31 / 121
第二章 異世界に来たけど、自分は平民になりました
第二十八話
しおりを挟むあれから眠ることが出来ず、海はアレクサンダーから受け取った小箱を見つめていた。中にあるネックレスは未だに出せていない。せっかくあんな時間にアレクサンダーが海の為にと持ってきてくれたが、つける気にはならなかった。つけるならアレクサンダーから渡された今のネックレスがいい。加護の力とか聖水に浸してた時間がとか、そんなに海にとってはどうでもよかった。
ネックレスのことよりも最重要なことがある。昨日あんな事があった後なのに、約束の時間に行かなくてはならないという問題だ。
「どうしよう」
今日の昼、またアレクサンダーと会うことになる。自分の気持ちを自覚してしまった手前、アレクサンダーに会うのが、恥ずかしいような辛いような。どんな顔して会えばいいんだのかわからない。むしろ今は落ち着くまで会いたくはない。
体調が悪いと言って今日は行くのをやめようか。小学生が学校をズル休みするかのように理由を愚考してみるも、そもそも彼らに伝える手段がなかった。
深く深くため息をつく。こうなるならば自覚しない方が良かった。昨日、アレクサンダーが口ごもっていた時にしつこく聞かなければ良かった。後悔だけが海を苛むが、後の祭りだ。今更、あーだこーだ言ったって変わりはしないのだから。
それに約束の時間には橋の前にいなくてはいけない。以前、時間に遅れた時にアレクサンダーに怒られたじゃないか。同じことを繰り返してしまったら、アレクサンダーに約束一つ守れないようなやつと思われてしまう。彼からの信頼を無くすのはとても辛いことだ。
「……行くか」
いじいじ悩んでいても仕方ない。女々しいことを言って考える暇があるなら動け。会わなきゃいけないのに会いたくないと逃げるんじゃなくて、会った時のことを考えろ。そうだ、どうしても会わなきゃいけないなら、会っている時間を減らせばいい。今日は忙しいから早めに帰ると言えば、アレクサンダーたちは帰してくれるかもしれない。もうそれでいい。嘘ついて行かないよりかはマシだ。
とりあえず今日は、約束の時間まで鶏の様子を見ていよう。卵が産まれていたら、鶏から卵を貰ってルイザの所へ持っていこう。
海はベッドから緩慢な動きで這い出て、寝巻きを脱いだ。畳んであったシャツに腕を通しズボンを履く。着替えてしまえば、もうベッドの中に入ってうだうだしている気分は消え去った。
扉を開けて部屋を出ようとしたところで、机の上に置いてあったノートが目に入る。海は少し悩んでからページを捲った。
「……分かりにくいよ、ほんと」
開いた先はアレクサンダーの字が書いてあるページ。朝まで寝ていた海が悪いんだろうけど、それでもこの書き置きは酷い。なんせ名前が書かれていなかったのだから。アレクサンダーの名前が書いてあったのであれば、あんなに怖がる必要もなかったのに。本当に言葉の足りない人だ。
アレクサンダーの字を指でなぞってから海はノートを閉じた。
⋆ ・⋆ ・⋆ ・⋆
「おはよう、ヴィンス」
階下へと下りると、ヴィンスはいつものように朝食を準備していてくれた。下りてきた海にヴィンスが挨拶をしようとこちらを見る。口を開きかけたところでヴィンスは固まった。海の顔をじっと注視しているだけで何も言わない。
「ヴィンス?」
「お前さん、今日は休んでろ。そんな顔して出かけようなんて思うんじゃないぞ」
「大丈夫だよ。少し寝不足なだけだから」
別に大したことはないから平気、と食事が用意されていた席へと座ろうとしたが、ヴィンスに阻まれてしまった。
「飯なら上に持って行ってやる。いいから寝てろ」
「……そんなに俺酷い顔してんの?」
「昨日よりやつれてる。何があったんだ。疲れすぎて逆に眠れなかったのか?」
そんなことは無い。風呂に入ったあとは泥のように眠った。問題があるとしたらその後だ。アレクサンダーが部屋に来て……。
「あぁ、もういい。説明は後でいいから早く寝てこい」
「わかった」
昨日のことを思い出したらズンッと胸が重くなる。今ならこの意味がわかる。あんな必死になって医学本を読み漁っていた自分が恥ずかしい。確かにこれは心臓の病気ではない。けど、病には違いない。
「(恋の病ってなんの冗談だよ)」
まさかアレクサンダーを好きになるとは思わないだろ。あの苦手意識はどこに行った。前まではアレクサンダーの事が嫌いになりかけてたはずだ。それなのに。どこがターニングポイントだったんだ。嫌よ嫌よも好きのうちは漫画だけにしてくれ。
ヴィンスに言われた通り、海は寝巻きに着替えてベッドへと潜り込む。もぞもぞ動き回っているうちに眠くなってくるだろうと思ったが、逆に目が冴えてしまった。
「眠れない……!」
暫く動き回っていたが、やっぱり眠れない。
下に行ってヴィンスと話でもするか、それとも隣の部屋にいる鶏を眺めて癒されるか。
「鶏だ。鶏しかいない」
下に一歩でも下りようものならヴィンスに何を言われるかわかったもんじゃない。子供の頃に風邪をひいて学校を休んでいたのに、隠れてゲームをしていたら母親に見つかって怒られる。そんな感じだ。そこまでガミガミ言ってはこないだろうけど、似たような言い方はする。うん、ここはヴィンスじゃなくて鶏を選ぼう。
体調が悪いわけじゃないんだから。少しくらい良いだろう。
海はこっそり部屋を抜け出して、隣の部屋へと移った。案の定鶏は海の出現に驚いて、コケコケ鳴きながら部屋の中を暴れ回った。
「頼むから大人しくしててくれ」
ベッドの横に座り込んで顎を布団の上に乗せて、ぼうっとただ鶏を眺める。何もせずに、何も考えずにいる方が楽だった。
備え付けの机の足を嘴でつついてるのが見えた。あれじゃあ、いつか机の足が壊れるのではないだろうか。キツツキのようにカツカツと夢中になってつついている鶏は、海にじっと見つめられていることなど知らない。
海も何かに熱中していれば、他のことを考えずに済むだろうか。もういっその事、町の復興にでも着手してしまおうか。忙しくなれば、無駄なことを考えずにいられる。
それじゃあダメだろうか。
暫く心ここに在らずの状態で鶏たちを眺めていたら、ヴィンスの声が聞こえた。どうやら海が黙って部屋から出てしまったから驚いているようだ。廊下で騒いでいるヴィンスに居場所を伝えるため、急いで部屋の扉を開けてヴィンスに声をかけた。
「ヴィンス! こっち! 鶏の部屋の方にいる!」
「バカもん! わしは寝てろと言っただろうが!!」
「え? 鶏なんかいるの!?」
なんか一人多い。
「なんでクインシーが?」
廊下へと顔を出すと、怒り狂っているヴィンスの横にクインシーが立っていた。
「やっほー! お見舞いに来たよ、カイ」
「お見舞い?」
「いつもの時間にカイが来なくてね。ずっと待ってたらヴィンスが来てさ。今日は体調悪いからカイは来れないって言うんだもん。心配だったから見に来ちゃった」
「そっか。ごめん、心配かけて」
「気にしない気にしない。それよりさ、ちょっといい?」
「うん?」
おいで、とクインシーに手招きされて後をついていく。クィンシーと共に自分の部屋へと入ると、クインシーはヴィンスに下に行っていて欲しいと声をかけてから部屋の扉を閉めた。
一息間を空けてから、クインシーは海を正視しながら口を開いた。
「アレクサンダーと何かあった?」
「何か、って?」
まさか昨日の今日で聞かれると思っていなかった。なにもなかったように装ったが、クインシーは全てお見通しのようだった。
「昨日、ここにアレクサンダー来たでしょ。新しいネックレス持って」
「……来たけど」
「その時に何かあったの?」
「何も無いよ。クインシーからの預かり物だって。ネックレス渡されただけだった」
「カイ。嘘は良くないよ」
嘘なんてついてない。全部本当のことだ。少し話を端折っているが。
「昨日、帰ってきたアレクサンダーが変だったんだ」
「変?」
「うん。凄く辛そうな顔してた。何でだろうね」
辛そうな顔?そんなの知らない。辛かったのは海の方だ。勝手に勘違いされて、クインシーと仲良くなるように頑張れみたいな話になって。違うって言いたかったのに言えなかった。そのせいで自覚してしまったんだ。全てぶちまけてしまいたいが、そんなこと出来るはずもない。胸の内でグルグルと渦巻いているものに無理矢理蓋をして、知らぬ存ぜぬを通した。
「そんなの知らない。俺には関係ない」
「本当に? 本当に何も知らないの?」
「知らない! 新しいネックレス渡されただけだから! 後は、なにも!」
「じゃあ、なんでカイまでそんな泣きそうな顔してるの?」
「泣いてなんか、」
「はぁ……本当に君たちはなんというか」
次第に潤んでいく視界の中で、クインシーが困ったように笑っていた。唇を噛み締めて涙を零さないようにしていたが、クインシーに頭を撫でられて決壊した。
「ごめんね、本当にあいつはめんどくさいやつなんだ」
ふんわりと優しく抱きしめられる。背中に回ったクインシーの手は海の背をゆっくりと撫でた。
「俺、アレクサンダーのこと……」
「うん。好きなんだね」
小さく頷く。言葉にするだけでこんなに楽になるものなのか。クインシーの腕の中で泣きながら、海は何度もアレクサンダーが好きだと呟いた。
60
お気に入りに追加
3,214
あなたにおすすめの小説

聖女の兄で、すみません!
たっぷりチョコ
BL
聖女として呼ばれた妹の代わりに異世界に召喚されてしまった、古河大矢(こがだいや)。
三ヶ月経たないと元の場所に還れないと言われ、素直に待つことに。
そんな暇してる大矢に興味を持った次期国王となる第一王子が話しかけてきて・・・。
BL。ラブコメ異世界ファンタジー。


転生したけどやり直す前に終わった【加筆版】
リトルグラス
BL
人生を無気力に無意味に生きた、負け組男がナーロッパ的世界観に転生した。
転生モノ小説を読みながら「俺だってやり直せるなら、今度こそ頑張るのにな」と、思いながら最期を迎えた前世を思い出し「今度は人生を成功させる」と転生した男、アイザックは子供時代から努力を重ねた。
しかし、アイザックは成人の直前で家族を処刑され、平民落ちにされ、すべてを失った状態で追放された。
ろくなチートもなく、あるのは子供時代の努力の結果だけ。ともに追放された子ども達を抱えてアイザックは南の港町を目指す──
***
第11回BL小説大賞にエントリーするために修正と加筆を加え、作者のつぶやきは削除しました。(23'10'20)
**

田舎育ちの天然令息、姉様の嫌がった婚約を押し付けられるも同性との婚約に困惑。その上性別は絶対バレちゃいけないのに、即行でバレた!?
下菊みこと
BL
髪色が呪われた黒であったことから両親から疎まれ、隠居した父方の祖父母のいる田舎で育ったアリスティア・ベレニス・カサンドル。カサンドル侯爵家のご令息として恥ずかしくない教養を祖父母の教えの元身につけた…のだが、農作業の手伝いの方が貴族として過ごすより好き。
そんなアリスティア十八歳に急な婚約が持ち上がった。アリスティアの双子の姉、アナイス・セレスト・カサンドル。アリスティアとは違い金の御髪の彼女は侯爵家で大変かわいがられていた。そんなアナイスに、とある同盟国の公爵家の当主との婚約が持ちかけられたのだが、アナイスは婿を取ってカサンドル家を継ぎたいからと男であるアリスティアに婚約を押し付けてしまう。アリスティアとアナイスは髪色以外は見た目がそっくりで、アリスティアは田舎に引っ込んでいたためいけてしまった。
アリスは自分の性別がバレたらどうなるか、また自分の呪われた黒を見て相手はどう思うかと心配になった。そして顔合わせすることになったが、なんと公爵家の執事長に性別が即行でバレた。
公爵家には公爵と歳の離れた腹違いの弟がいる。前公爵の正妻との唯一の子である。公爵は、正当な継承権を持つ正妻の息子があまりにも幼く家を継げないため、妾腹でありながら爵位を継承したのだ。なので公爵の後を継ぐのはこの弟と決まっている。そのため公爵に必要なのは同盟国の有力貴族との縁のみ。嫁が子供を産む必要はない。
アリスティアが男であることがバレたら捨てられると思いきや、公爵の弟に懐かれたアリスティアは公爵に「家同士の婚姻という事実だけがあれば良い」と言われてそのまま公爵家で暮らすことになる。
一方婚約者、二十五歳のクロヴィス・シリル・ドナシアンは嫁に来たのが男で困惑。しかし可愛い弟と仲良くなるのが早かったのと弟について黙って結婚しようとしていた負い目でアリスティアを追い出す気になれず婚約を結ぶことに。
これはそんなクロヴィスとアリスティアが少しずつ近づいていき、本物の夫婦になるまでの記録である。
小説家になろう様でも2023年 03月07日 15時11分から投稿しています。
婚約破棄されて捨てられた精霊の愛し子は二度目の人生を謳歌する
135
BL
春波湯江には前世の記憶がある。といっても、日本とはまったく違う異世界の記憶。そこで湯江はその国の王子である婚約者を救世主の少女に奪われ捨てられた。
現代日本に転生した湯江は日々を謳歌して過ごしていた。しかし、ハロウィンの日、ゾンビの仮装をしていた湯江の足元に見覚えのある魔法陣が現れ、見覚えのある世界に召喚されてしまった。ゾンビの格好をした自分と、救世主の少女が隣に居て―…。
最後まで書き終わっているので、確認ができ次第更新していきます。7万字程の読み物です。

魔法学園の悪役令息ー替え玉を務めさせていただきます
オカメ颯記
BL
田舎の王国出身のランドルフ・コンラートは、小さいころに自分を養子に出した実家に呼び戻される。行方不明になった兄弟の身代わりとなって、魔道学園に通ってほしいというのだ。
魔法なんて全く使えない抗議したものの、丸め込まれたランドルフはデリン大公家の公子ローレンスとして学園に復学することになる。無口でおとなしいという触れ込みの兄弟は、学園では悪役令息としてわがままにふるまっていた。顔も名前も知らない知人たちに囲まれて、因縁をつけられたり、王族を殴り倒したり。同室の相棒には偽物であることをすぐに看破されてしまうし、どうやって学園生活をおくればいいのか。混乱の中で、何の情報もないまま、王子たちの勢力争いに巻き込まれていく。

光る穴に落ちたら、そこは異世界でした。
みぃ
BL
自宅マンションへ帰る途中の道に淡い光を見つけ、なに? と確かめるために近づいてみると気付けば落ちていて、ぽん、と異世界に放り出された大学生が、年下の騎士に拾われる話。
生活脳力のある主人公が、生活能力のない年下騎士の抜けてるとこや、美しく格好いいのにかわいいってなんだ!? とギャップにもだえながら、ゆるく仲良く暮らしていきます。
何もかも、ふわふわゆるゆる。ですが、描写はなくても主人公は受け、騎士は攻めです。
今世はメシウマ召喚獣
片里 狛
BL
オーバーワークが原因でうっかり命を落としたはずの最上春伊25歳。召喚獣として呼び出された世界で、娼館の料理人として働くことになって!?的なBL小説です。
最終的に溺愛系娼館主人様×全般的にふつーの日本人青年。
※女の子もゴリゴリ出てきます。
※設定ふんわりとしか考えてないので穴があってもスルーしてください。お約束等には疎いので優しい気持ちで読んでくださると幸い。
※誤字脱字の報告は不要です。いつか直したい。
※なるべくさくさく更新したい。
ユーザ登録のメリット
- 毎日¥0対象作品が毎日1話無料!
- お気に入り登録で最新話を見逃さない!
- しおり機能で小説の続きが読みやすい!
1~3分で完了!
無料でユーザ登録する
すでにユーザの方はログイン
閉じる