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第二章 異世界に来たけど、自分は平民になりました
第二十七話
しおりを挟む「それでお前さんそいつら連れてきたのか」
「ごめん。本当にごめんなさい!」
「そんな謝らなくてもいいが……世話出来るのか?」
ヴィンスがちらりと見たのは、頭を下げ続けている海の後方。そこには数匹の鶏がコケコケ鳴きながらウロウロしていた。
あの牧場には誰もいなかった。脱走した鶏を抱いて人を探したが、そもそも人の気配を感じられなかった。
牧場を経営してた人が住んでいたであろう木造の建物の入口は全て鍵が掛かっていた。扉を叩いて誰かいないかと声をかけ続けても変わらず無反応。海が養鶏場に近づけば、誰かしらは出てくるだろう。鶏を養鶏場に連れていき、ほかの仲間たちと合流させ、少しその場で鶏を眺めていたのだが、それでも人は出てこなかった。
ヴィンスによると、あそこにいた人たちは皆国外に出てしまっているとの事。飼育していた動物たちをあの場に残して。
「牛舎の方も見たんだけど牛は……」
「そうか、わかった。無理に思い出さなくていい」
牛は一匹残らず倒れていた。大通りと同じ臭いを漂わせて。
牛はダメだったが、鶏だけは元気に走り回っていたのが不思議だ。この子たちも環境は同じだったはず。なのにコケコケ鳴きまわっている。元気なのはいいのだが、ちょっと鳴き声がやかましい。
「まずこやつらを何処に住まわせるかだな」
「ごめん、ヴィンス。迷惑かけて」
「別に気にするな。宿泊代金はこやつらが産み落とす卵をもらうからな」
「うん。ありがとう」
ヴィンスへと再度頭を下げて礼を言うと、海の後ろにいた鶏も「コケッ!!」と鳴いた。うん、ごめん。ちょっとうるさい。
鶏たちは二階の左側の部屋で住むことになった。二階に連れていくのも大変だったが。
鶏にあげるご飯に悩んだが、試しに魚を一匹持っていったらバクバク食べたとヴィンスが驚いていた。鶏が魚を食べるという新たな発見に海とヴィンスは一頻り笑ってから、自分たちも夕飯を食べた。
「オスメスの見分け方がわからんな」
「あー、そういえば。でも、オスは卵産まないんだっけ?」
「そうだっけか?」
「多分。後はなんだろ。見た目の厳つさ?」
連れてきた鶏達のうち二羽はなんかやたらいかつかった。他の三羽は控えめな感じ。厳つい方はなんだかアレクサンダーに似ていた。そんなこと言ったら睨まれそうだけど。
「明日、卵が産まれるか見てみるか」
「もし産まれてたらルイザのところに持っていってもいい?」
「そうしてやれ。久しぶりの卵に喜ぶかもな」
喜んでくれるといい。ご飯を食べて休憩した後、ヴィンスはお風呂と向かった。海は鶏の様子を見ようと二階へと上がる。部屋の扉を開けると、部屋の至る所にいた鶏達が一斉にこちらを向く。その勢いにびっくりしてその場から一歩後ろへ下がってしまった。
「鶏怖」
思わずそう呟いた。
知らない場所に連れてこられた鶏たちが、ストレスで喧嘩してたりしていないかと心配したが、そんな事はなかった。各々自由気ままに動き回っていて気楽そうだ。
ベッドにあった布団は寝床になるようにとヴィンスが丸くしていてくれて、鶏もそこを気にいったのか目を閉じて座っていた。
一羽だけ床にぐったりと倒れているのをみつけ、海は静かに近づいて行った。やはりこの部屋に連れてきたのはダメだったかと、鶏の顔を覗き込んだ。
「大丈夫か?」
「コケッ!!」
「うおっ!?」
鶏は海の存在に気づくと一声鳴いて飛び上がり、バタバタと部屋の中を駆け回った。他の鶏にぶつかりながら走っているせいで、ぶつかられた鶏は怒ったのか鳴き叫ぶ。
「わ、待って待って!ちょ、静かに!」
「何してんだ、お前さんは」
「鶏一号が走り回っちゃって……って、ちょ、お前らやめろ! ヴィ、ヴィンス!! 見てないで助けて!」
暴れ回る鶏に海が四苦八苦しているのをヴィンスは生暖かい目で見つめていた。鶏と遊んでるんじゃないんです。むしろ鶏に遊ばれてるんです。
やっと鶏が落ち着いてくれた時には海の方が疲労困憊になっていた。ヴィンスに風呂に入ってこいと声をかけられ、のろのろとした足取りで風呂場へ行く。服を脱ぐと羽が床にハラハラと落ちていった。
「鶏怖……」
本日二回目の愚痴。
風呂でゆっくりと疲れを癒すと、眠気が急激に襲ってきた。二階に上がる階段を何度も踏み外しそうになってヒヤリとした。
部屋につくなりベッドへと倒れ込む。
「もう無理。疲れた」
鶏との大運動会は疲れる。元気なのはいい事だけれど。
ベッドに横になってしまえば、眠気を抑えられるわけもない。段々と沈みゆく意識の中で、明日は何をしようかと考えたが、今はそんな余裕はない。今日はもういい。明日のことは明日考えよう。
⋆ ・⋆ ・⋆ ・⋆
気持ちよく眠っていた途中で、海の耳にコツンっという小さな音が聞こえた。それは何度も繰り返され、海の睡眠を妨害した。
「な、に?」
音がしてるのはベッドの真横にある窓からだった。眠い頭で窓に手を伸ばして開け放つ。一体なんの音だと窓の外を見た。
「わっ!?」
窓の近くにある木にいた黒い物体。それは海の部屋に入り込んでくきた。静かに床に着地し、のそりと海の方へ近づいてくる。電気のついていない部屋は真っ暗で、正体を確かめることは出来ない。
月明かりがあれば見えていたのだろうが、その頼りも今は厚い雲の上だ。飛び込んできたものに恐れを感じ、近づいてくるものから逃げようと暴れだした時、飛び込んできた物体が喋った。
「静かにしろ。ヴィンスが寝てるだろう」
聞き覚えのある声に海の動きが止まる。相手も動きを止めて海の出方を伺っているようだった。
「アレクサンダー? アレクサンダーなんですか?」
「ああ。何をそんなに怯えるてるんだ。そんなに驚かれるようなことはしてないはずだが?」
意味がわからないとアレクサンダーは呟いた。文句を言いたいのはこちらだ。こんな夜にしかも窓から入ってくるなんて。人の睡眠を妨害しておいてその言い草はなんだ。
「なんでここに来たんですか? 今日は演習で忙しいんじゃ」
「演習は夕方で終わる。それに今日ここに来ることを書き残したはずだが?」
「書き残した……? え? 何を?」
「明日の夜、窓を開けておけと」
「明日って今日の事だったの!?」
「そうだが?」
確かに書き置きはあった。だが、ノートに書かれていたのを見たのは今日の朝だ。だから明日何かが起こると思っていた。
「あの書き置きは昨日、お前をここに送り届けた時に書いたものだ。昨日書いたのだから今日来るに決まってるだろう」
「え、あー……すみません。その書き置きを見たの今日の朝なんです」
だから明日なんだと思ってました。と答えると、アレクサンダーはピシッと固まった。要らぬ一言を言ってしまっただろうかと不安に思いながらアレクサンダーを見上げる。
「体調は」
「はい?」
「体調はどうなんだ」
「体調ですか? 別にそんなには……あ、いや、すみません。わからないです」
「なんだと?」
昨日感じた胸の痛みの原因は結局分かっていない。今日一日動き回っている間は全く痛みなんてなかった。たまたま痛みが出なかったということかもしれない。そうなると厄介だ。海が気づかないうちに症状が悪くなっていたりしたら、取り返しのつかない事になる。
もし大きな病気だったらどうしようと俯き、布団を両手できつく握りしめた。
「話してみろ」
どさっとベッドの端にアレクサンダーが腰を下ろす。真っ暗だからアレクサンダーの表情を見ることは出来ないが、声色からして優しげだ。
海は逡巡してから、昨日の胸の痛みについて話し始めた。
「調べてみたんですけど、中々合うものがなくて。でも、こんな事初めてだったから怖くて」
黙っているアレクサンダーに海は益々恐怖が増した。何かの病気なんだろうか。もし治らない病気だったらどうしよう。この国に医者はいないと言われた。他の国へ行けば治療してもらえるだろうか。
「サクラギ」
「は、はい」
漸くアレクサンダーが言葉を発する。
「それは病気ではない」
「病気じゃ、ない?」
「あぁ。だから心配するな」
「で、でも! じゃあ、あの痛みは何だったんですか? 何が原因であんな痛みが!」
病気じゃないならなぜ痛むんだ。痛む原因があるはずなのに、アレクサンダーは病気じゃないと断言した。その根拠は一体なんなんだ。
「病気ではないが、痛みが出る時もある。お前のそれは……」
「それは?」
口ごもるアレクサンダーに海は焦れた。悪いことが起きているならハッキリ言って欲しい。
アレクサンダーの腕を暗闇の中で探して掴む。早く続きを、とせがむように引っ張った。
「アレクサンダー。ちゃんと俺受け止めるから。だから言ってください」
暫しの沈黙。
顔が見えないから何を考えているのかはわからない。もし顔が見えていてもアレクサンダーはあまり顔色が変わらないからわからないが。それでも、やはり見えないというのは不安になる。まだか、まだかと待っていると、アレクサンダーは普段では考えられないほどか細い声で答えた。
「……お前のそれは嫉妬からくるものだ」
「嫉妬?」
「俺とクインシーのやり取りを見て、とお前は言ったな」
言った。二人の仲の良さを見ていた時に痛み出した。それが嫉妬?
「お前は俺に嫉妬したんだろう」
「アレクサンダーに?」
「クィンシーはあんな男だが根は真面目だ。根気強く話しかけていればきっと応えるだろう」
「ちょ、ちょっと待ってください。それってまさか……!」
「お前はクインシーが好きなんだろう?」
自分で理解するよりも先にアレクサンダーに言われる。頭をガツンッと殴られたような衝撃を感じ、海は呆然としてしまった。
「クインシーがすき?」
「そうとしか考えられないだろう。でなければ、お前のその痛みは説明出来ない」
そう言ってのけるアレクサンダーに海は違うと言いたかった。でも、何が違うのかがわからない。きちんと言葉にできないのがもどかしく、その代わりにした事は、アレクサンダーの腕を強く掴むことだった。
「今度からは俺じゃなくクインシーに頼れ。その方がいいだろ」
掴んでいた海の手にアレクサンダーの手が重なり、優しく解かれてしまう。その優しさの中にあるハッキリとした拒絶によって海は気づいてしまった。
あぁ、違う。そうじゃない。違う。
「クインシーから預かり物だ。この間、お前に渡したネックレスはもう加護の力がないだろう。代わりのものを持ってきた。一日聖水に浸したものだから一週間は持つはずだ」
アレクサンダーから手渡されたのは手のひらサイズの木箱。サイズ的に指輪が入っていそうな感じだ。
「今まで使っていたネックレスを出せ。そちらも聖水に浸しておこう」
アレクサンダーの手が海の首元へと触れる。ネックレスがアレクサンダーに取られてしまうと思ったら、思わずその手を叩き落としてしまっていた。
「サクラギ?」
「あ、ごめんなさい……でも、俺……」
「……明日クインシーに渡しておけ。とりあえずネックレスは新しいのを使え。いいな」
海の首からネックレスを取るのを諦めたアレクサンダーはそれだけ言い残して部屋を出ていった。
開け放たれている窓を閉める気にも起きない。アレクサンダーから渡された新しいネックレスをつける気にも。
「なんだよ、なんなんだよ。俺……どうしたんだよ」
アレクサンダーに触れられた首が熱を持ったように熱かった。それに。
「違う。俺、アレクサンダーに嫉妬したんじゃない。俺、は」
"クインシー"に嫉妬したんだ。
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