加護の力とか聖水に浸してた時間がとか、そんなに海にとってはどうでもよかった。

 ネックレスのことよりも最重要なことがある。昨日あんな事があった後なのに、約束の時間に行かなくてはならないという問題だ。

「どうしよう」

 今日の昼、またアレクサンダーと会うことになる。自分の気持ちを自覚してしまった手前、アレクサンダーに会うのが、恥ずかしいような辛いような。どんな顔して会えばいいんだのかわからない。むしろ今は落ち着くまで会いたくはない。

 体調が悪いと言って今日は行くのをやめようか。小学生が学校をズル休みするかのように理由を愚考ぐこうしてみるも、そもそも彼らに伝える手段がなかった。

 深く深くため息をつく。こうなるならば自覚しない方が良かった。昨日、アレクサンダーが口ごもっていた時にしつこく聞かなければ良かった。後悔だけが海を苛むが、後の祭りだ。今更、あーだこーだ言ったって変わりはしないのだから。

 それに約束の時間には橋の前にいなくてはいけない。以前、時間に遅れた時にアレクサンダーに怒られたじゃないか。同じことを繰り返してしまったら、アレクサンダーに約束一つ守れないようなやつと思われてしまう。彼からの信頼を無くすのはとても辛いことだ。

「……行くか」

 いじいじ悩んでいても仕方ない。女々しいことを言って考える暇があるなら動け。会わなきゃいけないのに会いたくないと逃げるんじゃなくて、会った時のことを考えろ。そうだ、どうしても会わなきゃいけないなら、会っている時間を減らせばいい。今日は忙しいから早めに帰ると言えば、アレクサンダーたちは帰してくれるかもしれない。もうそれでいい。嘘ついて行かないよりかはマシだ。

 とりあえず今日は、約束の時間まで鶏の様子を見ていよう。卵が産まれていたら、鶏から卵を貰ってルイザの所へ持っていこう。

 海はベッドから緩慢かんまんな動きで這い出て、寝巻きを脱いだ。畳んであったシャツに腕を通しズボンを履く。着替えてしまえば、もうベッドの中に入ってうだうだしている気分は消え去った。

 扉を開けて部屋を出ようとしたところで、机の上に置いてあったノートが目に入る。海は少し悩んでからページを捲った。

「……分かりにくいよ、ほんと」

 開いた先はアレクサンダーの字が書いてあるページ。朝まで寝ていた海が悪いんだろうけど、それでもこの書き置きは酷い。なんせ名前が書かれていなかったのだから。アレクサンダーの名前が書いてあったのであれば、あんなに怖がる必要もなかったのに。本当に言葉の足りない人だ。

 アレクサンダーの字を指でなぞってから海はノートを閉じた。



‎⋆ ・‎⋆ ・‎⋆ ・‎⋆



「おはよう、ヴィンス」

 階下へと下りると、ヴィンスはいつものように朝食を準備していてくれた。下りてきた海にヴィンスが挨拶をしようとこちらを見る。口を開きかけたところでヴィンスは固まった。海の顔をじっと注視しているだけで何も言わない。

「ヴィンス?」

「お前さん、今日は休んでろ。そんな顔して出かけようなんて思うんじゃないぞ」

「大丈夫だよ。少し寝不足なだけだから」

 別に大したことはないから平気、と食事が用意されていた席へと座ろうとしたが、ヴィンスに阻まれてしまった。

「飯なら上に持って行ってやる。いいから寝てろ」

「……そんなに俺酷い顔してんの?」

「昨日よりやつれてる。何があったんだ。疲れすぎて逆に眠れなかったのか?」

 そんなことは無い。風呂に入ったあとは泥のように眠った。問題があるとしたらその後だ。アレクサンダーが部屋に来て……。

「あぁ、もういい。説明は後でいいから早く寝てこい」

「わかった」

 昨日のことを思い出したらズンッと胸が重くなる。今ならこの意味がわかる。あんな必死になって医学本を読み漁っていた自分が恥ずかしい。確かにこれは心臓の病気ではない。けど、病には違いない。

「(恋の病ってなんの冗談だよ)」

 まさかアレクサンダーを好きになるとは思わないだろ。あの苦手意識はどこに行った。前まではアレクサンダーの事が嫌いになりかけてたはずだ。それなのに。どこがターニングポイントだったんだ。嫌よ嫌よも好きのうちは漫画だけにしてくれ。

 ヴィンスに言われた通り、海は寝巻きに着替えてベッドへと潜り込む。もぞもぞ動き回っているうちに眠くなってくるだろうと思ったが、逆に目が冴えてしまった。

「眠れない……!」

 暫く動き回っていたが、やっぱり眠れない。
下に行ってヴィンスと話でもするか、それとも隣の部屋にいる鶏を眺めて癒されるか。

「鶏だ。鶏しかいない」

 下に一歩でも下りようものならヴィンスに何を言われるかわかったもんじゃない。子供の頃に風邪をひいて学校を休んでいたのに、隠れてゲームをしていたら母親に見つかって怒られる。そんな感じだ。そこまでガミガミ言ってはこないだろうけど、似たような言い方はする。うん、ここはヴィンスじゃなくて鶏を選ぼう。

 体調が悪いわけじゃないんだから。少しくらい良いだろう。

 海はこっそり部屋を抜け出して、隣の部屋へと移った。案の定鶏は海の出現に驚いて、コケコケ鳴きながら部屋の中を暴れ回った。

「頼むから大人しくしててくれ」

 ベッドの横に座り込んで顎を布団の上に乗せて、ぼうっとただ鶏を眺める。何もせずに、何も考えずにいる方が楽だった。

 備え付けの机の足を嘴でつついてるのが見えた。あれじゃあ、いつか机の足が壊れるのではないだろうか。キツツキのようにカツカツと夢中になってつついている鶏は、海にじっと見つめられていることなど知らない。

 海も何かに熱中していれば、他のことを考えずに済むだろうか。もういっその事、町の復興にでも着手してしまおうか。忙しくなれば、無駄なことを考えずにいられる。

 それじゃあダメだろうか。

 暫く心ここに在らずの状態で鶏たちを眺めていたら、ヴィンスの声が聞こえた。どうやら海が黙って部屋から出てしまったから驚いているようだ。廊下で騒いでいるヴィンスに居場所を伝えるため、急いで部屋の扉を開けてヴィンスに声をかけた。

「ヴィンス! こっち! 鶏の部屋の方にいる!」

「バカもん! わしは寝てろと言っただろうが!!」

「え? 鶏なんかいるの!?」

 なんか一人多い。

「なんでクインシーが?」

 廊下へと顔を出すと、怒り狂っているヴィンスの横にクインシーが立っていた。

「やっほー! お見舞いに来たよ、カイ」

「お見舞い?」

「いつもの時間にカイが来なくてね。ずっと待ってたらヴィンスが来てさ。今日は体調悪いからカイは来れないって言うんだもん。心配だったから見に来ちゃった」

「そっか。ごめん、心配かけて」

「気にしない気にしない。それよりさ、ちょっといい?」

「うん?」

 おいで、とクインシーに手招きされて後をついていく。クィンシーと共に自分の部屋へと入ると、クインシーはヴィンスに下に行っていて欲しいと声をかけてから部屋の扉を閉めた。

 一息間を空けてから、クインシーは海を正視しながら口を開いた。

「アレクサンダーと何かあった?」

「何か、って?」

 まさか昨日の今日で聞かれると思っていなかった。なにもなかったように装ったが、クインシーは全てお見通しのようだった。

「昨日、ここにアレクサンダー来たでしょ。新しいネックレス持って」

「……来たけど」

「その時に何かあったの?」

「何も無いよ。クインシーからの預かり物だって。ネックレス渡されただけだった」

「カイ。嘘は良くないよ」

 嘘なんてついてない。全部本当のことだ。少し話を端折っているが。

「昨日、帰ってきたアレクサンダーが変だったんだ」

「変?」

「うん。凄く辛そうな顔してた。何でだろうね」

 辛そうな顔?そんなの知らない。辛かったのは海の方だ。勝手に勘違いされて、クインシーと仲良くなるように頑張れみたいな話になって。違うって言いたかったのに言えなかった。そのせいで自覚してしまったんだ。全てぶちまけてしまいたいが、そんなこと出来るはずもない。胸の内でグルグルと渦巻いているものに無理矢理蓋をして、知らぬ存ぜぬを通した。

「そんなの知らない。俺には関係ない」

「本当に? 本当に何も知らないの?」

「知らない! 新しいネックレス渡されただけだから! 後は、なにも!」

「じゃあ、なんでカイまでそんな泣きそうな顔してるの?」

「泣いてなんか、」

「はぁ……本当に君たちはなんというか」

 次第に潤んでいく視界の中で、クインシーが困ったように笑っていた。唇を噛み締めて涙を零さないようにしていたが、クインシーに頭を撫でられて決壊した。

「ごめんね、本当にあいつはめんどくさいやつなんだ」

 ふんわりと優しく抱きしめられる。背中に回ったクインシーの手は海の背をゆっくりと撫でた。

「俺、アレクサンダーのこと……」

「うん。好きなんだね」

 小さく頷く。言葉にするだけでこんなに楽になるものなのか。クインシーの腕の中で泣きながら、海は何度もアレクサンダーが好きだと呟いた。
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